『勇者』
遅れて申し訳ございません。
今回は途中から白刃視点がメインになりますので、困惑しないようにお願いします。
その男は、英雄だった。
戦場で数多の敵を殺し、味方を助け、祖国を勝利に導いた。
同僚に、上官に、王に、国民に、親族に、友人に、彼は英雄と呼ばれ、はやし立てられた。
彼も悪い気はしなかったし、誇らしかった。
それでも驕ることなく、彼は騎士として生き続けた。
だからこそ、許せなかった。
人々を守る為の騎士でありながら、騎士道に反する、恥ずべき行いを繰り返すある男を。
無辜の民がいる村を焼き払い、領地を治めていた貴族を殺し、あまつさえ仲間すらその手に掛けた男を。
だから彼は行動に出た。
彼が生涯使わないつもりだった英雄としての発言権とコネクションを最大活用し、その男を調べあげ、その事実を世間に広めた。
人々はその騎士を嫌悪し、罵倒した。
彼はその時、嬉しかった。
なにせ自分が正義であると認められたのだから。
人々はその騎士を断罪すべきと言った。
そしてその執行人を告発者である彼に任せるべきとも言った。
彼は喜んでその役を栄誉として受け取った。
思えば、その時から彼は狂い始めていたのだろう。
最早根源すら忘れ去り、ただ義憤に身を任せて彼は高らかに、その騎士の公開処刑を野次馬に宣言した。
処する直前、彼は騎士に言い残す言葉はあるかと聞いた。
すると騎士は一瞬だけ彼を見て、か細く呟いた。
────哀れだな
と。
普通なら、死の間際の悪足掻きと思って嘲笑うか、激昴する所だろう。
だが、多くの戦場で色んな人間を見てきた彼は気づいた。
この騎士の声には、侮蔑も、妬みも、悪感情すらない。あるのはどこまでも純粋な憐憫だけだ、と。
彼は恐怖した。
一刻も早くこの騎士を自分の視界から遠ざけなければ、恐ろしいことになると思った。
だから彼はそうか、とだけ答えて急ぐように剣を振り上げた。
見ている人々が沸き立つ。
許容されぬ悪が絶対なる正義に断罪されるその瞬間を人々は今か今かと待ちわびた。
そして、彼が剣を振り下ろした、瞬間。
彼の意識は混ざり合った。
『存在交差』
熟練の剣士同士が剣を交える度に相手を知るように、高い魔力同士が交わることで、お互いの存在に触れる現象。
そこで彼は、その騎士を知った。
偽造された書類では無い、本物の騎士を。
そしてその騎士が言った言葉の意味を理解した。
その騎士が、自分を哀れんだ理由。
それは彼が英雄だからだ。
誰かがお膳立て道の上を歩いただけの、造られた英雄だったからだ。
そして、自分という英雄を作り出すために何人もの仲間が死んだ。
自分が英雄になるために、その裏で過酷な任務を人知れずやり遂げていた存在がいた。
その騎士の全てに触れ、全てを理解したときにはもう、何もかもが遅かった。
存在の交錯は終わり、彼の意識は現実に帰還した。
既に振り下ろした剣は騎士の生命を絶っており、騎士の首は木の桶の中にある。
周囲には彼を英雄と呼び讃える人々と、自分達に取って邪魔者を排することが出来た喜びを隠し彼を労う上位階級者達。
そして彼は自分と、人々と、この国と、英雄という『システム』に失望した。
こうして彼は『英雄の称号』という名の『呪い』を抱えて、自分が殺した騎士のように上位階級者に誅殺されるまで絶望の中で生き続けた。
もう決して逢うことが出来ない、騎士のことを謝り続けながら。
☆☆☆☆☆
純白に輝く刀身を持つ身の丈程の両刃の剣を携えて、白刃は構えた。
対するは、異常なまでの闇のオーラを纏う、騎士甲冑。
神々しい光を放つ剣の銘は、【聖剣ウィルトス】。
勇気の名を冠する聖剣を持つ白刃は、確かに勇者の称号を背負うに相応しい威容を見せていた。
「《制限解除》、《勇者降臨》!!!」
それでも尚、白刃は己を引き上げる。
届かないからだ。
例え伝説級の武具で身を固めても、所詮『個』の人間に過ぎない。
人間ではない化け物を人間が倒すには、『集団』でなくてはならない。
だが白刃は一人。
故に彼は、人の身でありながら人間の限界を超える。
超えなければ、ならない。
それが【光の勇者】だからだ。
「行くぞ、黒騎士!お前はここで、オレが仕留める!」
高らかな宣言の直後、白刃の身体が消えた。
「ッ!?」
「遅い!!」
先程まで自分が圧倒していたはずの存在が、急に速くなったことで、黒騎士ですら白刃を見失った。
動揺した時には既に後ろに回り込んでいた白刃によって一撃貰ったあとだった。
ユニークスキル《制限解除》、《勇者降臨》。
それは勇者としての特権であり、ヒトという種を超越した証。
《制限解除》は文字通り肉体のあらゆる制限を取っ払うスキルだ。
生物の身体には、制限が設けられている。
例え精神的にはまだ動けても、いつかは身体が動かなくなるといった、肉体の崩壊を防ぐための自動保護システムだ。
この世界では魔力による身体強化のし過ぎから起こる全身痛や魔力切れによる欠乏症等も当てはまる。
《制限解除》は、それらのしがらみの一切を無くすスキルだ。
身体強化の限界も、魔力切れの症状も、疲労の蓄積も、ありとあらゆる全ての制限を解除し、もう一段上の存在となる。
まさしく、神の如き所業。
選ばれた者のみが使うる、絶対的なチカラ。
そして《勇者降臨》は読んで字のごとく、勇者たる象徴のスキル。
全ステータスの数倍化、物理威力と魔法威力及び物理、魔力耐性超増加の恩恵を得る、めちゃくちゃなスキルだ。
制限を解除した肉体で、勇者として能力を底上げする。
あらゆる制限を取っ払う《制限解除》のお陰で、本来タイムリミットがある《勇者降臨》も無尽蔵に使える。
極めつけはスキルレベルが上がった《光の勇者》の追加能力、《魔力吸収》。
このスキルはこれまた文字通り魔力を吸収するものだ。
ただし、その範囲は広い。普段は自然界に溢れる魔力をオートで吸収し、戦闘時では相手の魔法から魔力を吸い取ったり出来る。
つまるところ、MP自動回復効果だ。
しかも低級の魔法ならダメージどころか回復になるという恐ろしさ付き。
レベルは普通。
技は皆無。
装備は一流。
通常なら、武具にものを言わせた成金野郎と思われておしまいだろう。
だが白刃は違う。
上の三つを全て覆す程の高ステータス。
技は無くとも圧倒的な能力だけで相手を押しつぶせる強者。
それが白刃だ。
そして勇者の刃は、化け物にだって届く。
「うぉおおおお!!!」
黒騎士の大剣に匹敵する大きさの聖剣を、怒涛の速度で振り続ける。
その猛攻は、黒騎士ですら捌けない。
技を上回る、単純で、それ故に強力な力押し。
だが、それが通用したのは黒騎士が油断していたからだ。
例え全てのスキルを最大解放した白刃でさえ、《狂騎士化》状態の黒騎士のステータスには一歩及ばない。
いくつもの攻撃を受け、冷静さを取り戻した黒騎士相手にはもうゴリ押しは通用しない。
が、白刃にはその一歩を埋めれるアドバンテージがある。
狂騎士化状態の黒騎士にはない、知性だ。
どんな時でも、生物として魔物や獣に劣るヒトは『考える』ことでその差を埋めてきた。
鋭い爪や牙がないなら武器を使い、夜目が効かないなら火で灯りを生み出したように。
今の黒騎士は獣と同じだ。
強くても、理性のない獣。
だが白刃には知性がある。
技は無くとも、考えて、戦える。
そこが黒騎士を上回る、唯一の勝機。
「おぉぉおおおおお!!!」
「◼◼◼◼◼ッッ!!!」
迸る純白の魔力と漆黒の魔力。
正義と暴虐の刃がぶつかり合い、甲高い金属音と火花を散らす。
勇者と化物、人間の限界を超えた超上の存在たる二人の激突は、一合の斬り結びでさえダンジョンの床に深い傷跡を刻む程だ。
一際大きい打ち合いの後、白刃は一度は黒騎士から距離を取った。
(馬鹿正直に剣で打ち合う必要はない。なんのための魔法だ!)
「『神聖白竜砲』!」
神聖魔法、『神聖白竜砲』。
神聖な光から構築された白竜が顕現し、その口から凶悪な光の一撃が繰り出される。
その一撃は、魔力の砲撃となって黒騎士を滅っさんと迫った。
が、それに合わせるように黒騎士が放った黒い剣の波動で打ち消さる。
「!?くそっ、ならもう一度だ!」
今だ残っている白竜にもう一度砲撃を命じようとする。
しかし、その前に黒騎士が再び放った波動で白竜は消滅させられてしまった。
「まだだ!『光炎』!」
まだ諦めないと言わんばかりに次の手を打つ白刃。
光、火属性複合魔法『光炎』は光の速度で飛来する炎だ。
炎の方も火属性魔法『蒼炎』という強力な魔法で構成されており、しかもそれを多重展開で黒騎士に放ったのだ。
超強力な一点砲撃ではなく、強力な絨毯砲撃。
通常の魔物なら一瞬で塵と化すだろう。
が、しかし。
「◼◼◼◼◼ッッッ!!!」
黒騎士剣が、霞むように動いた。
そしてその一刀一刀からは黒い波動を纏った斬撃が駆ける。
飛来する炎と黒刃が衝突する。
ぶつかり合う二つの攻撃は衝撃波となって迷宮に降り注ぐ。
「っ、うわぁあああ!」
襲いかかる衝撃波を対処しきれずに、白刃はその身を衝撃に踊らせた。
☆☆☆☆☆
視界がぼんやりする。
意識は曖昧で、頭が働かない。
僅かに頭を持ち上げて、目の前を確認する。
映るのは真っ黒な全身鎧────っ!!
そうだ。
まだ戦いは終わっていない。
オレ、桐生白刃の意識は今度こそハッキリとしたものになった。
どうやら意識を少し失っていたらしい。
「黒……騎士は……」
黒騎士は倒れていなかった。
だが健在とも行かないらしい。
先の爆発の衝撃波をヤツもくらったらしく、傷だらけで片膝をついていた。
「まだ、オレは戦えるぞ!黒騎士ぃ!!」
この身に残る闘志を振り絞り、立つ。
ここでオレが倒れてはならない。
後ろには倒れ伏した仲間達がいる。
オレの仲間、そして預かった仲間。
彼らの為に、オレは負けられない。
オレの意志を知ってか知らずか、黒騎士は緩慢に立ち上がり、剣をこちらに向けてきた。
身体に纏っていたオーラがその剣に収束している。
恐らく『神聖白竜砲』を吹き飛ばした攻撃をオレに放つつもりだろう。
満身創痍なオレに、その一撃を避けることは不可能。
濃密な闇の刃がオレの身体を切り刻まんと迫る。
オレはその攻撃を避けない。
避けれない。
いや、避ける必要がない。
破滅を呼ぶ闇の刃がオレに当たる寸前。
「◼◼◼◼ッッッ!???」
闇の刃は、黒騎士に直撃した。
突然のことに理解出来ずに必殺の威力を込めた一撃を自分で受けた黒騎士は悶えている。
今まではタイミングを合わせれなくて使えなかったスキル、《反射》の効果だ。
能力は単純にして強力。
相手が放つ遠距離攻撃を物理魔法問わず相手にそっくりそのまま跳ね返す。
それがどんなに強力なモノでもだ。
普段の黒騎士なら、ギリギリで避けるなり防御するなり……少なくとも直撃だけは有り得なかったはずだ。
例え狂騎士化状態の今でも。
だからオレは今このタイミングで使った。
手傷を負い、相手は自分以上に傷付いて動けない。
トドメを刺すなら絶好のタイミング。
自身もそれなりのダメージを受けているので、早々に決着を付けたい所でのチャンス。
見逃すはずはない。
だからオレは賭けた。
黒騎士が、このチャンスに応じてくると。
反撃の可能性がある剣ではなく、遠距離からの闇攻撃でくると。
相手の間合いの対象外からの全力最強の攻撃という定石で来ると信じた。
偶然か運命かその賭けにオレは勝った。
それが今、この状況に至る経緯だ。
そして、これがオレに与えられた最後のチャンス。
決して逃さない。逃せない。
だから撃つ。希望と可能性の一撃を。
魔力も、スキルも、魔法も、生命力や全てのステータスでさえ注ぎ込んで放つ奥義を。
最大最高威力の、オレが持つ最強の一撃を!!!
「《勇者の────」
放つ直前。
黒騎士が構えてるのが見えた。
迎え撃つつもりだろう。
オレが他の技を放つ時は《反射》は使えない。
既にスキルワードを半分口にし、剣を振り下ろす途中のオレには、最早止まることは出来ない。
《反射》によるカウンターを受けて数秒しか経っていないのに、黒騎士はもう対応してきた。
理屈ではなく直感だろうが、その反応は凄まじい。
だが、ヤツがどれほど凄まじくてもこの撃ち合いで最後になるだろう。
何故ならオレはこの一撃に全てを賭けているからだ。
生半可な受けでは一瞬で相手が消滅するレベルの一撃。
黒騎士もそれを理解して本気の一撃を乗せてくるだろう。
当然、そのぶつかり合いは引き分けにはならならない。
確実にどちらかが、いや、あるいはどちらも死ぬ。
これはそういう撃ち合いだ。
この時、オレの耳には今までは雑音の様だった黒騎士の声が、ハッキリと聞こえた。
「《黒騎士の────」
黒騎士の剣に闇が集まる。
ヤツも全霊を賭すつもりだろう。
オレの剣にも溢れんばかりの光が収束され、見る者の視界を灼く程の輝きを放ち続けている。
白と黒の一閃が今、互いの剣から放たれる!!!
「「一撃》!!!」」
濃縮された破壊をもたらす極光がぶつかり合う。
白い光と黒い闇の衝突点付近は余波だけでひどい有様になっている。
「っ、このままじゃ打ち負ける……っ!」
黒騎士の一撃は、急ごしらえのモノでさえ重い。
全てを賭けた一撃であるのはオレも同じはずなのに押し負けそうだ。
何が足りないのかは分からない。
それは純粋にステータスや魔力かもしれないし、覚悟や意思かもしれない。
だから、オレは考えない。
足りないモノや理由はあとから考えればいい。
今は足りないモノを補える力があればいい。
そしてオレは、それを持っている。
「《聖剣解放》!!!」
キーワードを唱え、スキルを発動させる。
今なお、《勇者の一撃》を放ち続けている剣にエメラルドグリーンの光が線を引き、蠢動した。
聖剣には、固有の能力がある。
武器に付与されているスキルとは別の、その聖剣を象徴する能力だ。
それは攻撃系のモノもあれば、補助系、回復系、未分類など多種に渡る。
そのどれもが、例外など一つもなく強力なモノだ。
オレが発動したスキル《聖剣解放》はその名の通り、聖剣の固有能力を引き出すスキル。
聖剣の固有能力の使用は聖剣が真に所有者と認めた人間しか扱えない。
聖剣解放が出来るということは、オレはこの剣に認められているということだろう。
そしてオレが持つ聖剣ウィルトスの能力は『昇華』。
所有者のスキル、魔法、奥義を一つ上の領域まで引き上げる力だ。
極端な話、威力や効力を何倍にも上げる力。
この力を使ったオレの《勇者の一撃》は進化する。
希望と可能性の一撃は光明と運命の一撃へと成る。
一縷の希望は確かな光明と成り、可能性すら超越した運命に導かれる。
敵を倒す為の技では無く、全てを救う技。
人々を、仲間を、そして敵でさえも。
聖剣の力で『昇華』された《勇者の一撃》が黒騎士が放つ《黒騎士の一撃》とせめぎ合う。
さっまではオレが押されていたのに今は互角、いや、僅かにオレの方が上だ。
「うぉおおおおっ!!!」
「◼◼◼◼◼ッ!!!」
最後の一押し。
互いに負けじと気合いの声を上げ、腕に力を込める。
聖剣に走るエメラルドグリーンの光のライン、つまり『昇華』の力はオレの意志に答えるように強く波打った。
膨大なまでの魔力のせめぎ合い。
余程ステータスが高くなければその余波だけで消し飛んでしまうほどの撃ち合いに、異変が起きる。
どちらも全身全霊、己の存在を込めた魔力は純粋で美しい。
白黒の波動は突如混じり合い、世界を鉛色に染め上げた。
オレの意識は、交じりあった。
☆☆☆☆☆
ユメを見ていた。
いや、夢かどうかは分からないが、ユメだと思いたいから、ユメにする。
世界はどこを見ても灰色で、華がない。
日が出ているのは分かるのに、明るくない。
これはユメ。
誰かのユメ。
アテもなく歩く。
歩くことしか出来ないから。
道行く人に話しかけても、オレの存在は意識されていない。
いや、此処にオレはいない。
だからこれはユメなんだ。
ここは異世界だけど、オレが知らない場所。
それに今よりもヤケに古い。
今ならどこにでもある魔道具が普及していない。
これはユメ。
これは記憶。
オレが知らない、誰かの記憶。
人々がざわめく。
知らない世界を唯一人で歩く。
人々をすり抜けて、柵すらも通り抜けて広い場所に出た。
そこは処刑場。
生気のない顔をした男が断頭台に首を掛けている。
処刑人の如く構えているのは顔は見えないがどこかで見たことがある鎧を着た大男。
黒騎士だろう。
野次馬がうるさく騒ぎ立てる。
目の前で人の首が飛ぶことをここまで望む人々にオレは本能的な恐怖を抱いた。
黒騎士は急ぐように剣を振り上げる。
オレは思わず、目を閉じた。
……
……
……
聞こえるはずの音が聞こえず、オレは恐る恐る目を開ける。
「えっ?」
また世界が変わっていた。
オレが立っているのは戦場。
燃える大地に照らされて赤赤と光る血溜まり。
絶えることのない断末魔の絶叫。
振り向けば死体の山。
あちらこちらに広がる肉塊の数々。
目の前で今、人が死んだ。
体中に矢が突き刺さり、簡素だが立派な鎧は切り傷だらけだった。
目は虚ろで、うわ言のように「娘に……会うんだ……」と何度も呟いていた。
最後には敵であろう騎士によって首を撥ねられていた。
「うっ……!」
思わず嘔吐いてしまった。
その場にいるのが嫌で、オレはまた歩き出した。
戦場を歩いている。
元の世界では全く縁のない場所だった。
鉛の弾が飛び交い、爆炎が舞い、衝撃が走り、悲鳴が響き、血肉が踊る、そんな場所。
世界が変わっても戦場だけは変わらない。
銃声の代わりに剣戟音、銃弾の代わりに弓矢や魔法になっただけで。
耳が痛くなるような爆炎も、正気を引き裂くような断末魔も、地面を濡らす血肉も変わらない。
地獄を抜けた先に、キャンプがあった。
一際大きいテントに入る。
鎧を纏った屈強な男達が楽しげに騒ぎ立てる。
その奥。
一番奥で、主賓のように男達に祝われながら酒を飲む男。
やはり顔は見えないが、どこかで見たことがある鎧をつけている。
黒騎士だった。
獲った首の数を、意気揚々と自慢している。
さっきの戦いでの武勇伝を熱く語り、仲間を沸かせていた。
人殺しを嬉嬉として持て囃す彼らが恐ろしくて、テントから逃げ出した。
────そしてまた、世界は変わっている。
戦場では無く薄暗い簡素な部屋で、黒騎士であろう男が必死に資料をかき集め、読み漁っている。
「この男は駄目だ……」等と呟きながら。
チラリとその資料に載っていた写真を見た。
その人物は、断頭台に首を掛けていた男だった。
ある程度資料を漁った黒騎士は、それらを纏めると足早に部屋を出た。
────そしてまた、世界は変わる。
豪奢な衣服を纏い、宝石で着飾った、いやらしい笑みを浮かべた太っている男。
そしてその男から貰った紙を見て嬉しそうにする黒騎士であろう男。
「これでようやくアイツを……」と言ってほくそ笑んでいる彼は狂気に呑まれているように見えた。
────世界は変わる。
目を開けるとそこは再び処刑場だった。
ただし、黒騎士ではないもう一人の男の姿はない。
代わりに断頭台には夥しい量の血が付着している。
野次馬はもういない。
ただ、黒騎士であろう男はいつまでもそこに突っ立っていた。
理由は分からない。でも、身体が勝手に動いた。
無意識に黒騎士の近くに来ていた。
そしてまた、無意識にその背中に手を伸ばす。
オレの手は、水に手を入れたようにすんなりと彼の身体に沈んだ。
瞬間。
思考にノイズが走る。
テレビの砂嵐のような雑音が脳内に無限再生され、頭がひび割れそうに痛くなる。
立ち尽くすことも出来なくなって、膝を付く。
そこでオレは、黒騎士を蝕む圧倒的な感情の奔流に巻き込まれた。
……
……
……
湧き上がる赤黒い感情。
嫉妬や怨念のような害意ではない。
後悔や懺悔のような自嘲の感情だ。
自責の念は、刃となって俺の心に突き刺さる。
自惚れていた。
天狗になっていた。
錯覚していた。
自分は英雄だと。
ヒーローだと。
選ばれた人間だと。
そんなどうしようもない選民思想とくだらないプライドの行き着いた先は決して許されない罪。
何が英雄だ。
何がヒーローだ。
何が選ばれた人間だ。
俺はただの人殺しだ。
俺が絶対悪だと認めた人殺しだった。
そして、俺は殺す必要のない人間を殺した。
いや、殺してはいけない人間だった。
でも殺してしまった。
しかも自分の意思で。
その瞬間から俺は、本当の意味で人殺しに成り下がってしまった。
……
……
……
頭に走るノイズが消え失せ、断頭台に戻ってきた。
……そうか。これは、黒騎士の記憶だ。
そしてさっきのは黒騎士が抱いていた感情。
それらを追体験したのだろう。
王国にいた頃、文献で読んだことがある。
強力な魔力同士がぶつかった時に起こる、お互いの記憶や感情を見る現象。
『存在交差』
オレは今、その現象を体験している。
「素晴らしい世界だな。君たちがいた所は」
ゆっくりと振り返り、声がした方向を見る。
文献通りなら、ここでオレに話しかけてくるのは一人しかいない。
「貴方は黒騎士……ですか?」
声の主────黒騎士は驚いた表情を一瞬だけすると、すぐに穏やかな顔になった。
「そうだ。正確には、黒騎士というのは俺の成れの果て。
俺の魂が半ば俺という存在を保ったままダンジョンによって生前の愛鎧を身体として魔物化した存在だ。
そして君と話している俺は元の魂の人間だった頃の一部だ」
そう言うと黒騎士は一度顔を下げて……どこか遠くを見つめるように言葉を零した。
「君も見ただろう?俺の罪を」
「……見ました。
あの人は一体何をしたんですか?
どうして貴方はあの人を必死に追い詰めようとしていたのですか?」
「彼は……俺が殺したあの男は、多くの人々を殺したんだ。
無辜の民がいる村を焼き払い、同じ騎士団の仲間を何人も斬り、護るべき国民や貴族を殺していた。
────書類上ではな」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
それでもなお、黒騎士は言葉を重ねる。
「ただの偽造だったんだ。
彼は知りすぎていたんだ。国の闇を。
今まで散々利用しておいて、最後は保身の為に自ら手を汚さずに葬る。しかも最低最悪のやり方で」
「それってつまり……」
「祖国の上位階級者達は自分らに都合の悪い人間を彼を利用して次々ところしていったのさ。
勿論、敵国のスパイや悪徳貴族もな。
そして彼が邪魔になったと見るや今度は俺を利用して彼を始末した」
「なんであの人は邪魔になったんですか?」
「簡単な話だ。
彼も正義感が強すぎた。
彼は優しすぎた。
国の為、誰かの為にその手を血に染めた男だ。
もしそんな彼に自分も国の悪だと知られた日にはどれだけ権力を持っていようがお構い無しに殺される。
奴らはそれをおそれたのさ」
優しいからこそ、誰かの為に自らを汚せる男……。
オレは、そんなヤツを一人だけ知っていた。
「結果、彼は殺された。
これまで人々の為を想い、こなしてきた仕事を罪として人々に公開し、その上で彼を公開処刑した。
彼の生涯は他でもない彼が守ってきた人間の罵声と嫌悪で幕を閉じた。
────あぁ、そうだ。他でもないオレが殺した!」
黒騎士の言葉に力が籠る。
「俺は愚かだった!
自分が利用されていることに気付かず、ただの噂話に唆され、報われなければいけない人間を最悪な方法で殺した!
挙句の果て、俺はそれを正義だと、正しいことだと思い込んでいた!
こんなことが、正しいわけないのに……」
熱が籠っていた黒騎士の言葉は徐々に萎み、フェードアウトしていく。
「後悔を……しているんですか?」
「……そうだ。
俺はあの日、英雄というシステムを知った。
ただ都合のいい人間を見繕って造られた『偶像』だ。
英雄こそ正義で、それに歯向かう愚か者は悪だと、知らしめる為の偶像。
あとは単純な英雄を言葉巧みに唆し、自分達の都合のいいように利用する。
それが英雄の正体だった」
黒騎士は自嘲気味にフッと笑うと言葉を継いだ。
「俺はまさしくその典型。
踊らされるがままに必死こいて彼を悪者として断罪しようとする姿は上位階級者からしたらさぞ滑稽だっただろうな」
「でも貴方だって国ために戦っていたじゃないですか!」
「ああ、そうだ。俺は確かに戦っていた。
その道に後悔はない。
俺だって国を思う気持ちは負けているつもりは無い。
でも違うんだ。
俺とあの男じゃ、歩んできた道のりが違いすぎる」
「歩んできた道のり?」
「あの男の部隊は俗に言う暗部だ。
一般兵よりも遥かに厳しく、法外な訓練を重ね、肉体改造や人体実験を受けた者達が普通では到底不可能な仕事をさせられていた。
たった一分隊での敵拠点強襲や食料護送の強奪、圧倒的不利な戦線の現状維持など。
他の誰よりも辛く厳しい戦場で、誰に褒められるでも認められるでもなく戦い続けていた。
俺達は彼らが決死の覚悟で戦い続けている時に悠々と決定的打撃を受けてあたふたしている敵軍を掃討することしかしちゃいない。
そんなんで英雄と持て囃されて、俺は有頂天になっていた。
お零れで英雄なっただけの癖に、一丁前に正義を語り、彼を貶めた。
英雄も所詮、人殺しに過ぎないくせに……」
一通り語り終えた黒騎士は僅かな嘆息を吐き出すと、オレに最も難しい問いを投げかけた。
「桐生白刃、お前は【光の勇者】であり、英雄になれる男だ。
だからこそ問おう。
お前は俺の話を聞いてもなお、戦うか?
英雄とは成るものではない。人々にそう認識されるものだ。
お前は戦い続けるうちに必ず英雄と呼ばれるだろう。
例えお前がそれを否定し、望まないにしてもお前は英雄になってしまう。
英雄となった者の最後は殆どが悲劇となる。
俺がそうであるように。あの男がそうであったように。
それでもなお、お前は戦い続けるか?異世界の勇者よ」
唐突に投げかけられた問いにオレは思わず硬直していた。
オレは、自分が英雄になるなんて思っていなかった。
でも黒騎士の話を聞いて考えついた。
『英雄とは成るものではなく、そう認識されるもの』。
その言葉を聞いてガツンと後頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。
オレは失念していた。
オレは【光の勇者】としてこの世界に呼ばれたのだ。
だったらオレがこの世界で生きるために為に戦った末どうなるかは考えるまでもない。
彼の言葉は暗にそれを示していた。
そしてもう一つ、今戦いから降りれば最悪は避けられると教えてくれている。
確かにそうかもしれない。
今から戦うことをやめればあとは慎ましやかではあるが、一生を安定して暮らせるだろう。
『勇者』として英雄化されることも無く、英雄の名を利用しようとする者達の思惑に巻き込まれることもない。
嗚呼、それはなんて素敵な提案だろう。
でも。
でもオレは────っっっ!!!
「貴方の話を聞いてもなお、オレは戦い続けます!」
己の答えを、口にした。
「オレは【光の勇者】である前に、みんなのリーダーだ!
クラスメイトがこの世界で生きる限り、オレは一歩先を行き、道を示す。
例えみんなが戦いに疲れたとしても、生きることを諦めないのらオレが死力を尽くす!
それがリーダーとして、この世界でオレがみんなの命を預かっているいる者として果たすべき責務だ!」
ああ、そうだ。
オレにはやらねばならないことがある。
子供のくだらない意地だし、それは滑稽な悪足掻きなのかもしれない。
だけどオレは戦い続ける!
みんなで元の世界に戻る為に!
「……たどり着いた先に、絶望の闇が待っていてもか?」
「上等だ。
オレは光の勇者、桐生白刃。
英雄の行く末に絶望と闇しかないのなら、光が照らしてみせる!」
「なにっ!?」
「報われなかった英雄達の絶望も、オレがそれは間違いではなかったと証明する!
英雄達の軌跡、生涯、生きた証を間違いなんて言わせない!
例えあんたらがそれを否定しようと、オレが認めない!」
そうだ、オレは────
「オレは不幸が大嫌いなんだよ!
英雄共は何も言わずに、オレに救われやがれ!!!」
オレの決意が、光の奔流となって精神世界に溢れ出す。
「……お前は欲張りだな。
まさか決して赦されない俺も救おうとは。
ああ、お前なら或いは、本当に乗り越えられるかもしれないな────」
オレの返答を聞いて、黒騎士は安堵の表情を浮かべた。
その顔は憑き物が取れたかのようにすっきりとしていた。
「ああ、うん。
お前なら大丈夫。
お前ならこの先、何があっても最後には立ち上がれるはずだ
さあ行け。
行って俺だったヤツを倒して、お前の仲間を守るんだ!!!」
その言葉を最後に、視界は白く染まった。
そして、存在の交わりは終わる。
☆☆☆☆☆
ふと我に返った。
存在交差は終了したらしい。
だがまだ戦いは終わってない。
オレの手にはウィルトスがある。
オレの身体からは膨大な魔力が波動となって解き放たれている。
《勇者の一撃》と《黒騎士の一撃》の撃ち合いは、まだ拮抗していた。
「今度こそ、負けるものかぁーーーっ!」
声が枯れるまで叫ぶ。
己を叱咤するように。
もっとだ。
もっと強く!
「撃ち抜けぇーーー!!!!!」
オレはその手に、ありったけの力と魔力を込めて叫び、剣を振り抜いた。
そしてその一撃は。
「◼◼◼◼◼◼◼◼ッッッ!!!」
確かに黒騎士に届いた。
漆黒の鎧は撃ち勝ったオレの《勇者の一撃》に呑み込まれ、断末魔の声を響かせて消え失せる。
数秒後。
さっきまで黒騎士がいたその場所には、焦げた跡だけが残っていて……。
「っ、しゃあああああああっっっ!!!」
オレは思わず勝利の雄叫びを上げ……
「しゃああああああ!!!あっ……」
立つことすらままならず、倒れた。
まだだ。
まだ悠斗君の方に敵はいる。
援護しに行かないと……。
そう思っても体は動かない。
這ってでも行こうと決意した矢先、オレの意識は暗転した。
コードギアスの映画を見てきました。
いやー、あれもうマジやべぇ。
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