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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第三章 分かたれた道
104/112

閑話 その頃の悠斗

ほんっっっっっとうにすいませんでしたァ!

最近忙しくて、中々書けなくて、ね?

これからも頑張るので、どうか暖かい目で見ていただけると幸いです!

  ーーー剣身一体。

  己の意識を剣にのみ収束し、剣と完全なる同調を果たす。

  それは半ば無我の境地と言うものであり、また剣術の極致でもある。

  幾多の達人、偉人がその領域に辿りこうと手を伸ばし、そのほとんどが到達することを許されなかった技。

  天に選ばれた特別な人間が、気の遠くなるような努力を重ねて、ようやく獲得できるスキル。

  ーーーまあ、本当にそんなスキルがあるのかどうかは分からないが。

 

  なんにせよ、清涼で、静謐な空気が支配する開けた空間、その中でただ一人、黒髪の少年ーーー桜田悠斗(さくらだゆうと)は一心不乱に素振りを行っていた。

  彼が居るのはグリセント王国の北側。グリセント王国とマークウェル帝国の間に位置する高い山脈。

  長きに渡り、帝国の侵略から王国を守ってきた境界山脈に住み、厳しい環境下とそれに適応した魔物を討伐し続けることで最強の名を欲しいがままにした種族である竜人種、その隠れ里。

  より正確に言えば、隠れ里の少し外れにある見晴らしの多少良すぎる崖、だ。


  竜人種の隠れ里に来て早一ヶ月。

  隠れ里での生活にも多少なり慣れ、特にココ最近では、里から少し離れた景色のいいこの場所で朝練をすることが日課になっていた。

  何故だか分からないが、自分の心を掴んで離さない眼前の雄大な景色は、永遠に見ていられるほど感動的で、それを見ながら素振りをしていると、瞬く間に数千、数万回の素振りを終えていることがざらになった。

 

  悠斗には剣に対して、特別な思い入れがあるわけではない。

  剣はあくまで戦うための道具、効率よく敵を倒すための手段としか認識していない。

  異世界転移するまでは、まだ実物に対する憧れはあった。創作物(フィクション)に憧れて、剣の道を歩み、斬るためのものでは無い剣を振っていたから、本物の重さというものを知りたかったのだ。

  だが異世界転移して、本物を握って、嫌という程振るって。その思いも薄らいでしまった。


  しかし。

  生きるために剣を振るい続けて。

  いつの間にか、剣を振るう理由は失くしたけれど。

  それでも剣を振ることを止めていない。

 

  何故なら、悠斗は知っているからだ。

  手にした武器の意味を。

  それが何を為すかも。

  自分がこれで何をするつもりなのかも。


  そして託された。

  顔を知りもしない、大勢の人間を助けようとしてその手を血に染めて、最期は報われない死を遂げた人物から。

  大事なモノを全て失って、復讐の道に堕ちた男から。

 

  託されたからには、やり遂げる。

  自分の目的を、彼らの想いの完遂を。


  だから、悠斗は剣を振るうことを止めないのだ。

 

「ふぅーーー」


  荒い息を整え、深い呼吸を行う。

  丁度一万回、時間にして一時間。

  ウォーミングアップの速い斬撃を五千。一回一回、噛み締めるように行う、深く重い斬撃を五千。

  その全てを、ユニークスキル《魔剣創造》によって生み出した超重量なだけの魔剣で行った。


「……亜竜の群れか」


  険しい山脈も、翼を持つ生物には意味を持たない。

  数多の巌が立ち並ぶ、巨壁の如き山の頂上からの格別な景色に混じる数十の異物。

  亜竜の中でも上位に君臨する、最も竜に近い魔物。空を駆り、各種吐息(ブレス)をも扱う最強クラスの亜竜、ワイバーン。その上位個体、ストライクワイバーンの群れだ。

  そも、亜竜とは真なる“|龍“が魔物に堕ちた姿である竜が、さらにダウングレードした生物である。したがって、ランクに関わらず生物としての次元が違う竜と亜竜では、根本的に対等になり得ない。

  しかし物事には例外というものがある。それが、上位化、即ち進化(ランクアップ)である。

  上位化した亜竜は、時として竜種にも並ぶ生物となる。その例の一つがこのストライクワイバーンだ。

  ランク7の危険なモンスターであるストライクワイバーンは、大きく速い。全長五メートルの体躯を持ちながら、最高速度は時速五百キロメートル。そうでない時も時速三百メートルは出す怪物だ。


  圧倒的速度による突撃と鋭い鉤爪の斬撃、槍のように尖った尻尾の貫撃、そして圧縮空気の亜竜の吐息(ドラゴンブレス)。この四つが主な攻撃手段であり、シンプルながらもその全てが強力なのだ。

  しかし、この魔物の最も恐ろしいところは基本群れで行動することだ。

  一体でも災害級の被害を出すランク7の魔物が、複数体で迫ってくる。遭遇率は低いものの、一度遭遇したら金等級でも一人では倒しきれないと言わしめる程の脅威から、ギルドは推定ランクを9に設定している。

 

  しかし、その群れでのランク付けもあくまでその群れが十体未満の話だ。

  悠斗の目に映るストライクワイバーンの数は、パッと見でも二十以上はいる。

  恐らく地上の人間が見たら、世界の終わりか大いなる禍の予兆とでもいうだろう。

  実際にこの群れならば、小国くらいなら滅ぼせるだろう。

 

「こっちに来る、か。しかもあの感じ……狙ってるな僕達を」


  悪意、とでも言うのだろうか。

  魔物にそんなモノを持つ程の知性があるかは別として、突き刺さるような視線と思惑を感じる。

  《感知》のスキルレベルが上がったことがあり、最近は生物の感情みたいなものまで感じられるようになっていた。

  間違いなく、ストライクワイバーンの群れはこちらを狙っている。

  ヒトの気配を察知した目敏い亜竜の上位種は、弱くて美味しいエサを捕食するために群れをなして彼らを襲おうとしている。

 

  普通なら、それは絶望だろう。

  人々は恐怖を喚き散らし、烏合の衆となって散り散りに逃げ惑うだろう。

  しかし、ヒトの足では逃げきれず、宙を走る亜竜は殺戮と捕食の宴を始めるのだ。


  ーーーそう、普通、なら。


「すぅーーー、【闇よ】」


  呪文を唱える。

  本来は必要のないそれを唱えた瞬間、悠斗の体から影のように闇が溢れた。

  それは『闇』。かつて影騎士という魔物が扱い、その戦利品(ドロップ)よりである魔剣ノクスの力を解放したことにより扱うことが許されるようになった力。魔法ともスキルとも違う、純粋な異能。

  しかし、いつからか。悠斗はその力を、魔剣ノクス抜きで扱えるようになっていた。


「【闇よ、纏え】」

 

  超重量なだけが取り柄の魔剣を持ち上げる。

  闇を練り、剣に纏わせる。

  次から次へと、溢れるように流れてくる闇を、ただ剣に収束させる。

  魔剣に充填された闇がいよいよ器の許容量にたどり着く。

  そしてーーー

 

「《絶閃・飛刃》」


  一薙ぎ。

  横に一発、広く、迅く、深い斬撃。

  直撃したら最後、防御も許されない絶対必殺の斬閃。

  漆黒の一閃は吸い込まれるようにワイバーンの群れに向かいーーーその半数を一切の容赦なく斬殺した。

 

『『『『ーーーーーッッッ!!!』』』』


  未知なる攻撃、仲間の死、群れ半数の壊滅。

  一度に彼らを襲いかかった衝撃に、ストライクワイバーン達は困惑の咆哮をあげる。

  これは一方的な狩り、自分達による蹂躙ではなかったのか。

  自分達こそが天空の支配者だと驕る彼らは、自身に向けられた刃に恐怖する。未知にその翼を躊躇わせる。

  結果として。


  ーーーそれが、命取りになった。


『『『『ーーーッッッ!!??』』』』


  大空を翔けるのは、彼だけに非ず。

  空を飛ぶことを許されたのは、彼らだけに非ず。

  彼らは最強に非ず。天空の支配者など片腹痛い。

 

  天の支配者、その名を許されるのはただ一種。

  真なる“龍“こそが最強。

  その事実、今に証明しよう!


「撃ち落とせ!」


「「「承知ッッッ!!!」」」


  若き青年の号令と共に、ストライクワイバーン達に複数の小さな影が落ちる。

  ソレ(、、)は一本の矢になって、竜を騙る愚か者を刺し穿った。

 

『『『『ッッッ、ーーーッッッ!!!』』』』

 

  一撃。

  たったの一撃で屠られた亜竜の成れの果ては、次々と空から地上へと堕ちてゆく。

  悠斗によって削られた亜竜の軍勢は、みるみるその数を減らしていく。


「……すごい練度。皆強いなぁ」

 

  そんな光景を、さっきと同じ場所で見ていた悠斗はポツリと呟いた。

  その手には柄だけになった魔剣だったものが。

  元々『闇』による攻撃を想定して創ったわけではないので、先の一撃によって耐久値をオールロストしてしまったのだ。


「ふっ、先程あれ程までに凄まじいモノを見てはな。皆滾るのだろうよ。これが終わったら覚悟しておくことだ」


  これから挑まれる多くの決闘を。

  そう付け足して、悠斗の背後から声を掛けてきたのは竜人種の隠れ里、その族長の倅であるリュウガだった。

  以前、竜人種の隠れ里での修行をするにたるかの試験として、決闘を行った悠斗とリュウガは、実力伯仲なこともあり、共に模擬戦や訓練を行うようになっていた。

  また、リュウガは親衛隊の候補生である。族長を始め、里の重鎮を守るために里の自警団の中でも選りすぐりのエリートを集めた集団が親衛隊なのだが、リュウガは未だ経験が少ないとのことで候補生止まりだ。しかし、彼の実力は既に親衛隊の上位陣クラスだ。


「リュウガさんだってやろうと思えばできるじゃないですか」


「……出来ぬ、とは言わないよ。が、簡単でもない。スキルをいくつか使い、竜魔法を展開すれば可能だろうが、もっと時間がかかったさ」


「相性の問題だと思いますけどね」


「しかし、実戦でそれは言い訳にならんからな」


  リュウガは武を極めし竜人種の典型的なパターンである。

  なにか飛び抜けて強力なスキルを持つわけでもなく、強靭なステータスと、長い年月を掛けた技で敵を倒す。

  それは圧倒的な強さの単体の強敵(、、、、、)を倒すのに特化している。

  が、彼はそれ故に、遠くにいる敵を殲滅することに長けていない。

 

  悠斗はそのことを行ったのだが、リュウガはただ笑って自らを戒めるだけだった。

  そういう所でストイックなのが、竜人という種の性なのだ。


「それにしても、自警団、それも親衛隊候補生部隊を動かすなんて……あの亜竜、そんなに脅威なんですか?」


「いや、確かに脅威ではあるがここではそれほどのものでは無い。単体ずつなら二十歳と少々の童でも倒せるからな。だが……あの大群は少々異例でな。この場合、大抵、群れを率いるボス……特殊個体がいる」


「特殊個体、ですか……」


  特殊個体とは、主に単なる上位化ではなく、特異的な進化を遂げた魔物のことを指す。

  ゴブリンで例えるなら、群れを集めて従わせることができるだけのゴブリンキングから、さらに卓越した指揮能力と強力な従属強化スキルを持つゴブリンロードに。或いは単体としての高い戦闘力を持つゴブリンジェネラルから戦闘力だけで言えばゴブリンロードすら上回るゴブリンヒーローに、という風だ。


  今回の場合は、団体行動というものを知らないストライクワイバーン達を纏めるカリスマ系スキルを持った個体への進化だろう。


「……ほら、見えたぞ敵の頭だ」


  リュウガが指さす方向を見る。

  そこには、他のストライクワイバーンの中に混じる一体の異物。

  他の個体が鈍色の体をしているのに対して、その個体だけは鮮明な赤。

  体は二回りは大きく、頭部には他の個体にはない鋭い角。

  間違いなく、特殊個体だ。


「……ストライクワイバーンコマンダー。ランクは10、ですか。……結構強いですよ、あれ」

 

  かつての強敵、黒騎士や影騎士などのブラッドナイトオーバーロードよりもさらに強い敵。

  ネームドであったため、事実上はランク9以上の強さではあったが、それでもランク10は格別。

  通常のストライクワイバーンの一個体のランクが7であることを鑑みれば、その飛躍ぶりはよもや驚異的だ。


「リュウガさん、どうしますか?あれ、流石に現段階の戦力で倒すの難しいと思いますよ」


  深重な声音で、悠斗はリュウガに尋ねる。

  今この場にいるのは悠斗とリュウガを除いて三人。

  どれも里の中では若くーーーとは言え、実年齢は百五十歳(人種的には三十歳)だがーーー、まだまだ未熟で、如何に最強の種族である竜人種とは言え、ランク10の亜飛竜を撃退するにはまだ三人では実力不足だ。


  実際、竜人化し、人種と何ら変わりない人身から竜を思わせる異形の身となった彼らは、竜の翼を雄々しく広げてストライクワイバーンコマンダーと善戦している。

  しているが、彼らの攻撃は決定打にはならず、逆にストライクワイバーンコマンダーの攻撃は彼らをジワジワと追い込んでいる。

  彼らが撃墜するのは、時間の問題だった。


「ふむ。確かに奴らだけで撃退は難しいだろう。俺一人なら出来ないことはないがアイツらを庇いながらではその難易度は格段に上がる。

  ……だが、俺とお前なら、話は別だろう?」

 

  ニヤリ、と、口を盛大に歪ませて悠斗に問う。

  それさ言外の共闘の誘いであり、そして彼なりの挑発でもあった。

  そして悠斗もまた、大人しげな顔から一変、凶暴な戦士の貌で誘いに乗る。


「上等……ですよっ!」


  即座に、竜人化。

  翼を広げ、飛翔。

  風を裂き、雲を突き抜けん勢いで上昇するその姿は、まさしく天翔る一本の飛矢。

  他の追随を許さない、圧倒的な飛行速度は地球の戦闘機の如し。


  件の戦闘域まで、あの場所からは十キロメートルは離れていた。

  それでも悠斗達が戦闘を見れていたのは、レベルアップしたことで手に入れた人間離れした視力とスキルや魔法を併用したからこそだ。

  それほどまでに離れていた距離を、悠斗は数秒で食い尽くした。

  それほどまでの速度を刹那の間に出せた理由は簡単だ。強靭なステータスによる有翼飛行に、魔法とスキルを上乗せしたのだ。

  付与魔法『魔力付与(マナエンチャント)風属性(エアマギア)』とスキル《限界加速》。

  風属性の魔力を悠斗の肉体そのものに付与することで、風の抵抗を弱め、かつ風の魔力で加速をアシスト。そして魔力を効率良く放出することで直進に限り圧倒的な加速力を生み出す《限界加速》のスキルを使用する。

  この二つを組み合わせることで、圧倒的な加速を生み出したのだ。


  瞬く間に目的を肉眼で捕捉できる距離まで接近。

  次の一手を考えようとした時、横からリュウガの声が聞こえてきた。

 

「速いな」


「リュウガさんこそ。直線には結構自信あったんですけどね」


「まだまだ、俺とて竜人種の先輩として、負けてられんよ」

 

  猛烈な速度で飛行する悠斗に、当たり前のように並行するリュウガ。

  その翼からは膨大な魔力が解き放たれている。悠斗の《限界加速》のように、《魔力放出》スキルで魔力を推進装置代わりにしているのだろう。


  そうこう話している間にも、目標にはぐんぐん近づいている。

  しかし、その間に向こうの戦いは急展開を迎えていた。


「っ、不味いですね。一人ブレスに被弾しましたよ」


「そうだな……。よし、俺が奴を止めよう。彼らを保護し、撤退をサポートさせることはできるか?」


「任せてください。あぁでも、……倒してしまっても構いませんよ?」


「ふっ、言ってくれる。さあ行くぞ!」


  軽口を叩きあって、速度を上げる。

  悠斗とリュウガ。若くとも最強種の名に恥じない実力を持ちつつある二人は、輩の救出のため、蒼穹を翔け抜けた。






 ……

 ……

 ……


「くそっ、ヒノヤ、タツキの様子はどうだ!?」


「ダメですっ、生きてはいるものの完全に意識を失っています!継戦は不可能です!」


  悠斗とリュウガが話をしていた頃、自警団の三人は苦戦を強いられていた。


  竜人種の隠れ里の自警団は基本的に三人一班のスリーマンセルだ。まだ若い部類とは言え、比較的ベテランの隊長であるゴウキを筆頭に、若いながら優秀な戦士二人を組み込んだ班であり、ここ数年で数々の功績を打ち立てている。

  しかし、そんな優秀な班である彼らでさえも、ランク10の魔物を相手にするのは、厳しかった。

  速く、大きく、硬い、ストライクワイバーンコマンダー相手には、強力な攻撃は当たらず、当たるような半端な攻撃では傷一つ付けられない。その癖向こうの攻撃は重く、一撃でもマトモに受ければ一発で落ちるだろう。

  これまでは三人の連携で何とか凌げていた。しかし、ここまで来て、僅かな綻びを突かれて新人でアタッカーのタツキが敵の圧縮空気の亜竜の吐息(ドラゴンブレス)を直撃してしまった。

  傷こそ竜人種の再生能力によって塞がってはいるが、タツキの意識は完全に絶たれてしまった。


  そこからはもうぐちゃぐちゃで、後衛で班の紅一点であるヒノヤが案の定一撃でダウンしてしまったタツキを引き摺り、ゴウキが自身の得物である大剣を巧みに操って何とか壁役を果たしている現状だ。

  本来、後衛であるヒノヤがゴウキをサポートし、ゴウキが敵を止めている間にタツキが斬り込むのだが、肝心のタツキがダウンしたせいでストライクワイバーンコマンダーに満足な攻撃が出来ず、そのタツキを庇っているせいで、ヒノヤは魔法を紡げないし、矢を番えられない。

  まさしく最悪のスパイラルと言えた。


「くっ、ぉおおおおっ!?」


  ストライクワイバーンコマンダーの突進を辛くも受け止めたゴウキは、横から来た尻尾の薙ぎ払いを対処し切れずに吹き飛ばされた。

  しかしゴウキとて最強の種族。 すぐに体勢を立て直し、再度攻撃をしようと試みた。

  だが、その時にはもう遅かった。


  ストライクワイバーンコマンダーの角が輝いている。

  僅かにスパークが弾け、そこに膨大なエネルギーが蓄積しているのが分かった。

  咄嗟に、回避行動をとった。正確には、とろうした。

  しかし、それが叶うことなく、亜竜の角から閃光が迸った。

  避ける間などない。断末魔を上げる間も。

  ただ一瞬の光の後に、さっきまでゴウキがいた場所が爆発した。


「隊長ーーーッッッ!」


  ヒノヤが叫ぶ。

  しかし、ゴウキの生死を確認することは許されなかった。


「……っ、せめて一矢くらいは!」


  ストライクワイバーンコマンダーの鋭い眼光が、ヒノヤを捉える。

  臨戦体勢を整えたいが、タツキを庇っている現状ではそれは難しい。

  だがせめて一矢報いてやる、という気概から、彼女は呪文を紡ぐ。


「『竜砲』!」


  竜の魔力を固めた砲弾を掌から放出する。

  竜魔法の中でも数少ない遠距離攻撃魔法『竜砲』は、ストライクワイバーンコマンダーの顔面に直撃した。

  しかしーーー


「そんなっ!?」


  ストライクワイバーンコマンダーは、無傷だった。

  高密度の魔力を常に体に纏っているのだろう。

  態々魔法を食らったストライクワイバーンコマンダーは、爬虫類の顔にいやらしい笑みを貼り付ける。

  まるで、強者が弱者を一方的に嬲る時のような、そんな顔。

  ヒノヤの顔に絶望が浮かぶ。

  亜飛竜はその顔により一層の愉悦を乗せ、顎を開き、亜竜の吐息(ドラゴンブレス)を装填する。

  そして次の瞬間には、圧縮空気の砲弾が、彼女達を捉えていてーーーーーー



「えっ?」


  ヒノヤは、ヒノヤ達は無事だった。

  目の前には、三本の宙に浮く短剣。その三点を頂点にして、半透明の結界が展開されている。

  それが彼女達を守った。

  よく見れば、先程閃光の一撃を受けたはずのゴウキも、その結界に守られていて無事だった。


『ーーーッッッ!!!』


「っ!?」


  なぜ無事なのか。

  思い通りにならなかった怒りをぶつけるかのように、ストライクワイバーンコマンダーは吼え、直接トドメを刺そうとヒノヤ達に突撃する。

  眼前に迫る死の気配に、ヒノヤの体と思考は硬直する。

  今度こそもうダメだ。

  彼女が無意識にそう思う。

  だがしかし、その絶望すらも、防がれた。


「させんッッッ!」


  いつの間にか正面に回り込んだリュウガが、突き出された亜飛竜の角と打ち合うように槍を振り下ろす。

  ガァァアアンッッッ!と激しい音と火花が散り、莫大な二つのエネルギーの衝突が、衝撃波となって後ろのヒノヤ達を翻弄した。


「無事か!?」


「はいっ、何とか!」


  少し危ない登場になったリュウガは、同族の無事を確かめるとほっとした顔になる。

  しかし、今ここは戦場。安心を噛み締める場合すら与えず、亜飛竜は圧縮空気弾を口という名の砲身に装填する。


「ちっ、不味い!」


  ゼロ距離。如何に強いとは言え、ランク10クラスの攻撃を、ゼロ距離直撃はリュウガでも笑えない。

  しかし、その攻撃がリュウガへ向かうことはなかった。


『ーーーッッッ!?』


  ヒノヤとゴウキを護っていた計六本の短剣が、一斉に亜飛竜に向けて切っ先を向け、魔力の弾丸を撃ち放つ。

  岩をも爆砕する『魔弾』が、計六発全て、亜飛竜に直撃した。

  苦痛に叫ぶストライクワイバーンコマンダーは、口に装填していた圧縮空気弾を、誰もいない上空へ叫びと共に放った。


「好機!」


  刹那六閃。僅か一瞬で六の槍撃が、ストライクワイバーンコマンダーの腹部を穿ち抜いた。


『ーーーッッッ!!??』


  痛みを伝えるように、哭く。

  しかし、リュウガは容赦しない。


「はァッ!」


  次ぐ槍撃を、ストライクワイバーンコマンダーは避けきれない。

  だが、紛い物とは言え竜種故のプライドか、高密度魔力鎧を瞬間的に強化し、傷をより浅くする。

  そして間髪入れずに尾一薙ぎをリュウガに叩き込んだ。

 

「っ、温い!」


  リュウガは尻尾の一撃を槍の胴で受け、衝撃を殺しながら勢いを付け、尻尾を軸して回転。

  実質ノーダメージで乗り切った。

  しかし、続く鉤爪の連撃が嵐のように降り注ぐ。

  最初の数発こそ避けれど、これ以上は避けようがない。

  最早逃げ場はないと踏んだリュウガは槍を握りしめ、尚も降り続ける攻撃を向かい打つ。

 

「“漣連爪槍(れんれんそうそう)“!」


  龍天穿槍術、弐之槍“漣連爪槍“。

  機応大槍の踏み込みを応用し、一撃の威力を低くした代わりに高速で槍を突き出す連続攻撃技だ。

  その攻撃に型は無く、ただより迅く槍を突き出す動きを連続で行うだけなので、体力が尽きない限り永遠に振るい続けることができる。

  それを今回、リュウガは防御に転用した。

  雨のように落ちてくる爪撃を自身が振るう無数の槍撃で迎撃、その全てを弾き飛ばし、ついには自身の槍をストライクワイバーンコマンダーにまで届かせた。


  しかし、彼もまた、認識が甘かった。

  ランク二桁台の持つ、一桁台とは隔絶した差を。


「っ!?」


  息を呑む。

  届かせたと思っていた槍の一撃。

  それは確かにストライクワイバーンコマンダーの高密度魔力防殼を貫き、腹部に突き刺さっている。

  しかし、それは決め手と言うにはあまりにも浅い。

  そして抜けないのだ。

  いくら力を込めても、槍が亜飛竜の胴体から抜けることはない。

 そうこうしているうちに、槍を掴まれた。


(誘われたのか……っ!)


  高ランクの魔物には知性が宿る。

  それは種によって異なるし、同じ種でも個体差があるが、大概は人間と同等くらいになると言われている。

  特に、それが二桁台のランクの場合、その知力は、人間をも凌駕する。

  その事を思い出して、リュウガは自分が誘い込まれた事を理解した。

 

  自身に迫る死の気配を、リュウガは鮮明に感じた。

  視界の上端に映る、スパークの発光が徐々に強くなっている。

  それが何を意味しているのか分からないほど、リュウガは愚かではなかった。


(抜けない……こうなれば、一度武器から手をーーー)


  離すしかない。

  そういう前に、ストライクワイバーンコマンダーが角に溜めていた電撃を放出した。

  ほぼゼロ距離と言っても過言ではない至近距離。

  その距離で、雷速の閃光が迸る。

  如何に最強の種族とは言え、彼らは人間。

  一秒よりもさらに短い時間で直撃する攻撃、それよりも速く武器から手を離すというのは、通常の人間には不可能だ。

  身動ぎすら許されず、リュウガは電撃に呑み込まれーーー


「これ、は……」


  リュウガの目の前に展開された、三本一障壁二層、計六本の歪な空飛ぶ短剣。

  短剣が展開した『魔障壁』の防壁がストライクワイバーンコマンダーの雷撃を防いだのだ。

  それが何を示すか。

  リュウガは一々考える必要もない。


「悠斗か!」


  気配を手繰って、上空を見上げる。

  そこには翼をはためかせ、力強く宙に立つ異形の少年が一人。

  紛れもない、悠斗だ。


「【剣の眷属達ブレード・サーヴァンツ】!」


  自身が作った魔道具を呼び、リュウガを護った眷属剣を招集する。

  集った眷属剣はまるで主の元へ馳せ参じた忠臣のように、悠斗の周りを飛び回る。


「行きましょう、リュウガさん。僕達なら、この程度は敵じゃない!」


  不敵に笑って飛び出す。

  悠斗は加速し、ストライクワイバーンコマンダーとドッグファイトを開始。

  そしてそれに追随する眷属剣達は、その切っ先から『魔弾』を放ち、悠斗を援護する。


  蒼空で行われる空中戦は、それは見事なものだった。

  悠斗がストライクワイバーンコマンダーを追いかける形になっているため、ほぼ一方的に攻撃を打ち込める。眷属剣によるオールレンジ攻撃に加え、悠斗自身の雷属性魔法攻撃が、確実にストライクワイバーンコマンダーを捉え、じわじわとダメージを蓄積させていった。

 

  元々、技と力で戦うリュウガよりも、一撃離脱戦法(ヒットアンドウェイ)を主軸にして戦う悠斗の方がこういう囮には向いていたのだ。

  リュウガの時よりも比較的スマートにストライクワイバーンコマンダーを削っていく。

  しかし、彼はどこまで行っても剣士クラス。

  悠斗の火力では、ストライクワイバーンコマンダーを仕留めるには至らない。

 

  だがーーー悠斗は一人ではない。


「足は止めました!あとはお願いします!!」


「任せろ!!!」


  気絶(スタン)効果がある悠斗のスキル、《電撃スパーク》を連続で当て、動きが鈍くなった所に《拘束バインド》スキルと付与魔法『弱体付与(バットエンチャント)負荷(ロード)』の三重展開を無理矢理重ね掛けすることでストライクワイバーンコマンダーの動きを僅かながらに封じる。

  そして、槍を構えて最強の一手を準備していたリュウガへバトンを渡す。


「《魔槍解放》!」


  リュウガがそのスキルワードを言い放った瞬間、彼の魔力が一気に高まる。

  リュウガが持っている槍はただの槍ではない。

  《魔剣創造》スキルを持つ悠斗がその基礎を創り、それを竜人種の隠れ里が誇る一流の鍛冶師が鍛錬し、その上でさらに悠斗が《創製術クラフト》スキルによって手を加えた最高峰の魔槍だ。


  そもそも魔剣や魔槍等の宝具の類いは、基本的に造り手というのが存在しない。

  より正確に言えばいるにはいるのだが、ただの鍛冶師であれば良いと言うものでもなく、宝具を製造するためのスキルが必要なのだが、それを手に入れれる職人は当然だがそういない。

  数十年に一人二人にいれば上々、歴史に名を残す程の業物を打った職人となればそれは数百年に一人だろう。

  だからこそ、宝具の類いはそのほとんどがダンジョンの戦利品か、魔物が落とすドロップであることが多し、クオリティもダンジョンドロップの方が高い。


  が、リュウガの持つ魔槍はダンジョンドロップのそれに匹敵するポテンシャルを秘めている。

  リュウガが持つ魔槍が持つ力は複数ある。

  その一つが《魔煌刃》と呼ばれるウェポンスキルだ。

  込めた魔力に比例して、魔力の刀身を形成するスキルである《魔力刃》の上位スキルに相当する《魔煌刃》は、その威力が格段に上がった上に、対魔力系のスキルでもその刃に対する耐性が発揮されないという驚異的な効果を持つ。

  それだけでも恐ろしく強力だが、この魔槍の固有能力はそれをさらに上回る。

  その名は『絶対貫通(ペネトレイト)』。

  魔剣の固有能力の中で、最も強力だと言われる能力が四つある。

  『絶対切断(グラディウス)』、『絶対破壊(デストロイ)』、『絶対防御(イージス)』、そして……『絶対貫通(ペネトレイト)』。

  絶対の名を冠するこれらの固有能力は、名の通り当たりさえすれば(、、、、、、、、)あらゆる防御、装甲を無視して対象を確実に仕留める一撃必殺の武器であり、どんな攻撃をも防ぐ最高の防具でもある。

 

  絶対の名が付く固有能力を持つ宝具は無条件で世界最高ランクの武器として認定される。

  文字通りリュウガが持つ魔槍は、世界最高峰の武器なのだ。


  そして、最強の種族としてのステータスと、武人としての技。

  それらを完璧に備えたリュウガがこれ以上ない程の最強の武器を手にしたなら、それが何を意味するか、言うまでもないだろう。


「《機応真槍きおうしんそう》!!!」


  リュウガが放つ一閃が、ストライクワイバーンコマンダーの喉を捉える。

  いかなる防御や堅牢な鎧をも無効化し、貫く一撃が、魔力によって形成された巨大な刃を持った槍によって突き出され、ストライクワイバーンコマンダーの硬質な鱗と高密度魔力防御を呆気なく斬り裂いて喉元を穿ち抜いた。

 

『ーーーッッッ!!!』


  根元まで突き刺さり、喉を貫通する魔槍。

  根元まで行けば既にその身幅はストライクワイバーンコマンダーの喉の幅を超えている。

  そのままあっさりと、ストライクワイバーンコマンダーの首は落ちた。


  巨大な死骸が空を墜落していく。

  このまま死骸は山肌に叩きつけられて、ぐちゃぐちゃになるーーーその前に、【剣の眷属達ブレード・サーヴァンツ】が展開した『魔障壁』によって受け止められた。


「お疲れ様です、リュウガさん。槍、使いこなされてますね」


「まだまださ。お前の足止めがなかったら、当てることは難しかっただろう。『絶対貫通(ペネトレイト)』は強力な分、外したら痛いからな。もっと精進しなくては」


  中々に完璧な一撃だったと思うが、リュウガ的にはイマイチだったのだろう。

  反省を口にしたリュウガに苦笑いを返しながら、悠斗はストライクワイバーンコマンダーの遺骸を【剣の眷属達】ごと移動させた。


「他の遺骸はどうした?」


「ゴウキさん達に任せました。タツキさんも復活したので、もう運び終わってるころでしょう」


「仕事が速いな、流石だ。今回は少し危ない戦いになったが、その分リターンも大きい。いい収穫になっただろう」


  ですね、と返すとリュウガは満足そうに笑う。

  そのまま二人は地上に降りて、竜人化を解除。

  リュウガは族長……龍厳に報告があると行って先にもどつていった。


  悠斗もそのまま彼個人に与えられた部屋に帰ろうかと思ったその時、彼の魔導書に通話コールが入った。


「はい、どうしましたかーーーレイラさん」


『お久しぶりですね、ユウト。報告、という訳ではないですが一応伝えておこうと思いまして。

  ハクバ達がアルベインに入学しました。ミーシアの方は貴方の意見通りの方法で入学させていますから、安心してください』


「っ、ありがとうございます。手間をかけさせてしまって、申し訳ないです」


  態々教えてくれたことに素直に感謝する悠斗。ココ最近、彼女には頼りっぱなしで頭が上がらない。


『気にしないでください。私からできることは、これくらいしかありませんから。そちらの方は順調ですか?』

 

  レイラが聞きたいのは、恐らく修行の成果だろう。

  嘘をつく理由はないので、素直に答える。


「勿論。そうですね……今レイラさんと立ち会えば、前よりはマトモに戦えるくらいにはなったと思いますよ」


『……勝てる、とは言わないんですね』


「そんなに身の程知らずではないですよ」


  事実だった。

  スキルや魔法ありの実戦ならいざ知らず、純粋な剣技ではまだ遠く及ばない。

  武人が集う里で修行をしている悠斗は、自分が武道の奥に行けば行くほど、自分とレイラとの間にある差を明確に感じ取っていた。


「でも、次に立ち会う時は勝ちます。僕は強くなる、そのために、ここにいるのだから」


  己の意志をはっきり口に出す。

  これはレイラへの宣戦布告であり、自分への挑戦状でもあった。


『そうですか。……期待してますよ』


  レイラは一度目を深く瞑り、すぐに開いた後、そう言って『ではまた』、と言って通話を切った。

  言葉は少なく、短い会話だったが、間違いなくお互いの思いは届いていた。


  レイラに、グリセント王国最強の騎士に期待されている、という事実が自分を高揚させている事を感じながら、悠斗はまた別な事を想う。


「そうか、みんなも頑張ってるんだな……」


  それは友を、大切な人達を想う言葉だった。

  哀愁が心を過ぎるが、それを強固な精神でねじ伏せる。

  もはや自分のゆく道に彼らを巻き込むことは出来ない。例え、彼ら自身がそれゆ望んでいたとしても。


  だからこそ、悠斗はーーー


  「なら、僕も頑張らないと。速く強くなって、一刻も速くーーー禁忌研究所を駆逐する。そしてようやく、僕はみんなと向き合える」


  本来は、悠斗がやる必要なんてないのかもしれない。

  でも、最早悠斗は囚われてしまったのだ。この呪いにも似た因果に。

  『彼らの想い』を背負うと決めたその時から。


「だから待っててね、みんな。僕もいつか、必ずーーー」


  その時、実にタイミング良く突風が吹いた。

  激しい風の音が、悠斗の最後の言葉を攫って、そのまま空へ溶ける。

  誰に聞かせたかったわけでもない悠斗は、何事もなかったかのようにその場を後にする。


  強くなる。

  ただそれだけを誓って。

 

戦闘中、リュウガが主人公ぽかったですね。

という訳で、この作品もようやく百話!これからも頑張っていくので、皆様お付き合いのほどよろしくお願いします!

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