対サイクロプス 後編
その少年は主人公と呼ぶには適さないほど、暗い眼をしていた。しかし、その表情は英雄と呼ぶに相応しい程の覚悟を秘めていた。
少年は辺りを見渡す。仲間の存在を確認して安心するかの様に、纏っていた空気を霧散させる。しかし、すぐに別の緊張した空気を纏う。
目の前にいるのは全長五メートル程の怪物。対するは、身長僅か百六十センチメートル弱の少年と十二歳位の猫耳少女。
少年は、猫耳少女を下がらせる。いくつか回復薬を持たせている。仲間を回復させるようだ。
「ミーシア、皆を下がらせる事を優先にね」
一言。猫耳少女に声をかけ、自身は更に前へ出る。自分達が一瞬にしてやられた魔物相手に、クラスメイトの中で最弱ステータスを誇る少年に何ができるのか?と、ほとんどのクラスメイトは身体の痛みも忘れて勘繰る。
「………オオオオオオオオ!!!」
突如、バネ仕掛けの様に動き出したサイクロプス。しかし、悠斗は動かない。誰もが反応しきれていないと思い、次の瞬間に網膜に飛び込んでくる絵を想像し、悲鳴を上げたり、目を閉じたりする。その想像が現実になることはないが。
「………ふっ!」
荒削りのこん棒が当たる直前、まるで清流の様に滑らかに避ける悠斗。そして、大振りな攻撃直後にできる大きな隙に、いつの間に取り替えたのか、巨大な大剣を叩き込む。
スキル<虎視>。目と全身に細かく魔力を通すことであたかも虎のような超速反応で攻撃を回避、その隙を縫って一瞬で反撃する、破格のカウンタースキル。そして、<クイックチェンジ>。マジックチェスト内の物を、手持ちと刹那より早く交換するスキル。前衛職なら誰でも習得可能だが、人気が無いスキルだ。
この二つのスキルを同時に使いこなすことで、サイクロプスの強襲にも大剣によるカウンターを決めることを可能にしていた。
「<飛燕*乱歩>」
ぼそりと呟くようにスキルワードを唱えた瞬間、悠斗の姿は消えた。と思ったら、サイクロプスの前に。一撃入れて、また消える。今度は背後。次は左側面。
サイクロプスはパワー型だ。ならば、ステータス負けしている悠斗は、速度で翻弄するのがいいと考えた結果だ。
短距離高速移動スキル<飛燕>。長距離高速移動スキル<限界加速>との違いは移動距離だけでは無い。<限界加速>は魔力をジェットの様に噴射して加速する。故に、直線移動は出来ても、角運動は出来ない。
しかし<飛燕>は、魔力をジェットではなく、爆弾の様に圧縮、爆裂させることで突発的な加速を可能にした。つまりは、魔力を圧縮、爆裂を繰り返せば限定的な立体起動すらも可能にしたのだ。
だが、それも無限では無い。体力と魔力、そして集中力にも限界はくる。<飛燕>は魔力を圧縮して炸裂させる技。圧縮、炸裂の高度な調整はそう何度も続く訳では無いのだ。
「オオオ、オオオオオオオオ!!!」
「………っ!」
精神の限界になり、一度動きを止める悠斗。再び動き出す前にサイクロプスの<威圧>が行使され、紙一重でレジストするも僅に硬直してしまう。。
その刹那の隙をサイクロプスが逃してくれるわけがなく、荒削りな石のこん棒を横薙ぎに振るう。<威圧>のレジストで回避する道を閉ざされた悠斗は<クイックチェンジ>で何処で入手したのか、大盾を呼び出し、ギリギリでガードする。
ガアアアアアン!!!と鼓膜をつんざく音を発しながら途方もない衝撃が悠斗を襲い、勢いそのままに吹き飛ばす。
「「「「悠斗ぉ(さん)(様)!!!!」」」」
盾越しとはいえ、重装備でない悠斗では受けるダメージは相当なモノだ。場合によっては即死だろう。タートルモックを討伐に導いた悠斗ならあるいは………と考えていたクラスメイトも完全に希望を失っていた。
「オオオオオオオオ!!!」
サイクロプスが勝利を確信した咆哮をあげる。再び纏う赤い魔力が、こん棒に集まる。もう一度撃つ気だろう。白刃達を一撃で沈めたあの攻撃を。
しかし、そんなことを絶対に許さない奴がいた。
「「「「「!!??」」」」」
サイクロプスが一撃を放つ前に、一条の雷光がサイクロプスを打った。言わずもがな、悠斗のスキル
<電撃>だ。
「勝手に、終わったと思ってんじゃねえ、この青鬼モドキが!!!!」
悠斗が吠える。その様を見たクラスメイトは目を丸くする。学校では物静かで、大体読書していて、たまに大輝と談笑しているという印象がここ最近で完全に瓦解し、妙に好戦的なイメージが付いてきたようだ。
しかし、悠斗の姿を見たクラスメイトは戦慄する。何故なら、悠斗は両腕が完全に折れていて、頭を含む全身から血を流していた。戦うどころか、立っているのが不思議な位だ。
だが、次の瞬間にはさらなる戦慄に晒された。腕が、頭が、身体が、再生していっているのだ。数秒後には完全とは行かなくても、かなり良くなっていた。
「何なの、あれ………」
誰かが思わずといった様子で呟く。まあ、当然であろう。普通の人間ではあり得ない、常軌を逸した自己回復能力。
これこそが、悠斗の新たなる力、スキル<竜ノ因子>。この戦闘の前日、ステータスが低い悠斗がこの世界で生き抜き、凛紅達を無事に返す為だけに、半分人間を辞め、手に入れたスキル。始まりの森で戦った魔物
ドラゴンがドロップしたアイテム、”竜の宝玉”。アイテムの説明には、「口にする事で半分人間を辞める事になるが、竜の力を得る」とあった。タートルモックの事をふまえて、悩んだ末に手に入れた<竜ノ因子>の効果の一つ。それが”竜の如き生命力と超自己回復力”、つまりは<再生>だ。
今はまだ、<竜ノ因子>のレベルが低いため部位欠損は治せない。それでも骨折や内出血位ならそうかからずに回復が出来る。
「ユウト様、みんなの離脱完了しました」
「お疲れ、ミーシア。できれば下がらせたいけど、僕もちょっとヤバい。手伝ってくれるかな?」
「………っ、はい!!」
ミーシアの報告に悠斗はホッとする。ミーシアは頼られたことがそんなに嬉しかったのか、猫耳がぴくぴくしている。
「桐生君、君の撃てる最強の攻撃は、何秒あれば完成する?」
悠斗の急な質問に一瞬、戸惑う白刃。理解は早いようで、すぐに答える。
「俺の最大威力の魔法技は<天撃>。チャージ時間は一分待ってくれ」
一分。それは自分より格上を相手にする場合、かなり長い時間だ。それを覚悟しつつ、悠斗は作戦の要であるミーシアに声をかける。
「ミーシア、行けそうかい?」
「もちろんですっ!」
悠斗が考えた作戦は高威力の攻撃で、オーバーキルでもなんでも、一撃で仕留めるものだ。その為の強力な攻撃は、溜が必要なのだ。そして、その時間を稼ぐ囮も。
「暫くは、僕も戦う。だから、危なかったらすぐに逃げなよ」
「はいなのです」
「………」
白刃は、ミーシアを戦わせる事に疑問を抱いているようだ。そんな心境を知ってか知らずか、悠斗は白刃に作戦行動を指示する。
「桐生君。今から一分、時間を稼ぐ。そしたら合図するから、全力で攻撃してね」
それだけ言うと、悠斗は前に出る。そして唱える。
「<電光石火>!!!!!」
<電光石火>。それは雷属性の、自身を傷付ける諸刃の強化魔法。悠斗は何の躊躇いもなく使う。
「焔よ穿て、<フレイムバレット>!!!」
文字通り電光石火の速さで斬りかかる悠斗と、沢山の魔法で援護するミーシア。一見、二人でも倒せそうだが、致命打が足りない。
「うあああああああああああ!!!!」
高電圧に身体を焼かれながら、悠斗は飛び回る。ミーシアも、魔力の大量消費でふらふらだ。サイクロプスは荒削りなこん棒を振り回す。
その腕を、倒れていた希理が撃ち抜いた。こん棒を取り落とし、みっともなく叫んでいる。
他のクラスメイトも各々攻撃する。そうして稼いだ時間は一分。悠斗は内心ほくそえむ。今だ、と。
「刃よ、鈍く輝きその姿を幻想に変えろ!<雷の幻想達>」
「行くぞ、<天撃>!!!!!」
悠斗は<クイックチェンジ>で取り出した長剣を媒介にして雷属性魔法Lv8<雷の幻想達>を高速で解き放ち、それを合図とみた白刃が渾身の一撃を放つ。
「オオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!????」
〈雷の幻想達〉で作られたのは巨大な剣。
イメージはシャムシール・エ・ゾモロドネガル。イラン神話のソロモン王由来の悪魔殺しの剣。
悠斗の雷の剣と、白刃の天地を断つ光の剣。極大な2つの一撃が合わさり、サイクロプスに直撃した。
後に残ったのは、サイクロプスだったものの残骸のみ。
ジャイアントキリングは今、成された。
今回もウィキ様にお世話になりました。一度、シャムシール・エ・ゾモロドネガルの説明をインド神話にしていしまいましたが、正しくはイラン神話でした。訂正します。




