ダンジョン
少し時間を遡る。
コンコン、という軽い音がいつも通り狩りに行く準備をしていた悠斗の耳に入った。身だしなみを整え、ドアを開くと、そこにいたのは凛紅や双葉ではなく、同じクラスの神川希理だった。
正直、地球では余り話さなかった希理がどうして自分の部屋に来たのか悠斗が困惑していると、希理が言葉を紡いだ。
「………今から、桐生君が、話したい事があるから食堂に来て欲しい……との事。」
それだけ言うと希理はさっさと行ってしまった。取り敢えず悠斗は着替えを済ませて仲間達に希理から言われた事を伝える為に準備を済ませ部屋を後にした。
”アドベの宿”の食堂の隅には、桐生白刃を筆頭にした地球からの転移組が集まっていた。全員来たことを確認すると、白刃は口を開いた。
「みんな、集まってくれたこと感謝する。今回集まってもらったのは、俺の頼みを聞いて欲しいからだ。
俺達は一刻も早く元の世界に帰りたい。だから力をつけなければならない。よって今回から近場にある”ダンジョン”、”修練の魔境”にいこうと思う。」
白刃の言葉に場は緊張に包まれる。ダンジョンとはこの世界に存在する大規模な洞窟、迷宮、魔境や秘境、場合によっては城や神殿等の総称である。ダンジョン内は別世界となっており、大気中の魔力が豊富で魔物も多く出るがその分恩恵が強く、上質な素材や魔石、更には自動で出現する宝箱まである。故に、戦闘に慣れてきた冒険者の多くは狩り場をダンジョンに切り替えるのだ。
「しかし、俺達だけでは危険だ。図々しくてすまないが、俺達パーティーに付いてきてくれないか?」
白刃が頭を下げる。自分たちのリーダーが最終的に自分たちの為に頭を下げているのだ、助けない訳にいかない、と神崎達のパーティーが了承する。凛紅や双葉、大輝も思いの外乗り気だ。
そんな空気の中、悠斗は余り乗り気にはなれなかった。それと言うのも、ゲームやラノベの類いをこよなく愛した悠斗は、戦闘以外でも情報収集をしていた。その情報の中には、”魔境”の名の付くダンジョンは例え、攻略難易度が低くとも何が起こるか分からないと載ってあった。これから行こうとしているのは”修練の魔境”。余り攻略難易度が高くはないが何があるか解らないのだ。
「みんな……ありがとう。泊まりがけになってしまうかもしれない。取り敢えず必要な物を持って午後に東の平原に集合だ。では解散!」
結局流れに呑まれてしまう悠斗であった。
☆☆☆☆☆☆
時間は戻る。
東の平原でオークを倒した悠斗達は白刃達と合流し、”修練の魔境”を目指していた。道中、魔物による襲撃があったが、”光の勇者”である白刃が恐ろしい程の高火力で襲い掛かる魔物を滅ぼしていった。
「流石と言うべきか………テンプレ通り、って感じだなぁ」
「そうだね……勇者クオリティ、すごいな」
大輝と悠斗はそんな事を言いながら歩いていた。普通戦闘中にのほほんと会話など命取りも良いところだが、今回は白刃が全ての魔物を倒しているので悠斗達には一体も魔物が来ることはなかった。
「テンプレと言えばさ、最初は無双していた勇者が途中で弱くなったり、仲間の誰かが最強になったりして勇者が必要無くなるって言うのも最近のテンプレよね。」
「それを言っちゃお仕舞いだよ……」
凛紅の一言に苦笑しか返せない悠斗であった。
「よし、着いたぞ!」
白刃の号令にクラスメイトは興奮に包まれる。目の前には洞窟の様な洞穴がある。しかし、ただの洞穴では無く、入り口にはポータルらしき不思議な門があった。
「ここからが本番だ。さあ、行くぞ!」
「「「「「「「「おおーーー!!!!」」」」」」」」
白刃の掛け声にやる気充分、といった返事をしたクラスメイト達は続々とポータルを潜っていった。
「よし、俺らも入るか」
「そうだね。大輝、双葉、凛紅、ミーシア、行こう!」
「「「「おお!!!!!」」」」
中は正しく魔境と呼ぶには相応しくない空間だった。一言で言えば洞窟だ。ダンジョンと言えばダンジョンらしいのだが、魔境とは違っている。一体何故、魔境と呼ぶのだろうか?という悠斗の思考は次の瞬間吹き飛んだ。
「魔物が出たぞ!」
不自然に広い通路に灯された松明の明かりが敵の姿を照らし出す。現れたのは犬の頭を持つ人型の魔物、”コボルト”である。ただし、その数は十体以上と馬鹿に出来ないものだが。
「みんな、戦闘準備!敵を迎撃する」
白刃の声が洞窟一杯に響き渡り、すぐに剣や槍、銃を構える音が続く。各パーティーがそれぞれ散らばり、ある程度の数のコボルトと向かい合う。
「戦闘………開始ぃぃぃ!!!!」
ダンジョン初戦闘のゴングは明瞭に響き渡った。
「せい、やああ!」
凛紅の気合いの入った声と共に、刀による必殺の威力をはらんだ一閃が空中に弧を描く。致死の一撃から逃れることが叶わず、コボルトは深く斬られ、土に帰る。
現れた十数体に及ぶコボルトの内、五体のコボルトを担った悠斗達パーティーの陣形は実にシンプルなものだった。悠斗、大輝、凛紅が前衛で双葉、ミーシアが後衛といった布陣だ。
ちなみに、僅か十二~三歳のミーシアが戦闘に混ざっているのは彼女の意思である。曰く、獣人は元々身体能力が高いうえに昔、賢者と呼ばれた伝説の獣人と同じ魔力を宿している為、魔法適正も高く、”クラス”は<術士>らしい。
そんな訳でミーシアをパーティーに入れたのだが、いままで剣士三人と術士一人という脳筋パーティーだった為、ミーシアは大変貴重な戦力となった。
「荒れうる炎よ、我が意思に従え。『フレイム・コントロール』!」
ミーシアが火属性魔法Lv2『フレイム・コントロール』で炎を操り、コボルトを焼き尽くす。
「『光ノ刃』!」
双葉が異世界転移ボーナスと持ち前のチートを惜しみ無く使い、<無詠唱>のスキルを使って光属性魔法Lv3
<光ノ刃>を発動、杖の先から出た光の奔流はその形を刃へと変えてコボルトを両断する。
「ぬおおお《火炎:爆速》!」
大輝が自身のスキルを使った高速移動でその勢いのまま、大剣をコボルトに突き刺す。ちなみに<火炎*爆速>は大輝のスキル、<火炎>を足下に放ち、着弾の爆発の推進力を利用して爆発的に加速する、という技だ。ただし、制御が難しく、下手すると壁に頭からダイブする事になる。
「<飛燕>、<飛燕>!」
悠斗は高速機動&高速攻撃のスキル、<飛燕>を連続発動し、高速の抜刀術でコボルト二体を斬り刻む。
気が付けば悠斗達の周りからコボルトは消えていた。辺りを見ると他のパーティーも片付いたようだ。
こうして、思いの外あっさりだがダンジョンでの初戦闘は無事に勝利で終わったのであった。
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