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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第一章 Welcome To Anotherworld
6/112

剣を執り、立ち上がれ。ただ、女の子を助けるためだけに。

書き直し……というか追加パートです。

「ここからは僕が相手だ!」


  一体を滅し、残り三体のゴブリンを前にして、悠斗はそう宣言した。

  後ろには服を破かれ、中学生でありながらどこか艶やかな肢体をところどころ見せつつも、恥ずかしがるよりも先にただ悠斗をぽうっと見つめる少女の姿がある。

  安木双葉(やすらぎふたば)。悠斗のクラスメイトで、その容貌と心優しい性格から、本人非公式に『慈愛の天使』などというちょっとアレな二つ名を頂戴してしまった少女だ。

  本来なら、学校でも頂点格に人気の彼女の艶姿を見られた挙句、吊り橋効果を期待できそうな位カッコイイ啖呵をきった、スクールカースト底辺格な悠斗はその幸運に喜ぶべきなのだろうか。

  しかし、状況はそうも言えないほど切迫していた。


(残りの《電撃》使用可能回数は七。余裕を持たせるなら四。相手は三体、行けるか!?)


  最速で彼女を助けるためにはしょうがなかったとは言え、いきなり《電撃》スキルを見せてしまったのは痛い。お陰で警戒されている。

  しかも、三体中二体は盾持ち。さらに残りの一体も杖のようなモノを持っている。

 

「っ、やってやる!」


  己を鼓舞するためか、悠斗は態々声を張り上げる。

  対するゴブリンは悠斗に余裕がないことを察知してか、遠距離攻撃に警戒しつつも、どこか余裕そうにニヤついている。

  それを見た悠斗の苛つきが溜まっていく。女の子を複数で襲うのが許せない、ひん剥こうとするのが許せない、という義憤の中に一欠片の熱が生まれる。

  この笑みを消し去りたい、という破壊衝動のような、熱だ。

  それはどんどん大きくなり、やがて悠斗を動かす言動力の一つの種火として燃え上がる。

  即ち、殺意となって。


『スキル《異常精神》発動。感情を制御し、思考を安定化、最適な行動を算出します』


  スーッと、途端に悠斗の頭から熱が引く。

  代わりに訪れるのは、目の前の敵を葬りさりたいという狂愛にも似た殺意と、どう動けば安全に奴らを殺せるか、という論理的な思考だ。

  理性を捨て、純真を捨て、普通を捨てた少年は、代わりに異常を孕んだ狂人となり、地を蹴り進む。

  それはあまりにスマートで、呼吸と同じくらい、自然な動作だった。


「ふっ!」


  元々距離が近かったこともあり、一歩の踏み込みでゴブリンの元へたどり着いた悠斗は、《剣術》スキルによって補正された、素人に毛が生えた程度の斬撃を放つ。

  いくら剣道を嗜んでいたとはいえ、元々才能がそうあった訳では無い悠斗では、元の技量が無さすぎたのだ。それに日本刀、というか両手で持つ両手剣(ツーハンドソード)で戦うことを前提とした剣道では、片手で振るうことを前提にした西洋剣ショートソードとは相性があまり良くなかった、ということもあるが。


  とは言え、剣術スキルにより確かに補正された剣戟はゴブリンに避ける間も与えず、吸い込まれるように胴体へ向かっていく。

  が、ゴブリンは反射的に構えた盾によってダメージを免れ、少し激しめのノックバックで済まされた。


「グギィッ!」


  だが、一体をノックバックさせても三対一。残りの二体を相手にしなければならない。

  迫るもう一体の盾持ちゴブリンの片手には木剣が。喉を突かれでもしない限り、即死はしないだろうが、一撃貰うと不味そうではある。

  だが悠斗は、《異常精神》スキルにより最適化した思考で冷静にゴブリンの一刀を剣を使ってガード。

  そのまま身を低くし、足払いを掛けて盾持ちゴブリンを転倒させ、上から躊躇うことなく剣を振り下ろす。


「ゴギィッ!?!?」


  斬撃自体はガードしたものの、次いで来る衝撃を殺しきれず、強く地面に体を打ち付けるゴブリンが、潰れたカエルのような声をあげる。

  知ったことかと言わんばかりに、悠斗は無言で第二撃を打とうとするも、そこに来て先に吹き飛ばした盾持ちゴブリンが再度襲い来る。


「っ!」


  舌打ちし、棍棒を振るってきた盾持ちゴブリンの攻撃を避ける。

  その結果、盾持ち木剣ゴブリンにトドメを刺せなかったが、仕方がないと切り替え、盾持ち棍棒ゴブリンと向き合う。


「はぁッ!」


  受け身の姿勢は取らない。

  自分から斬りに行った狂人の斬撃を、ゴブリンは受け止めはしたものの、力負けし、押し込まれる形となる。

  一体一なら鍔迫り合い上等だが、今は構っている暇はないと鍔迫り合いを中止、隙だらけの腹部に思いっきり蹴りを叩き込んだ。


「ゴベェッ!?」


  「っ、うらァッ!」


  後ろから復活した盾持ち木剣ゴブリンが迫っていることに気がついていた悠斗は、振り向きざまに横薙ぎ一閃。

  意表を突かれた盾持ち木剣ゴブリンはガードに失敗し、即死ではないものの体を薄く咲かれた。


(行けるッ! 今の僕なら行ける!奴らを殺せる!)


「はぁぁぁぁーーーァ゛ッ!?」


  思わぬ善戦に勝機を確信する悠斗。

  そのまま押し込んでやろうと裂帛の気合いを込めた掛け声と共に走り出そうとするもーーー突如飛来した炎の玉を胴体にモロに受けてしまった。


「桜田さん!」


  我に返った双葉が叫ぶ。

  対する悠斗は火達磨にこそなっていないものの、炎の玉が着弾した際の爆発で顔は見えず、そのまま大の字に仰向けで倒れてしまった。


『グギギギィッ!』


  そして、ここぞとばかりに、二体の盾持ちゴブリンは悠斗に強襲したーーー!





 ……

 ……

 ……


  突然だが、この世界の魔物、或いはモンスターという名称で呼ばれる怪物について話をしよう。

  魔物には、危険度等級(ランク)という世界が定めたその種族或いは個体の強さを表すパラメータが存在する。

  分かりやすい例で言えば、通常のゴブリンはランク2に該当する。

  危険度がそう高くはなく、単体なら鍬など農具で武装した農民でも撃退できる程度の強さを示すランク値だ。

  ちなみに余談だが、ランク1の魔物は脅威にすらならず、ただ意味もなく徘徊している程度の存在である。


  実を言うと、悠斗が対峙した三体のゴブリンのうち、一体に上位種と呼ばれる各種族の進化体系が存在する。

  それが杖を持っていたゴブリン。名をゴブリンメイジ。名の通り、ゴブリンにして魔法を使ってくる、ランク3の魔物である。



 ……

 ……

 ……


「桜田さん!」


  炎を受け、煙を上げて倒れる悠斗を見た双葉は、絶叫に近い声でそう叫んだ。

  下手人は悠斗から少し離れた位置にいた、杖を持っているゴブリン。

  奴が何かを唱え、杖を光らせた瞬間、炎の玉が飛び出したのだ。悠斗に警告を与える暇もないまま、彼はモロに受けて倒れてしまった。


  悠斗達はまだ知らないことだが、先のゴブリンが放ったのは火属性魔法Lv2『炎弾』。

  ソフトボール大の炎の塊を射出する魔法で、着弾すると僅かな爆発を起こす魔法だ。

  Lv2、つまり属性こそ違えど魔法の位階では双葉が使える『光撃』よりも上である。

  駆け出しの魔道士が使う魔法に過ぎない『炎弾』だが、対魔法装備どころか、金属鎧ですらない、ただの皮鎧装備の悠斗にとっては、十分な殺傷力になる。


『グギギギィッ!』


「桜田さん!起きてください!」


  そして、これを機と見た盾持ちゴブリン達が、一斉に悠斗に襲いかかる。

  双葉が警告を発するも、当の悠斗は起きない。

  そうこうしているうちに、ゴブリンは悠斗の元へたどり着いてしまった。


(あぁ……止めてっ!)


  いくら心で懇願しても、いや、たとえ言葉に出したとしても、ゴブリン達は動きを止めない。

  そして双葉は、それをただ見ていることしか許されない。

  ゴブリン達は各々の武器を振り上げる。頭に落とすつもりか。そうなったら致命的だ。

  何もかもがあまりにも遅すぎるこの時に、しかし、何ものよりも迅く、それは起こった。

 

「《電撃スパーク》」


  雷が、爆ぜた。

  地べたに寝転び、手のひらを大地に向けたまま、悠斗は《電撃》スキルを発動させた。

  掌から射出された一条の電撃は地を抉り、エネルギーを爆発させ、衝撃波と共に煙幕を巻き起こす。


「ギ、グギィ!?」


「グギギ!?」


  突然のことに、攻撃の手を止め、困惑するゴブリン達。

  それがいけなかった。狂人は、既に異常者へと変貌しているのだから。


「ーーーッ!」


  無言だが、微かに息を吐く音だけが漏れた。

  だが、それを誰がが知覚する頃には、既にことは終わっていた。


「ギ?グギ……グギィィィィィィィィッッッ!?」


  切断されていた。盾持ち木剣ゴブリンの、片腕が。

  盾を持った腕が地面にぼとりと落ち、痛みにゴブリンは震える。


「グギッ、グギィィィィィィッ!!!」


「五月蝿い」


「ギィィィィィィィーーーィ゛ッ!?」


  苦痛に苛まれ、狂ったように叫ぶゴブリンがやたらめったらに木剣を振るう。

  しかし、そんな努力は虚しく、まるで不愉快なハエを叩き潰すかのような気安さで振るわれた唐竹割りの斬撃を頭部に受けて、盾持ち木剣ゴブリンは即死した。


  戦場に、本来有り得ないはずの停滞が起こっていた。

  止まった時間の中、ズリュッ、という剣をゴブリンの割れた頭部から引き抜く音がいやに反響する。

  あまりにも唐突で、意味不明で、理解不能な現状が、その場にいる異常者を除く全ての人間を硬直させた。


  痛いほどの静寂。

  石化の呪いを解き、その空気を破ったのは双葉の震え声だった。


「桜田……さん?」


  全身の装備を焦がし、ところどころに火傷の後を見せながら立っている少年の名を、双葉は呼んだ。

  しかし、その声音には恐怖の色。

  無事……ではないが、生きてはいる。喜ばしいことだ。

  だが、平和な温室でぬくぬく育ってきた日本人が、到底耐えることは出来なさそうな傷を負っているのに、何故少年は立っているのか。

  いや、それだけではない。全身の怪我もさることながら、一番に彼女が驚いたのは少年の変貌ぶり。

  声音があまりに冷たい。生か死の状況とは言え、躊躇いなくゴブリンの頭を潰しに行ったことも普通じゃない。

  何より……何故彼はこんな状況になってまで笑っている!?


「ふふ……ふはっ」


  堰を切ったかのように。


「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーッッッ!!!」


  笑いだした。

  状況に、あまりにも不釣り合いな哄笑が森に響く。

  まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な笑いだ。

 

  異様が過ぎる少年に、少し前まで彼を追い詰めていたはずのゴブリンでさえジリジリと後ろに下がった。

  本能が訴えるのだ。

  コイツはヤバイ、早く殺せと。

  だが同時に、体は恐怖を感じて下がることを促す。

  本能と身体のジレンマ。その最中に、盾持ち棍棒ゴブリンは立たされていた。


「ーーーッ」


  炎が飛来した。

  喧しい笑いをかき消すように、ゴブリンメイジが再度『炎弾』を放ったのだ。

  やはり避ける間もなく、着弾。僅かな爆発を起こして、悠斗は再び炎を受けた。


  しかし、彼とて学習はする。

  一度受けた攻撃を警戒しないなんて有り得ない。


「グギィ!?」


  ゴブリンメイジは目を剥いた。

  何故なら、剣の腹を使ってガードをしたかのような体勢で、悠斗が全くダメージを受けた様子もなく、平然と立っているからだ。


「ーーーッ」


  疾走。

  その距離にして、約十メートル。

  僅か二、三秒たらずで走り切れる、彼我の距離を悠斗は詰める。

  そしてすぐにーーー間合いへ入った。


「グギギギィッ、『火炎』ッ」


「っ!?」

 

  とは言え、だ。ゴブリンメイジはランク3。上位種だ。

  まさか『炎弾』しか打てないほど、欠陥魔道士ではない。

  火属性魔法Lv1『火炎』。

  光属性魔法Lv1『光撃』は魔力を光の波動に変換し、ショットガンのように一定範囲に撒き散らす魔法だ。

  当然射程距離は短く、威力そう高くない。双葉がゴブリンを『光撃』一発で倒せたのは、単純に彼女のMPと知力値が高かったからだ。

  それと同様に、『火炎』は発射口から火炎を放射する魔法だ。

  飛距離及び総合的な威力は『炎弾』に劣るも、至近距離での有効性で言えば『炎弾』を上回る。

  それを考えずに悠斗は真正面から突っ込んで、モロに魔法を浴びてしまった。


  今度こそ火達磨になった。

  この光景を見ていたその場の全ての生命体が思った、その瞬間。


「せぁァァァァァァッ!」


  炎の中から、悠斗が飛び出してきた。

  火の海に怯むことなく、我武者羅に突っ切って来た!


「疾ィッ!」


  一閃。

  鈍色が閃き、生物を殺すためにだけに作られた道具がゴブリンメイジを始末するために迫り来る。


「グギィィィッ、『魔障壁』!」


  ゴブリンメイジの杖が光り、ゴブリンメイジの正面に高さ二メートル程の壁が生成される。

  無属性魔法『魔障壁』。魔力を用いて壁を作る、防御魔法の一種だ。

  悠斗の斬撃はゴブリンメイジに阻まれ、止められてしまった。

 

「ちっ!」


  舌打ちしつつ、再度の斬撃を重ねる。それでもなお破れず、真正面からの斬撃では砕けないと判断した悠斗は、一度後退した。

  すると、今度は盾持ち棍棒ゴブリンが迫ってきた。

  仲間の敵討ちとでも言うつもりか、その瞳には一層の敵意が見える。


「グギギギィィィィィィィィッ!!!」


  ゴブリンにしては力強い踏み込みと、ジャンプからの振り下ろしという大技による高威力の攻撃。

  ゴブリン相手で、武器が棍棒とは言え、まともに喰らえば戦闘不能になる可能性が高い。

  だが異常者と化した悠斗は、最早その程度では動じない。


「喧しい」


  シンプルな悪態をついて、剣を振るう。

  綺麗な軌跡を画いて振るわれる剣が、吸い込まれるように向かう先は、ゴブリンの棍棒、その側面。

  つまり、棍棒の腹を叩いて軌道を逸らした。


「グギィ!?」


  大技が外され、悠斗のすぐ隣の大地に突き刺さる。

  隙だらけになったゴブリンの横っ腹に悠斗は躊躇うことなく爪先をめり込ませた。


「っ、らァッ!」


「ゴベギッ!?」


  ミシミシッ! と何かが軋む音が耳に伝わり、好感触を確信した悠斗はそのまま足を振り切って、ゴブリンを蹴飛ばす。

  小柄故に派手にぶっ飛んだゴブリンは近くの巨木に激突し、動かなくなる。

  死んではいないだろうが、一旦の無力化には成功した。


「次はお前だ」


  ショートソードの切っ先をゴブリンメイジに向けて、宣戦布告する。

  ゴブリンメイジはそれに答えるかのように杖の先に炎を溜めて、打ち出してきた。『炎弾』だ。


「ッ、《電撃》!」


  やはり避けることは叶わなかったが、咄嗟に《電撃》を放つことは出来た。

  一条の雷と炎の弾丸が衝突し、エネルギーの衝撃を放って散る。


「グギィ、『炎弾』」


「《電撃》!」


  再度、衝突、相殺。

  魔力エネルギーのぶつかり合いによる衝撃波が、空気を震わせる。


「疾ッ!」


  エネルギーが散った瞬間、悠斗は駆け出す。

  魔法だろうが通常攻撃だろうが、放った後には必ずラグがある。

  魔法であればそれは顕著だ。一度纏めて、放った魔力は再度纏めるまで魔法に転じることは出来ない。

  魔力を纏めることを魔道士界隈では「練る」と言うのだが、それは魔物であるゴブリンメイジにも必要なモノだ。

 

  悠斗とゴブリンメイジとの距離は五メートル弱。

  ゴブリンメイジが次の魔法を打つために魔力を練り終わるまでに、十分駆け抜けられる。


「今度、こそッ!」


  たどり着いた。間合いに入った瞬間、悠斗はスキルを最大限に活かした鋭さで斬り込む!


「ギ、グギィィィィィィィィ、『魔障壁』!」


  辛くも一刀目をゴブリンメイジは避けた。

  しかし、返す刀の二刀目までは避けられない。

  だから、魔道士のセオリーを無視した、強引な魔法行使で『魔障壁』を展開した。

  当然、正当な手順を踏まない魔法行使は、術者に大きな負担を掛ける。

  ゴブリンメイジの体内では、一部の筋肉が断裂し、骨に罅が入り、必要以上の魔力がごっそりと持っていかれていた。


  ガキィィィィィィィィッッッ!!!

  あまりにも激しい激突音。無理を通しただけの甲斐はあった。

  悠斗の一閃は前回同様に呆気なく止められ、逆に悠斗の腕に衝撃を与えていた。


「ッ……、だからどうしたァァァァァァッ!」


  思い通りに行かぬ怒りをぶつけるが如く、悠斗は狂乱して剣を振り回す。

  技も何もあったもんじゃない、雑な振り回しだが、スキルの効果で得た鋭さのお陰で、曲がりなりにも立派な威力となっていた。


「グギ、ギィィィィィィィ……ッ」


  対するゴブリンメイジも、実は余裕はない。

  『炎弾』のような単発魔法なら話は別だが、『火炎』や『魔障壁』のような継続魔法は、一度の発動、つまり車の燃費のように一定の魔力でどれくらい継続するか、というのが決まっている。

  『魔障壁』は魔力の障壁を数秒間生成する魔法だ。

  如何に攻撃力が低い悠斗の通常攻撃と言えど、喰らい続ければいつか壊れるし、悠斗の乱れ切りを凌ぐためには、魔法の発動時間を延期するために、常に魔力を流し続けなければならない。

  ……せめて、正当な手順で魔法を展開していれば、その数秒の間に距離を取り、反撃ができたかもしれないが。

  手順を吹っ飛ばした、無理やりな魔法行使では常に魔力を注いでおかないと、一瞬で魔法は崩壊する。

  そして、身体能力が通常のゴブリンと同様のゴブリンメイジでは、その一瞬で逃げることは出来ない。


  つまりだ。

  ゴブリンメイジは、今、どうしようもなく、ジリ貧な状況だった。



「壊れろぉォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


「グギィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!!」

 

  狂いながら剣を只管(ひたすら)振るう悠斗。

  歯を食いしばりながらそれに耐えるゴブリンメイジ。


  まるで漫画のクライマックスシーンのような一幕をただ見ていることしかできていなかった双葉は、何故か急に、あることを思い出した。


(いない……)


  そう、居ないのだ。

  ヤツがいない。


(いない……)


  何かが、おかしい。


()()()()()()()……っ!?)


  悠斗は知らなかったが。

  双葉は忘れていた。自分を追い込んだ、最も大きな要因は何だった?

  腕についた傷は、槍持ちゴブリンにつけられた。

  破かれた服は、盾持ちゴブリン達にやられた。

 

  では。

  では、だ。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  答えは、火を見るより明らかだ。

  スリングショット。

  パチンコ、とも呼ばれる、原始的な携帯投石武器。

  シンプルで、しかし機能的で、強力な武器。

 

  その石弾だったはずだ。

  双葉が致命的に動きを鈍らせた理由は。


  ここで質問。

  この戦闘の最中。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  正解はーーー



「ォォォォォォォーーーがッ!?」


  石弾が飛来した。

  拳大ではあったが、勢いのついた石が、真っ直ぐ、悠斗の側頭部に命中した。

 

  悠斗は別に、達人ではない。

  第三の目を持っているわけでも、気配を探れるわけでも、感覚がいやに鋭い訳でもない。

  だから、悠斗は、なんの抵抗も出来ずに、直撃を許してしまった。


  頭から血が流れるのを感じながら、悠斗は混濁しつつある意識をそれでも手放さず、膝を付いた。

  しかし、その瞬間、正面から炎の弾丸が飛んできて、着弾と同時に悠斗の軽い体を木の葉のように吹き飛ばした。


悠斗さん(、、、、)!」


  双葉が悠斗の名を叫ぶが、最早少年から返事はない。

  双葉の脳裏に、絶望の二文字が浮かんだ。

  だが、そんな少女の絶望すら生ぬるいと言わんばかりに、世界はより濃い暗黒で絶望を上書きする。


「ぁ、ぁぁぁ……」


  双葉の口から、無意識に、震えた声が出た。

  それもそのはずだ。

  この状況で、彼女の目の前の光景を見たら、誰だってそう思う。


「グゥゥゥゥゥゥ……」


  茂みの影から現れた、二匹のゴブリン。

  一匹は、スリングショットを持ったヤツ。

  そしてもう一匹。

  他のゴブリンよりも、一回りも二回りも大きく、しかし、引き締まった肉体。身の丈で言えば百七十は有ろうか。

  粗製だが、皮の鎧のようなものを装備し、さらにその手には木材と大きな石を組み合わせただけの、両手斧ツーハンドアクスが握られている。


  ゴブリンウォーリア。

  ランク3、ゴブリンメイジと同じランクだが、ゴブリンメイジが魔法を使うことに特化した種なら、こちらはより物理戦闘力を上げた戦士だ。

  上位種化したことで大きくなった体格と、ゴブリンにしては破格のパワー、そして耐久力で敵をねじ伏せる、同ランク帯でも最強格の一体だ。


「っ、ぐぅ……っ!」


  ようやく、これまで無言だった悠斗が呻き声をあげた。

  薄目を開き、様子を確認。目の前の巨躯を視認して、目を大きく開いて驚愕した。


(や……ばいっ!)


  ぬうっ、とゴブリンウォーリアは緩慢な動作で両手斧を振り上げる。

  最初危機感を抱いていた悠斗だったが、その動きの遅さに、僅かな希望を見る。


(動きが遅い……上手く立ち回れば勝てるかも!?)


  絶望という暗闇に、僅かな光が差したようだった。

  まあ。

  その希望は、

  所詮、儚い光の一筋に過ぎなくて。

  闇の前では、呆気なく掻き消されるものでしかないのだが。


「ウォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


  咆哮と共に振り下ろされる斧。

  その振りは、斧の重さも相まって、普通の攻撃よりは速い。

  だが、《異常精神》スキルの恩恵で冷静な思考を持ち続けている悠斗にとって、それは決して避けられないものでは無い。

  事実、すぐさま立てずとも、体をゴロゴロと転がして攻撃を避けてみせた。

  だがーーー


「なぁっ、うぁ゛ァ!?」


  ドゴンッ!という激しい音と同時に、地面は砕け、衝撃波と石や砂の欠片が悠斗の体をショットガンのように打ち付けた。

  直撃を回避したにもかかわらず、思わぬダメージを受けた悠斗は、頭の中を困惑一色に染める。


  《斧槌術》スキルアクション、《強打》。

  《○○術》のような、武術系スキルのレベルが上がる事に習得していく、特殊な攻撃、スキルアクション。

  魔力を消費することで世界からのバックアップを受け、威力が補正され、強力な攻撃となる、ゲーム的に言えば『とくぎ』や『技』とかと表現される代物だ。


  そう。ゴブリンメイジが魔法を使えるように。

  同じくランク3のゴブリンウォーリアもスキルアクションを使用できる。

  魔力が少ないためあまり多くは使えないし、種類も決して多くはないが、だが、十分すぎる脅威。

  それがいま、悠斗を襲っている!


「……っ、ぅぁああああああッ!」


  悲鳴のような雄叫びを上げて、立ち上がる。

  悠斗一人なら、絶望に屈していたかもしれない。

  だが、彼の背中には、守るべき存在がいる。

  それだけで、悠斗が立つには十分だった。


  ……いや、それすらも、表向きな理由に過ぎないのかもしれない。

  今の悠斗は異常者だ。

  目の前の奴を殺したい。にやけ面を、勝ち誇っている余裕を、全部消してやりたい。

  惨殺して、バラバラにして、焦がして、苦しませて、この気持ちが晴れるまで甚振って殺したい。

  普通の人間なら持ち合わせない、あまりにも強いヒトの残虐性がこの状況に牙を剥く。

 

  体は熱く、憎悪に燃やされ。

  思考は冷静に、反撃の爪を研ぐ。


  スキル《異常精神》に、身体能力を向上させる効果はない。

  秘められた可能性、逆転の鍵もない。

  あるのは感情制御。

  狂おしい程の殺意と狂気に身を焦がしながら、それでも尚思考を手放さない、冷徹な殺戮者の強み。

  このスキルが与えるのは、それだけだ。

  しかし、それが、この状況において、身体強化や特殊能力に並ぶ、状況を覆す大きな鍵となる。


『グギギギィッ!』


「うるっさいんだよッッッ!」


  ゴブリン達の嘲り声の斉唱をかき消すように、悠斗もまた吼える。

  まるで負け犬の遠吠えを嘲笑するかのように、ゴブリンメイジはニヤニヤ顔で魔力を練り、『炎弾』を生み出し、放った。


「舐めんなッ!」


  放たれた『炎弾』を躱すことは、今の悠斗には叶わない。

  だが、『炎弾』は炎の弾丸を射出する前に炎を形成する『間』がある。

  その時に意識を『炎弾』に集中させ、放たれた瞬間に射線上から離れれば、真っ直ぐしか飛ばない『炎弾』を避けるのは容易い。

  実際、悠斗はそうして、今、避けてみせた。


「お前を殺すッ!」


「「グギィィィィィィィ!」」


  ゴブリンメイジが、そしてスリングショットを持ったゴブリンが近づいてくる悠斗を撃退するために遠距離攻撃を仕掛ける。

  魔法に石弾、その薄い弾幕を悠斗は極限に研ぎ澄まされた集中と思考力で冷静に走りながら躱す。


「グゥゥゥゥゥゥッ!」


  あと少しで間合いに入る。

  その寸前に、ゴブリンウォーリアが割って入った。

  斧を振り上げ、溜めている。

  魔力が斧に収束している所をみると、スキルアクションを使うつもりだ。

  だから、悠斗は出し惜しみなく、撃った。


「《電撃スパーク》、《電撃スパーク》ッッッ!」


  電撃、二連射。

  悠斗の掌から射出された二条の雷撃が、ゴブリンウォーリアの身体を撃つ。

  雷が弾け、煙を上げて倒れるゴブリンウォーリアを悠斗は振り返ることなく通り過ぎ、ついに二体の元にたどり着いた。


「グギッーーー」


「遅いよ、何もかも。《電撃》ッ!」


  拙いと察知したゴブリンメイジは、再び『魔障壁』を構築しようと試みる。

  それを予測していた悠斗は、剣ではなく、手を突き出して冷酷に雷を解き放った。

  零距離射撃。

  あえて遠くから《電撃》スキルで攻撃しなかったのは、手で照準したことで攻撃を察知され、防御魔法で防がれることを回避するため。

  そのために、回避も防御も間に合わない、零距離での攻撃をする必要があったのだ。


「ギ、グギギィィィィィィィッッ!?」


  断末魔の叫びが森に木霊する。

  魔法職故かなまじ魔力耐性があったのが拙かった。

  魔力を電気に変えて放つ《電撃》を零距離で受け、中途半端な魔力耐性のせいで一瞬では炭化せず、しかし死は確定しているという地獄を味わいながら雷に焼かれる、という無惨な死を迎えたのだった。


「グギィ!」


「っ」


  しかし、残りのゴブリンとて、黙って待っているわけではなかった。

  ゴブリンメイジが焼かれている隙に、粗悪なナイフを抜き放ち、悠斗に向けて投擲していたのだ。

  《投擲術》スキルを持っていないゴブリンが投げたナイフは、決して速くはない。

  が、かなりの近距離から投げられたことにより、避けることは出来ない。剣によるガードもそう。

  故に、悠斗は、それを受けざるを得なかった。


「う゛、ぅぁァ゛ッ!?」


  左足のふくらはぎにナイフはざっくりと刺さった。

  あまりの激痛に意識を失いそうになるが、気合いで堪え、悠斗は腰に差していたナイフーーーこれまでのゴブリンとの戦闘で手に入れたドロップアイテムーーーを抜き、すかさず投擲した。

  これには流石のゴブリンも驚いたか、飛来するナイフに対し回避行動の予兆すら見せずに、あえなく鳩尾を貫かれた。

  断末魔の悲鳴を上げず、ゴブリンは崩れ落ちる。

  ヒトではないが、体の構造が人体とほぼ同様のゴブリンにとっても、鳩尾は急所だったのだ。


「っ、ぐぅぅぅぅぅ……ッ」


  戦いは終わった。

  やっと一息ついた悠斗は、足に刺さっているナイフを引き抜くか迷っていた。

  下手に抜けば激痛と失血死の危険性があるからだ。


(とはいえ、いつまでも休んでは居られないし……)


「ーーーッ!?」


「悠斗さん!」


  そこまで来て、悠斗の背筋は凍りついた。

  得体の知れない恐怖が這い寄ってくる気配。

  学校で一二を争う美少女に名前で呼ばれたことすら吹き飛ぶ悪寒。

  そこに立っていたのは、小鬼の戦士。

  悠斗が放った電撃で鎧は禿げ、体表は焼け焦げつつも、芯までは焼かれず、倒しきれていなかったゴブリンウォーリアだった。


「しまっーーー」


「グゥゥゥゥゥゥッ!!!」


  しまった。その一言さえ言うことを許されず、悠斗の体は地を転がる。

  ゴブリンウォーリアの蹴りが腹部に突き刺さり、悠斗の体を蹴り飛ばしたのだ。

  苦悶の声はなかった。声をあげるために必要な空気を根こそぎ持っていく蹴撃。

  満身創痍の悠斗に、それは決定打として十分すぎた。


「かハッ……」

 

  肉体のダメージが限界に達したか、悠斗はついに血を吐き、倒れたままピクリとも動かなくなる。

  状況を青い顔のまま見守ることしか出来ずにいた双葉はゴブリンウォーリアがとったさらなる行動に目を見張った。


「うそ……もうやめてッ!」


  悲痛な叫びだった。

  既に死に体。体にはいくつもの擦り傷と火傷が目立ち、血と土で汚れ、最後に受けた蹴りが決め手となって、糸の切れた人形のように倒れ伏している悠斗。

  最早痛みによる僅かな痙攣さえ見えなければ、死体に見えるほどその姿は痛ましい。

  そんな傷ついた少年の元へ、ゴブリンウォーリアは尚も近づき、斧を振り上げる。


  トドメを刺しに来た。

  止めてと叫ぶ双葉自身、自分が言い放った言葉の虚しさをよく理解している。

  これは命を賭した戦いだ。勝者が敗者を殺すのは当然の権利だ。生殺与奪の権利は勝者にこそ与えられるのだから。

  事実、悠斗と双葉はゴブリン達を殺してきた。

  無邪気に、或いは残酷に。

  敵だから。殺さなければこちらが死ぬから。

  そんな理由で、悠斗達はゴブリン達を殺してきた。


  ならば、今更、どの口で、殺さないでくれと言えようか。

 

「グゥゥゥゥゥゥ……」


  振り上げた斧が、不気味な魔力光を宿して輝く。

  これまで放った、二度のスキルアクションに付随した魔力光のどれよりも強く輝くその光は、悠斗を確実に始末するために大技の準備に入っている証左か。


  双葉は未だ動けず、それでも必死になって悠斗の名を呼ぶが、少年はなんの反応もしない。

  そのうち魔力光がより一層強く光り、溜めが終わったことをゴブリンウォーリアに知らせた。


「イヤ……っ、だめぇぇぇぇぇぇっ!!!」


  双葉の絶叫すら掻き消すように、小鬼の戦士は斧を振り下ろす。

  《斧槌術》スキルアクション、《暴撃衝ばくげきしょう》。

  溜めた魔力を物理エネルギーに変換し、爆発にも似た衝撃を与える一撃となる技が、瀕死の少年一人に向かった放たれた。

  表現が重複するが、過剰が過ぎるその攻撃は、最早止まることを知らずに一直線で悠斗の肉体へと吸い込まれていきーーー


  ドゴバァァァァァァァァッッッ!!!

  と、盛大な爆音と共に土煙が舞い上がった。


「……そん……な……」


  その光景を見た少女は、叫ぶことはしなかった。

  いや、出来なかった。

  目の前で一人の少年が死んだ。

  それも、自分を助けに来たことが原因で。

  その事実に、少女の心は耐えきれなかったのだ。


 

  しかし、だ。

  呆然としていた少女は気づかなかったが。

  その時、一つのイレギュラーが起こっていた。


  それは、勝者であるはずのゴブリンウォーリアの身に起こっていた。

  何か、変だ。肉を潰し、切断した感触がない。

  血が流れて、足に敗者の消えゆく命の温もりをもたらすこともない。

  いや、それだけでは無い。

  腹部に妙な異物感がいる。それに、徐々に熱くなってーーー


「ぐ、グゥゥゥゥゥゥッ!?」


  そこでようやく、ゴブリンウォーリアに自身に訪れた異変の正体に気がついた。

  腹が焼け付くように痛い。腹痛の比じゃない、命が削られる痛みだ。


「ぐ、ぐき……」


  恐る恐る、ソコを見て。

  今度こそ、ゴブリンウォーリアは、絶叫した。


「……」


「悠斗さん!」


  だって。いたのだ。

  血塗れで、ボロボロで、瀕死のボロ雑巾のような少年が。

  刺しているのだ。勝者であるはずの自分に、敗者が、刃を。


  少年の意識は朦朧としているのか、少女の呼び掛けにも反応せず、ただ剣を握っている。

  剣は致命傷程ではないが、決して油断できる程浅くもない。下手をすれば、自分も死ぬ。


  いや、まだだ。

  刺された程度では、まだ死なない。

  今すぐこいつを殺して、治療すれば、或いは。


「ぐ、グゥゥゥゥゥゥッッッ!」


  腹に力を込める。剣を抜かせない。

  逃げ場はない。

  首を両手で掴んだ。

  さあ、その首をへし折ろう。


「……」


  ゴブリンウォーリアが首に掛けている手に力を込める。首の骨が折れるのが先か、窒息死するのが先かは分からないが、このままだと間違いなく悠斗は死ぬだろう。

  だが、悠斗は動かなかった。動けない、というのもある。

  だが、それを承知の上で、悠斗はこの無謀な突撃を行ったのだ。


  これは賭けだった。

  満足に動かない体で、しかも通常個体のゴブリンには一撃必殺だった雷撃を二発受けても死なないゴブリンウォーリアを倒すには、一撃で奴を殺せる攻撃を放つしかなかった。

  無論、今の悠斗にはそんなことは難しいが、出来ないことは無い。問題は、如何にして奴の懐に入り込むかだった。


  そして、悠斗は賭けに勝った。

  ゴブリンウォーリアが大技を仕掛け、隙を見せたタイミングで全身全霊の力を込めて飛び跳ねるように懐へ入り、内側という攻撃の死角に潜り込んで、直撃を避けつつ、ありったけの力を込めて剣を刺した。


  当然のことだが、ゴブリンウォーリアはこの程度で即死しない。

  だからここにも賭けはあった。

  ゴブリンウォーリアが悠斗を自分から引き離し、一度距離をとってから攻撃するか、それともすぐさま殺そうとするか。

 

  前者だったら、悠斗は死んでいただろう。

  だから、ゴブリンウォーリアが後者を選んだ時点で、悠斗の勝ちは確定した。


「……ぉ、わり……だよ」


  ニヤリ、と笑みをつくり、喉を押さえつけられているにもかかわらず、悠斗はトドメの一撃を放つことを宣言する。

  そして己の声帯を今までにないほど動かし、悠斗は勝利のゴングを鳴らした。


「《スパー……》ッ!」


  「ーーーーッ!?」


  電撃が、剣を媒介として、肉体の内側でほとばしる。

  ただ当てるだけでは殺しきれないなら、内側を焼けば良い。

  雷が体を内側から焼き尽くし、ゴブリンウォーリアは断末魔の代わりな口から電気の残滓を吐き出して、絶命した。


「くそ……もう……駄目……か……」

 

  そこで、悠斗も限界だった。

  膝から崩れ落ちるように、倒れる。


「悠斗さん!」


  ようやく回復した双葉が、悠斗の元へと駆け出す。

  悠斗の元に着き、彼を抱きあげようとした双葉だったが、悠斗の口から出たのは思いも寄らぬ言葉だった。


「駄目だ……逃げて……安木、さん……」


「えっ?」


  悠斗が見ている方を、双葉も今になって見た。

  そこには、怒りの形相を浮かべる、一匹の小鬼の姿が。

  少し前に、悠斗が蹴り飛ばした個体だった。

  トドメを刺すことを後回しにしたせいで、殺し損ねたのだ。


  ゆったりと、そいつは近づいてくる。


「止めて……来ないでっ!撃ちますよ……」

 

  双葉は杖を構え、言葉が通じるかどうかも分からないゴブリンに警告する。

  だが、よく見ると、杖を持つ手は震えている。

  生物を殺す感覚に、まだ恐怖しているのだ。


  そんな双葉の内心を見透かしたように、ゴブリンはニタァ、と嗤いながら、それでも足を止めない。

  そして、双葉は終ぞ撃てることなく。

  ゴブリンは、間合いにはいってしまった。


「ぁ、ぁああ……」

 

「逃げろ……安木さん……」


  双葉は恐怖と絶望に震え、悠斗は掠れた声で逃げるよう促す。

  だが、それは、何もかもが遅すぎた。


「グギギギィッ」


  小鬼は手に持った棍棒を振り上げる。

  凶刃が、迫り、当たる、その瞬間だった。



「《火炎ブレイズ》!」


  ゴブリンに、バスケットボール大の炎塊が直撃した。

  ゴブリンは炎に包まれながら絶叫してのたうち回り……そして、すぐに事切れた。


「誰……ですか?」


  双葉は炎が飛んできた場所を見る。

  そこに居たのは見覚えのある、一人の大柄な男子生徒。

  名はーーー


「……大輝? 大輝か!?」


「ん? 悠斗っ、お前大丈夫か!?えらい怪我してんぞ!?」


  意外なことに、真っ先に反応したのは悠斗だった。

  それもそのはず。

  この生徒の名前は柏村大輝かしむらだいき

  悠斗のクラスメートにして、彼の数少ない友人である。

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