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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
60/112

黒騎士戦③

黒騎士戦言うけど、アイツほとんど出してねぇ……。

今回は一万文字超えたので長いですよ!

では!


ソレは悪い夢だと思いたかった。

目の前に広がるのは死屍累々の光景。


死体の山と血の海がどこを見渡しても広がり続け、耳に届くのは苦悶と怨嗟の声。


薄暗い裏路地で、心細くなるような森の中で、キラキラと眩しい舞台の影で、吐き気を催すような戦場で。


ありとあらゆる場所に積み重なる死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。


その全てがこちらに目を向けていた。


憎悪を宿す瞳で、理不尽を嘆く口で、狂気に染まった顔で、生者(じぶん)に対する呪詛を吐く。


生きとし生けるもの全てを呪い殺すような呪詛。

そこに悪意などなく、ただ純粋な憎悪だけが存在していた。


『恨めしい……』


『どうしてわたしが……』


『こんなのあんまりだ!』


『あぁ、苦しい……』


『赦さない……』


『赦してなるものか……』


『殺してやる……』


『殺す』


『殺す』


『殺す』


『死ね』


『殺す』


『死ね』


『死ね』


『死ね』


『殺す』


『殺す』



『『『『『殺してやる』』』』』



「あぁぁぁあああああああああがぁあぁああああうがぁぃぎゃあうがげぇがふぅがァ!!!!!」


目の前の悪夢だけじゃない。

耳元で囁かれる無限の怨嗟。

それが心を蝕み続ける。


もう終わりたい。この身体をバラバラに引き裂いて、存在ごと消え去りたい。

そんな自己破滅欲求が脳を満たす。


最早人語ではなく、獣のそれのような叫び声は止まることを知らないかのように迸り続けた。


これは影騎士の記憶。

彼がこれまで葬ってきた人々の、怨嗟と憎悪の投影。


これが《精神汚染》。

悪意によって引き起された、心を砕く呪いである。


……


……


……



神崎瑛士かんざきえいじは《精神汚染》の悪夢に晒されている中、もがき苦しんでいる自分を、どこか他人事のように感じていた。


いや、当然自分にもその苦しみは来ている。

あと一押しされれば心が破滅しかねない状況下で、彼は己の終わりを錯覚していたからだ。


しかし────。



「なぁーおい。大丈夫か?」


「えっ?」


気がつけば瑛士は、学校にいた。

制服姿で、机にもたれかかって寝ていたらしい。

自分に呼びかけてきた春樹のことすら無視して、思わず呟いた。


「地球に……帰ってきた?」


「はぁ?何言ってんだよ。異世界に行く夢でも見たか?」


どうやら聞こえていたらしい。

隣にいる春樹が怪訝そうにのこちらを見ていた。


「まったく。いきなり飛び起きて汗まみれで顔色悪かったから声掛けたら、変なこと言い出すとか、本当に大丈夫か?」


「あ、ああ」


「そっか。ならいいんだ」


「……なぁ」


「ん?」


「悠斗の席って分かるか?」


「悠斗?ああ、桜田のことか。お前らそんな仲良かったか?」


「あ、ああ、まあな。」


「ふーん。まあいいや。あそこだよ」


そう言って、春樹は窓際の隅の席を指さした。


「ありがとう、春樹」


おう、と言って春樹は席に戻って行った。


おかしい。

何故春樹は異世界転移のことを覚えていない?

それとも本当に今までのことは夢だったのか?


考えても仕方の無いことだと分かっていても、瑛士は考えをやめることは出来なかった。


考えているうちに、悠斗の席まで着いたようで、瑛士は一度深呼吸した後、机に突っ伏している悠斗に声をかけた。


「おい、悠斗。ちょっと話があるんだがいいか?」


「……」


返事は無い。


「悠斗?……おい聞いてんのかゆう────っ!」


悠斗を起こそうと、瑛士が肩に触れた瞬間。


ぼとっ。


重たい音を立てて、ナニカが落ちた。

考えたくない、見たくない、と頭が現実を否定する。

しかし、その目は捉えてしまった。


首から上が無い、悠斗だった誰かの体。

机に広がる血溜まり。

滴り落ちる鮮血。


そして────


足元に転がる、


悠斗の、


いや、


悠斗だった人の、


生首を。



「う、うわぁああぁぁあ!?」


思わず、尻もちをついた。

さっきまで彼の首と胴は繋がっていた。

なのに何故!?

なんでだ!?


分からない!

分からない!

ワカラナイ!

ワカラナイ!

ワカラ……ナイ……。


「おいおい。何を困惑している。これは君が望んだ未来じゃないか」


目の前にある悠斗の首が喋りだした。


「俺が望んだ…こと?」


「そう。これはお前の望み。お前の奥底にある、醜く歪んだ欲望の投影だ」


思考が軋む。

こいつは何を言っている?

俺は……誰と話している?


「あはははっ!まだ分からないのかい?オレ・・はお前自身。お前の深層意識そのものを具現化したモノだ」


悠斗の顔をしたナニカは、イヤらしく嗤った。


「お前は心のどこかで望んでいたはずだ。この男、桜田悠斗のようになりたいと。

しかし、お前では無理だった。

全て半端なお前が、ただ一つ、白刃でも敵わない強さを持つ悠斗になれるわけがねぇ!

どんな絶望にも挑み、その逆境を覆してみせるその勇気!あるいは覚悟!俺達異世界転移者の誰も届かねぇその高みを持つあの男は、お前のように半端な人間じゃねぇからだ!」


心に刺さる。

あいつの言葉は恐ろしいくらいに俺の心を穿っていった。


「あぁ、だからこそお前は、この結末を望んだ……。

お前じゃ、あの男にはなれないから。だったらいっそ、いなくなった方がいいと!お前はそう思った!」


違う。そう叫びたかった。でもどこか、あいつの言葉を否定出来ない自分がいた。


「なぁ、楽だったか?この世界で、悠斗に憧れた時は。

桜田悠斗という存在に憧れを存在を抱き、その征く末を見ることを望む傍観者という自分を演じていたいた間は」


何を言っているんだ……こいつは?


「気づいてねぇなら教えてやるよ。お前は悠斗に憧れを抱いていたんじゃねぇ。

悠斗に憧れを感じていると思い込み、あいつを見守る友達役という仮面を被り、自分を、神崎瑛士という人間を肯定していただけだ!」


足場が崩れ落ちるような錯覚を抱いた。


「お前は!人の目ばかり気にして、自分自身を高めようとせず、他人に縋っていなきゃ自己を肯定できない!……卑怯者だよ」


『卑怯者』。その言葉を聞いた瞬間、思考が暗転するような感覚に陥った。

違う。俺は卑怯者なんかじゃない。

卑怯者じゃ……ない……はずなんだ。


「反論の言葉は浮かんだか?浮かばねぇだろ。なんせお前は根っこからの卑怯者で弱者だ。

一度でも取り繕った仮面を砕かれたら最後。お前の弱さがあっさり出ちまう」


まるで心をようだようなタイミングで話かけてきやがる。

違う。違う違う違う違う違う違う違う!


「まるで心を読んでいるようだって?そりゃそうだ。オレはお前だ。お前の考えていることなんて手に取るように分かる。なんせオレはお前なんだから」


ふざけるな!俺は俺だ。俺以外の俺なんて存在しない!


「いいや、オレはお前さ。そう、オレはお前でお前はオレ」


違う。俺はお前なんかじゃない。俺は俺だ。俺は俺。俺はオレ。オレは俺。オレはオレ。俺は……


俺は……誰だ……?



「ほら見ろ。お前が自分自身を作っていなかったせいだ。仮面が無くなったお前は、誰でもない、ただの空っぽな人型の肉塊に過ぎねぇ!」


違う。違う違う違う!

俺は……俺は……っ!!!



「そんな戯れ言に呑まれるなよ、阿呆」


その時、声が聞こえた。

さっきまで俺を問い詰めていたヤツと同じ声。しかし、その声は優しいものだ。


「ばかな……何故お前がここに!」


「なんで?苦しんでる友達救うのに、理由なんているの?」


あぁ、やっぱりこいつはすげぇ。

お前はすげぇよ、なあ、悠斗。


「まさかお前……オレの精神汚染を受けた後に、それを克服して《精神耐性》と《精神汚染》を手に入れたな!」


「うん、そうだよ。そしてダメ元だったけど《精神汚染》をかけることでオマエの精神汚染を相殺しようと試みた。何とか成功のようだね」


「くくっ、だがもう遅い!ヤツの心は完全に俺が打ち砕いた!現実では精神が破壊されているはず────っ!」


その時、悠斗の気配が変わった。


「黙れ虚像。疾く失せろ!」


「くっ、そおぉぉぉぉお!」


悠斗が一喝した瞬間、偽の悠斗の生首は消し飛んだ。


さっきまで教室だった空間も、何もない真っ白な空間に変わっていた。


「悠斗……お前は本物の悠斗なのか?」


「僕は残念ながら、本物の悠斗じゃない。君にかけられた《精神汚染》を相殺するために僕がかけた《精神汚染》のビジョン。それを形どったものだ」


そうか……。なあ、悠斗。俺はお前の友達でいる資格はねぇみたいだ。


「ねぇ、瑛士。僕はさ、君の中にビジョンを送る際に君の、君達の会話を聞いていたんだ」


絶望してしまった。

悠斗に俺の本当を知られてしまっていた。

俺は……もう……っ!


「正直さ、嬉しかったんだ」


「えっ?」


意味が分からなかった。俺の醜い心の内を知って嬉しかった?


「僕はさ、いつまでも空っぽだった。嫌なことがあってさ。何かもがどうでもいいって思って、でも死ぬのが怖くて自殺も出来なくて。全部中途半端で。結局、凛紅や大輝がいなかったら僕は壊れてたと思う。

だから君の心の内を聞いて驚いたよ。友達がいっぱいいて、みんなと話を合わせれて。クラスを盛り上げていた君が、自分を半端って思っていたことが」


「あんなの……別に……お前の強さに比べたら、大したことじゃない」


「ううん。僕は人と話すのが得意じゃなくて、友達が少なくて、いつも君を凄いと思っていた。

それに、強さなんて人次第なんだよ」


「そんなこと、分かっているさ。でも、でも!俺は卑怯者だった。あいつに、卑怯者って言われた時、俺はなんも反論出来なかったんだ!」


「……君は卑怯者なんかじゃないよ」


「何を根拠に!!!」


胸にどろりとした感情が溜まっていた。それが八つ当たりだと分かっていても、悠斗に言葉をぶつけるのが止まらない。


「君は戦ったじゃないか」


「だから誰と!」


「自分自身と」


「自分……自身?」


「うん。君は、レッサーデーモンと戦った時、負けそうになっていた。

でも君は諦めそうな身体と心に鞭を打ち、乗り越えたじゃないか」


「あれはっ!……あれはお前の言葉のお陰だ。俺自身の功績じゃない」


「ううん。僕は道を用意しただけだ。

その道を行くかどうかを決めるのは本人しかできない。

そして君はその道を行くことに決めた。先も見えず、待っているのは辛く険しい道だと分かっていてもだ」


「っ!?」


「本当に自分を高めようとしないのなら、そこで諦めていたはずだ!

なのに君は諦めず、戦うことを決意した!

負けそうな心と、諦めたい身体に、そして何より、自分自身に勝利した!

それを誰が卑怯者と笑う!

もしそんなやつがいるのなら、そいつらこそが卑怯者だ!

そして君を卑怯者と言ったヤツは、君が苦しむ姿を見て空っぽと言った。違う!君は空っぽじゃない!

君は君自身を理解し、その在り方を変えようとしていたからこそヤツの質問に苦しんだ!

それは君が今まで自分自身と戦い続けてきた証じゃないか!」


綺麗事だ!と叫びたかった。

お前に何が分かる!と、吠えたかった。


でも出来なかった。あまりにも悠斗の言葉が嬉しかったから。

俺を見て、俺を理解して、俺を励ましてくれていることが。

俺を卑怯者じゃないと言ってくれたことが。


本当に────嬉しかった。


「さあ、立ち上がれ。君は卑怯者じゃない。空っぽじゃない。君がまだ君自身を肯定できないなら僕が君を肯定する!

それを他人依存と笑うヤツがいるならそいつを僕が笑ってやる!他人を見下すことしかできない卑怯者、と!

君は一人じゃない。僕が、僕達がいる!

君にかけられた呪縛を解き放て!」


そこで、真っ白な空間はさらに白く、眩い閃光と爆ぜた────。







☆☆☆☆☆


神川希理かみかわきりにとって、ソレは最早何度見たかすら分からぬ悪夢であった。


あの日からもう何ヶ月も経っているのに、いまだに彼女を蝕み続ける記憶。


「……ああ、またこれか……」


いつものように感情に乏しい顔で、能面のように表情を変えずに彼女は一人呟いた。


忌まわしい記憶。

他ならぬ私自身を今すぐ呪い殺したくなるほどに憎々しいあの記憶。


だけど。

今日の悪夢はいつもより、狂おしい程に嫌悪感が沸き上がって来た。


この時、ちからを持っていながら行使しなかった自分を。

あの時、泣きじゃくる少女と自己嫌悪に陥る少年を見ながら、自分は悪くないと正当化しようとして現実から逃げていた自分を。


今までの比じゃないくらい、恨めしくなった。

その場にいたなら、今すぐ過去の自分を殺して、存在すらバラバラに引き裂いてしまう程には。


少女ミーシアは泣き止んだ。

少年ゆうとは少女を連れて森の出口へと歩いていく。

そこで悪夢は終わる……はずだった。


「えっ?」


目の前にノイズのようなナニカが走ると、世界は変わっていた。

いや、再び巻き直された・・・・・・と言うべきか。


繰り返す、あの光景。


白かった馬車のホロは血に染まり、誰かが抵抗する際に放った魔法で周囲は火が燃え盛っていた。


唸る、尋常ではない見た目の一角狼。

その数も途方もないものだった。


馬車より少し離れた位置。

押し倒され、命乞いをしながら一角狼に噛み付かれている男性。

彼は人間とは思えぬような絶叫を、喉が張り裂けんばかりに上げ続けていた。


噛みつかれている腕と足はそのうち食いちぎられるだろう。

幸い、自分の存在は彼にも一角狼にもバレていない。

ゆっくり銃を構えて狙い付ける。


しかし、照準が合わない。

彼女は恐れていた。

一角狼に気づかれることを。

彼に間違って当ててしまい、自分が人の命をうばってしまうことを。


そして何より、自分が彼のようになってしまうことを。


手が震える。

視界が霞む。

指は凍ったように動かない。

体は人形のように言うことを聞かない。

耳と鼻だけは正常に働いて、聞きたくもない音、感じたくない匂いだけが彼女に届く。


結局、彼女は男を助けなかった。

己の生を優先し、目の前にいる他者を助けなかった。


「……」


悪夢の中の少女は胃の中のものを吐瀉物に変えて吐き出していた。


ああそうだ。私は、自分で見殺しにしておいて、こんなふうに被害者ぶっていた。


希理のそんな思いを知ってか知らずか、彼女は吐き出すのを止めて、よろよろと様子見を再開した。


その瞬間、目が合った。

黒い衣を纏った獣の紅い目を、覗いてしまった。


少女は死を覚悟していた。

これは天罰だと。

目の前にいる人を救わなかったから、神様が用意した残酷な罰。

彼女がその時最も恐れたことを、彼女に味合わせるつもりだと、そう思っていた。


しかし、実際は違った。

こんなのは罰ではなかったらしい。

人を見殺しにしておいて、どこまでも我が身の可愛さを優先した女には、その程度では生ぬるいようだ。


これから彼女は本人が知らない内に悠斗に助けられる。

そして彼は人を助けるために人を殺し、その咎を背負う。


それと同時に彼女()は、見殺しにした記憶と悠斗に負わせた咎の両方に囚われる。


それはどちらも、(少女)が背負うべき罪、処されるべき罰。


さあ、始まる。悪夢のクライマックスが。

彼は知らずの内に私を助け、そして二人の人を救うだろう。


少女()は多くの人を見捨て、自らを助けた。


ここからが(少女)の、本当の地獄────



になるはずだった。


ドスッ!


鈍い音。


少女は見た。


少年に突き刺さる、凶悪な角。


そこから溢れ出る血、血、血。


襲いかかる一角狼達。


ゴキョッ、バキッ、メシリ、グチャ。


破ける肌。


砕ける骨。


千切れる肉。


吸われる血。


嗚呼、なんだこれは。


嗚呼、これこそが悪夢か。


助かるはずの少年は死んだ。


助からなければならなかった少年が死んでしまった。


赤く光る瞳がこちらを捉えた。


血に濡れた牙が少女()に突き立てられた。


(少女)は悲鳴さえ、上げられずに、無惨に食い散らかされた。


「何……これ……」


希理は思わず零していた。

自分が知らない結末。

ありえない終末。


その光景が、目の前に広がっている。

これは一体……



「まだ分からない?」


動揺した意識を叩くような、馴染みのある声。

発生源は下。

それは……獣に激しく食い殺されながらも、辛うじて原型を留めていた自分。


自分()と同じ声、同じ口調、抑揚はなく、義務的な喋り方。

紛れもない、自分自身の声。

ただ一つ違うのは、乏しいはずの感情が自分にしては豊かなこと。


「……はぁ。分からないのね」


私らしからぬ声で、私のような誰かは嘆息をついた。


「ワタシは貴女。そしてこれは、貴女が望んでいた結末よ」


「……っ、何を……言っているの……?」


私が望んた結末?これが?


「言葉通り、この光景は他でもない、貴女自身が望んでいた結末。

貴女は心の奥底でこう願っていたはずよ。助からなければ良かったって」


「っ!?」


「図星のようね。

貴女はあの日あの時、生き延びてしまった。他人を切り捨て、誰も助けられなかったという業を悠斗カレに背負わせた貴女は、のうのうと生き残ってしまった。それが貴女に掛けられた呪い」


私の姿をした私じゃない誰かは、尚もまくし立てる。


「貴女は辛かった。数多くの人を見殺しにしたかもしれないという恐怖と悠斗カレに業を背負わせた自責の念が貴女を少しずつ蝕んでいた。

しかもそれは他でもない貴女が原因。誰かに責任を押し付けることもできず、何かに縋ることもできない」


もう止めて……。


「貴女は弱い少女。結局自分を正当化して自分を慰めることしかできなかった憐れな子供。

そして唯一の精神安定剤だった正当化さえも意味を成さなくなった。

何故なら悠斗カレが。よりにもよって最も傷つき、最も自分を正当化しているはずの少年(悠斗)がソレをしていなかったから!」


私を見ないで……。


「自分とまったく同じ年齢の子供のはずの悠斗カレが!少し生まれた日が違うだけの少年カレが!自分自身を責め続けていた!

貴女ワタシは現実から目を逸らすことで精一杯だったのに。同じ年齢のはずの悠斗カレは現実を見て、自らの罪と向き合っていた!」


私に話しかけないで……。


「確かに悠斗カレには縋れるものも、頼れる人もいた。それでも少年(悠斗)は、ワタシ(貴女)にはできないことをやってのけた!

だから貴女は心の奥底で望んだの。あの時、死んでいれば良かったって」


私の心を暴かないで……。


「貴女があの時死んでしまいたいと思うなら、前提として悠斗カレは死んでないといけない。

だって悠斗カレは戦い続けるから。最後まで諦めずに、命の雫が尽きるまで、ずっと。

だから貴女は心のどこかで悠斗カレの死を望んだ。自分が死ぬために。また貴女は我が身可愛さで他人を巻き込んでいく。

本当に、悪い子……」


これ以上私を責めないで……。


「でもしょうがないわよね。悠斗カレと貴女は生きる世界が違うもの。

悠斗カレは白刃君とはまた違ったベクトルの主人公。脇役どころか、物語の盤上にすら立っていない貴女じゃ、そもそもの存在の規格が違う。

貴女は弱い子だもの……。カレのように強い子にはなれない」


一言一言が心に突き刺さり、否定も反論もできずに泣きじゃくることしかできない希理を一瞥すると、無惨な少女の身体は千切れかけの手足を引き摺りながら、同じくら無惨な姿の少年の元へと歩み寄った。


動き出した少女の遺骸は、少年の遺骸を今にも千切れそうな腕で抱き上げると、愛おしそうに、抱きしめた。


「ねぇ、貴女。貴女は本当に最高ね」


突然、さっきまで散々罵っていた相手を褒め始めた少女の遺骸に、既に疲弊していた希理も怪訝そうな顔をする。


「だってそうじゃない?

貴女はこの桜田悠斗さくらだゆうとを自分の望みの為に死に巻き込もうとしていながら、カレに対して恋心を抱いている。

強くて、自分にはないものを持っていて、そして恩人でもあるカレに、貴女は惚れてしまった!

これ程素晴らしいことはあるかしら!死を望んでいながら、その相手に恋慕を抱く。なんて矛盾に満ちた茶番なのかしら!」


希理の顔が、朱く染まる。

それは彼女が気付いていながらも、必死に気づかないフリをしていた感情。

そしてそれを矛盾と言われ、茶番と嗤われた希理の精神は限界に近かった。


「まあ、貴女はいまでよくやったわ。

考えて、苦悩して、必死に足掻いた。

でもそれもここまで。さあ、そのきたない願望と矛盾に満ちた恋心を抱えて、────壊れてしまいなさい」


「ぁああああぁぁぁぁぁああああ!!!」


心がひび割れる。

思考がぐらつく。

意識が白む。

涙が溢れる。


嗚呼、やはり私は────


……


……


……






「嘘でしょ?」



虚空に溶けかけていた希理の意識はとても暖かい何かに包まれているのを感じた。


「大丈夫。君のその感情は間違いではないし、その罪も、その罰も、君だけが受けるものじゃないよ」


ああ、なんて暖くて、優しい声。


「君はこんな結末を望んではいない。君の望みは、穢いものなんかじゃない。

だから、戻ってきて────」


そうなのかな。私の望みは、穢くないのかな。


希理の意識はその暖かい声に誘われ、溶けつつあった身体を再構築し、その精神を元に戻した。

今、囚われていた姫が目覚める。



「んっ、んん……。ゆ……うと……、悠斗ぉ……」


感情を表に出さない彼女しては珍しく、希理は自分を包んでいた暖かさに身を委ね、泣きじゃくった。


「私……辛かった。まだ救えたかもしれないのに……もし失敗したらどうしようって思ったら、突然身体が言うことを聞かなくなって……。私は……私は……っ!」


「希理。僕は君があの時、どれだけ恐ろしかったのかは分からない。

でもその苦しみは、その辛さは、誰よりも理解しているつもりだよ」


「本当に……?」


「うん。

僕もさ……経験があるんだ。助けれるのに、見殺しにしてしまった経験が。

辛かった。苦しかった。あとほんの少しだけ前に出ていれば、目の前のその子は死ななくて済んだのに、失敗したらと思ったら足が竦んで。結局何も出来ずに失敗して。最後にはどうしようもない虚しさと、吐きそうになるくらいの後悔に押しつぶされそうになった。

希理。君があの時抱いた感情は、何一つして間違ってはいない。

目の前で苦しんでいる人を助けたいという正義感も、失敗を恐れてしまった恐怖も、現実から目を背けるための正当化も、何も間違えちゃいない」


「いいや、それは間違いだ!

その感情は弱者が己の弱さを隠すための便利なツールだ!

神川希理の望みは穢く、醜い、エゴの塊だ!」



刹那。

悠斗が纏う雰囲気が変わった。


「黙れ虚像。偽物風情が彼女を語るな。彼女を穢すな。『対象にとっての最悪の光景』を見せつけ、人の弱さを突くことでしか心を砕けない三流が彼女の姿をして

彼女の声で、彼女を否定するな!」





悠斗の怒号。

それは波紋となって広がり、虚像の少女を風景ごと無に還した。


《精神汚染》の本質。それは対象の中にある『最も嫌な事があった時の最悪の光景』を掘り起こし、それを使って相手の精神を傷つけるというものだ。


どんな人間であっても『最悪の光景』とは、その人物の闇に最も近い部分である。

希理の最悪の想定が、そうであったように、『最悪の光景』はその人の、悩みであったり、苦悩だったり、精神的な弱点そのものだ。


だからそれをあえて『対象が深層意識で望んだの光景』と欺くことで、目の前の真贋混じった情報と、自己情報とが矛盾を起こし、その不可に精神が耐えきれず崩壊する。

それが《精神汚染》の仕組み。



弱々しく倒れたまま悠斗にしがみつく希理に、悠斗は語りかける。


「希理。君が見せられたあの光景は、君にとっての最悪の光景を模したものなんだ。

あれは君の現実逃避のための望みじゃない。君がなんとしても拒みたかった光景なんだ」


「私が……拒みたかった光景……?」


「そう。だから君の望みは穢くなんてない。

それに君は確かに一時は現実から目を逸らしたかもしれない。でもね、君はそこから逃げなかった。

本当に辛ければ思考を止めれば良かった。虚像の言葉にだって反応はしなかっただろう。

でも君は思考を止めることはせず、虚像の言葉を真摯に受け止めた。

そんな君が弱いわけがない。

弱いなら君はもうとっくに壊れていた。

けど君は今まで壊れずに耐え切ってきた。

君は強いよ、希理」


今だ縋るように抱きついている希理を今度は自分から抱き寄せて、悠斗は耳元で囁くように、けれど力強く言い放った。


「もしそれでも自分を許せないのなら、僕は君が自分を許せるまで傍にいる。君が苦しみと思うなら、その苦しみを理解出来る僕がそれを共有しよう。

僕だけじゃ頼りないなら、瑛士がいる、春樹がいる、河島さんや工藤さんもいる。凛紅達だって。

世界の誰もが君を否定しようと、僕は君を肯定する。だから……君はもう、苦しまなくていい!」


「ああ……うわああぁぁぁぁああ!!!」


その一言を最後に、希理の心は決壊した。

《精神汚染》で摩耗された心が、優しさで元通りになって行くのを感じる。


このまま希理は、優しい光に包まれて空間が崩壊するまで暖かい腕の中で泣き続けた。








☆☆☆☆☆


悠斗は追い詰められていた。

影騎士が召喚した亡者達は、その圧倒的な質量で悠斗をじわじわと追い込んでいく。


(くそっ、ダメだ!殲滅系魔法を撃とうとしてたら押しつぶされる!)


亡者達一体一体は強くはない。しかし、雑魚でもない。

そんなのが五百に届きそうな数で物量戦を、それもかなりの至近距離から行てきたら、まさに悪夢だろう。


殲滅系の魔法をいくつか持っている悠斗ではあるが、ここまで距離を詰められていれば、詠唱やチャージの間にすり潰されて終わりだ。


「諦めるもんか!」


だが、悠斗は諦めることが許されない。

何故なら彼は言ったからだ。

友人に向かって「諦めるな」と。

死と苦しみの淵に立つ友人に彼は「乗り越えて見せろ」と言った。


なら、そう言った自分が窮地を乗り越えないで、どの面下げて瑛士あいつの友を名乗れようか!


スキルを全開で発動し、最適かつ最高の効率で敵を屠る。

今は目先のことだけを考え、影騎士のことなど考えない。


いくつもの有効なアイテムを用意した。

いくつもの展開を読んだ。


しかし、それらが全て無意になる程の物量、危機的状況。

だが、ここまで追い詰められてなおも悠斗の動きは加速する。


(現実から逃げるな、結果を見ろ!今僕がやられたらどうなる!?)


もし今悠斗がやられた場合、亡者達は瑛士達を包み込むドームに殺到するだろう。

そうじゃなくても影騎士が彼らに牙を剥くだろう。

如何に堅牢な【妖精護りし精霊庭園フェアリーガーデン】の護りでもあの数、あの実力者を相手には長くは持たないだろう。


(今僕がここで死んだら、後ろにいる瑛士達は死ぬ!そして凛紅達も危なくなる!

僕は誓ったはずだ!もう二度と奪わせやしないと!だったら死ぬ気で戦え!)


心の中で自らを奮い立たせ、さらに悠斗は亡者共を屠る。

剣で、魔法で、スキルで、体術で。


果てしない闘争を続ける。

それは悠斗が半分近くの亡者を薙ぎ倒した時のことだ。


「っ、しまっ……!」


まだ生きていた亡者に足を掴まれた。

戦い続けていた身体止まった。


ドスッと、鈍い音が鳴って、悠斗の腹部に亡者の骨の腕が突き立てられた。


「がっ、ぁああああ!」


喀血し、神経を焼き切るような痛みに襲われても、悠斗は足にしがみついた亡者を振り払い、その足で腹部に腕を突き立てている骨の魔物を蹴り飛ばした。


スキル《竜ノ因子》によって得た再生能力で傷口は塞がるが、痛みやダメージまでは回復できない。

悠斗の動きは鈍くなっていき、受ける攻撃も増えた。

まだ致命傷が入ったわけではないが、この調子では時間の問題だろう。


「このぉ!────っ!?」


ボロボロの身体に鞭を打ち、必死に足掻き続けた悠斗の足が、ついに折れた。

ついに悠斗にも限界が来たのだ。


それを好機と見た亡者達が押し寄せる。

骨の津波と化した亡者共に、悠斗はなんの抵抗も出来ずに蹂躙される────はずだった。


悠斗が亡者共に呑まれる寸前。

後ろから放たれた特大の波動砲のようなビームが複数、空気を切り裂きながら殺到した。


それらは骨の津波に着弾。

大爆発を起こして、悠斗を苦しめていた亡者達のほとんどを消し飛ばした。


「一体何が……」


悠斗が振り向くとそこには……


地に這いつくばりながらも、必死に腕を伸ばし、後ろに巨大な大砲のようなものを浮かばせていた希理の姿があった。


☆☆☆☆☆


時を少しだけ遡る。

悠斗が亡者共相手に、決死の立ち回りを演じていた頃、《精神汚染》で精神的に深手を追っていた希理は目を覚ました。


「ここは……」


今自分達を包んでいるドームのような何かの検討がつかなくて、希理は困惑したが、不思議と恐れはなかった。


「暖かい……」


悪夢の中で、彼に抱きしめられた時と同じ、暖かさ。

しかし、その暖かさも、すぐに冷え切ってしまった。


「悠斗は……」


さっきまで自分を抱きしめてくれていた少年の姿が見えないことに気がついた。


「! そんな……まさかっ!」


そして全てを思い出した。

自分達の精神攻撃は影騎士にやられたものだ。

その意味と、ドームの正体に気がついて希理は青くなった。


「悠斗!っ……」


急いで立ち上がろうとしたが、何故か身体が言うことを聞いてくれなかった。

必死に這いずって、様子を見る。


案の定、悠斗は独りで戦っていた。

大量の骨の魔物を相手にして。


「嫌だ……」


悠斗の腹に骨の腕が刺さった。


「もう嫌だ……」


悠斗の身体が切り裂かれ、殴打され、穿たれていく。


「やっと気づけたのに……」


皮肉にも、精神攻撃によって気づいた自分の気持ち。

抱きしめてくれた、暖かさをくれた、自分を肯定してくれた少年。

自分の気持ちを伝える前に、彼は今、死の淵に立たされていた。


「失いたくない……」


自分を救ってくれた男の子を。


「今度は私が……救ってみせる!」


少女は必死に手を延ばした。

何が出来るかは分からない。

無駄死にするだけかもしれない。

でも、それでも、希理は悠斗を救いたかった。


自分の傍にいてくれると言った少年を、護りたかった。


現実は残酷だ。どんなに手を延ばしても、どんなに抗っても、精神論じゃどうにもならない事が多すぎる。


でもだからこそ、その精神に大きな変化を及ぼし、成長した少女に、【世界】が彼女に手を差し伸べた。


『────ユニークスキル《魔銃招来》《魔弾》、スキル《同時照準》、奥義《殲滅極光魔弾フェアティルゲン》を習得しました』


その言葉と同時に、彼女の頭に多くの情報が流れてくる。

それを基に、彼女は言葉を紡ぐ。


「《魔銃招来》、巨砲!」


その願いによって、ポリゴンが集まるように形成されたのは巨大な銃。いや、それは銃ではなく、砲と呼ぶべきものだった。


「《魔弾》発動、収束魔力弾装填!」


まるで軍隊を指示する上官の如く、普段の無口さが嘘のように手早く準備を終えていく。


そして────


「全弾発射、奥義、《殲滅極光魔弾フェアティルゲン》!!!」


砲身より、絶大な威力を孕む閃光が放たれた。

その光は、今まさに悠斗を押しつぶさんとしている骨の津波にぶつかり、弾けた。


驚いた悠斗がこちらを見ている。

希理は人生で最も大きな声で叫んだ。


「行って!影騎士アイツを倒しに!」




☆☆☆☆☆


影騎士は驚いていた。

唯一自分に立ち向かう少年は、圧倒的な数の亡者共によって満身創痍だった。


限界に達し、動けなくなった少年に亡者共は一斉に向かったので、彼はもう終わりだと影騎士は思っていた。


しかし、いきなり眩い閃光がこちらに向かってきたかと思うと、それは亡者共に炸裂し、召喚した亡者達はほとんど吹き飛ばされてしまった。


だが、影騎士は驚きこそすれ、脅威に思うことはなかった。

あれほどの砲撃はそう簡単に撃てるものじゃないし、撃てたとしても、自分ならどうにでもなる。

そして、もう一人の少年も満身創痍。戦えばしないだろうと、そう思って油断していた。


だからこそ影騎士は、今度ばかりはその慢心を消さなければならなかった。

何故なら────


「今度こそ……勝負だ!!!」



さっきまで満身創痍だった少年が、まだ晴れていない煙を突っ切って、自分に斬りかかって来たからだった。


「◼◼◼◼◼ッ!!!」


故に、影騎士は答えた。

その挑戦に、その一撃に。


影に生きる二人の、本当の戦いは今始まった!


もう影騎士戦にタイトル変更した方が良かったかも……。

まあ、それはともかく、スキルの解説は次回頃に。

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