ミーシア
「ねえ、君のお名前はなんていうのかな。」
悠斗は少女が泣き止んだタイミングで話掛ける。少女も素直に反応する。
「私の名前……私はミーシア。猫の獣人でちっちゃいころから奴隷だったの。」
奴隷、という言葉に悠斗は反応する。平和な時代の、とりわけ平和だった日本で暮らしていた悠斗達には奴隷という言葉には不快感を隠しきれないが、もとよりそんな世界に憧れていたし、奴隷とて人権もあるとのこと。いまいち複雑な心境だ。
「ミーシア、今から冒険者ギルドへ向かうけど準備は良いかな。歩けるかい?」
「うん、大丈夫。」
「それじゃあ行こうか。」
悠斗は竜双剣を抜き、魔物に警戒しながら進む。結局、ギルドに着いたのは一時間程経ってからであった。
☆☆☆☆☆
冒険者ギルドリーデル支部。いつも騒がしく、賑やかな一階は違う意味の慌ただしさと緊迫した状態に包まれていた。
「さて、一度確認だが君は狩りの最中に悲鳴を聞き取り駆けつけた。でも既に殆ど全滅状態で生き残りもあの獣人少女と、人族の男のみ。その男も既に瀕死でポーションの類は効きそうに無く、寧ろ苦しませてしまうので本人の要望どうり楽にした……と。これで良いかな?」
「はい。」
対話する男ーーーこのギルドのギルドマスターの視線を真っ直ぐ受け止めていた悠斗の顔がにわかに曇る。それを横で聞いていたミーシアも心配そうに悠斗を覗きこむ。
「ふむ……当事者である君達には話しておこう。最近、一部の魔物がかつて無い程活発化している。それは種族関係なく、活発及び狂暴化し冒険者達に牙を剥いている。その全てに共通する点は黒い魔力を纏っていることだ。君達はたまたま居合わせ、討伐出来たが次はどうなるか解らない。気を付けてくれたまえ。」
「はい、気を付けさせて頂きます。ご忠告、感謝します。あの、もうひとつ質問がーーーーー」
「ユウト君。君は人殺しは初めてか?」
「っ、はい。」
人殺し、その言葉に悠斗の体はピクリと反応する。
「君は冒険者になって何を望む?何を目指す?」
「……僕は、ただ自分と大切な人を守りたいだけです。」
「そうか。………新入りにとんでもないステータス持ちの男がいた。恐らく君とも知り合いだろう。名前はたしか……ハクバだったかな。そいつにも同じ質問をしたんだ。なんて答えたと思う?」
悠斗はしばらく悩むと頭を振る。
「正義を果たすため。だそうだ。その時点で私の興は冷めた。ああ、話が逸れたね。ようするにこの命がアホみたいに散っていく世界で正義感を持たない方がいい。正確には綺麗事の正義感を。君には君の、人には人の正義がある。正義が勝つんじゃない、勝った方が正義だ。それを忘れないでくれたまえ。君の様な人間は長生きして欲しいからね。君の選択が君の正義に反しない事を願うよ。」
そう言い終わるとギルドマスターは部屋から退出する。代わりに受付嬢らしき人が入ってきて話を再開する。
「では、その子……ミーシアちゃんのことでお話しさせて頂きます。申し遅れました、私はギルドマスターの秘書をしているリルと申します。」
「悠斗です、お願いします。」
「では早速本題ですがこの子は奴隷です。しかし見たところ今回の件で主を亡くしている様なのです。したがって出来るならユウトさん、貴方に引き取って頂きたいのです。因みにミーシアちゃん自身もそれを望んでいます。法に乗っ取り悠斗さんにはそれなりの資金給与させていただきますのでご安心ください。」
流石の悠斗もやはり悩む。曰く、ミーシアは魔法が使えるらしく、ほぼ脳筋の悠斗パーティーには是非欲しい人材だ。しかし、パーティーのこともあるし何よりも奴隷を持つというのは些かいい気分では無い。
そんな思考の無限ループを繰り返しているとミーシアが悠斗の服を引っ張ってくる。そして上目遣いでーーー
「お兄ちゃん、駄目、ですか……?」
「リルさん、この子、僕が引き取ります!」
思わずキリっとして言ってしまったが後悔はない。奴隷は金さえ払えば解放する事が出来るのでお金を貯めて解放しようと思う。
その後色々聞いたりしたりして解放された。外に出るとまだ明るかったのでミーシアにどこか行くか話してみる。
「ミーシア、どこか行きたいところはあるか?……あ、そうだ、服とか買わなきゃな。」
「え、良いの?あの……ご主人様?」
「ご主人様は止めてくれ。悠斗で良いよ。」
「それじゃあ、ユウト様。いいんですか、奴隷の私に服なんて……」
「良いも悪いも、女の子なんだから欲しいだろ。お金は余り無いけど。まあ、行くぞ」
取り敢えず悠斗はミーシアを引っ張って行く。向かうのはいつも利用している服屋。男から女の子、子供向けまで揃えているなかなか良い店だ。
すっかり馴染みの店の店主がミーシアを見るなり、悠斗を見てニヤニヤする。それを無理矢理無視して、ミーシアに服を選ばせる。
「おっちゃん、少し上等な女の子向けの服くれ。予算はこんくらいで。」
因みにミーシアの服選びはなんだかんだ長く、一時間以上掛かった。その後もご飯を食べたりして宿屋に戻る。
☆☆☆☆☆☆
そして今に至る。大輝達にはただ襲われた女の子を助けた、とだけ言って誤魔化したが。
「んだよ、まさかの猫耳少女連れて来るとは思わなかったぞおい。」
「全く、これからはちゃんと相談しなさいよ……」
「可愛いですね~。私、猫大好きです。」
意外とあっさり受け入れてくれた皆に感謝する悠斗。だが同時に……
「ゴメン皆。僕は疲れたから先に部屋に戻るよ」
「ん、ああそうか。しっかり休めよ」
「ありがとう。お休み。」
そう言い残し、悠斗は部屋に戻る。残された大輝達は先ほどの悠斗の様子に疑問を感じる。
「なあ、さっきの悠斗、おかしくなかったか?」
「そうね、なんか塞ぎこんでいるような感じね。」
「なにかあったんでしょうか。ミーシャちゃん、なにか知ってますか?」
「え、あ、その……」
ミーシアは困惑する。悠斗は絶対に言うなと言われた事がある。しかし自分を助けてくれて、優しくしてくれた主の苦しむ姿も見たくなかった。だからーーーー
「実は、悠斗様は……人を殺してしまったんです。」
ミーシアの口から出た衝撃発言に大輝達は絶句する。ミーシアは覚悟を決めて、今日あったことを懸命に伝える。
話終わった時、始めに口を開いたのは凛紅だった。
「そ……んな。悠斗は……人の為に……。そんなの……。」
凛紅の声には所々嗚咽が混ざっていた。黙りこくる三人。そのときーーーー
「私に、任せてください!」
ミーシアが叫んだ。
☆☆☆☆☆☆
悠斗は夢を見ていた。ただし、幸せなものではない。血の海が燃える炎の光を受けて輝き、静寂が支配する場で幾つもの黒い影に囲まれて、「お前のせいだ」、「お前が早く着てくれれば。」と呪詛を吐かれる夢。
不意に道が開けると襲われている人の姿があり、今度こそ助けようとしても来た時には既に死んでいる。そんな夢だ。
もう何回目だろうか。道が開けると同時に<限界加速>を使って駆け付けるがそれでも死んでいる。その顔は自分が殺した人間の顔。死んでいるのに目を見開き、半ば取れかけている眼球を悠斗に向けた瞬間、一角狼が飛び出し、悠斗は為す術無く食いちぎられるーーーーーー
「うわああああ!!」
目を覚ました悠斗はふと横を見る。そこには今にも泣きそうな顔のミーシアがいた。
「ユウト様。自分を責めないでください。確かにあなたは全てを助ける事が出来ませんでした。でも私は違う。貴方に、私は全てを救われました。貴方が救った命もあるのです。だからどうか自分を責めないでください。」
そう言うとミーシアは悠斗を強く抱き締める。最初は良く分からなかった悠斗だが、ミーシアの温もりと言葉に次第に理解していき大粒の涙と共に泣きじゃくった。
「ううう、あああ、うあ。……うああああああああ!」
ミーシアは、昼に自分の主がしてくれた様に抱き締め続けた。
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