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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第一章 Welcome To Anotherworld
4/112

異世界初戦闘

書き直し投稿です

「僕は……《剣士》になる!」


  そう宣言した悠斗に、アルテナが冷静な声で返す。


『《剣士》ですね。了解しました。では次に武器を選びましょう。

  ここで大雑把な説明ですが、武術系スキル……《剣士》なら《剣術》、《槍士》なら《槍術》と言ったスキルは、基本的にその名前の武器、或いは類似した武器の技量を上げます』


  つまるところ、《剣術》なら剣を装備した時能力値の小補正と、少しだけ剣の使い方が上手くなる、という感じだ。

  類似した武器、というのは例えば剣にもショートソード、直剣、両手剣、片手直剣、大剣、細剣(レイピア)、サーベル、刀……その他合わせて、かなりの数がある。《剣術》では、それらの刀剣の類を一つにまとめて剣術というふうにしている。なので、《剣術》一つあれば、片手剣から細剣、大剣まで自由自在とまでは行かなくとも、ある程度の練度で扱えるのだ。

  剣の技量自体は、修行を重ねることによってスキルレベル、スキルそのもののレベルが上昇し、それに比例して上がっていく。


『また、武術系スキルにはそれぞれにスキルアクション、と呼ばれる技があり、こちらもスキルレベルによって習得できる技が増えていきます』


  まるで、というかもうまんまゲームだ。

  ただ、プレイヤーは無限で仮初の命を持ったキャラクターではなく自分自身という、笑えない状況だが。

  あまりにも非現実的すぎて、いっそVRMMOでも完成して、そのテスターにでもなっているのではないかと疑ってしまう。

  だが、このあまりのリアルさ、そして痛み、感覚。その全てがこれは本物、現実だと訴えかけてくる。

  嗚呼、実に笑えない。


『それで、武器はどうしますか?』


  悩む必要は、無かった。

  剣道をやっていた悠斗なら、本来は刀にすべきだろう。刀は刀で、一つのロマンだ。

  が、悠斗はあえてそれを選ばない。

  彼が選ぶのは……


片手剣(ショートソード)で」


  一般的な日本人に、「西洋の剣と言えば?」と聞けば大体の人間がイメージするであろう、一般的な西洋剣だ。

  そこに、悠斗のイメージを重ねていく。

  剣の幅は広く、どちらかと言えばブロードソードに近い。長さは八十センチメートル。悠斗の身長が百六十センチメートルであることを考えると、ちょうど二対一の比率なる。ショートソードとはあくまで分類上の名前であるため、バリエーション的にはアーミングソードの方が近いか。

  全体を見ると、十字架のような形状で、鍔の部分は極めてシンプルな、そんなデザイン。


『ユウトさんのイメージを確認。装備に反映、これよりクラスチェンジ及び装備の転写を開始します』


  悠斗の体が、某女の子向け早朝アニメの如く発光する。お肌を見せないサービス精神旺盛な光が収まる頃には、悠斗の制服は消え失せ、肌の上に直接異世界風の装備が着せられていた。


「これは……凄いな」


  装備は至ってシンプル。剣術特化、筋力値の他に敏捷と技巧値を補正するクラスだけあって、壁役に必要な重鎧ではなく、紺のインナーの上にレザープレートの胸当てと皮の篭手、レギンス、シューズという、正しくThe・駆け出し、という感じだった。

  全身の装備を舐めるように確認してから、背中と肩に宿る重み、その原因ーーー武器である剣の柄へと手を伸ばす。

  グリップを掴み、僅かに刃を抜いた後、一気に鞘から引き抜く。

  駆け出しらしく、その刀身は特別美しい訳でもなく、人を惹きつける魔性の魅力を発している訳でもない。当然だ、これは名剣魔剣ではないのだから。

  だが、本物故の金属の重みと、それが生き物を殺すためだけに存在すると主張する刃の鈍色が、持ち主にどうしようもない緊張感を与えていた。

  手に取って初めて伝わる、生命を絶つ重み。画面の向こうからでは決して感じられないその感覚を、悠斗は二度と忘れないだろう。


「アルテナさん、元の服はどうなったの?」


『そちらの方は魔導書機能の一つ、【マジックチェスト】に転送してあります。【クラスチェンジ】同様、名前で発言して頂けると、起動できます』


  とはいえ、流石に元の服が無くなると困るので、つい聞いてしまったが、どうやら魔導書には随分な便利機能があるようだ。

  【マジックチェスト】は、要するにRPGで言うところの『持ち物』。無限に入る訳では無いが、あらゆる物質を異空間に放り込み、荷物を嵩張らずに持ち運べる、便利な機能だ。


『それでは、クラスチェンジ後のステータスを確認しましょうか』


  アルテナの声と魔導書のステータス欄が開くのは同時だった。

  再び魔導書のページが変わり、変動した悠斗のステータスが顕になる。



 ……

 ……

 ……


桜田悠斗さくらだゆうと

 〇性別:男

 〇年齢:15歳

 〇レベル:1

 〇クラス:《剣士》(1/10)

 〇称号:【異世界人】

 〇能力値

 HP:110 MP:30

 筋力:40 体力:30

 敏捷:40 知力:20

 耐久:20 技巧:40

 加護:C

 〇スキル

 《電撃スパーク》《異常精神》《来訪者》《剣術》

 



 ……

 ……

 ……



「おぉ……意外に伸びた」


  クラスチェンジによる能力値補正は1や2行けばいい方だと思っていたが、まさかの10アップ。これは嬉しい誤算だ。

  しっかりと《剣術》スキルも獲得している。

  能力値一の伸びがどれほどの変化かは不明だが、十も伸びれば大なり小なり、ある程度の変化はあるはずだ。


  試しに一度納剣した剣を再度抜き放つ。

  《剣術》スキルの効果か、さっきよりも抜きやすかった。また、筋力値の上昇のおかげか、先程よりも剣が軽く感じる。

  せっかくだから、と剣を中段に構え、二三度振る。

  地球にいた頃振っていた竹刀よりもはるかに重い金属の剣が、まるで市内の時と同じような感覚で振れていた。軽くはないが、悪くない重さ、という感じだ。

  それでいて、剣道をやっていた時よりも一振一振のキレが明らかに増している所を見ると、能力値とスキルの恩恵は大きいことがよく分かった。


  改めてステータスシステムという地球では有り得なかった異世界のルールを実感し、もう一度良く自分を知ろうとステータスを見る。

  そこで悠斗は、あることに気がついた。


「そういえばアルテナさん、クラス欄の隣にある数字って何?」


『それはクラスレベルの表記ですね。ユニットレベル……つまり自分自身のレベルとスキルレベル同様、クラスにもレベルが存在します。こちらはスキルレベル同様ユニットレベルとは違う進行度で上昇していき、レベルがマックスになれば、再度のクラスチェンジが可能になります』


  ユニットレベル、スキルレベル、クラスレベル。計三つのレベル。それを如何に上げることが、異世界で生き残るポイントになりそうだ。


  そう、生き残る。

  目下最大の目標は、この森の脱出。異世界転移が本当なら、この森の中に潜む怪物が先の一体だけとは思えない。

  異世界転移という、未知かつ不可思議、そして心の奥底で望んでいた展開に遭遇したことで忘れていたが、状況は最悪に近い。

  異世界云々を抜きにしても、怪物がいる森でサバイバル。有るのは剣一本とインターネット一つ繋がらないスマートフォン。水は先程見かけたから大丈夫そうだが、食料だってない。

  まるでテレビの無人島サバイバル番組だ。


「とはいえ……このままあてもなく歩いていたらすぐに倒れるか。当面の目標を決めないと」


『まずは他の方々と合流なさるのはどうでしょうか』


「他の方々? もしかして僕以外の人もこの森に?」


『はい。くらすめーと、というのでしょうか、とにかく、貴方と同じ場所にいた人達の何人かが転移してあるはずです』


「何人か?全員じゃないの?」


『そこまでは。そもそも、何故貴方達がこの世界に転移してきたのかよく分かっていないのです』


  初耳だ。そもそも聞いていないから当然ではあるのだが、明らかに何でも知ってる風な口調だったので意外だった。

  クラスメイトも転移しているというのは、可能性の一つとして考えていたので、驚きはしないが。


『そもそも魔導書は誰もが生まれ持つ物。私は異世界からこのアーカディアにやってきた貴方の魔導書に宿った一人格に過ぎず、この世界のルールを教えることしか出来ないのです』


  ならしょうがない、とはならない。

  何もアルテナを責めている訳ではないのだが、情報がないからしょうがない、諦めよう、という考えだけはいけない。

  幸いにして、異世界の基本情報くらいならアルテナは知っている。あとはこちらで情報を集め、精査し、予測するしかない。

  情報とは、武器なのだから。


「それじゃあ、みんなを探してみるとしようか」


  それ以外に道は無い。

  初めて持つ本物の凶器を手に、悠斗は怪物の棲む森に歩を進めた。




 ……

 ……

 ……


  歩き出してから十分くらい経った時だった。


「ゲヒッ」


  悠斗は、緑色のナニカと再度の邂逅を果たしていた。

  手にはやはり錆び付いたナイフ。切れ味は悪そうだが、刺されれば面倒なことになりかねない。

  しかし、あの時とはもう違う。今の悠斗には、戦う力も戦える心のゆとりもある。


「改めて見ると……ゴブリンだな」


「ゲヒヒッ」


  耳障りな笑い声を上げて、ゴブリンはジリジリとこちらへと近づいて来る。

  剣を持つ手に汗が溜まるのを感じる。

  脳内で、何度も想定してきた。生き物を殺すこと。もし自分が何かとんでもないことに巻き込まれて、何かと戦うことになった時、どう動くか。

  そんなくだらない妄想は、誰でも一度はしたことがあるだろう。それが今、現実となっている。

  妄想ではない。確かに命が掛かっている。けれど、やはり、生き物を殺すということに、地球で培われた倫理観が立ちはだかる。


「逃げるな、恐れるな……臆したら死ぬんだぞ」


  自分に言い聞かせるために呟く。だが、恐怖心も躊躇いも無くならない。僅かに薄れても、無くなることは無い。


  逃げ場は無い。正体不明の森、右も左も分からず、何時までどこまで歩けば脱出できるかも分からない。

  いや、分かった所でそれが何の慰めになろうか。出た所で、不安が広がるだけだと言うのに。

  例え今、このゴブリンとの戦闘を避けれたとして、次はどうだ。その更に次は? 永遠に逃げ続けられなんて出来ない。いつか戦わなければならない時が来る。

  だから今、戦おう。戦って、勝って、乗り越えられると証明して見せろ。次の戦いに、負けないために。


「っ、うあぁぁぁぁッ!」


  剣を構え、悲鳴にも似た叫びを上げて突撃する。

  剣道の稽古のように、勇ましい雄叫びは出せない。命を賭けた、魂の絶叫しか出来ない。

  でも動くなら、戦えるなら、それで十分だ。


「グギギギギギッ!」


  ゴブリンもまた、汚い叫びで返す。

  それを聞いただけで、心が折れそうになる。足を止めたくなる。

 

(気持ちで負けるな。負けたら死ぬんだぞ!)


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


  間合いに入った。

  いっそ過剰な位の大声を上げて、斬り掛かる。

  上段、大振り、斬り下ろし、一閃。

  マンガの熟練剣士の様な、立派なものでは無かった。しかし、筋力値と技巧値、そして《剣術》スキルの補正が入ったその斬撃は、生物を殺しうるのに十二分のエネルギーを孕んでいた。

  だがーーー

 

「グギィッ」


  それはあまりにも単調で、隙が大きい一撃だった。

  だから呆気なく躱され、側面に回り込まれて横っ腹に蹴りを頂戴してまう。

  メリメリメリッ! とゴブリンの大きくはない足が体にめり込むのを感じる。

  吹っ飛ばされはしない。ただ痛みに悶え膝をついてしまう。


「こ……のっ!」


  視界の端に、ゴブリンが手に持っている得物を振り上げているのが映り、我武者羅に剣を横一閃。

  水平を斬る剣閃に、ゴブリンは攻撃を中断し、距離を取ろうとするも、僅かに遅く剣先が薄くゴブリンの胴を抉った。

 

「っ、ギィッ!」


  傷つけられ、怒りを顕にするゴブリン。

  一方の悠斗は悠斗で、自ら望んで生き物を傷つけた感触に気持ち悪さを感じていた。


「……っ、ぁああああああああああッ!」


  しかし、迷っている場合では無い。嘔吐いている時でもない。殺すか殺されるか。ヤツだって殺されるのは嫌だろう。こっちも嫌だ。

  けど、戦うなら、殺るしかない。さもなければ、死ぬのはこっちだ。

  何度目か知れぬ絶叫じみた咆哮で迷いを断ち切る。

  そして今度こそ斬るために、手に力を込め直す。


「うぁああああああああッッッ!」


  凹凸だらけの地を駆け抜ける。狙いはまっすぐ、剣を握り締めて。

  対するゴブリンも奇声を上げてこちらへと突っ込んで来る。このままなら数秒後には激突するだろう。

  だが、これはチキンレースじゃない。態々ぶつかってやる道理などない!


「ふッ!」


「ギギィッ!?」


  ゴブリンがナイフを突き出し、それが当たる寸前、ギリギリまで引き付けて、悠斗は体を捻った。そのままスケートのジャンプ技のように地を蹴り、体を浮かせ、宙で体の向きを変えて着地する。


(背後を取った!)


  未だにゴブリンは背中を見せたままだ。後は無防備な背中に剣を突き立てるだけで良い。ゴブリンが余程俊敏な動きをしない限り、どう足掻いても悠斗の攻撃の方が速い。


(これで終わりーーーッ!?)


  腕を突き出す直前、視界が、ガクッ、と落ちた。

  なんてことない、木の根に躓いたのだ。

  いや……そこに、躊躇いや恐れといった感情が全く含まれていないかと言えば、それは嘘になるだろう。

  単純に木の根に躓いたという要素もあったが、僅かな躊躇、逡巡、恐怖が彼の動きを阻害してしまった。


「クソっ!」


  必殺の一撃になるはずだった攻撃は躓いたことにより大きく逸れ、ゴブリンの脇腹を掠めるだけで終わった。

  そしてそのまま、勢い余ってゴブリンの前に踊り出てしまう。急いで振り返ろうとすると、もう遅かった。


「ギギッ!」


「ッ゛!?」


  ヒュッ、と空を斬る音。ゴブリンがナイフを横薙ぎに奮って、それが悠斗の肩を浅く切り裂いたのだ。

  痛みは、絶叫するほどではなかった。ナイフの切れ味が悪かったことと、ゴブリンの非力さ、そして刺突ではなく斬撃であったことが幸いし、傷だって深くない。

  単純なその場の痛みだけで言うのなら、勢いよく走っている途中に転んで足を擦りむいた時の方が痛い。

  だが、悠斗が感じたのは単なる感覚信号としての痛みではなかった。

 

  斬られた当初にはドバドバだったアドレナリンが切れでもしたか、今更のように斬られた傷が痛む。

  ジクジク、ジンジンと、内側の肉が小さな針でジワジワと傷つけられるような痛みが襲う。

  だが、何より、初めて受けた、明確な『害意』による傷。その痛みが、何よりも悠斗の神経を蝕んだ。

  たった数十秒の交錯、たった一つの浅い切り傷。それだけで、悠斗が『殺し合い』というものを理解するのには十分だった。


「ぅ、ぁぁぁ……」


  そこで限界だった。

  所詮、悠斗は物語の舞台に上がれるような人間ではなかった。

  悠斗はどこにでもいる普通の少年だった。それ以上でもそれ以下でも無かった。

  もし自分の周りでとんでもない事件が起こって、自分がそれに巻き込まれたら、何て想像をするくらいには、普通の少年だった。

  どこまで行っても、()()()()()()()()()桜田悠斗という少年は、モブでしかなく。

  彼は物語の背景、その一欠片でしかなく、ましてや主人公なんて上等なものではなかった。


  人間の本質は、世界が変わった所で変化するわけじゃない。

  元の世界で主人公で在れなかった人間が、違う世界に行った所で主人公に成れる訳ないのだ。

 

  だからーーー桜田悠斗はもう立てない。立ち上がれない。剣を取れない。戦えない。


  おしまい。

  何もかも。

  全て。

  水の泡。

  ほんの一時間にも満たない程前の決意も。

  いつかの約束も。

  かつての慟哭も。

  誰かがくれた優しさも。

  愛も。

  温かさも。

  初めの想いも。

  生まれてきた意味も。

  戦って死んだという結末も。


  一切合切知られることはなく、忘れ去られて、誰にも悲しんで貰えず、何の意味もなく、全てを奪われる。


  あとは受け入れるだけだ。

  目の前の化け物が振り下ろそうとする鈍銀を。

  汚い異物が、肉を食い破るのを。

  簡単なことだ。

  動かなければいい。

  痛いのは一瞬、後はすぐに暗転する。

  どうせ立ち上がれやしないのだから。

  立ち上がった所で、剣を執ることは出来ないのだから。


 気が付けば、膝を付いていた。



「ギヒッ」


  化け物が嗤う。お前は終わりだと嘲笑う。

  うつむき加減の悠斗の視界に、その醜悪な笑みは映らない。

  ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


ははっ(、、、)


  少年は終わった。それに間違いはない。

  少年は主人公ではなかった。そこにも間違いはない。

  これまでの全てに、間違いはない。

  だが、 ()()()()()


  これまでの全ての説明は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『スキル《異常精神》発動。感情を制御し、思考を安定化、最適な行動を算出します』


  アルテナとは異なる、しかしやはり頭に直接響く声が宣告した。

  それと同時に、悠斗の体ーーーより正確には、彼の腕が俊敏に閃いた。


「グギィ!?」


  停めていた。ゴブリンが振り下ろしたナイフを、腕で。

  篭手があるから、まだ良かった。だが、篭手と言っても所詮皮製。上から振り下ろされるナイフを受け止めきれず、刀身が僅かに刺さっている。

  それに悠斗は動じる気配を見せない。


「ははっ、はははーーーあはははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!」


  哄笑。

  あまりにも場違いで、あまりにもおぞましい笑い声。

  そこに宿るのは、明確な狂乱の意思。


「グヒィッ!?」


  怪物であるゴブリンでさえも、その異常さに後ずさる。

  その一瞬に、異常者は動いた。

  蹴撃。鋭い飛び上がり回し蹴り、その爪先がゴブリンの首に突き刺さる。

  ゴキャッ、という、生物の肉体から普通鳴るはずのない音を奏でて、ゴブリンは近隣の樹木に叩き付けられる。


「ふぅー、危なかった。あと少しで死ぬかと思ったよ」


  まるで本当にゲームでもしていたかのように、異常者は騙る。

 

「さて、殺すとするか」


  現状に相応しくない、あまりにも楽観的な顔から一転、異常者はゾッとするほど静かな声音で呟いた。

  しかし、その口元は緩んで、弧を描いている。嗤っているのだ。その胸に到来した愉悦に。


  一歩、また一歩と死神は近づく。

  数秒前まで、醜悪な怪物だったゴブリンの顔は、彼が怪物だった頃に追い詰めていた獲物と同じモノとなっていた。

  即ち、狩られる側の貌へと。

  それすらも愉悦となって、異常者の心を弾ませる。


  一つ、小難しい話をしよう。

  桜田悠斗という少年の本質は、確かに主人公、ひいては、物語の舞台に上がれる者のソレではなかった。

  彼はほぼ全てにおいてあまりにも平凡で、ありふれた存在だった。

 

  だが、十人十色と言うように、人間にはそれぞれ個性があるものだ。

  悠斗にもまた、たった一つだけ、非凡なところがあった。


  第二面性(ペルソナ)

  解離性同一性障害。或いは多重人格と言っても良い。

  悠斗は、それに近いモノを持っていた。

  とは言え、それ単体は決して悪いことではない。社会的に見れば、それもまた一つの個性であり、社会的少数派(マイノリティー)であっても、社会で尊重されるべきモノだ。


  ただ、悠斗の場合、その中身が問題だった。

  彼の持つ第二面性、第二人格は、あまりにも本能的残虐性が強すぎた。

  精神病質者(サイコパス)、と呼んでも良い。

  その位、彼の中に眠る闇は恐ろしいものだった。

  それを目の当たりにした悠斗自身が、自らその人格を封印するほどに。


  それが今、嗤い続ける異常者の内面。

  それ故に発現していた《異常精神》スキル。

 

  桜田悠斗は主人公ではない。

  物語の舞台に、華々しく立てるような人間でもない。

  ただ彼は、異常者であった。

  それ故に、異常者は、その残虐性を以て、目の前の敵を蹂躙する。



「グギィ……」


  異常者が目の前に立つと、首が半ばひしゃげたゴブリンは、それでも死にきれずに苦しみと恐怖が混ざった目でこちらを見てきた。

  異常者は何も言わない。ただ剣を構える。


「ギギィッ」


  ゴブリンもまた、死を甘んじて受け入れまいとナイフを構える。

  異常者と化け物、その最後の衝突が行われようとしていた。


  そしてーーー


「グギギギーーーィッ!?」


  斬ッ! と。肉を断つ、嫌な音を奏でて。

  ゴブリンの首が断ち切られ、そのまま地に落ちた。


「戦闘、終了」

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