無属性魔法の真価
はいっ、黒鐘です。前回、中途半端に終わったので、少し急いで書きました。短いですが、お楽しみください。
ドゴッ!とかつて響いたことのない程の鈍痛を想起させる音が、訓練場にいる人間全ての鼓膜を振るわした。
誰もが、音の発生源の方を見て、近づく。目にした光景は、異様なものだった。
正拳突きの構えで残心する青年と、恐らく青年の一撃を受けたであろう、壁にもたれかかる少年。異様と表した理由は、青年は本来、魔法を使う魔道士だからだ。
本来魔道士なら、肉弾戦はしない。前衛職と戦った時に、万が一近距離戦に持ち込まれた場合の護身術なら持ち合わせている者は多いが、ここまで本格的な技を修めている魔道士はほとんどいないだろう。それほど、この後継は異様なのだ。
事実、重装騎士団団長、遊撃騎士団団長などの魔道士でない人間まで驚いている。
そして、この光景を見て驚いたのは、レイラ・シグルスも同じであった。
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レイラには、四人の幼馴染がいる。一人は重装騎士団の団長。二人目は遊撃騎士団団長。三人目は宮廷魔道士魔道士が一人、シャルル。そして四人目。同じく宮廷魔道士クレド。
四人は、誰もが騎士や宮廷魔道士の家系であった。だから当然、幼いうちから剣や魔法の修練に励んでいたが、よく一緒に訓練する仲であった。
故に、レイラ達は誰よりもクレドの努力も、実力も分かっている。だからこそ驚いている。
ーーーあのクレドが、肉弾戦を使う所まで追い詰められていることに。
それも、レベルやステータスで勝っている、十五歳の少年相手であることを。
レイラは、どこか期待と畏敬が混ざったような表情で、今は倒れている少年を見た。
☆☆☆☆☆
魔道士用の訓練スペースには、一定間隔で四角形になるようにラインが引いてある。だが、ラインから発動する結界は、魔法のみしか阻まない。故に、吹き飛ばされた悠斗は、その勢いのまま、壁に叩き付けられたのだ。
「いけねっ、骨何本か逝ったかも」
手に残る感触を確かめながら、構えを解いたクレドはそう言い放った。
「………珍しいね。キミがそこまで本気になるなんて」
見れば、シャルルがとても驚いた顔で問いかけて来た。
「ああ、あの小僧、超強ぇ。レベルとかステータスとか関係なく、アイツは強え。予めプロテクト張ってなかったら、今頃負けてたの俺だった」
「どうだい、育ててみる気にはなったかい?」
「そうだな。俺はあいつを育ててみようとおもう。シャルル、お前も手伝ってくれよ?」
「ああ。親友からの滅多にない、お願いだ。もちろん、受け入れよう。さて、ではあの子を治すとしようか」
「そうしてくれると助かる。今俺が運んでくる…………おいおい、嘘だろ?」
親友のかつて見た事のない驚きの表情を見て、シャルルも向き直る。そして、息を止めてしまった。
目の前には、ボロボロの少年。頭から血を流し、恐らく骨が折れているだろう腹部を押さえて立ち上がっている。
「おい、小僧。恨むんじゃねぇぞ。別に体術禁止とはいってないからな。まあ、テストは合格にしてやるから………」
「まだ、終わってない!」
そう言うやいなや、地面を蹴る。無意識に《飛燕》を発動していおり、悠斗は一本の矢となって駆けた。
「っ、何!?」
流石に、あの怪我で動けるとは思わなかったのだろう。クレドは反応出来ずに悠斗の拳をその身に受けた。
「ぐあっ………、嘘だろ!?あの怪我でなんで動ける!?」
困惑するクレドをよそに、悠斗は追撃せんと走り出す。
「まさか再生のスキル持ちか?まあいい。ならやつが満足するまで戦うまでだっ!」
体勢を立て直し、悠斗が拳の一撃を放とうとするに対して、蹴り技で対抗する。 拳と脚、どちらがリーチが長いかは一目瞭然だろう。
悠斗の拳が届く前にクレドの脚によって蹴り飛ばされる。慣性の法則やらなんやらの力も加わり、中々のエネルギーとなり、かなりの距離を悠斗は転がった。
起き上がり、すぐに魔力を身体に付与し直す。が、既にクレドは動いている。
いつの間にか眼下に迫っていたクレドから二、三度殴られるが、更なる追撃が来る前に、《飛燕》で離脱する。
「逃がすかよっ!」
後ろに下がった悠斗に向かって、距離を詰めるクレド。が、それは悠斗にも予測済みで、突き出されたクレドの一撃を屈んで躱すと、起き上がる勢いそのままに左ストレート。しかも地味に《帯電》付き。
腹部にクリーンヒットを受けながらも、踏ん張って耐える。そのまま悠斗の腕を掴んで拘束し、空いた横っ腹に再び蹴りを叩き込む。
「ぐうっ、『紫電』」
転がりながらも地面に手を着き、雷属性魔法Lv2『紫電』を発動。基本威力はそこまで高くはないが、ある程度極めれば詠唱破棄で発動出来る簡単さと、低コストで行使可能な手軽さで人気の魔法だ。
「ちっ、」
クレドは紫色の電気が迸る地面から急いで離脱。対抗しようと光弾を展開する。しかし、当然今の間に悠斗も体勢を立て直しており、次の魔法の準備を終えていた。
「はぁっ!」
「『雷球』っ!」
雷属性魔法Lv1『雷球』。ハンドボールサイズの雷の球を飛ばす魔法。悠斗の使える魔法で最も速く展開出来る魔法。
あえて《電撃》にしていないのは、光弾を撃ち落とすための威力が足りないからだ。最初の方は《電撃》で相殺出来たが、『雷砲』を放った辺りから《電撃》では殺せない威力となっていた。故に、一定の威力しか出ない《電撃》
よりも、魔力を注いだ分だけ威力も上がる『雷球』を使ったのだ。
淡い光を放つ光弾と、放電し続ける雷球。二つのエネルギーはぶつかり合った瞬間、爆発と共に光と爆風と煙幕にその姿を変えた。
『ふっ!』
煙の中を、かき分けて進む影が二つ。影達は、煙の中でぶつかり合う。
「やあぁぁあ!」
「らあぁ!」
悠斗とクレド、互いの拳が、互いの頬に突き刺さる。しかし、ステータスの差は残酷で、数値の低い悠斗は押し負けるーーーはずだった。
「(なんだとっ!この小僧、どこにこんな力をっ!?まずい、このままだと押し切られる………っ!)」
僅かの激突。その末に、悠斗とクレドは、もといた場所まで吹き飛ばされた。
悠斗は思う。
「(ここまで来て、負けるものかっ!何がなんでも、勝つ!)」
クレドは思う。
「(はっ、面白い。まさかここまでやるとはなぁ。ちぃと大人気ないが、本気で行くぜ!)」
二人は叫ぶ。己の切り札を!
「《電光石火》ッッッ!!!」
「『身体強化Lv2』ッッッ!!!」
刹那、悠斗の身体から電気が、クレドの身体から膨大な魔力が放たれる。
悠斗は迸る雷を纏って。クレドは陽炎のように揺らめく魔力の奔流を
流しながら互いを見据える。
クレドの使う無属性魔法の真価。それは『身体強化』である。通常、身体強化はただ魔力を纏うだけで十分なので使う人間はほとんどいない。しかし、無属性魔法はそれを技術から魔法に昇華することでより一層の強化を可能にしている。
無属性魔法は属性が『無い』故に、派手だったり使い勝手のいい魔法にはならない。しかし、己の魔法で肉体が傷つくことも無いので十分に強化が出来るのだ。
そうなれば当然、無属性魔法の使い手は接近戦を使わざるを得ない。根っからの魔道士はこれを忌避して、無属性魔法を嫌うのだ。
「さて、こっからが本番だ。簡単にくたばるんじゃねぇぞ。小僧!」
先に動いたのはクレドだった。先程までとは比べ物にならない速度で悠斗に向かって一直線に突撃し、勢いを乗せた右ストレートを繰り出す。
が、強化したのはクレドだけでは無い。悠斗は自分に向かってくる拳を必要最低限の動きで避け、ガラ空きの胴にそのまま蹴りを入れる。しかし、その攻撃はギリギリで止められており、逃がさないと言わんばかりに固定されていた。続く攻撃が来る前に、《充電》によって無詠唱で雷属性魔法Lv3『雷閃』を放つ。
『雷砲』を破壊力重視の魔法とするなら、『雷閃』は貫通力重視の魔法だ。そんなものを、至近距離から受ければクレドとて無傷では済まない。咄嗟に手を離して身体を捻り、雷の槍を躱す。脚が自由になった悠斗を逃がさないために、強化された拳撃を放つ。
しかし、悠斗の姿は既に消えており、拳は空をきった。クレドの首筋に悪寒が走り、振り返ると同時に頬に衝撃が。それが悠斗に殴り飛ばされたものだと悟るのに時間はかからなかった。
「っ、なろっ!」
すぐに構え直し、正面を見据えるが、視界に悠斗は映らない。
「(スキルの効果か、それとも強化のおかげか。どちらにしても厄介だな)」
パリッという音が微かに聞こえた気がして、その音の方向に光弾を放つ。光弾は、すぐそこまで迫っていた悠斗に直撃し、爆風をあげた。
「『魔弾掃射』」
一度悠斗から距離をとって、クレドが放った魔法。五十を優に超える魔法陣が出現。それらから、光弾が一斉に解き放たれる。
「『雷の幻想達』!」
まさしく雨のように襲いかかる光弾に対し、悠斗は自身の二つ目の切り札、雷属性魔法Lv8『雷の幻想達』を展開。今回の幻想はかつて悠斗達を苦しめた魔物、〈タートルモック〉。
雷で形作られた甲羅が、降り注ぐ光弾から、主を守る。着弾の度に爆音が爆ぜ、鼓膜を打つ。
「………まじか」
全ての光弾を防がれたクレドは、思わず本音が漏れる。そして、悠斗はそんなクレドに対して、無慈悲な一言を送る。
「放て!!!」
直後、タートルモックの口から迸る雷撃の波動が放たれた。流石のクレドも、余裕はなさそうだ。
「っ、『魔障壁』!!!」
クレドは出し惜しみなしで持てる全力の防御魔法を展開する。しかし、目の前に広がる破壊の一撃に比べれば、その護りは、とても頼りなさげに見えた。
「ッッッ、う、ぉぉおおおお!」
気合いの声をあげるも現実は残酷で、クレドの魔法にはどんどん亀裂が走って行き────
雷が爆ぜた。閃光は視界を奪い、轟音は聴覚を奪う。爆風は身体の自由を奪った。永遠のような、攻防の果てには────
『雷の幻想達』による超攻撃を放った悠斗は、既に息絶え絶えであった。今の魔法で、《充電》の貯蔵魔力と、自身の魔力のほぼ全てを失った。あと一、二分で《電光石火》も尽きるだろう。
万感の思いで、煙の先を見る。
「はあ、はあ………くそっ」
クレドは、無事だった。ローブはインナーごと完全に吹き飛んだが、まだ倒れてはいなかった。
「はは、やるなぁ小僧。今度は俺だ」
「まだまだ、これからだよっ」
お互いにふらふらの身体を抱え、一歩、踏み込む。
「ぉぉおおおお!」
「あぁああああ!」
裂帛の気合を込め、思考を加速させ、歯を食いしばって、殴り合い、蹴り合う。
刹那の時間で那由多の拳を交わす。
「(負けない、負けたく、ないっ!
《電光石火》最大出力!!!)」
「(大人気ねぇがやってやるさ。
『身体強化Lv3』!!!)」
限界を超えて、強化を施す二人は、当然その代償を払う。
骨と筋肉はミシミシと音を鳴らし、クレドに苦痛を与える。
高電圧、高電流が身体を焼き、悠斗の肉体と精神を蝕む。
『ぁぁぁあああああ!!!』
殴り、殴られ、蹴り、蹴られる。そんなやり取りもついに終わりを迎える。
悠斗の渾身ボディブローが、クレドの腹に入った。そのお返しと言わんばかりに、クレドの膝が悠斗を打つ。
『あ、がぁっ』
お互い、苦悶の声をあげ、よろめく。だが、その瞳に宿る闘志は消えていない。
両者、同時に駆ける。拳を引き、自身のあらん限りを込めた一撃を見舞おうと、歯を食いしばる。文字通り、最後の一撃を振るわんとしたその時────
「双方、そこまで!」
クレドは拘束魔法で。悠斗は剣によって、動きを止められていた。
「これ以上は訓練の範疇を超えています。これ以上の続行は、認められません」
凛とした声で、窘めるのはグワンテ王国総合騎士団長、レイラ・シグルスだ。驚くべきことに、悠斗の拳を、片手の剣で止めていた。
「は〜い、そこまで。流石にこれ以上は、僕も止めなきゃね」
クレドに掛かっている拘束魔法はシャルルのものだった。
「この二人を医務室まで運ぶように。あと、シャルル。状況を聞かせて貰うから、そのつもりで」
この言葉を最後に、悠斗の意識は、沈んでいった。
☆☆☆☆☆
悠斗が気を失ったあと、クレドも倒れた。地面倒れて、満足げな表情を浮かべるクレドに、レイラはどこか不満そうに問いただした。
「貴方にしては随分ボロボロね。クレド」
「はっ、天下の総合騎士団長様が、たかが宮廷魔道士、それも無属性魔道士に何言ってやがる」
「ええ、確かに貴方は無属性魔道士。でも、その実力と努力は誰よりも理解しているつもりです」
「………はあ、お前にゃ敵わないな。ああ、強かったよあの小僧。前衛にも関わらずあの魔法の技術とスキルの強さ。そしてそれらを使いこなす頭脳。そしてなにより────」
「なにより、卓越した戦闘に対する才能、ですか?」
「なんだ、気づいてたか。そうだ。あの小僧、戦闘ーーー特に対人、対人型の敵に対する才能が飛び抜けている。下手すると、勇者以上に貢献出来るだろう」
「巨悪ーーー魔王等の絶対者を討ち滅ぼす勇者よりも、人の悪意などに対する才能をもつ彼の方が、時代によっては便利、と?」
「簡単に言えばな。まあ、なんで勇者なんてものが召喚されたのかは知らないがな。とにかく、アイツは俺が育てる。異論は?」
「いいえ、ありません。ですが、私も彼の才能に興味を持ちました。彼は前衛ですし、そっちの稽古は私がつけます」
「はいはい、分かったよ。────わりぃ、ちょっと寝るわ」
さすがに堪えたのだろう。ボロボロの幼馴染に、レイラは慈愛に満ちた表情で答える。
「そうですか。では、おやすみなさい………クレド」
離れた位置で聞こえる喧騒に、ヤケに騒がしいなと思いつつ、クレドもその意識を手放した。
メッセージや感想、ありがとうございます。皆さんのお言葉が私の動力源です。作者の趣味全開の作品ですが、これからもお付き合いいただけたら幸いです!




