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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第三章 分かたれた道
102/112

入学前

遅くなって誠に申し訳ありません。

今後も頑張って更新ペースを上げていくので、どうか懲りずに見て頂けると嬉しいです。

  地球にいた頃、オレはとある映画を見て興奮したものだった。

  現代科学の粋を尽くしてもその全てを再現できないだろう光景。

  屋内だと言うのに空が広がり、プログラムされたものではなく、本物の意思を持っているかのように動き、喋る絵画。

  手を叩くと豪華絢爛な食事が現れ、杖の一振であらゆる神秘を引き起こす。

  そんな力を持った人間が集まる学校を舞台に、額に傷を持った少年が自らにまつわる因縁を斃す為に戦う物語。

  そう、毎年夏や冬の金曜日に二、三週に分けて連続放送されるいつものアレだ。


  その物語の舞台である魔法学校のような見た目に、それと類似した内部。

  ファンタジー溢れる学校生活に期待を抱いた頃、今オレたちの目の前に立っている、学校に負けず劣らず幻想的ファンタジーな美しさを持った少女はこう告げた。


「初めまして勇者様、そして皆様。私はグリセント王国の第二王女、ルフィア・リューネスト・グリセント。この学校で貴方様方のお世話をさせて頂く者ですわ」


  『……』


「あ、あれ?」


  オレたちが無反応なのが意外なのか、少女は均整の取れた美しさを崩して少し抜けた歳相応の女の子のような反応を見せる。

  因みに、オレたちは無反応な訳では無い。頭が現実についていけてないのだ。

 

  第二王女、と彼女はそう名乗った。

  つまり、それは、オレたちがお世話になっていたグリセント王国の国王の娘である、ということだ。

  しかも第二である。いくら直接的な王位継承権を持たない王女であり、その次女とは言え、普通他所に出すだろうか?

  いや、それはありにしても、オレたちのようなどこの馬の骨とも分からない異世界人の世話を、しかも王女にさせると言うのは如何なものか。


  あまりにも身分違いが過ぎる相手を前に、オレたちが固まっていると、横から声をかけられた。

  凛とした声。レイラさんだ。


「お世話と言っても召使いのようなことをする訳ではありません。学校にいる間、グリセント王国の代表者として貴方方の学校生活の手助けをする、と言う意味です」


「いや、まあ、流石にそれくらい分かってますけど……オレたちは異世界人。少なくともルフィア王女殿下にとっては素性が知れぬ人物であることに間違いはありません。少し問題ではありませんか?」


「その事ですが、問題はありませんよ。……招集」


  パンッ!と乾いた音が響き渡る。レイラさんが柏手を叩いた音だった。

  一瞬、たった一瞬の出来事だった。オレたちがレイラさんの行動の真意を図る、それよりも速く彼女らは現れた。


『ただいま参上致しました、レイラ様』


  一体どこから、とか、いつからそこに、とか、そういうオレたちの感情を一切置いてきぼりにする突然の登場。

  真っ黒なロングスカートタイプのワンピースの上に、清純さを表すかの如く白いエプロンを身につけ、頭には輝く純白が眩しいホワイトプリム。

  日本語的に言うならば給仕服。つまり所謂メイド服。

  そう、オレたちの前に現れたのは俗に言う……いや、俗に言わなくてもメイドさんであった。

  ただし、その人数は一人や二人ではない。

  オレたちと一行とほぼ同じ人数……十三人である。


「彼女らは私の直属の部下であるメイド部隊で、平時は王室の特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)も兼任しています。私直々に育てた子達ですから……強さは保証しますよ」


  ……っ、確かにメイドさん達の立ち振る舞いやさっきの動きは常人のそれではなかった。

  地球にいた頃、武道を嗜んでいた訳でもないし、《鑑定》系のスキルを持っている訳でもないが、オレだってもう素人じゃない。

  雰囲気というか、身に纏う空気のようなもので、この人達が尋常ではない事が伺える。

 

「各自に一人、彼女らの誰かが付きます。その辺はこちらで決めさせて頂きます」


  なるほど、メイドさん達はいわば監視者、という訳か。

  並のメイトさんならともかく、恐らく彼女らは一流の戦士でもある。なら大丈夫だろう。

  ……そもそもオレたちは手出しなんてするつもりないのだが。


「それと……ミーシア。自分で理解しているとは思いますが、貴女の立場は複雑です。貴女は本来彼ら異世界人とは全く関係のない一般人でありながら、しかし言い方は悪いですがユウト君の所有物であるため無下には扱えない。

  とは言え試験には合格しているため年齢を考えると中等部スタートになります」


  ミーシアちゃんが目を見開く。

  まさか自分がみんなと離されるとは思わなかったのだろう。


「しかし、さっきも言った通り貴女はユウト君の所有物、つまり奴隷であることに変わりありません。残念ながらそのしがらみが貴女の入学を邪魔します」


  レイラさんの言葉の意味を理解する。

  それはつまりーーー


「そんなっ、そうしたらミーシアちゃんはどうなるんですか!?」


「普通なら入学出来ずに放逐になるでしょう。また、異世界人である貴方達が居ない以上、ただの一般人、それも奴隷である少女だけを王国が保護する訳には行きません」


「そんな!?」


  双葉さんの顔が悲痛に歪む。ミーシアちゃんは覚悟していたのか声こそ上げないが、その体は僅かに震えていた。


「どうにか……ならないんですか?」


  オレは搾りだすように言った。

  戦友として、歳下の女の子として、彼女を見捨てる事が出来なかった。

  レイラさんは少しの無言の後、フッと口元を緩めて言った。


「そういうと思って、当然考えを用意してあります。ミーシアを高等部に入学させようと思っています」


『……?』


  奴隷の身分が邪魔だから中等部に入学できないのに、高等部に入学させるとはこれ如何に?と思ったが、その疑問はすぐにレイラさんが解決してくれた。


「簡単な話です。ミーシアは奴隷であり、そのせいで普通の入学ができない。なら、奴隷だからこそできる方法を取ればいいのです。

  本来、奴隷とは主人の所有物。この学校では私物の持ち込みは許可されています。つまり、奴隷の持ち込みも許されているのです。そこでミーシアをユウト君の所有物(、、、、、、、、)及びユウト君の代理(、、、、、、)として高等部に入学させる、と言う手段を講じました。幸い、彼女は王国滞在の間に中等部までの座学を修めていますからね。飛ばしても問題ありません」


『……』


  な、なるほど……。そう来たか。

  確かに悠斗君は元々こちらに来るはずだった人間だ。

  その空いた一席を利用するのは、悪くない。

  だが、一つだけ懸念もある。本当にそんな事が可能なのだろうか。これから先、ここへやってくるかどうかも分からない悠斗君の代理としてオレたちと共に高等部に入るというのは、仮に学園側から許可が出たとしても、周りの生徒はどう感じるのだろう。

  彼女は奴隷だ。そのイメージは、最悪の形で固定されている。

  最悪の場合、彼女が周りから排斥されないだろうか。

  その懸念は、レイラさんも抱いていたのだろう。オレの考えを見越したかのように、彼女は次の言葉を紡いだ。


「……とは言え、それらが全て上手くいくわけではない事もあるでしょう。ともすれば、他の生徒たちからの反感を買い、クラス内での不和が生じかねないのもまた事実です。

  ですので、ミーシアには大変な負担を掛けることになりますが、ミーシアにもう一つ立場を追加します。それは皆さんに付与させる使用人と同じく、ユウト君の使用人としての立場です。

  つまりーーーミーシアには、特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)の一員になってもらいます」


『っ!?』


  これには驚かざるを得なかった。

  この世界のことはあまり知らないが、奴隷の少女がいきなり特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)とは、恐らく歴史上初だろう。

  だが実際、彼女の実力は確かだ。

  或いは、最良の選択かも知れない。


「ミーシア、これは貴女が決めることです。貴女を入学させる為の、仮の特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)入隊とは言え、少なくともその間は貴女が特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)の一員であることに変わりはありません。当然、平生の学校生活と並行して、辛い訓練や職務も発生します。それでも貴女は入学を望みますか?」

 

  ミーシアちゃんに向き直り、レイラさんは凛とした態度で彼女に選択肢を突きつける。

  ミーシアちゃんは顔を上げ、真っ直ぐにレイラさんを見つめたまま、その視線を動かさない。


特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)になれば、強くなれますか?」

 

「もちろんです。そうでなければ務まりませんから」

 

「私は、お兄ちゃんに追いつけますか?」


「それは貴女の頑張り次第です。強さだけが、ユウト君が欲する全てではないでしょう。ですが、貴女が諦めない限り、可能性は永遠に閉ざされませんよ」


「……」


  二人の問答は、酷く短く、簡潔なものだった。

  ミーシアちゃんはどこまでも、悠斗君のことを想い続けていた。

  ……例えそれが、依存に近いものであったとしても、その気持ちは本物だろう。


  目を合わせたまま、数秒の逡巡。

  そしてすぐに、彼女は答えを出した。


「よろしくお願いします」


  前に出て、レイラさんの前に立って。

  深く、深く、頭を下げた。

  レイラさんの前まで来たのは、彼女なりの誠意の表れか。

  レイラさんは口元を緩めて、ミーシアちゃんの頭に手を乗せた後、そのまま撫で付けた。


「これからの戦友として、そして何より一人の友人として、貴女を応援していますよ」


「はい。必ず……強くなってみせます」


  暫しして、ミーシアちゃんはレイラさんの元を離れた。

  レイラさんは改めてオレたちを見渡し、オレたちへと語り掛ける。


「この後についてですが、それについては姫様からお話して頂くことになっております。

  四国連合会談がアルベインの一角で行われるため、私自身も暫くはここの客室にいます。

  会談自体は一ケ月後。その時には通達しますが、それまでにくれぐれも粗相をしでかさないようにお願いします。貴方達を信じていないわけではありませんが、貴方達がグリセント王国の預かりである以上、貴方達の一挙手一投足が国の評価に関わり、ひいては貴方達達にも被害が及ぶ可能性があるからです。

  それに気をつけて、学校生活を謳歌してください。それでは私はここで失礼します」


  告げることだけ告げて、レイラさんは最後にお姫様に一礼だけして部屋を後にした。

  相変わらず真面目というか、堅いというか……。

  しかしまあ、レイラさんのお陰でミーシアちゃんが無事入学出来そうだ。レイラさんには感謝してもしきれない。


「あの〜わたくしもそろそろ話をしてもよろしいでしょうか?」


  と、色々考えていた時、若干おずおずとした声がオレの意識に割り込んできた。

  声の主はこう言っては失礼だが、出てきてからたったの二言で空気になっていたお姫様だった。


「レイラから話にあったように、今後のことについて、私からお話をさせていただきます。

  しかし、立ったままではお辛いでしょう。どうかお座りくださいませ」


  王女様は腰に差していた短杖を抜き放ち、呪文らしき言葉を唱えて一振。

  するとどこからともなく人数分の椅子と大きなテーブルが現れた。何らかの魔法だろうか?

  だとしたら ……王女様の魔法技量は侮れない程高い。魔法構築の手際が全く見えなかった。

  とは言え、別段戦うわけではない以上警戒を強める必要も無い。

  促されるままに、オレたちは席に着いた。


「では、早速説明を始めましょう。

  まず前提として、皆様は今から一月は正式な入学をしません。と、言うのも四国連合が皆様の扱いを決めかねているからです」


  言葉の意味を理解しきれず、首を傾げる。

  それはオレだけではなかったようで、凜紅が手を上げ、その意味を問うた。


「それはどういう意味ですか?」


「……そうですね、簡単に説明しますと現段階で議論となっているのは全世界の一般人に勇者の到来を伝えるか否か、と言う問題です」


「それのどこが問題になるのですか?」

 

「勇者とは象徴である、という話をレイラからされませんでしたか?」


「……っ、されました」


  それにはオレも覚えがある。

  レイラさんからダンジョン【修練の魔境】の攻略及び探索を依頼されたときのことだ。

 

「彼女の言うことに誇張はありません。勇者とは、象徴です。力の象徴であり、正義の象徴であり、平和の象徴であり、そして希望の象徴であるのです。かつて、数多の魔物に溢れた最悪の時代には、そのようなカリスマを備えた者達が必要だったのです」


  最悪の時代。

  今から三百年程前、今現代では見た事ない程夥しい量と強さを持った魔物達が跋扈した時代があった。

  原因は不明だが、その時代の人類は到底争うことなど出来ず、人種国家関係なく一致団結して悪夢の如き地獄と戦った。

  だが一致団結した人類を以てしても、湯水の如く溢れかえる魔物の群れを前にしては些細な抵抗しか許されなかった。

  追い詰められた人類は、世界を救ってくれる力を持った人間を、他の世界から呼び寄せることにした。

  ここまで言えば分かるだろう。最悪の時代とは、かの勇者伝説の舞台となった時代なのだ。


  因みに、その時代の正確な記録は残っていない。

  息つくまもない災害の連続に、記録する暇がなかったのか、或いは災害によって記録物が失われたか、どちらにせよ、その時代の記録らしい記録は勇者伝説しか残っていないのだ。

  ある種、俗に言う暗黒時代である。


「しかし、象徴は時として望まれないこともあります。

  象徴は種火です。小さくも、決して消えない灯火が、やがて人々に伝播して大きな篝火となる。そうして生まれた希望の光が、かつての最悪の時代から人類を救いました。

  けれど……この平和な世においてハクバ様、勇者(アナタ)と言う種火は、混沌の種火とも成りうるのです。酷い話ですが、四国連合はそれを危惧しています」


『……』


  なるほど、オレたちの扱いを決めかねていると言う言葉の意味がわかった。

  つまるところ、王女様が言いたいのは、かつての災いの救世主が現代に現れたとなれば、それはかつての災いが訪れる前兆として人々に認識され、世間に混乱をもたらすのではないか、と言う話なのだろう。

  最初から王女様を責めていた訳ではないが、これは本当にどうしようも無い。

  オレたちは所詮『力』だけ持っている子供。その癖唯一の自慢であったその『力』も今日正面から捩じ伏せられた。

  今オレたちにのしかかっている問題は、為政者にしか出来ないモノ。オレたちが手を出すには、知識も経験も何もかもが足りない。


「とはいえ、ハクバ様が【光の勇者】であることは紛れもない事実。

  歴史的にも、信仰的にも、戦力的にも、カリスマ的にも、あらゆる面で【勇者】という存在は無下に出来ません。

  だからこそ皆様の待遇をどうするか、四国連合会談で考えるのです。

  ですので、どうかしばらくの扱いの半端さを御容赦ください」


  文句なんて、あるわけが無かった。

  オレたちは本来ただの異邦人。勇者や異世界人なんて大仰な看板が付いてるだけの子供だ。

  どんな思惑があれ、一国の支配者や重鎮が手を掛けてくれるだけで重畳。

  行き場のない無力な子供であるオレたちを保護してくれるというのなら、それに依存はない。


  無言で頷くオレたちを見て、姫様は話題を切り替える。

  長くなったが、今のは脱線話……というか前置きのようなものだ。

  本来の目的であるアルベインの話はこれからなのだ。


「さて、それでは以上のことを踏まえまして、このアルベインの説明を始めましょうーーー」

 

 


 ☆☆☆☆☆


  その後三十分程簡単な説明を受けた。

  学科や学部の説明から始まり、近況の様子まで、様々な話を聞いた。

  余談だが、今のアルベインはちょうど長期休暇期間……俗に言う冬休みの最中らしい。

  オレたちが転移してきて早半年と少し。この世界に来たのは日本で十一月の事なので本来なら夏休みと表現するのが妥当かもしれないが、中立都市アクエルを始め、グリセント王国とリーベルヒ聖教国の三つの国には、ハッキリとした四季があり、オレたちが転移してきたのは日本とは真逆の夏初旬の頃。

  最初は夏だと気づかなかったのだが、後から調べるとそうだった。夏という割には暑すぎず、ジメジメもしていなくて快適な時期だったのですっかり気づかなかったのだ。

  逆に、当初から半年以上経った今では大気が冷え込んで来ているのを感じる。

  あからさまな雪こそ降っていないが、今後どうなるかは分からないほどだ。


  まあなんであれ、新しい環境に放り込まれたのに変わりはない。

  長期休暇とは言え、部活……のようなモノもあるらしいし、強くなる為の訓練も必要なので恐らく暇はしないだろう。


「おおぉ……」


  そうこう考えている内に、部屋の前にたどり着いた。

  オレたちの為だけに用意されたという学生寮は広く、入ってすぐの広間から続く個室への通路は長い。

  少なくとも二、三分は歩いただろうか。結構長く考え事をしていたことも考えると、それ以上かもしれない。

  与えられた個室の扉の前に立ち、ドアノブを掴んで魔力を流す。

  余談だが、属性の無い(無属性とはまた違う)魔力を純魔力と言うのだが、純魔力には指紋のように個人によって異なる波長がある。

  特殊な加工がされたドアノブによって、指紋認証式の扉よろしく予め記録された人物の純魔力反応以外で鍵の開閉をしないシステムを備えたこの扉は、この扉

 そのものが魔道具である。

  それを人数文配備しているのだから、アルベインの技術力、或いは財力を物語っている。


  中も王国の寮と同等の広さであった。

  王国の寮とは趣が異なるものの、相も変わらず豪華絢爛な家具の数々に地球の家電にも負けず劣らずの魔道具達。

  だが今回はこの豪華な部屋が一人部屋なのだ。

  王国では急造かつ臨時のものである為、部屋が少なく、同じパーティーの同性同士で同じ部屋を共有していた。……オレは一人部屋だったが。

  ともかく、今度はその時と同等広さを独り占め出来る。

  若干の寂しさとかが無くは無いが、みんなワクワクの方が強いだろう。


  部屋の中を確認して、シャワー室へと向かう。

  これも王国寮同様に一室につき一部屋配備されている。

  入学試験の戦いで相当な汗をかいたし、体も汚れたから、速く身を清めたかったのだ。

  汗と汚れを暖かいお湯で流した後は、上下の下着を身につけてすぐに倒れるようにベットに横たわる。

  明日の事とか、これからの寮事とか、最早どうでも良くて。

  ただ一刻も速く眠りにつきたいという欲求に逆らうことなく、オレは心地よい睡魔へと意識を委ねた。





 ☆☆☆☆☆


「見事な慧眼、とでも言えば聞こえはいいのですが……末恐ろしいものですね」


  連合立学校アルベインの迷宮校舎。

  生きた校舎が道を変え、時空を歪め、罠を弄す。

  それ自体が最強の防犯システムであり、教師生徒にとっての試練にもなっていた。

  ここにいることを許されるのは優れた者のみだからと言うべきか、夜が深まる事に校舎に潜む闇は増し、魔物さえ現れるようになり、その危険度は途端に跳ね上がる。

  文字通り、この校舎は迷宮ダンジョンなのだ。

  そんな迷宮校舎を夜間に移動しようとする者は、生徒どころか教員ですら余りいない。

  いるにはいるが、決して多くない。

  なぜなら、それが出来るのは世界でも指折りの実力者達だけだからだ。


  そんな世界指折りの実力者の一人であるグリセント王国総合騎士団長、麗しの女騎士レイラは勤務が百年単位の熟練教師すらうろつかない夜間の校舎、その深層を当然の如く跋扈していた。

  余談だが、アルベインは空間拡張してあるが、基本的に縦長で、どういう訳か校舎の階層の深さによって危険度が上下するのだ。全部で十五層あり、一〜五階層までが初等部、六〜十階層が中等部、十一〜十五階層までが高等部のエリアとして分けられている。

  が、それはあくまで表向きの話。

  アルベインには公には存在しない階層がある。レイラがいる深層、十七階層もその一つだったりする。

 

「ギシャァァァァッ!」


  迷宮に潜む闇から飛び出して来た影の魔物を、レイラは一瞥もくれずに一刀、否、一手刀で斬り払う。

  大型種でないとは言え、深層領域に出る魔物は最低でもランク5。

  それを手刀で仕留めているレイラは、さすがと言うべきだろうか。


「まさか、あそこまで頭が働くなんて。いえ、本当に子供なのかすら怪しいですね」


  冗談めかして、一人つぶやく。

  彼女が指しているのは一人の少年。

  悠斗のことだ。


  「一時はどうなるかと思いましたが……少し無理やりな気もしますが、何とかなってしまいました」


  レイラの独白は止まらない。まるで幼い少女が自慢話をしているようにも見えた。

 

「まさか……自分が抜けてもミーシアを入学させる手段を事前に、それもその場で思いつくなんて、予想外でしたよ」


  そう、レイラが提案したミーシアの特殊王族護衛隊(ロイヤルガード)入り、その原案を提示したのは悠斗だった。

  あの日、悠斗が執務室で竜人種の里へ行くと決めた日、悠斗はミーシアのことを気にかけ、とある案を出した。


『僕が里に行った後、ミーシアは一人になってしまいます。けれど、僕の道に彼女を付き合わせる訳には行かない。そこでレイラさんにお願いしたいのですが、ミーシアを勇者の護衛隊に加えていただけないでしょうか? 』


  その時、悠斗にはアルベインに第二王女がいることも、その護衛兼勇者の監視兼護衛の為に特殊王族護衛隊を派遣することも言っていなかった。

  にも関わらず、恐らく何らかの目を付けるだろうという確信じみた予測、いや、あれは確信だった。

  『感』というものか、はたまた文字通りの慧眼か、個人の()でもあるのか、或いは……スキルか。

  なんであれ、悠斗の多少強引なれど、完璧に近い提案に、レイラは感服すると同時に、畏怖すら覚えた。


『この先、彼女は一人ぼっちになってはダメだ。けれど、僕はもう彼女の主のままでは居られない。だから、彼女には自分で生きていく術……冒険者なんて不安定な仕事ではなくて、安定した職に就いて欲しかったんですよ。だから、ちょうど良かったです』


  そう言って笑う悠斗の瞳はどこか空虚で。

  レイラは彼の言葉にどことなく危うさを感じた。

  もう二度と、日向の世界に戻ることを諦めているような、自分の身を滅ぼしても目的を達するだろう危うさを。

  彼の目的と、これからの行動を知るが故に。


「私にはもう、何も出来ませんが……せめて、応援はしますよ」


  覚悟を持った者を何人も見てきた。

  その果てに絶えた者達も。

  彼女はその尊さを知っている。愚かさを知っている。

  だから……レイラは止めはしない。

  その道を応援するし、邪魔はしない。


  その先に、彼らがどんな結末を迎えようとも。


  それが、彼女なりの礼儀なのだ。




これまでの設定と、少し前後していたかもしれませんが、最新話をベースに見て頂けると幸いです。

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