ミーシアの怒り
異世界には似合わない無骨なフォルムの火器と炸裂音。自動小銃から放たれた黒鉄の弾丸は間違い無く一人の命を散らした。
飛び散った肉片と脳しょうが大地を赤く染め、硝煙と血液の匂いがその場にいる人間の鼻腔をくすぐる。
「お、おえぇ………」
白刃パーティーの女子が吐いた。ゲームでもマンガでもアニメでもない、本物の死体を目にして、嘔吐く少女とその女子を介抱する少女達は、皆一様に信じられないものをみたような顔をしている。
「………どうして、なんで殺したんだ?」
白刃が呟く様に悠斗に問う。それに対して悠斗は、絶対零度の如く冷めた目と感情を感じさせない瞳で返す。
「僕はただ、あの人の願いを聞いただけだよ?」
「そんな、まだあの人は助かった! 俺たちでは無理でも、上位の神官に頼んだならあるいはーーー」
「どうやって連れていくの?」
白刃の言葉を途中で切る悠斗。その顔には微かな怒気があった。
「どうやってって、それは、みんなで守りながら運んでいけば………」
「それで間に合うの?そもそも、あの人が言ってた通り、ここはダンジョンだよ?少しの油断が死に直結する場だ。それこそ、タートルモックの時の君の様に勇者でも、ね。で、君はそれでも、誰も死なせない、怪我させないでここを出られるの?少なくても僕は無理だ。そして誰も死なせたくないし、死なせない。ほんの少しの怪我でさえ、どうしようもない無力感を感じるし、自分を殺したくなる。だから、僕はあの人のいう通り彼を殺した。それだけだよ?」
「う、でも、でも、殺すなんて………!!!」
「じゃあ、あのまま放置するの?暫くは消えない苦しみを抱えたまま、死んでいけと?それこそ、酷いと思うけどね。………桐生君。君はこのメンバーのリーダーだ。そこは、少なからず君も自覚してるだろうし、楽しんでいると思う。でも忘れないで。この世界でリーダーは仲間全員の命を預かっているんだ。君の実力の伴わない正義の為に、この中で何人も死んでいくんだよ。……………
いいか、君の理想とする正義を貫きたいのなら、力をつけろ。力が伴わない正義はただの戯れ言だ。自分の理想と仲間、どちらも守れるくらい、強くなれ。それが出来ないうちはどちらかを切り捨てろ。
もし、この重圧に耐えきれないのであればリーダーを降りろ。誰も君を責めはしない。だから、半端な覚悟でリーダーやるな。分かったな?」
「っ、なっ、君は………」
白刃は何も言わない、言えない。悠斗の豹変ともいえる口調の変化と、その言葉に籠められた熱にあてられて、何も言えなくなっていた。
「………」
重苦しい沈黙が辺りを包む。それを破ったのは、先程論破されたはずの白刃だ。
「倫理感を語るなら、俺からもいわせてもらう。なんで君はそんなにあっさり人を殺せる!? なんでなんの躊躇いもなく、助かるかもしれないひとを切り捨てられる!? それに、そのミーシアって子は奴隷だろ?お前は人としての良心はないのか!?それにあの銃はなんだ?なんでこの世界に拳銃があるんだ!?なんとか言ったらどうなんだ。大体君はーーーっ、!?」
一気にまくし立てられた悠斗は何も言わない。なおもいい募ろうとする白刃を二つの影が物理的に遮った。
「てめぇ、それ以上口開いてみろ。こいつをぶちこんでやる」
「全く同感ね。不愉快だわ。何も知らない、貴方なんかが悠斗を馬鹿にしないで」
恐るべし速度で踏み込んだ大輝と凛紅が、大剣と刀をそれぞれ白刃の首に当てていた。あまりにも一瞬のことに思わず、後ずさる白刃。
「やめて、二人とも。僕の為に怒ってくれてありがとう。でも、今は仲間内で喧嘩してる場合じゃないし、僕はもう、大丈夫だから」
悠斗の言葉に渋々といった具合に引き下がる二人。しかし、白刃に向ける視線は厳しい。
「まずは、僕が人を殺せる理由だったっけ。………僕はさ、この世界に来てから人を殺すの、実は二回目なんだ」
「「「「「!!??」」」」」
衝撃の言葉に、クラスメイトがかたまる。
「ミーシアに出会ったその日、馬車が魔物に襲われててね、なんとか撃退したけど、生存者はミーシアを除いて一人しかいなかったんだ。でも、その人もほとんど死にかけで、僕は回復魔法を使えないから、さっきみたいな状況で、その人に「殺してくれ」って頼まれたから殺したんだ。あのときの感触はまだ手に残っているし、悪夢もみる。多分、それでもう、あまり人を殺すのに抵抗は薄れてきたんだと思う。
あとね、もしもの時に、本当に大切なものを守る為には、躊躇いを無くしたほうがいい。じゃなきゃ、全てを失う。」
最後の方の言葉には、なんとも言えない感情が込められていた。まるで、過去の自分をみて、言い聞かせているような。
「あと拳銃は僕の魔法、<再製>で作ったものだよ。<再製>は、一度見た物を作る魔法。つまり記憶を取り出して武器を作る。だったら、写真とかの記憶でも作れない道理はないからね。………さて、これで全部だ。まだ君の倫理についての追及はあるのかな?」
「まだ納得出来ない。ミーシアって子の説明はどうした?なんで奴隷なんか買ったんだ?早く彼女を解放しろ!!………君、俺が君の両親のところまで連れてってあげる。だから、親はどうしたんだい?」
自分の正義感を信じ、それを押し付けようと、半ば論点がズレたことを言う白刃。彼は気づいていなかった。自分の理想を押し付けようとして周りが見えてない白刃には、年端もいかない少女が奴隷をやっている訳も、人を殺したその日にいきなり奴隷を手に入れるという矛盾を孕んだ違和感にも、少し考えれば分かることなのに、分からなかった。否、分かろうとしなかった。今、目の前の少女がどんな表情で、どんな気持ちであるかを。
「答えてくれないかな?君の両親のこーーーー」
白刃の言葉は、再び物理的に遮られた。大輝や凛紅ではない。双葉でもミーシア本人でもない。自分は何を言われても怒る事の無かった悠斗だ。短距離高速移動スキル<飛燕>で一瞬ににて彼我の距離をゼロにし、無骨な自動小銃を突きつけたのだ。
「それ以上、話すな。これ以上、ミーシアを苦しめるな。それが出来ないなら、この弾丸で額を撃ち抜いて、君の脳しょうをぶちまけてやる」
再び、豹変する悠斗。今度はその顔に明らかな憤怒をのせていた。
「ミーシアを解放しろ?笑わせるな。今解放したとして、この子をどうするんだ?金もない、知識もない、力もない、安全な働き口もない。そんな女の子を、野放しにしろと?精々、冒険者業で命を落とすか、奴隷落ちが目に見えるよ。いくらミーシアが魔法を使えても、まだ少女だ。厳しい現実には敵わない。それに、この年の女の子が奴隷をやってる意味を考えろ。それでも送り届けるだなんだって言うなら、そのくだらない正義とともに僕が葬ってやる」
「お、お前………」
思わず、二人称が変わる程の衝撃を受ける白刃。その顔には、今までクラスのリーダーとして輝いていた光は見受けられない。
ほかのクラスメイトも悠斗のあまりに恐ろしい剣幕と、触れたもの全てを引き裂く剣山にもにた雰囲気に何も言えなくなっていた。
「………………ゴメン、少し感情的になった。頭、冷やしてくる」
そう言って、悠斗は森の奥に消えていった。息を吸う事すら躊躇する程の重さを纏った空気から解放されたクラスメイト達は、一斉に息を吐き出した。ただ数人を除いて。
「おい、あんな奴の言うこと気にするなって。あんな人殺しなんて、このままほっとけばいいんだよ」
「そうだよ。大人しそうな顔して人を二人も殺してたなんて、サイテー。もう死んじゃえばいいのに」
散々な悠斗に対する罵倒。最後の一言で、悠斗を支持する人間の理性は消し飛んだ。
「ふざけんな!てめぇら、悠斗の何を知っていーーーー「ふざけないで下さい!!!!!」っつ!?」
ぶちギレた大輝の鬼神のごとき怒りを吹き飛ばしたのはミーシアの怒号だった。
「ユウト様の事、何も知らないクセに。ユウト様の優しさを、覚悟を、何も知らないクセに。あなたたちは、奴隷商や、奴隷狩りの人達と同じです! なんで、なんでこんな事を言えるのですか!?誰も、助けてくれなかったクセに!!!」
そう言ってミーシアは走り出した。恐らく、悠斗のところだろう。その背中を、追える者はいなかった。




