王都巡り ②
短いですがどうぞ!
悠斗たちが店を物色していた頃。凛紅達も自分達の担当地区を見回っていた。
「ここは平和ね」
「そうですね」
「なんで私達が喚ばれたのか分からない位」
そう、凛紅達は知らないのだ。自分達が異世界に喚ばれた理由が。訳が分からないまま、危険な目にあい続け、戦って、そして順応した。慣れてしまった。それが当たり前だと、身体が馴染んでしまった。
しかし四国連合に保護され、心と体に余裕が生まれた今、不安が押し寄せてきた。
右も左も分からない異世界に、或いは永遠に閉じ込められるかもしれない恐怖。帰りたい、そう強く思うようになってしまった。
「でも、泣いてばかりじゃいられない………」
初めて、少しだけ余裕が出来た日。召喚された森から脱出して、宿屋に泊まった日。凛紅は悠斗の部屋に向かった。
初めて、生き物を斬った。この手で、この剣で、生命を絶った。怖かった。恐ろしかった。
自分が振るった刃が肉に食い込み、骨を断つ感触が、手に残っていて、しかもそれを成した張本人である自分はその時、何の感慨も覚えていなかったことに、凛紅はこれ以上なく恐怖した。
その時抱いた感情を、恐怖を余すことなく悠斗に吐露した。堪えきれなかった。誰かに聴いて欲しかった。
悠斗は受け入れてくれた。手を握ってくれた。戦わなくていいって言ってくれた。けれど、どうしようもないことは知っているから、凛紅も戦うことにした。今日と、明日を生きるために、色んな生命を殺した。
悠斗は、自分達が戦わなくていいように、無理をしてしまう。だから泣いてばかりじゃいられない。悠斗はこれまで傷ついてきた。これ以上、傷ついて欲しくない。だから………
「凛紅ちゃん、どうかした?」
「リンクお姉ちゃん大丈夫ですか?」
不意に、凛紅の思考は途切れた。双葉たちが心配して声をかけたからだ。
「え、ええ。もう大丈夫よ」
「本当ですか?………何か悩みがあるなら、言って下さいね?」
双葉の優しさには、本当に励まされる。彼女も彼女なりの悩みはあるだろうに、それでも周りを気遣える。その姿に、自分も頑張らなくちゃと思える。
「頑張りましょうね。悠斗も、大輝も、これ以上傷つけない為に」
「はいっ。頑張りましょう!」
凛紅の言葉に、双葉は力強く頷いた。
☆☆☆☆☆
私には、凛紅ちゃんが抱えてる苦悩がなんとなくだけどわかる気がする。
凛紅ちゃんは言葉にこそ出さないけど、きっと大きな悩みを抱え込んでる。
人一倍責任感があって、人一倍女の子らしい弱さを持つ少女。それが凛紅ちゃんなんだ。
ここは異世界。剣と魔法の世界。この世界で私達が生きるためには、戦う以外の道はほとんど無いに等しい。
或いは、お店の番くらいの仕事なら、私にも出来たかもしれない。けど、私は人と話すのが苦手。知らない人と話さなくちゃいけないとき、私はどうしてもすくみ上がって、言葉に詰まってしまう。
地球にいた時のいじめの影響かもしれない。でもそれは、私の弱さなんだ。
地球の頃は言い訳にしたくない。だから私は、せめてでも、悠斗さん達と戦うことに決めた。
怖くないと言ったら嘘になる。本当は怖い。どうしようもなく。出来ることなら逃げ出したい。悠斗さんの優しさに甘えたい。彼は何度も、戦わなくていいって言ってくれた。
でもそれじゃダメなんだ!そうすれば、悠斗さん達はもっともっと戦って、傷ついてしまう。傷つけさせたくない。痛い思いをさせたくない。
きっと凛紅ちゃんも同じ思いだろう。本人だって自覚しているはずだ。私達が悠斗さんに抱くこの思いを。
戦うことへの恐怖と、悠斗さんに傷ついてほしくないという思い。矛盾したジレンマが、きっと彼女の心を雁字搦めに縛り付けている。
凛紅ちゃんの苦悩を、私では癒すことは出来ない。その鎖から凛紅ちゃんを解き放つのは、他でもない凛紅ちゃん自身なのだから。
「凛紅ちゃん、どうかした?」
きっと今も、彼女は悩んでいる。
「え、ええ。もう大丈夫よ」
「本当ですか?………何か悩みがあるなら、言って下さいね」
私は、私に出来ることをしよう。
「頑張りましょうね。悠斗も、大輝も、これ以上傷つけない為に」
「はいっ。頑張りましょう!」
だから私は、彼女の心を支えよう。なぜなら私は、みんなの治癒師なのだから………。
☆☆☆☆☆
わたしは、物心つく頃にはもう奴隷の身だった。
別にそれを嘆いている訳では無い。確かに辛いことはあったけど、奴隷になったおかげで、ユウトお兄ちゃんと出会えた。
お兄ちゃんはいつも優しい。本当は自分には余裕など無いはずなのに、いつもわたしを気遣ってくれる。だからわたしは、辛くもなんともない。
お兄ちゃん達は、あまり見ない髪や眼の色をしている。黒髪黒眼はそう多く見ないのだが、極東の方には少なからずいると聞いたので、お兄ちゃん達はそこの出身なのかと聞いてみたことがある。
驚くべきことに、お兄ちゃん達はこの世界ではなく、『チキュウ』と言う世界の、『ニホン』と呼ばれる国て暮らしていたらしい。
その国では、争い事が起きることはなく、わたしのように奴隷になる人もいず、この世界では滅多にいけない学校にだって、誰でも通えるらしい。なんて素晴らしい国だろうか。
そんな国で過ごしてきたお兄ちゃん達は、この世界に来てどう思ったのだろう?
絵に書いたような平和な世界とは違い、簡単に生命が散る世界。
特に、お兄ちゃん達はこの世界の人間ではないから、冒険者をやっている。
生活には常に危険が潜み、いつ自分が死ぬか分からない戦いに駆りでる。それはきっと、とても辛いことだろう。
お兄ちゃんの奴隷として、一緒に戦っているから良くわかる。
怖い。戦えば戦う程、強い敵とも戦うことになる。何度も全滅しそうになった。その度にユウトお兄ちゃんが何とかしてくれたけど、そのユウトお兄ちゃんはいつも直視出来ないくらいにボロボロになる。
もう戦ってほしくない、傷ついてほしくないと思っても、お兄ちゃんは戦い続けるのだろう。私達を守る為に。
きっと、お姉ちゃん達も同じ気持ちだろう。いや、或いは私よりも複雑かもしれない。
この世界の人間である私でも怖いのに、違う世界からきたお姉ちゃん達が怖くないはずがない。
それでも、お姉ちゃん達は戦う。決して失いたくない想い人を、守る為に。そして、わたしも。
ジレンマだと思う。お兄ちゃんはわたし達を傷つけたくないから一人でも戦おうとするし、わたしたちもお兄ちゃんを失いたくないから戦う。
でも、それでいいと思う。お兄ちゃんに助けて貰ったこの命、お兄ちゃんの為に使って何が悪いものか。
「頑張りましょうね。悠斗も、大輝も、これ以上傷つけない為に」
不意に、リンクお姉ちゃんの声が聞こえてきた。フタバお姉ちゃんと話しているうちに、言葉に力が籠って閉まったのだろう。
その声に、わたしは密かに、けれども確かに同意した。
☆☆☆☆☆
気が付けば日が頭上にあり、すっかり昼となっていた。
「あ、もうお昼だわ。そろそろ時間ね」
ミリアの声に、三人の少女達はハッとした。集合時間は昼頃なので、もういい時間だろう。
「集合場所は中央地区の冒険者ギルドだから、少し急ぐわよ。ちゃんと着いてきてね」
『はーい』
そう言うと、ミリアは小走り気味に歩き出した。少女達も、それに着いてくように、歩き始めるのだった。その瞳に、確かな決意を抱いて。
☆☆☆☆☆
忙しなく歩く少女達の姿を、路地の影からひっそり見ている者がいた。
「おや?彼女達はどこかで………」
二十代位の若い男だ。顔立ちも整っており、服装からもそれなりの気品を感じる。
「まだそこにいたのですか?置いて行きますよ」
男の背後から声が掛かる。一見は真っ黒の野良猫だ。
「相変わらず手厳しいね、キミは。すまないが先に行ってくれ。せっかくだし冒険者ギルドに行ってくる」
「あなたも相変わらずですね。そこまで律儀にしなくてもいいものを」
呆れたような猫の声に、男は苦笑して言った。
「何かと便利なのさあそこは。それに多少なり繋がりがあれば『仕事』にも役立つ時だってある」
「む、それもそうですね。それは認めましょう。では先に帰るので、夕刻には帰って来て下さいね?いいですか?────レイン」
「ああ、わかっているさ」
男────レインが頷くと、黒猫は満足したように、軽い足取りで先に帰って言った。
「さて………面白いことになるかな?」
彼の声は、人々の喧騒にかき消されるのであった。
いやー鍵作品は最高ですね。面白い作品を見ると、面白い作品を書きたくなります。
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