異世界転移
相変わらず短いです。すいません
異世界転生、或いは転移。
男なら一度は憧れるであろう、ファンタジーの世界への旅立ち。
見知らぬ地に放り出された『誰か』は、故郷である地球にいた頃とは掛け離れた強さを手に入れる。
それは圧倒的な剣の才能だったり、無限の魔力だったり、或いは反則的な異能の力など様々。
きっとそこで、『誰か』は数々の冒険をするのだ。
笑い、喜び、楽しみ、偶に傷つき、苦しみ、苦悩し、藻掻き、怒る、そんな日常と非日常が交差する物語。
時に荒事に巻き込まれ、或いは己から首を突っ込み、目立ちたくないと言いながらも世界の意思に飲み込まれていく。次第に頭角を現して、ひっきりなしに事件を解決して。
そうしていつの間にか、それまでの出会いと努力によって結ばれた絆が、かけがえのないものになっていき……そして最後は、旅路の中で触れ合ってきた女性達と結ばれる。
そう、まるでーーー物語の主人公のように。
嗚呼、なんて素晴らしきかな、異世界。
これ程素晴らしいなら、電気がなくて娯楽も少なくて安全じゃなくて多少不便であったとしても、たしかに異世界というものに憧憬を覚えるだろう。
けれど。
けれど、忘れてはいけないことが、一つある。
もし仮に、異世界に行くことができても。
夢にまで見た展開が、目の前に広がっていたとしても。
忘れてはいけない。
その時、自分が主人公であるとは限らないということを。
だって。
現実で主人公に成れなかった者が、急に主人公に成るなんてあるわけないのだから。
☆☆☆☆☆
闇に沈んでいた意識に、光が射すのを感じる。
暖かい光の一条が、瞼越しに網膜を刺激して、覚醒を促しているのだろう。
しかし、頬に当たる風が心地よくて、そのあまりの気持ち良さに目覚めを拒みたくなる。
清澄な空気、とでも言うのか、無意識に吸い込む空気でさえも美味しく感じる。
寒すぎず、暑すぎず、程よいバランスの空気に包まれ、仄かに暖かい日光を受ける。ただそれだけで、真冬の朝の布団の中の如き魔性の魅力に拐かされたように、体が石になってしまうのだ。
(ん……心地よい空気?)
外界の様子を視覚味覚以外の三感では感じとった時、突如生まれた猛烈な違和感によって、少年ーーー桜田悠斗は目を覚ました。
いつの間にか眠っていたのか。それにしてもおかしい。
今は十一月の後半。夏のクソ暑さを乗り切り、秋の肌寒さを楽しんだ後の、地獄の寒さを伴う冬への入口の時期のはずだ。間違っても、心地良い空気なんてありえない。
「ここは……一体……」
瞼を開き、網膜に投影された光景に映るのは、辺り一面の木々。
日本の田舎を探しても早々お目にかかれないだろう、立派な大樹の数々だった。
樹木一本一本が樹齢百年は優に超えるだろう大きさで聳え立ち、僅かな風が葉を揺らして音色を奏でている。
「森……なのか。でもなんで……さっきまで学校に居たはずなのに……」
全体的に暗めだ。高い木々の生い茂った葉が太陽を覆い隠して、光源はほんの少し、葉と葉の間から射す木漏れ日だけ。
しかし不思議とジメジメしない。地面を乾ききってはいないが、ぬかるんだりもしていない。
そんな不思議だらけの森は、どこか神秘さと異様な不気味さを放っている。
「一体何がどうなって……っ、そうだ、携帯は!」
近くにカバンを筆頭とした持ち物は無さそうだ。だが、ポケットの重さから持っているはずのモノを思い出し、その可能性に縋る。
取り出したのはスマートフォン。最新機種より二世代前のモノだ。
「電池はある。電波は……良かった、微弱だけど通ってる」
早速地図を開き、現在位置を確認しようとする。
しかしーーー
「嘘だろ……。データがない。僕が何処にいるのか、分からない……っ!?」
画面に映るのは、シンプルな白。
ローディングのマークもなく、他の何もない。
何も表示されない、ただ真っ白い画面だった。
何度も何度も、タスクを切っては読み込みをする。しかし、画面に地図が表示されることは終ぞなかった。
「何だよ、これ……」
頭の中を、ワカラナイが埋め尽くす。思わず零した疑問に、答えてくれる者はいない。
気持ち悪い。あまりにも突然で、あまりにも意味不明な現象な吐き気がする。
なんなのだ、これは。ストレスに似た、しかしそれよりも澱んだ黒いモノが胸の中に蟠るのを感じる。
嗚呼ダメだ。このままでは、自分が自分でなくなる。けれど、コレは止められない。
「ギィィィィィッ!」
それは救いか、はたまた追い打ちか。爆発しそうになっていた悠斗の思考に、ノイズが紛れ込む。
ソレを聞いた瞬間、悠斗の体は冷水でもぶっかけられたように凍り付く。
「……ははっ。なんなんだよ、コレ」
醜悪な、何かだった。
人型の矮躯。百三十センチ位の、汚い緑色の体。口は裂けたように開き、舌を垂らし、唾液を撒き散らしている。その目つきは到底温和的なモノとは思えず、その瞳は血のように紅い。
手に持っているのは、錆の浮いたナイフ。どう見ても普段の性能を発揮できないであろう小ぶりなナイフはしかし、何故か異様に輝いていて、まるでその使い方を暗示しているようだ。
「あ、あぁ……あぁァァァァァァァァッッッ!!!」
遠目からなら。或いは、もっと安全圏からなら。
ソレが何なのか、一目で分かっただろう。
しかし、少年はそれを思いつく前に、いっそ過剰なまでに絶叫し、その場から走り出した。
「あぁァァァァァァァッ、っ!?」
どこまで走っただろう。後ろから気配はあるような、ないような。
兎に角体力が続く限り、足を止めずに走り続けてきた。しかし、疲労で足がもつれ、ついには木の根に躓いて転んでしまう。
「ヒッ!?」
最早、情けない姿を見せることしか出来ない。幸い周りに誰もいない。いや、仮にいたとしても、悠斗はこの姿を晒していただろう。
何故ならば、彼は主人公ではないからだ。
「く、来るな……来るなァァァァッ!?」
叫んでも意味は無い。いや、むしろせっかく振り切ったヤツを呼び寄せるだけだ。
しかし、悠斗は狂ったように叫び続ける。
ややあって、ついにソレは辿り着いてしまった。
「ギィィィィィ……」
見つけた。とでも言うように、醜悪な面をより醜悪にして、ソレは嗤った。
ゆっくり、ゆっくりと。しかし確実に、ソレは距離を詰めてくる。
「来るな……」
「ギギッ」
必死の助命は、通じない。
「来るなよ……」
「ゲヒャッ」
ソレの口元には、愉悦。
「来ないでくれ……」
「グヒヒヒッ」
距離は、もうない。
狩人は、刃を振り上げる。
「来るなって……」
「グギャギャギャギャギャッッッ!!!」
もう遅い。
「言ってるだろォォォォォォォォッッッ!!!」
たまたまだった。
たまたま、近くに先の尖った木の枝が落ちていた。
手の感触で、それを理解していた悠斗は、即座に掴んで、我武者羅に突き出す。
構えも何もあったもんじゃないそれはしかし、いかなる因果か、ソレの眼を穿ち抜いた。
「ギィィィィィッ!!??」
絶叫。
聞くに絶えない、おぞましい叫び声が鼓膜を震わせる。
苦痛にのたうち回るソレに対し、悠斗が思ったのは痛そうだなぁ、とか、自分は何ということを、とか、そんなありふれたものではなかった。
(殺さなきゃ……)
自分を害そうとする者を、奪おうとする者を。
今度こそ。
「ギィァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!?」
眼から引き抜いた木の枝を、今度は手首に刺した。
一応人型なソレに対し、悠斗は躊躇う素振りを見せず、息を吸うように行う。
その後は、手の中にある枝を、グリグリと捻じる。
一瞬の間も要らず、ソレは手からナイフを捨てた。
木の枝から手を離し、落ちたナイフを拾った。
(あぁ、これが欲しかった)
後はもう、何も要らなかった。
ソレの前に立ち、仰向けになったソレを見下ろす。
「ギ、ギィィィィィ……」
許してくれ、助けてくれ。
言葉は分からないが、そう言っているように聞こえた。
「ははっ」
笑えた。
さっきまで散々こっちを甚振っていた存在が、今度は向こうが命乞いをしている。
躊躇いは、なかった。
「死ね」
ドスッ!と。ナイフが落ちる。
ソレの胸を穿って、命を吸う。
紅が流れて、大地を染めていく。
「死ね」
尚も飽き足らず、ナイフを引き抜き、少年は再びナイフを振り下ろした。
「死ねよ」
二度、三度、四度、と、次々にナイフは落ちては上がる。
最早ピクリとも動かないソレに、少年は異常なまでにナイフを振り下ろし続けた。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッッ!!!」
「死ィィィィィねェェェェェェェェッッッ!!!」
いっそ喜劇だ。
イカれたレコードのように、同じ言葉を繰り返し。
階段から転げ落ちるように、人から遠ざかる。
そして……
「ははっ」
いつまで刺したか。
血にまみれた両手と顔と体を見て、原型を留めないソレを見て、少年は呪われたかのように……
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!」
☆☆☆☆☆
目覚めた。
どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
何故か、凄く恐ろしい夢を見た。その夢のことは、仔細はっきりと覚えている。
「ほんと、酷い夢だったぁ……っ!?」
視線をあげた瞬間、目に飛び込んで来たのは血の海。そして、その少し離れた場所に転がる血まみれのナイフ。
「……夢じゃ、なかった……?」
答えるモノは、何も無い。ただ目の前の光景が、無情に現実を示してくる。
明確に、その事実を察した、その時。
悠斗の胃はひっくり返った。
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!?」
絶叫と共に、吐瀉物が口から吐き出される。
それに構うことなく、悠斗は叫び続けた。
「ァァァァァァッ、僕は、ボクはァァァァァァァッッッ!?」
ひたすら叫んだ。喉が枯れるかと思うくらい。
そして……
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
『スキル《異常精神》を獲得しました!』
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッーーーっあ……」
止まった。
絶叫が溢れていた森に、唐突な静けさが戻る。
「あぁ……どうして僕はこんなにも叫んでいたんだろう。襲って来た奴を殺した、ただそれだけなのに」
唐突に、あまりにも唐突に、悠斗はケロリと変わった。
そしてそのまま、彼は状況に合わなすぎる口調で、一人つぶやく。
「あぁ喉が痛いなぁ。さて、大分汚れてしまったし、水場でも探そうか」
それはあまりにも、不自然すぎる光景だった。
☆☆☆☆☆
「さすがに服の血までは取れないかぁ……」
肩を落とすような声でそう言ったのは、湧き水が溜まっていた場所で血を洗い流した悠斗だった。
顔と手の血糊は取れたものの、未だ服にはべっとりとついている。そのまま苦笑して、なんでもないように笑っているのだから、やはりホラーじみている。
「それにしてもこれ……なんだろう?」
悠斗が木漏れ日に当てるようにして掲げたのは、小さな石ころだった。
五センチ位の石ころだが、それはただの石ころではなく、鮮血色のどこか美しさすら感じる結晶体のようなものだ。
先程いた場所の、殺人現場のようになった場所。要するに、悠斗がさっき殺した何かの死体があった場所に落ちていたものだった。
「まあいっか。別にどうと言うわけでもないし」
とはいえ捨てるのは忍びない、と言って悠斗はそれを制服のポケットへしまった。
「さて……それにしてもどうしたものか。ここがどこだか、さっぱり分からないや」
彼が表に出した言葉、実の所正確ではない。
一つだけ。あまりにも突拍子が無さすぎるが、一つだけ、思い当たることがある。
だが、確証が無いうちは、口に出さない。
一度それを認識してしまったら、自分がどうなってしまうか分からないからだ。
「食べ物はない。水は一応ある。場所は不明。正体不明の敵対生物あり、と。
随分酷いサバイバルゲームだ。商品だったらクソゲーもんだよ……」
少し前まで、死の目前にまで近づいていた人間とは思えない余裕ぶりだ。
しかし、悠斗の思考はまるでそれを考えてはいけないように、あの時のことを遠ざける。
「ふーっ、流石にちょっと疲れたな……って、なんだこれ?」
手にしたのは、一冊の本だった。
ただし、手のひらサイズの、だ。黒を基調とし、その上に銀と赤の軽い装飾が施されていて、本の中央には紋章のようなモノがついている。ボロボロになった二本の剣が、交差しているようなデザインだ。少しカッコイイ。
そして、そんなモノに鎖が通って、悠斗の首に掛けられていた。
「これは……魔導書、みたいだな……。こんなのつけてたっけ?」
とは言ってみたものの、魔導書のようなネックレスなんて持っていた記憶がない。そもそもこんなもの付けて学校に行ったら、即没収確定だ。
(あー、なんかもう、展開が読めてきたよぉぉぉぉ……)
この先の展開が、少しだけわかってきた。
それはもー分かってきた。伊達にライトノベルというOTAKUカルチャーに浸かっちゃいない。
この状況がどんなものかくらい、分かってますとも。
『知的生命体の反応を確認。対象の魔力を読み込み、所有者として登録します』
「うわっ、喋った!?」
不思議な本を手に取っていたら、突然魔導書(?)が光りだし、声が聞こえだした。タイミング的に、声の主はこの本しかあるまい。
声帯から出しているような感じではなく、頭の中に直接語りかけているような感覚だ。
『ーーー登録完了。対象、サクラダユウトを当書の所有者として認証しました。
よろしくお願いします、ご主人様』
……よく分からん魔導書にご主人様呼びされた。
何をどうせいとな? 本が可愛い女の子になって、心強い仲間になってくれるなら頑張りの一つや二つしてみせるが、普通に考えてそういう展開はありえないだろう。
確かに声は優しいお姉さん、といった感じの声音だが……もしかしてワンチャンある?
『すみません、残念ながら人化は出来ません』
出来ないらしい。というか、何故バレたよ。心の声、読まれた?
『こんにちは、ご主人様。いえ、ユウトさん、と言えばよろしいですか?
ワタシの名前はアルテナ。貴方がお持ちになっている魔導書に宿る人格にして、貴方をナビゲートする存在です』
「あ、それはどうも。桜田悠斗です。僕のことは悠斗でいいです。よろしくお願いします、アルテナさん」
つい思わず、普通に返事してしまった。
ここまで来て展開が分からないほど能天気な頭をしてはいない。
けれども意識せず律儀に返してしまうのは、日本人の性という奴か。
『はい、よろしくお願いします悠斗さん。
……唐突で申し訳ありませんが時間がありません。どうか落ち着いて、聞いてください』
優しいお姉さんの声音から一変、急に硬くシリアスな声になる。
……しょーじき、もう大方の予想はついてるので、そんな必要はないのだが。
『ユウトさん、貴方は元にいた世界……チキュウとは違う、異世界に転移してしまったのです……っ』
(やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!)
まるで自分の無力を悔しがるような口調で、自称本に宿る人格は語る。
一方で悠斗は察していた通りの、普通ならありえない展開に頭を抱えていた。
だって異世界転移よ?ラノベ界ではありがちなパターンよ?王道中の王道よ?
テンプレートとは面白いからこそ鉄板だが、流石に今更テンプレはどうなのよ?
『……本当に申し訳ありません。お辛いでしょうが、どうか気を強く持ってください。ワタシがついておりますから』
「アルテナさん……」
やだ、惚れちゃいそう!とは流石にならない。再びお姉さんモードで慈愛の言葉を掛けてくれるアルテナに対し、さも「捨てられた子犬が自分を拾ってくれた人間に向けるような感情」を込めたかのような声で反応した悠斗だが、実際は割と絶賛脳内混沌中だった。
テンプレなのはいい。テンプレ展開ならやりやすいし、分かりやすい。
だが、何なのだこのパターンは。「テンプレから少し外して見ました〜」みたいな、状況。
テンプレ中のテンプレなら、異世界転移の後はどこぞの王族貴族が「よくぞいらっしゃいました勇者様〜」とか、転移直前に神様的存在から「お主にチート能力を〜」とかが基本だ。
なのにそれらを一切抜きにして、ただよく分からない森に放置とか。
『ユウトさん、落ち着いてください。これより、ワタシからチュートリアルがあります』
「チュートリアル、ですか?」
随分俗っぽい言葉が来た。ただ、聞く限り取り敢えず、ある程度の説明を受けることができそうだ。
『まずこの世界の名前は”アーカディア“。貴方達のいた世界で言うなら、剣と魔法の世界、というやつです』
このあとの説明は、軽く端折らせて貰おう。
どうせ分かりきっていたことだ。
簡略かして言えばこういう感じだった。
・アーカディアはファンタジー世界。魔法もモンスターも存在する。
・エルフ、獣人などファンタジーにありがちな多数の種族あり。
・ステータスシステム、レベルシステム、ジョブシステムあり。
・世界にこれと言った危機は迫っていない。何故召喚されたかは不明。
・魔導書は魔法が使えるようになるものではなく、この世界の住人は生まれた時から持っているもの。手放すことは出来ない。ステータスの確認などを行える。
といったところだ。
『それではユウトさん、貴方のステータスを見てみましょう』
アルテナがそう言った瞬間、魔導書のページが開かれる。ページの文字は見えないが、ホロウィンドウのようなモノが空中に展開され、ソレを目視可能にした。
……
……
……
【桜田悠斗 】
〇性別:男
〇年齢:15歳
〇レベル:1
〇クラス:ーーー
〇称号:【異世界人】
〇能力値
HP:100 MP:30
筋力:30 体力:30
敏捷:30 知力:20
耐久:20 技巧:30
加護:C
〇スキル
《電撃》《異常精神》《来訪者》
……
……
……
自分のステータスというものを初めて見た悠斗は、取り敢えず一言。
「全体的に高いのか低いのか分かんない……っ!」
『個人差はありますが、ユウトさんくらいの年齢の平均能力値は各三百〜五百くらいですね。とは言っても、それは戦闘系“クラス”に就いたうえで、大体レベル二十くらいが目安なので、そう考えれば高いほうですよ』
「……」
即座にアルテナから説明と補足と慰めが入る。
高い方……ではあるのだろうが、平均と比べると、と頭に付き、突出している訳では無いようだ。
……というか、知力値が20って、何か馬鹿みたいに思えてきた。いやまあ、確かに頭はそこまで良くないけども。
『一先ずクラスチェンジしてみましょう。【クラスチェンジ】、と唱えてください』
いよいよ、というべきか、ジョブに就く時間らしい。こーいうゲームじみた展開に、内心のワクワクが止まらない。
「【クラスチェンジ】」
唱えた瞬間、ポウ、と魔導書が淡く発光し、ページが勝手に捲られ、ホロウィンドウの画面が変わった。
……
……
……
【選択可能クラス】
《剣士》《槍士》《戦士》《闘士》《魔道士》
《銃士》《狩人》
……
……
……
「ファンタジーだなぁ……」
クラス、ゲームっぽく言えばジョブの名前が立ち並ぶ画面を見て、悠斗はポツリと呟く。
思ったよりは多い。才能とか、適正とか、ステータスとかで選択可能クラスが決まるのかと思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。
仮にそうだとしたら、剣士は地球にいた頃、剣道をやっていたために分かる。だが、槍士や魔道士が適正とは思えない。槍は触れたことがないし、MPと魔力値を見た感じ魔道士向けとは思えないからだ。
「何にしようか……」
まず《剣士》及び《槍士》と《戦士》の違いが分からない。
ゲームだと大抵が剣士や槍士などの武器系のジョブを統合した戦士のジョブが多い。それなのに態々細かく分けてある理由はなんだろうか?
「アルテナさん、各クラスの詳細を見ることはできる?」
『できますよ。こちらになります』
魔道書のホロウィンドウの画面が変わる。
そこには、悠斗が求めていた通りの情報があった。
……
……
……
【クラス詳細】
《剣士》
・前衛職。剣術特化。筋力、敏捷、技巧に能力値補正と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《剣術》《体術》《盾術》《投擲術》……以下派生上位スキル。
《槍士》
・前衛職。槍術特化。筋力、敏捷、技巧に能力値補正と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《槍術》《体術》《投擲術》《緊急回避》……以下派生上位スキル。
《戦士》
・前衛職。特化なし。筋力、耐久、技巧に能力値補正と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《剣術》《槍術》《斧術》《体術》《盾術》《戦士術》……以下派生上位スキル。
《闘士》
・前衛職。体術特化。筋力、敏捷、技巧に能力値成長と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《体術》《投擲術》《緊急回避》……以下派生上位スキル。
《魔道士》
・後衛職。魔法特化。MP、知力、技巧に能力値成長と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《各属性魔法》《杖術》《魔力増幅》《魔力障壁》……以下派生上位スキル。
《銃士》
・中、後衛職。銃術特化。MP、知力、技巧に能力値補正と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《銃術》《体術》《投擲術》《視力強化》……以下派生上位スキル。
《狩人》
・中衛職。弓術特化。体力、敏捷、技巧に能力値補正と重点的能力値成長。
・所得可能スキル
《弓術》《投擲術》《短剣術》《視力強化》《緊急回避》……以下派生上位スキル。
……
……
……
「うーん、分かりやすい」
アルテナが……かは分からないが、表示してくれた情報は、かなり分かりやすかった。
剣士、槍士、闘士は技能特化型でスキルの習得が容易く、練度も上がりやすい。戦士は万能型だが、その分スキルの練度が上がりにくい。
魔道士は言わずもがな魔法特化で、銃士は遠近両方戦えるタイプ。
というか今になって考えれば異世界に銃という概念はあるのだろうか。
正直な話、どのクラスを選べばいいのか分からない。
無難な所を言えば万能型の《戦士》か。しかし、線の細い、どちらかと言えば華奢な部類の体型である悠斗に壁役なんてつとまるのだろうか?
「とはいえ……MP的に魔道士も難しそうだな」
アルテナ曰く、初期MPにも個人差がある。クラスに就けばMPとMP成長量が増加するが、それを差し引いても悠斗のMPは低い方らしい。
それに、先のゴブリンに襲われた時のことだ。
あの時は一心不乱に暴れていたら倒していたが、もし魔道士になったとして、後衛職がたった一人で生き残れるか。
よしんば魔法が使えても、パターンによっては詠唱による打つまでの時間や、一回打ったあとのクールタイムだってある。それにMPと知力が低い以上、強力な武器にはなりえない。
《銃士》もなし。銃と聞けば、一見強そうだが、飛び道具の類は危険だ。異世界の銃火器というのが一体如何なるものかは不明だが、少なくともその手のモノは弾が無くなれば即アウトだ。
それは《狩人》にも言える。《銃士》も《狩人》も、一応近接戦闘に対応できるスキルビルドが組めそうだが、どちらも基本が後衛向きであるため、接近戦の能力はたかがしれている。
となれば、必然的に前衛職の中から選ぶことになるのだが。
「一般的に考えれば《槍士》が強そうだけど……」
槍は強い。古来の戦争において、東西問わず最も使われた近接武器は槍だ。
ゲームの影響で使われている武器は剣や刀のイメージが強いが、一兵卒が持つのは本来槍なのだ。
槍はそのリーチの長さからまず剣では勝てない。
そして剣や刀で鎧ごと人間を斬るなんてことはマンガの中でしか有り得ず、鎧を着た相手を倒すために槍は刺突武器ではなく打撃武器として重宝されてきた。
斬撃や刺突に強い鎧も、衝撃だけは殺せない。長いリーチとそこにしなりが加わることによって生み出される破壊力は、人間一人倒すのくらい造作もないのだ。
と、言うわけで槍というのはとても強いのだが……
「何かしっくり来ない」
と、言う理由で却下された。
というか、こんな木々だらけの場所で槍振り回すとか、やりづらいったらありはしない。
そうなると残りは《剣士》と《闘士》だが、最早悩むに値しない。
格闘系スキルは気になるが、態々危険なモンスター相手に素手で挑むのは自殺行為だ。
そうして悩みに悩んだ末、悠斗は宣言した。
「僕は……《剣士》になる!」
アドバイス等お願いします。