絶望
なんか今回は重い話です。
どうしてこうなってしまったのか。遡ること9時間程前。
「ふっ!やあ!」
通常の狼に立派な角を生やした様な見た目の魔物、一角狼に対して一人で向かう悠斗は二本で一対の双剣、<竜双剣>を巧みに操り、隙を見せたところで<双剣術>スキル、<双牙>で一角狼を仕留める。
普段は大輝、凛紅、双葉の三人と一緒に狩りをして日々の生活費を稼ぐのだが、昨日は沢山金が入ったので今日は休みにしていた。にもかかわらず今、ここにきて一人で狩りをしている理由は悠斗がお世辞にも総合ランクが高いとはいえず、他の人より努力しなくてはならないというものだ。
朝から狩りをしてまだ大して時間は経って無い。それでも命懸けの戦いーーーそれもソロとなると使う神経は半端なものでは無い。
気を抜けば直ぐにでも抜けてしまいそうな集中を気合いで繋ぎ止めて悠斗は安全地帯へと足を運んだ。
安全地帯とは各フィールドに必ず一ヶ所はあり、そこは如何なる魔物の侵入も影響も拒むエリアの事だ。場所によっては広いところもあり商人達が露店を開いていることもある。
悠斗も休憩スペースで盗られたく無いものをマジックチェストに押し込みアーマープレートを外して少しばかり仮眠を取る。
余談になるが悠斗は今日の朝からいくつかスキルを覚えたその中でも便利なのは<感知>という索敵、鑑定、解析など斥候職やソロの人間にはかなり重宝されるスキルだ。もう一つは<虎視>というスキルで一種の反撃スキルだ。スキル発動中はベストのタイミングで相手を狩るために行動出来るという優れものだ。この2つのスキルが悠斗をなかなかに強化した。
目を覚ました悠斗は再び装備をつけ直し次の狩りへ向けて準備する。これまで、パーティーメンバーと自身のライトノベルから得た知識で余裕を持って生き残れてきた悠斗だが、ソロとなるとそうは行かないのだ。
安全地帯を出てから数体の魔物を狩り終えた時、それは起きた。
「キャアアアア!」
「た、助けてくれー!」
「くるな、くるんじゃなーーーーーぎゃああああああ!」
聞くに耐えない悲鳴が悠斗の耳をつん裂く。声は思ったより近い所から来ているのか、その状況の壮絶さを物語っている。
「(どうする、今いけば助けられるかもしれない。でも一人で行くには危険だ。でも、でもっ………!」
悠斗は走り出す。解っているのだ。自分一人でいっても出来る事などほとんどない事など。自分はこの人生の主人公であっても勇者ではない事を。行けば死んでしまうかもしれないことも。
けれど、悠斗は助けに行く道を選んだ。誰の為でも無い、自己犠牲の精神でも無い、ただの自己満足。今ここで動かなければ、桜田悠斗という決定的な存在が死んでしまう。その恐怖が悠斗を突き動かした。
悠斗という存在の、根本的なものーーーある種の本能が自身を動かす。その感覚を覚えながら悠斗は音した方向へ森を駆ける。
☆☆☆☆☆
悠斗たどり着いた先で見たもの、それは正しく地獄絵図と呼べる光景だった。
まるで、畑のミステリーサークルのように広がった円形の空間には先程までの悲鳴が嘘の様な静寂が広がり、聞こえるのは木や馬車を燃やしている赤々とした炎の燃える音と魔物が何かを咀嚼する音のみで、残っているのは燃えている物を含め数台の馬車と、夥しい量の血だけである。
これが現実だ、と耳元で誰かが囁く。その光景は悠斗が密かに憧れ、思い描いた夢を粉々に打ち砕いた。しかし、項垂れる悠斗をそのままにしてくれるほどこの世界は優しくない。
「っ……!こんなときに……」
現れたのは一角狼の群れ。それも10、20所ではない。恐らく50匹ほどいるだろう量。しかも明らかに危険そうなどす黒い魔力を纏わせ、目の色がおかしくなっている。そんなのが目の前にいるのだ。心を折るには十分過ぎる絶望だろう。
「く、くくくく………あはははははは、ああああああああああ」
しかし悠斗は笑った。吹っ切れた訳でも、絶望した訳でもない。ただ、もうどうなっても良いから目の前の敵を皆殺しにしてみよう。そう思っただけだ。なにも見たくない。考えたくない。だから、この状況に感謝しよう、と。
悠斗は深く腰を落とし、スキル<虎視>を発動。悠斗が構えたことが皮切りになったか一斉に狼は飛び込んでくる。
「あああああああ!」
俗に言う覚醒というものだろうか。スキルワードもモーションもなしで<双剣術>スキル、広範囲攻撃<舞桜>を発動させ、一気に5匹ほど狼を切り刻む。しかし今の悠斗がどれほど恐れ知らずでも数の差には敵わない。一角狼の爪、牙、角でじわじわと傷つけられる悠斗。それでもーーー
「<電撃>、<電撃>、<電撃>!!!」
放たれた三発の電光が狼を焼く。しかしそれでも狼の数は減らない。
「(このままじゃじり貧だ。こうなったら……)」
悠斗は大きく距離を取り、一度剣を仕舞ってから<再製>で剣を作り魔法の詠唱を始める。
「ー刃よ、鈍く輝きその姿を幻想に変えろ!ー <雷の幻想達>!」
呪文が唱えられ、魔法が発動する。雷魔法Lv8<雷の幻想達>は雷魔法の上級魔法で、術者の持つ武器を媒介に雷で幻想生物を作りだす魔法。詠唱時間は短いが魔力のコストと武器を失うこと、そして鮮明なイメージがなければ発動しない事からあまり人気の無い魔法だ。
悠斗がイメージしたのは四神のなかの一体、白虎。雷を纏った神虎が低く唸る。
「白虎。あの狼どもを蹴散らせ!」
「グルア!」
召喚した主の命に従い次々と一角狼を蹴散らす白虎。戦いが終わるまで5分と掛からなかった。
☆☆☆☆☆☆
戦いが終わり白虎は消えた。同時に戦いが始まる前の静寂が舞い戻る。間に合わなかった現状。救えなかった命。悠斗の頭のなかは負の感情で一杯だった。そんな悠斗の耳に声が響く。
「うう、ああ」
人だ。まだ生きている人がいた。まだ自分にも救える命がある。そんな悠斗の希望を現実は裏切った。
「こ、……ろし……て、く……れぇ。」
四肢は曲がっては行けない方向に曲がり、中でも体の一部は食われていた。どれ程の苦痛かその男は殺して欲しいと頼んだ。地球生まれのただの学生だった悠斗にそんなことが出来るわけもない。しかし悠斗にこの人は助けれない。
悠斗はこの状況に覚えがあった。森鴎外の名作小説にそんな一節があったのだ。それを見た悠斗は自分なら、と考えた。
そして、悠斗の出した答えはーーーーー
「ごめんなさい。」
ザシュッ!
悠斗が竜双剣で放った一撃は男に確かな死をもたらした。男は死ぬ間際悠斗に向かって言った。ありがとう、ごめんなさい、と。
「あああ、ああ。……あああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
自分が思い描いた世界は所詮、夢物語。ヒロインの女の子を助けてハッピーエンド。そんなものは無かった。異世界に行く事を夢見て、きっと人を殺す事もあるだろう。そう覚悟していたはずなのに、この結果。詰まるところ、覚悟が足りなかった。異世界で生きる事を本当の意味で理解していなかった。
絶望に呑まれそうになった、その時ーーーー
「どうしたの、どこか痛いの?」
声が掛かる。助けられなかったと思った血まみれの馬車の中から。出て来たのは12歳程の少女。水色の髪でなんとも言えない可愛さを持つ猫耳の少女だった。
「君、無事かい?」
「うん、馬車の中に隠れたから平気。それよりお兄ちゃん、恐い魔物はもういない?」
「っ……!もう大丈夫だよ。お兄ちゃんが皆倒したから。」
「倒したの……ひぐ、うえ、うえええええん。恐がった、恐かったよぉ……」
悠斗は少女に駆け寄り、その小柄な体を抱き締め続けた。
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