脅威出現
非常に短いです。
静寂が支配する森の奥地。ぽっかりとミステリーサークルの様な円形の空間の真ん中にブラウンのレザーコートに身を包んだ少年、悠斗は立っていた。
中学生男子としては少し長めな髪の毛を風に揺らしている悠斗の風貌は、地球にいた頃は大体本を読んでいたことが相まって、クラスではミステリアス系男子とまで言われていた雰囲気が一層強くなって見える。
そよ風が揺らしている木々の音がBGMとなって悠斗の鼓膜を震わす。悠斗自身は上を見上げたままで、その表情は読み取れない。
「………これで三人目か………」
思わずぽつりと呟いていた言葉は風の音にかきけされる。悠斗の心は澄み渡ったダンジョンの空(天井)とは裏腹にぐちゃぐちゃだった。
既に人を二人、その手に掛けている悠斗とて、人殺しに対する忌避感や罪悪感が無いわけではない。今だに手の震えは止まらない。苦しみから解放させる為、本人が望んだから………など、幾らでも言い訳は出来るかもしれない。しかし、所詮人を殺した事に変わりはない。その事実が悠斗を苦しめていた。
「っ、!?」
不意に、悠斗の索敵系スキル<探知>に反応があった。ダンジョン内で油断しすぎたかと、急いで竜双剣に手を掛ける。が、その心配は杞憂に終わったようだ。
「ユウト様!!」
ミーシアだった。齢十二歳の少女がロケットの如く突撃してきた。猫人族の象徴であるネコ耳と水色の髪の毛を輝かせている。
「ミーシア………」
「勝手に居なくならないで下さい。………寂しいです」
ひし、と抱きつくと同時に上目遣いで懇願するミーシアに悠斗はバツが悪そうに苦笑しながら彼女の頭をナデナデする。気持ちいいのか、「フにゃぁ、フにゅうう………」と声が漏れている。
「ゴメンね、ミーシア。ここまで来てくれたんだ。ありがとう。」
心からの感謝をミーシアに伝えると、顔が赤くなったミーシアが「こんなの、反則です………」と俯いてしまった。少しドキッとしたことは内緒だ。
「さて、カッコ悪い所を見せたね。あまりダンジョンに長居したくはないし、皆の所へ戻ろう………………ミーシア?」
戻ろう、と言って踵を返そうとする悠斗は、腕に僅かな抵抗を覚える。何かと思って振り返ると、ミーシアが悠斗のレザーコートの裾を握って、俯いていた。
頭を下げたまま、ミーシアはポツリとこぼす様に小声で言葉をつぐむ。
「どうして………どうしてお兄ちゃんはあんな酷いこと言われて平気な顔出来るの!?何で、正しい事したのに皆から責められるの!?なんで、なんでお兄ちゃんばかりに嫌なこと押し付けて、何もやってない人がお兄ちゃんを傷つけようとするの!?」
ミーシアの言葉を聞いて、悠斗は悟る。恐らく、自分になついてくれるミーシアが、自分の事を散々言った白刃パーティーに腹を立てていたのだろう、と。
実際、ミーシアは二人きりの時に無意識で自分の事をお兄ちゃんと呼ぶ癖があるのだが、それにも気づかない様子で憤激していた。
「いや、いいんだ。彼らの言った事は正しいよ。寧ろ、僕の方が異常なんだ」
「でも、でもぉ………」
泣きそうな顔で、尚もいい募ろうとするミーシアに、悠斗は優しい笑みを浮かべて微笑む。
「大丈夫。君を放したりしないから。僕に味方してくれる人がいるのをちゃんと分かっているから。だからそんな顔しないで?ミーシアはいつも通り、笑っていてね」
それは、どこか自分に言い聞かせているかの様な言葉だが、ミーシアにはとても温かい言葉だった。思わず、涙が零れる。悠斗を慰めに来たのに、寧ろ慰められてしまったミーシアが林檎の様に顔を真っ赤にしてしまうのは、また別の話。
「さあ、帰ろうか。ミーシア」
そう言って、悠斗はミーシアに向かって手を差しのべる。その手をミーシアが掴む、その時ーーーー
「キャアッ!」
「っ、ミーシア!!」
突如地鳴りの様な音が響いてダンジョンの大地が大きく震えた。まるで、エンジンの如くけたましくなる地鳴りは徐々に大きさを増していき、極度の威圧感を場にもたらす。
「何が起きているんだ………?」
「ユウト様、アレを!」
ミーシアが指指した先に人の姿があった。いや、人とは少し違うだろうか。それは人と言うには大き過ぎた。
それは五メートル程だろう。原始的な腰巾着を巻き付け、手には巨岩を荒削りして作ったであろうこん棒を持った青色の化け物。
何よりも恐怖を煽るのは、獰猛に唸る口からかいまみえる牙と頭の角。オーガとも違った野性的な雰囲気は正しく怪物だ。
低難易度ダンジョン、修練の魔境。第四層まであり、新米冒険者が活動するのに人気のダンジョンであるここでは、絶対に出るはずのないランク8の上位モンスター。
人はその化け物をこう呼ぶ。
青の巨人と。
応援、有難うございます。




