独白
短いです。
悠斗と凛紅の会話の夜から一夜明けた。ダンジョン内にしては魔物の徘徊が少なく、特に襲われることも無かった。
本物かどうか定かではない太陽が昇り、森林エリアを明るく照らす。余談ではあるが、ダンジョンには様々な説がある。曰く、そこは古代の高度な魔法文明が造り出した建造物。曰く、神が与えし試練。曰く、魔法や災害等の何らかの影響で現れし異世界、及び異空間への扉。
説の中にあった異世界への扉という文字。そこに悠斗は目を付けた。自分は望んでいた異世界だが、少なくても凛紅は帰りだがっていた。そして守ると約束した以上、凛紅を地球へ帰す方法を探すことも悠斗のダンジョン探索の目的であった。
朝に吹く涼やかな風が悠斗の肌を撫でる。既に朝食を済ませ、いち早く装備を整えた悠斗はキャンプ地である見下ろしの良い丘の少し離れたところで、風に吹かれていた。何か考え事をしているのだろうか、その顔は険しい。
「なに……してるの?」
不意に、後ろから声が掛けられた。随分と間延びした声の主は、悠斗のクラスメイトの一人で神埼パーティーの一員である銃士の神川希理である。
普段、話すことのない希理から話掛けられたことで、少し動揺した悠斗であったが直ぐに気を取り戻し、希理に返事をする。
「…………少し、考え事をしてたんだ」
少しばかり、無表情に見える希理の顔に、揺らぎが見えた。しかし、今だ丘の向こうを見つめている悠斗はその事に気づかない。
「僕はさ、異世界に呼ばれたい、そこで死ねるなら本望だって思ってるんだ。僕は正直、この世界を少し楽しんでる。望みだった剣と魔法の異世界にこれて。内心ワクワクしてる。こんなの、僕の勝手なエゴだって分かってるのに………でもどうしても、この考えが止まらないんだ」
まるで罪人の様に心の裡を独白していく悠斗。その姿を希理は黙って見つめ続けた。
希理は悠斗の独白を聞いて、やるせなく思っていた。悠斗に何があったのか知らないがその葛藤が並み大抵のものでない事を理解していた。悠斗の気持ちは分からなくはない。しかし、自分は帰りたい方の人間であるため、安易な慰めは言えない。本当にどうしようも無かった。
「ごめんね、変なこと聞かせちゃって。……ありがとう。おかげでスッキリしたよ」
そう言うと悠斗は装備品のブラウンのロングコートの裾を翻し、テントへ戻っていった。
森林エリアは名前の通り、森が多い地点ではあるが、なにも森しか無いわけではない。平原もあるし高原もある。第一層は洞窟だったのにたった一つの門を隔てて向こう側は全く違う空間であるから驚きだ。
平原で二体の魔物と悠斗達は戦っていた。名を”スロータービースト”簡単に訳すと虐殺獣だ。スロータービーストはその名に違わぬ見た目と戦闘力を誇っており、ライオンの様な見た目のものや、ゴリラの様な見た目のものまでいる。
悠斗達は二手に別れ、血気盛んな光の勇者こと桐生白刃のパーティーが一体を担当し、残った全員でもう一体を仕留めることにしていた。
「グオオオオオオ!」
前兆三メートルの大型魔獣であるスロータービースト、それもライオンタイプの方向を受け、神埼パーティーの女子が一人すくんでしまう。獣系の専用スキル<咆哮>だ。
当然、地球でも王の名を欲しいがままにしていた捕食者はその隙を見逃さない。あまりにも滑らかな動きで女子に飛びかかる。スロータービーストが自身の最大の武器の一つである爪を振り上げ、女子を切り裂くーーーーーーーことは無かった。
「<飛燕>!」
悠斗が短距離高速移動オリジナルスキル<飛燕>で女子の前に割り込み、片手の丸盾で強靭な爪の一撃を防いだ。
しかし、無謀な試みの代償は大きい。元々、盾があるからという理由で壁役をしていた悠斗は、元よりステータスが高くないので、横薙ぎに振るわれた一撃に吹き飛ばされてしまう。
今度こそと言わんばかりに腕を前足を高くあげるスロータービースト。しかし悠斗が体を張って稼いだ時間を無駄にしない人間がいた。
ダーン、ダアン、ダアン、ダン。
短い炸裂音が四つ響き、魔力でできた弾丸がスロータービーストの柔らかな肉体を傷つける。その内一発が目ともう一本の前足に命中し、スロータービーストは攻撃を空振り、転倒する。
撃ったのは希理だ。実は彼女はサバゲーが趣味で、スナイパーだったりする。大型魔獣は彼女にとってはただのデカイ的だろう。
そしてこの隙は大きい。今が好機とみた大輝や凛紅、神埼等前衛職のクラスをもつクラスメイトが一斉に防御を捨て、強襲する。
「おおおおりゃあああ!」
「やあああああ!」
「グギャアアアアア!!」
大輝が、凛紅が、各々渾身の一撃をスロータービーストに見舞う。最後に大輝が自分の大剣にスキル<火炎>を籠めて首を斬り飛ばし、勝負が付いた。
「ふぅぅぅ、終わったー」
「長かったですね」
「全くだ」
三十分近く戦い続けた大輝達は地面に腰を下ろして息を整えていた。白刃達の方ももう終わったようでゆっくり休んでいた。
「そういえば悠斗は?」
「ここ………だよ」
凛紅が少し慌てた様に叫ぶと、後方から随分疲れた様な悠斗の声が聞こえた。こちらに向かって来ている悠斗の姿は少しぼろぼろだ。
「いやあ、飛ばされた後一角狼三体に襲われちゃってね………双葉、悪いけど回復頼める?」
「はい、お任せ下さい!」
悠斗から事情を聞いた双葉は花が咲いた様な笑顔と共に力強い返事をすると、手軽な回復魔法を掛けていった。
「悠斗様、動かないで下さいね」
トテトテっと聞こえてきそうな様子で駆け寄ってくるミーシア。水の魔法で濡らしたタオルで悠斗の顔や体についた汚れ等を拭いていく。
「むう、ミーシア、僕も子供じゃ無いんだから顔くらい自分で拭くよ」
「いーえ、ダメです。私がやります。………最近悠斗様が構ってくれないし…………」
最後の呟きが聞こえていたのかいないのか、諦めた悠斗はお返しと言わんばかりにミーシアの頭をナデナデする。ミーシアは抵抗せず、気持ち良さそうに目を細めた。
戦闘後でピリピリしている空間が少しだけ和んだーーーーその時。
「う、うわああああああ!!!」
悲鳴が響いた。
悠斗達は急ぎ、声の場所へ向かう。森に入り、木々をかき分け、草を踏み越えて進むと開けた場所に出た。そこにいたのは白刃パーティーの男子、蘭藤と村山、そしてーーーーーーーー
白濁の液体に全身を汚された、首と胴が繋がっていない女性冒険者の全裸の遺体と、首を切られたドワーフの男の死体、そして血の海に伏した男達の姿だった。




