帰還
色々終わったーーー!
暇潰しにどーぞ!
「キシィイイイイ!」
ダンジョンの原理不明な光が草木の葉緑体を通して不思議な緑色の照明を作り出し、森を幻想的に照らす。見る者によっては芸術性さえ感じられる光景の中、不自然な程にポッカリと円状にくり貫かれたようなフィールドに聞くに耐えない異音が響き渡った。
「あの青い化け物に比べれば大したことはない。しっかり包囲して確実叩くぞ!」
「「「おお!!」」」
今しがた、やる気溢れる掛け声で仲間を鼓舞した白刃達が戦っているのは”ハンター・マンティアス”。名の通り狩人の様に素早く、切れ味の高い鎌を振り回すカマキリで、ダンジョン”修練の魔境”第二階層”森林エリア”の階層主だ。
木々で囲まれた天然の闘技場には大きな岩石が幾つもあるが、その岩をまるで熱したナイフでバターを切るように切断していく|ハンター・マンティアス(狩人蟷螂)の鎌に舌を巻く白刃達。
しかし、サイクロプスよりは弱いと考え、包囲して魔法等で動きを止めて袋叩きにしようと策を巡らせる。
「そりゃあああああ!!!」
神崎パーティーの一人、山本春樹が自身の得物である斧槍を兜割りにうち下ろす。
「キシィイイイイ!」
「くそ、当たらない!」
ハルバードの様な長物ーーー特に斧や槌、大剣などの両手武器は武器の性質上、どうしても大振りになってしまうため、動きの速い狩人蟷螂を捉えることが出来ず、繰り出された一撃は虚しく空を切った。
「そおおおおら!!」
「おらおらおらおら!!」
随分な愉悦を含んだ声で攻撃するのは白刃パーティーの蘭藤麻弘と村山広吉だ。
タートルモック戦に続き、サイクロプス戦でも大した戦いができていないにも関わらず何故こうも余裕なのかは分からないが、白刃にサイクロプスより弱いと判断された狩人蟷螂相手に負けるわけないと思っているのだろう。実に進歩の無い男である。
「?、なんで当たらないない!?」
「くっそぉ、ちょこまかとぉ!」
しかし、中途半端な力を持つ者の傲慢な愉悦は長くは続かず、二人の攻撃を巧みに避ける狩人蟷螂にフラストレーションを募らせていく。
無論、蘭藤や村山はけして弱くない。ランクで言えばAランクであるし、ステータスも高い。しかし、その強さが仇となり、この世界で自分が負けるわけないと本気で思っているのだ。実際は言わずもがなであるが。
蘭藤の槍の一撃を狩人蟷螂は自身の鎌で弾き、返す刀、もとい鎌で切りつけられる。一応、事前に防御魔法を付与しているので致命傷には至っていない。同じように、村山も銃の弾丸も全て切り落とされ、スキルであろう、飛ぶ斬撃をまともに受けて倒れた。
「ーーーー、『エアカッター』!」
「ーーーー、『ロックシュート』!」
後衛の魔法職が攻撃魔法を、銃士が魔力弾を次々と撃ち込む。しかし、その全ては狩人蟷螂の鋭利な鎌によって叩き落とされる。
「ひ、きゃあああああ!」
「美鈴ぅ!」
女子の一人、白刃パーティーの速川美鈴が短い悲鳴を上げて倒れる。狩人蟷螂に一瞬で距離を詰められた速川は、思わず尻餅をついたまま、迫り来る凶刃が自身を切り裂くのを待つしかなかった。同じく白刃パーティーの三木紗耶香は速川に一番近い距離にいるのにも関わらず、後衛故に物理的に割って入ることも出来ず、詠唱も間に合わないため、誰かが親友を助けてくれるの祈ることしか出来ないでいた。
しかし、最も速く、かつ最も強い白刃は、離れたところにいるため間に合いそうにない。白刃パーティーの男二人は現在戦闘不能で神崎パーティーの神崎瑛士や春樹も直ぐには動けない。
誰もが助けられないと思い、せめて一撃で死なないで欲しいと半ば諦めていた。ただ、一人を除いて。
ガウン!ガウ、ガウ、ガウ、ガウン!!!!
「ーーーーキイィィィシィィィっっっ、、、!!!」
突如、降り下ろされた刃に魔力弾が命中し、後衛を逸らした。刹那、四発の銃弾がーーーーもとい、魔力弾が狩人蟷螂を捉える。
狩人蟷螂はたまらず、悲鳴をあげてその場から退いた。まさか一方的に狩るはずの自分が狩られるとは思っていなかったのか、心なしか息が荒い。
まるでヒーローの様に速川を助けたのは神崎パーティーの神川希理だ。こんな正確な射撃が出来るのは彼女だけだろう。
「…………下がって。時間を稼ぐから」
普段あまり喋らない希理は、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呼び掛ける。あまり感情の抑揚の無いクールフェイスとクールボイスが相まってかなりイケメンに見える。実際、与えられた時間を無駄にしないよう、全力で走る速川と三木の表情は少し赤かったりする。
「うおおおおお!!」
勇者としての身体能力をフルに発揮して、白刃が飛びかかるように斬り込む。強敵との戦闘でレベルが上がり、今まで以上に強化されたステータスから繰り出される斬撃は熟練の剣士のそれに匹敵する威力を持っていた。
「キシィイイイイ!!!」
完全に死角を取ったため、階層主の超反応を持ってしても回避は間に合わず、狩人蟷螂は腕を一本、持って行かれた。しかし………
「シィイイイイイイイシャアアアアアアア!!!」
白刃は今の一撃で仕留めるべきだった。腕を失った狩人蟷螂は激昂しながらも冴えており、持ち前のスピードで短期決戦に移行。圧倒的速度で移動し、隙を突いて一人一人打ち倒す作戦だ。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
狩人蟷螂の目論見通り、一人、また一人と倒されていく。次々と聞こえてくる仲間の断末魔(実際は死んでおらず、気絶させて、全滅した後、止めを刺すつもりである)に白刃はどんどん焦っていく。
「くそ、捉えきれない!」
白刃には狩人蟷螂が見えていた。しかし、見えていても狩人蟷螂の超速度に追い付ける高速移動手段が無い。確かに白刃のステータスは高いが、個体としての生態と固有スキルで速度が強化されている狩人蟷螂には追い付けないのだ。
「っ、当たらない!」
希理が珍しく声を荒げる。生粋の狙撃手である彼女にも、狩人蟷螂の動きは見えていた。しかし、攻撃は当たらない。当たる様に狙いをつけれないのだ。
「キシィィィ………!」
余りの速さに残像の様に霞みがかってみえる狩人蟷螂の口元が裂けた。少なくとも、白刃や希理にはそう見えた。
「っ!危ない!」
白刃が叫ぶ。その声は希理に向けられたもの。希理がほぼ直感的に後ろを見ると、そこには死神の得物の様な鎌を振り上げた、狩人蟷螂の姿がーーーー
「あっ、ーーーー」
もう駄目だ。そう考える間もなく、高速移動の勢いのまま、迫る鎌は希理の首に近づきーーーー
ギャリイイイイン!!!!!
「キシイイイイィィィ!!??」
狩人蟷螂は何があったか分からない様に不思議そうな顔をしている。確かに自分は、厄介な狙撃手の少女の首を切り落とした筈だと、そう思っていた。
しかし、そうは問屋が卸さない少年が一人だけいた。悠斗だ。今まで戦闘参加してなかったのは、何もサボったりしていた訳では無い。
実を言うと、狩人蟷螂には大型の虫型魔物が数体、取り巻きとしていた。悠斗たちは、そいつらを相手どっていたのだ。
「ゴメン、遅くなった」
耳元で、囁く様な声。狩人蟷螂の処刑の一撃を、双竜剣で受け止め、弾き返した悠斗は勢いそのまま、吹き飛ばされたため、希理を抱えて一度離脱したのだ。
「双葉、ミーシア、神川さんや皆に回復を。大輝と凛紅は双葉の護衛。アイツは………僕が殺る」
「「「「了解!!!」」」」
悠斗は飛び出す。カウンタースキル<虎視>を使うまでも無く、護るために人を半ば棄てた悠斗には狩人蟷螂の動きはあまりにも遅すぎて………
高速移動スキルを持っている悠斗はすこぶる相性がよかった。
「《飛燕》」
短距離高速移動スキル《飛燕》で距離を詰める。
「キシィッ!!??」
勇者である白刃をして、遂には倒せなかった狩人蟷螂を悠斗はーーーー
「《六連双牙》!」
悠斗が放った六連撃をまともに受け、バラバラに切り裂かれた。
「なぁっっっっ、、、、!!??」
白刃が心底驚いた顔をしている。まあ、サイクロプス戦では、最後の止め以外気絶していたので悠斗の実力を知らなかっただけなのだが。
剣を二本とも、左右に切り払い、血を落とす。鞘に仕舞って一言。
「戦闘終了」
☆☆☆☆☆
狩人蟷螂にやられた傷を一通り治した白刃たちは、ボス部屋の最奥、転移ポータルを潜った。
悠斗達がわざわざ、更に進んだ理由。それは、引き返すことで外に出るのは不可能だからである。一番手っ取り早いのは、階層主の部屋にある転移ポータルを使うこと。その為に、悠斗達はここまで来たのだ。
激戦の数々で、武器や防具、そして精神が疲弊しているため、一度町に戻ることにしたのだ。
転移ポータルを潜ると、目を日の光が灼いた。久しぶりの外をうれしく思うのと一緒に、ここから町に行くのが大変なのだ。
悠斗達を含め、白刃たちもノロノロと動き出す。その足どりは、普段よりも重かった。
☆☆☆☆☆
「これが、ダンジョンでの成果です」
「なるほど、結構ありますね。後程結果を渡しますね」
「あ、あとこれなんですが………」
中立都市リーデルにつき、ギルドに立ち寄った白刃は皆を代表して、アイテムの換金と、ダンジョンで出会った冒険者の遺品の相談をしていた。
「………そうですか、また四人も犠牲者が………」
話をすると、なんとも言えない重い空気が場を支配した。白刃が、新しい話をしようと思ったその時ーーーー
「何でだよっ!なんであんたがそれを持っているんだ!?」
後ろから確かな暴力と明確な敵意が叩きつけられた。




