編入試験
遅くなりましたっ!
連合立学校アルベインの入学試験は実技(戦闘+アルファ)と筆記の二種類からなるものだった。
そもそもの話だが、アルベインには初等部、中等部、高等部とあり、それは日本の学校で言う所の小学校、中学校、高等学校の事だ。
この世界に来て半年以上。地球なら、オレたちは高校受験を終え、春風と戯れながらハイスクールライフを送っている頃だ。
よって、オレたちは高等部への編入となる訳だ。
筆記試験は簡単な教養問題。高等部とは言え、科学技術よりも魔法技術が発達している異世界では数学一つとっても大分違うものであった。
少なくとも高等部編入試験に出てきたのは中学数学後半まで。
四則計算はもちろんのこと、中学数学の大半は出てくるものの、その難度がそもそも低い。
言ってしまえば、教科書問題を丸々出しているようなものだった。
更に言えば歴史や魔法学、魔法薬学や錬金術学等の様々な問題が出てきたが、それも事前に勉強したのが功を奏し、難なく突破できた。
そして今オレ達は実技試験を行っている訳だが……
「勇者の力、見せて貰おう!」
「くっ!」
鋭く振るわれた長剣が弧を描き、オレへと迫る。
それを学校側から渡された剣で防ぐと、オレはその衝撃のあまり呻き声を出した。
「どうしたっ!実戦では敵は待ってくれないぞ!」
続く試験官の猛撃を、オレは受けるか避けることしかできない。
しかも、体勢を崩した今のオレではそれも長くは続かないだろう。
「まだまだァッ!」
このままでは不味いと思い、光属性魔法Lv1『光撃』を詠唱破棄で発動。
突き出した手から光の魔力が放たれるが、試験官は咄嗟のところで《盾術》スキルアクション《対魔力盾》で直撃を防いだ。
「っと、やるじゃないか。だが、そんなんじゃあいつまで経っても俺は倒せないぜ?」
とした顔でオレを見る試験官。
片手直剣と円形丸盾という典型的な軽剣士の装備ではあるが、その実力は侮れない。
レイラさん程では無いものの、かなりの使い手である事は間違いなさそうだ。
「まだまだ、これからが本番です……よっ!」
負けん気で己を奮い立たせ、《剣術》スキルにものを言わせた一撃を振るう。
当然、難なく躱されたが目的は当てることじゃない。
「距離さえ取れればっ!」
火属性魔法Lv2『炎弾』を無詠唱多重展開。
手を薙ぐと同時に5つの魔法陣が宙に浮かび、ハンドボール大の炎が発射された。
一見では、低級の魔物を屠る程度の威力しかないただの『炎弾』に見えるが、オレのーーー勇者の魔力を以てすればその威力は格段に上がる。
わかりやすく言えば、そこらの金属なら数瞬で溶かす程だ。
恐らく試験官もそれに気づいたのだろう。露骨に一瞬驚愕した後、なんとこちらへ突っ込んできた。
「ははっ!凄いなこの熱量。本当に『炎弾』か!?」
随分余裕があるようで、笑いながら走り抜ける試験官。
だが、オレには彼のように笑う余裕はまだない。
「っ、『光鎖』!」
距離が詰まってきた頃合に、光属性魔法Lv3『光鎖』を発動。
展開された魔法陣から光の鎖が幾筋も飛び出し、試験官に殺到する。
しかしそれすらも、試験官は笑って躱してみせる。
「そらっ!」
そしてオレに接近し、袈裟斬りを繰り出すーーーのだが、オレは口端を釣り上げ、魔法を発動する。
「『グラウンドダウン』!」
地属性魔法Lv2『グラウンドダウン』。落とし穴程度の穴を地面に生み出す魔法で、その殺傷力は決して高いとは言えない。
だが、相手前衛職の踏み込みに合わせて軸足の足元を落とし穴にしたらどうなるか……。
その有用性はかつて戦った強敵である黒鬼相手に実証済みである。
そして試験官も、見事にいつぞやのオーガと同じように体勢を崩し、攻撃を空振った。
「っ!?」
試験官はあからさまに仰天し、オレは口元を歪める。
全てはオレの理想通り。『炎弾』を放ったのも、『光鎖』を放ったのも、全て誘導である。
『炎弾』を放ったのは、確認の為だ。
軽剣士である試験官が、盾を使った防御をあまり取らずに、回避運動で攻撃を凌ぐ傾向にあると読んだオレは敢えてLvが低い『炎弾』を展開した。
いくら熱量が凄まじいとはいえ、スキルアクションでも使えば『炎弾』をノーダメージで防ぐことは難しいことでは無い。
それすらも全弾回避、魔法による薄弾幕はもちろん、剣による近接攻撃ですら防御ではなく回避を取ったのだ、オレの推測はハズレではないと確信を得ることか出来た。
そうなれば、例え直接威力はあまり無い『光鎖』も避けるだろうと踏み、オレは彼の動きを魔法によって誘導した。
後はその誘導地点に来た試験官にベストタイミングで『グラウンドダウン』を見舞えば……後は現状を見れば分かるだろう。
「貰った!《一閃》!!」
最大の好機を見逃してやる程オレも素人ではなくなった。
がら空きの胴体目掛けて今オレが使える中でほぼ最速の攻撃、《剣術》スキルアクション《一閃》を横薙ぎに放つ。
吸い込まれるように試験官の体を切り裂こうとするオレの剣。
普通なら、このままでは試験官の胴体は真っ二つになる所だが、オレと試験官が使っているのは学校から渡された支給品の剣。当然、刃潰しくらいはしてある。
とはいえ本物の鉄を使った剣である為、当たりどころが悪ければ死ぬ。だから胴体を狙った訳だ。
後コンマ数秒後にはオレの剣は試験官の腹にめり込んでいるだろう。
そう明確な勝利のビジョンを頭に浮かべた……次の瞬間、オレは驚愕に襲われる。
「なぁっ!?ーーーがッ!!!」
なんと試験官はオレの横薙ぎ一閃を身を即座に屈めることで回避してみせた。
そして屈んだ状態から起き上がるバネを利用した逆袈裟斬りをオレに見舞う。
もちろん、スキルアクション後の僅か一瞬の技後硬直で動けないオレは、その一撃をモロに受けてしまった。
試験官はスキルアクションを使っていないようだが、勢いの乗った一撃はオレを数メートル吹っ飛ばし、受け身をする間も与えず硬い地面へ叩きつける。
奇しくもオレが彼に攻撃を当てようとした腹部付近に攻撃を食らったオレは、そのダメージと地面へ落ちた時の呼吸の詰りで激しく咳き込んだ。
(くそっ、反応速度が速すぎる……っ!)
ふらふらと立ち上がり、構え直す。
今回のルールは十分間の模擬戦で一撃でも試験官に攻撃を当てたら勝ちの試験。オレが一撃貰っても、それが敗北にはなりはしない。
だが……今はそれすらも難しそうだ。
ここに来て、オレが今まで如何に勇者の力とスキルに頼っていたかがよく分かった。
今オレは《勇者降臨》も《制限解除》も発動していない。 精々神聖魔法『聖光纏鎧』くらいだ。
そして何より、オレの手にあるのは愛剣である【聖剣ウィルトス】ではなく、ただの鉄の剣。
この世で最もポピュラーな刀剣は、今のオレにとっては頼りなさ過ぎた。
「おっと、まだまだ終わりじゃあないだろ?
ーーー遠慮は要らねぇ、全力出しな」
試験官が片手直剣を突きつける。
丸まった切っ先がオレをまっすぐ射抜き、鋭い視線がオレを睨めつける。
「出したくねえなら、出さなくてもいいぜ。
だが、出さないというならーーー多少の覚悟はしてもらう……ぜっ!」
「……っ!!!」
眼光に剣呑な光が宿る。
その視線に貫かれたオレはビリビリとした威圧感に当てられ、蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。
そのせいで、言葉を言い切った直接に駆け出した試験官への対応が僅か一瞬、遅れてしまう。
たった一瞬、されど一瞬。その瞬く間は手練を相手取る時、致命的な一瞬になる。
「《構盾突剣》ッ!」
試験官はスキルアクションを発動させてオレに迫ってきた。
盾を正面に構えながら突撃……かと思いきやその身体が一気に加速し、間合いに到達した瞬間に恐るべき速度で刺突を繰り出してくる。
「っ、《いなし盾》ッ」
鋭い一突きを、腕に付けてる籠手を盾にみなして《盾術》スキルアクション《いなし盾》を発動する。
切っ先を腕に食い込む前に振り払い攻撃をいなす。
「《殴盾》」
「ぅ゛っ!?」
しかし、試験官の攻撃は終わらなかった。
スキルアクションによる盾の打撃が、オレの頭部を捉える。
視界が揺らぎ、オレの体は倒れゆく。額から溢れたであろう生温かい紅がオレの顔を伝っていく。
だが、それでも試験官の猛攻は終わらない。
「《剣舞連盾》」
舞い踊るように剣と盾が翻る。
斬撃と打撃の乱舞にはしかし、反撃を差し込む隙は見受けられない。
剣の時は盾が、盾の時は剣が彼のことを守っているからだ。
「どうだ、これが《剣術》スキルの上位スキル《剣盾術》。苛烈な攻撃と堅牢な防御を備えた攻防一体のスキルだ。早く本気出さねえと殺傷性が低いとはいえ危ないぜ?」
……っ、恐ろしいスキルだ。
恐ろしい位に隙がなく、しかも鋭い連続攻撃を何とか凌ぎながら、オレは反撃に転じる隙を伺っているが、その機会は全く見えない。
魔法を唱えるにしても距離が近すぎるし、剣技では及ばない。
だからーーー
「っ、《勇者降臨》!」
ゴウッ!とオレから溢れた魔力が吹き荒れ、試験官の体勢を崩した。
ユニークスキル《勇者降臨》によって全ステータス三倍になる。
体中に力が漲り、剣を握り締める手にも力が込もる。
因みに《制限解除》を使わないのは、直接的な強化がされないのと、肉体の限界を解除するのは使用時間の長短に関わらず体力を食うからだ。
強化に伴う高揚感に支配されたオレの口が、高らかに宣言する。
「三分で勝負をつける!」
「ほぉ、言ってくれるじゃねえか。俺如きには三分で十分、てことかい?」
「いえ、試験時間が残り三分だからです」
「……そうか」
試験官が僅かに残念そうな顔をする。
こういうノリと勢い的な感じが好きなのだろうか。
「行きます……っ!」
地を激しく蹴り、直進する。魔力発光が尾を引き、輝きの軌跡を残して突き進む。
オレは悠斗君のような高速移動系スキルを持ち合わせていない。
が、このスキルを発動している最中の動きは、一つ一つが高速移動系スキルに匹敵する。
故に、その速度はそこいらの人間に反応出来るものでは無い。
「ほほう、速くなった速くなった。だが……まだ甘い」
動揺もせず、緩やかに盾を構える。
強化状態であるオレの一撃を盾でいなし、続く二撃目をバックステップで回避。
より高速機動化したオレの動きでも、試験官には当たらない。
「っ、《連続剣・三角撃》!」
空中平面に三角形を描くような三連撃。
しかし、それすらも彼の盾は弾いてくる。
「《連続武技:円輪斬》!」
三角形を描くような斬撃の終了後、技後硬直が体を蝕む……その寸前、オレはスキル《連続武技》を発動し、続く《剣術》スキルアクション《円輪斬》を即時発動する。
《連続武技》はその名の通り、同系統のスキルアクションを技後硬直無しで無理矢理発動するスキルだ。
とは言え、スキルアクションを使うのに通常よりも魔力を食うし、技後硬直を無視した強引な動きは当然肉体の負荷が凄まじい。
「ぐぉっ!」
だが、効果はあったようだ。
ギリギリで防がれたとは言え、一度スキルアクションを終えてから、一瞬の間もなしに再度のスキルアクションが発動されたことが意表を突いたか、ガードと体勢を大きく崩すことに成功した。
「『風鉄槌』ッ!」
オレの手から放たれた風の巨塊が、試験官の胴体を捉える。
ドゴォ!という音を立てて試験官を吹き飛ばしたのは風属性魔法Lv5『風鉄槌』だ。
手のひらや魔法陣から直線に大きな風の塊を放つ魔法である『風鉄槌』は、主に切断と打撃の性質を持つ風属性魔法の中で最もポピュラーな魔法だ。
魔道士達の界隈では、『風鉄槌』を使えるようになって初めて風属性魔法の使い手として一人前、と言われるほどだ。
Lv5……つまり上級魔法の駆け出しとして相応しい威力を兼ね備え、かつ、消費魔力が中級より少し多い位である上に応用もしやすく、様々なパターンに対応できる汎用性を持つという、至れり尽くせりな魔法なのだから、当然かもしれないが。
ともあれ、本来はそこいらの家屋なら余裕で吹き飛ばす程度の威力である『風鉄槌』だが、オレの魔力で撃ったこの魔法は三メートル程の巨岩だろうと打ち砕く威力になっている。
威力過剰と思わなくもないが、一応の手加減はしたし、これまでのことを考えると恐らく大丈夫だろう。
その証拠に……
「っと、流石に今回は不味いかと思ったぜ」
「……っ」
かなり強く吹き飛ばしたはずの試験官は、二本の足で地を踏みしめ、倒れるどころか全くと言っていいほどダメージを感じさせない様子だった。
それもそうだろう。彼は魔法が当たる寸前、ギリギリのところで丸形円盾を間に合わせ、《盾術》スキルアクション《対魔力盾》を発動させて直撃を防いでいた。
ルールに照らし合わせれば直撃ではないため、まだ勝利とは言えない。
「ははっ、面白いぜ。まだ終わらねぇだろ!?」
「勿論ですよ……っ!」
残り時間は後二分。決着をつけるには十分だ。
全力を尽くして地を強く蹴る。
試験官もまた、オレを見据えて構え直す。
一瞬の間の後、オレたちはぶつかったーーー
☆☆☆☆☆
「いやー、残念だったな〜。いい線いってたと思うぜ」
大輝がオレの肩を叩き、慰めように声をかけた。
そう、オレは負けた。全力で挑んだものの、結局手も足も出なかった。
あらゆる攻撃は防がれ、あらゆる魔法に対処された。
そうしていつまでも攻めきれないまま完封負けしてしまったのだった。
「それにしてもあの試験官、えらく強いな。お前が勝てなかった段階で俺でもキツいとは思っていたが、案の定かすりもしなかったぜ」
オレが試験を終わらせた後、大輝がそれに続いた。
しかし、結局彼でも試験官には届かず、終始遊ばれるように翻弄されていた。
……そもそも大剣を振り回して一撃必殺の攻撃を扱う大輝では、致命的にあの試験官と相性が悪かった、と言えなくもないのだが。
「そうだな。あの人、レイラさんとは違う系統の強さを持った人だった」
一言で例えるなら……巧い、だろうか。
レイラさんは圧倒的な技量と速度で相手を正面からねじ伏せるような戦いをする人だ。
彼女の剣の技は凄まじいが、どれもが相手を倒すことに特化した、いわば『攻めの剣』というやつだ。
それに対して試験官の男は反応速度こそ脅威であったが、別段動きが速い訳でも、力が強い訳でも、剣の技量が抜きん出てる訳でもない。
《剣盾術》のスキルアクションを除けば、それほど苛烈な攻撃もなかった。
ただ一つ言えば、あの試験官の攻撃は常にトリッキーで、的確だった。
盾を防具として以外にも武器として利用する戦い方。剣戟を凌いだと思ったら、死角から来る盾の打撃。そのどれもが脅威だった。
「まあ実際、前衛役であの試験官に敵う奴はオレ達の中にはいないだろうよ。ほら、ちょうど今瑛士がやられた」
見れば、瑛士が盾の打撃を頭部に受け、気絶してしまっていた。
残り時間は後三分くらいあるが、その間に彼が復活することはないだろう。事実上、試験は終了である。
「こりゃ、俺たち男子は達成者はいないかもな」
「……そうだな」
こう言っては酷いかも知れないが、男子の中で最も火力に優れているのはオレだ。
そして攻撃力という一点においてオレを超えるレベルのパワーを持つ大輝と、あらゆる場面に対して臨機応変に対応できる汎用性の幅が広い能力を持つ瑛士。このオレを含めたこの三人が、男子の中で最も戦闘力が高い。
その三人が、為す術なく、そして悉く負けたのだから、正直な話他の男子勢が勝てるとは思えないのだ。
「と、白刃見てみろよ。あっちは凄いぜ」
大輝が顎で示した方向を見ると、双葉さんが女性試験官相手に光属性魔法を放っているところだった。
使用魔法は光属性魔法Lv5『光爆魔砲』。
双葉さんが突き出した杖の先から魔法陣が展開され、そこから極太の光の波動が解き放たれる。
膨大な熱量を含むだろうその光線を前にして、しかし、女性試験官は不敵に微笑むのみ。
「っ!?」
双葉さんは驚愕する。
それもそうだろう、何せ彼女が放った一撃をモロに受けたのにも関わらず、煙が晴れた先の女性試験官は傷どころか汚れ一つ無いのだから。
「『大氷塊』」
今度は女性試験官が魔法を仕掛けた。
氷属性魔法Lv4『大氷塊』。
風属性魔法の派生である雷属性魔法同様、水属性魔法の派生である氷属性魔法の中級魔法である『大氷塊』は軽自動車位の氷を相手に向かって射出する魔法だ。
当然、その威力は中々のものである。
「『神聖結界:三重壁』ッ!」
双葉さんが展開した三重に重ねられた結界が彼女を覆い、氷の塊と激突する。
一枚、また一枚と氷に破かれ、最後の一枚で何とか止まる。
「『聖光守護者』」
光属性魔法の高熱で氷を溶かし、双葉さんは更に神聖・光属性複合魔法『聖光守護者』を展開。
魔法によって生まれた、悠斗君を模した二刀流の剣士が高速で女性試験官に迫る。
だが……試験官は薄く笑い圧倒的な速さで魔法陣を構築し始める。
魔法の守護者が迫り来るにも関わらず、試験官は魔法構築の手を緩めない。
二重、三重、更に規模は増していく。
魔法陣を展開する方法には三通りのやり方がある。
まず一つは詠唱。特別な力が込められた言葉ーーー呪文を唱えることで、世界に干渉しているということを証左する魔法陣が形成されるのだ。
次に魔法陣の圧縮展開。先の通り、魔法陣とは自身の魔力が世界に干渉している証だ。
魔法は万能のエネルギーである魔力によって生み出されるが、そもそも魔力は世界から生まれしエネルギー。魔力を魔法に変えることは、即ち世界への干渉と同義である。
圧縮展開は魔道具製作などに使われる技術である、魔法陣刻印を応用した方法だ。
魔法陣刻印は魔法陣そのものや魔法を構成する要素である魔言を物質に刻むことで、魔法が使えない人間でも魔力を込めるだけで魔法を使用出来るようにする技術で、それの技術を応用し、魔道具や魔法武器などに事前に魔法陣を刻むことによって、魔力を込めるだけで魔法陣を構築出来るようにするのだ。
そして三つ目、魔言直書法と呼ばれる技だ。
空中に魔力をインクにして魔法陣を直接書き込み、魔法を発動するものだ。
魔法陣の中身を丸暗記しないと行けない上に、魔法陣構築に時間が掛かるため、大変高度のテクニックである。
試験官が行っているのは詠唱と魔言直書法の並列行使。
一流の魔道士でも使い手がそう居ない技術に、魔法を放ったはずの双葉さんが目を剥く。
ーーーそして、試験官の魔法が完成した。
「『凍氷魔獣強襲』」
えげつない程の魔力が爆発し、魔法陣から氷の野太い腕が伸びる。
迫ったはずの魔法守護者がその腕に掴まれ、投げ飛ばされた。
「……っ」
双葉さんの身体が震える。
無理もない。恐らくオレの身体も、隣の大輝の身体も震えてる。
魔法陣から現れたのは、氷の異形。
腰から下の下半身は魔法陣の奥に隠れているが、全長五メートルはくだらない、悪魔の如き異様の怪物である。
当たれば人間の身体なんて一撃で粉々に出来そうな野太い腕、背中に生えた禍々しい翼、僅かに開いた口から零れる冷気、これらが全て恐怖を演出する。
「ああぁ……」
双葉さんの震えた口から、ついに恐怖が溢れた。
その威容は、これまで戦ってきたどの魔物よりも恐ろしい。
これまでは、どれだけ恐ろしい相手でも一人じゃなかった。しかし、今の彼女は一人。目の前の怪物は、たった一人の少女の心を折るのに十分過ぎたのだ。
「貴女のさっきの魔法、面白い術式だったわ。真似してみたのだけど……どうかしら」
口元に浮かぶ笑みは、どこか艶やかで。
魔道士御用達の魔法的な施しがされた、しかし、着る人は少ないだろう露出が多い衣服を纏っている為か、高級娼婦という言葉が浮かんでくる。(まあ、娼婦自体見た事ないのだけど)。
「どうするの、お嬢ちゃん?時間はまだあるけど……ギブアップ、する?」
妖艶に微笑む試験官は、双葉さんにとって希望のような提案をする。
試験とは言え、このままあの怪物を相手取れば、無傷で済むとは思えない。
これで降りるとしても、誰も責めはしないだろう。そもそも、ここまでこの試験官を追い詰めたのは彼女だけだからだ。
神川さんは連射式の魔力銃を見抜かれると、対抗するように氷属性魔法の雨あられを受けて途中棄権。
ミーシアちゃんは健闘するも得意の火属性魔法を氷属性魔法に封殺され、突破ならず。
凛紅はその速度を生かした接近を目論むも、圧倒的な範囲制圧魔法で近づくことさえ許されずにタイムアップだった。
誰一人、満足に彼女と戦う事が出来なかった。
ここまで戦えただけ十分なのだ。
だが……遠目に見える彼女の瞳に、諦めはない。
あるのは震える心をねじ伏せ、真っ直ぐに相手を射抜く、黄金の闘志のみであった。
「馬鹿なことを……言わないでください……っ」
「へぇ……」
普段から大人しくて、意思の弱そうなイメージがあった少女が、杖を構える。
その顔は、本物の戦士のそれだった。
「例えどんな状況でも、あの人は諦めなかった!だから私も諦めない。どんな窮地であろうと、決して!」
魔法陣を構築。詠唱を開始。
無詠唱の発動では足りないと察したか、双葉さんは危険な賭けとも思える行動にでる。
「ふふ、そういうのは嫌いじゃないわ。でも……敵のことを待ってくれるほど、実戦は甘くないわよ?」
そう言うや否や、試験官は手を軽く薙ぐ。
すると氷の異形が口を開き、その奥に魔法陣の光が瞬いた。
「『氷柱弾雨』」
試験官が魔法を発動すると同時に、氷の異形が口から無数の氷柱を射出する。
解き放たれる氷柱は、一つ一つの大きさは大したことないが、数の暴力で押し寄せてくることで圧倒的な破壊力を有するのだ。
だが双葉さんは避けようとしない。
未だに魔法の方陣を組んでいる。
しかし一瞬。一瞬だけ、詠唱を止めて、叫んだ。
「私を護ってくださいーーー悠斗さん!!」
その声に呼応するように、何処からか光が閃く。
聖なる光でその身を構成する魔法の守護者が、主を護らんと再度戻ってきたのだ。
『ーーー!!!』
聖光の守護者は喋らない。
話す知能も機能も備わってないからだ。
だが、その時だけは、この場に居ないはずのの悠斗君が双葉さんの前に立ち、彼女を全力で守り抜こうとしているように見えた。
守護者は主を傷つけかねない障害を斬り落とす。
斬って、斬って、斬って、彼女を護る。
そしてーーー幾百にも及ぶ氷の雨あられを、見事に防ぎきった。
「……驚いた。その魔法、本当に凄いわ」
「ええ。私のとっておきですから」
自分の魔法が褒められて悪い気はしないのか、双葉さんの顔に微笑みが。
そして次の瞬間、その微笑みは獰猛な笑みに変わる。
「行ってください!」
双葉さんは守護者を走らせる。
向かう先は氷の異形。
光の軌跡を残して、魔法の守護者は異形へと立ち向かう。
剛腕から繰り出される一撃を躱し、逆にその腕に攻撃を当てを繰り返す。
どこかの誰かを彷彿とさせる、一撃離脱戦法の典型で異形を相手取った。
「貴女の相手は、私ですっ!」
いつの間にか回り込んでいた双葉さんが、試験官に杖を向ける。
『聖光守護者』は囮。
本命はあくまでも回り込んでの魔法砲撃。
双葉さんはさっきまで詠唱して作っていた魔法陣を展開する。
遅延発動。一度完成させた魔法を保存し、任意のタイミングで放つ技法。
必殺の矛を構えた少女は、己の全てを賭けて叫ぶ。
「止められるものならば、止めてみせてください!
『閃光大爆矢』!!!」
解き放たれる、超級魔法。
魔法陣に集う光が、幾百の矢となって放たれる。
その全てが、着弾した途端に爆発し、そのエネルギーはヒト一人容易に殺せるほどだ。
光属性魔法Lv8『閃光大爆矢』。それがこの魔法の正体だ。
勇者であるオレでも行使することは叶わない、現段階の光属性での最高位の魔法。
それに対して試験官は、僅かな時間目を見開き、動揺を顕にするも即座に魔法を行使する。
「『細氷煌刃乱天』!」
魔法を行使した瞬間、試験官の足元から風が吹き抜け、彼女を中心に渦巻く。
その風は煌めきを纏い、より強さを増してゆく。
よく見れば、煌めきの正体は小さな氷の粒。
これこそが氷属性の超級魔法、氷属性魔法Lv8『細氷煌刃乱天』。
極低温の空気を操って、大気が冷えたことによって生まれる冗談抜きに無数の細氷の刃を相手にぶつける、恐るべき魔法だ。
吸い込めば肺が凍りつきかねない極低温の大気と、細氷の刃の二重攻撃が、幾百の爆発矢を迎え撃つ。
超級魔法と、超級魔法のぶつかり合い。
魔道士に身を置く者としては、まさに理想の状況。
莫大なエネルギー同士の衝突は、刹那の交錯に終わる。
「ーーーっ!!??」
大爆発。
しかし、その爆発は魔法が相殺されたことによるものでは無い。
双葉の魔法の矢が、細氷の刃と衝突し、爆発の連鎖を起こしているのだ。
同じ魔法レベルで、何故こうも差が出るのか。それは恐らく、魔法の相性と術者の技量の問題だろう。
十、二十、とどんどん魔法の矢は堕ちてゆき、そして遂に全ての矢が一つ残らず爆発した。
「しまっーーー」
不味い。
このままでは、殺傷力が高すぎる魔法が双葉さんに直撃する。
多分だが、双葉さんに魔力はもう残ってない。
魔力切れによる倦怠感によって双葉さんの身体は満足に動けないだろう。その証拠に、彼女は目の前に迫り来る死の風に対して、動く様子を見せない。
完全に意表突かれたせいで、試験官も恐らく加減が効かなくなっていたのだろう。かなり焦った様子だが、魔法を中断しようにも、このタイミングでは間に合わない。
割って入り込もうにも、この距離では間に合わない。
必死に、《勇者降臨》と《制限解除》まで使って追いつこうとしたその前に、魔法によって生み出された白い霧が双葉さんを呑み込んだ。
『っっっ!!??』
この場にいた全員が、その光景を前に立ち尽くす。
クラスメイトが、思わぬ場所で死んでしまったかもしれない、その光景に。
ようやく魔法の中断が済んだのか、双葉さんを呑み込んだ白霧が消え失せる。
これから見えるだろう光景に、思わず目を背きそうになった時、オレの目に驚くべき現実が飛び込んできた。
白霧の中より現れたのは、無傷で倒れこんでいる双葉さん。
そして……彼女を護るように仁王立ちで立ち塞がる、『聖光守護者』の姿だった。
遠目からだが、オレが見る限り呼吸がある為双葉さんは生きている。気絶しただけだろう。
だが、彼女を護った魔法の守護者は魔力ごと凍りつき、あらゆるパーツが欠損していた。
それでも尚、二本の足で双葉さんの前に立ち、彼女を護っていた。
オレたちがその光景に唖然としていると、守護者の凍てついた体に罅が入る。
その罅は全身にまで達しそして……守護者は最後まで己の仕事を全うして、砕け散った。
静止した空気の中、誰よりも速く我に返ったのは春樹を相手にしていた男性試験官だった。
「そこで倒れている嬢ちゃんを医務室へ!まだ試験を受けていない者は続行!」
その声は一瞬でオレたちの石化を解き、止まった時間を動かした。
凛紅とミーシアちゃんが双葉を運んで行くのを尻目に、オレは形容し難い感情を抱えたまま、試験を見続けたのだった。
☆☆☆☆☆
双葉さんが倒れてから三十分後位に、全ての実技試験は終了した。
当然、男女二人の試験官を倒すどころか、合格基準に辿りつくことすらなかった。
試験が終わった直後に、双葉さんは戻ってきた。
気絶していて最後の顛末を知らなかった彼女は、自分の戦いの最後を聞き……そして、切なげに胸を押さえていた。
その後、体調は大丈夫かと他の女子たちに聞かれると、怪我ひとつないと言っていた双葉さんだったが、その目にはあからさまな悔しさが宿っていた。
そして双葉さんが戻ってきて更に一時間程経過した後のこと。
試験官二人と、学園関係者であろう大人が数人やってきた。
「君たちに、今回の試験の結果を告げる。心して聞くように」
大人の中で一番偉そうな老年の男性が告げる。
その瞬間、オレたちに緊張がはしる。
誰もが汗を流し、手に力が籠り、生唾を呑み込んだ。
「今回、君たち計十四名はーーー合格。
入学を許可しよう」
パチパチパチ、と盛大な拍手が送られる。
一瞬、オレたちの頭は現実について行けなかった。
だが時を経るにつれて理解する。オレたちは、試験官に合格したのだと。
「不思議がっているようだから事前に説明するが、今回の試験は合否を定めるものでは無い。君たちを見極めるものだったのだ」
老年の男性が促し、試験官二人が前に出る。
「この二人は現役金等級冒険者だ。二人とも、挨拶を」
「おう。さっき紹介があった通り、俺は金等級冒険者クルージオだ。男子諸君、中々の頑張りだったぜ。褒めてやる」
「ワタシも彼と同じく金等級冒険者。名前はアイシア。お嬢ちゃん、さっきはやりすぎてごめんなさいね」
そう言って、挨拶を終える二人。
オレたちは唖然とすることしかできない。
……女性の方は超級魔法を即時展開している時点で、只者ではないと思っていたが、まさか金等級冒険者だとは思わなかった。
オレたちは名目上、銀等級冒険者となっている。
だが、金等級と銀等級の間に、これ程の差があるとは思わなかった。
「まずなんにせよ、君達は疲れているだろうから、寮に行ってくれたまえ。君達専用の個室を用意している。詳しいことは明日話すので、今はゆっくり休んで欲しい」
……あまりにもトントン拍子に話が進んでく。
いや、合格出来たのは嬉しいのだが、なんか思っていたものとチガウ。
「最後に一つ。我々は君たちを歓迎しよう。ようこそ、連合立学校アルベインへ。このアルベイン校長、レイスター・ウォルドが、君たちの入学を心から祝わせてもらおう」
老年の男性は、いや、アルベイン校長はニヤリと笑う。
最後の最後まで、オレたちは驚かされてばかりだった。
……
……
……
その後は、教員らしき人に寮まで連れて行って貰った。
とは言え、王国にいた時のように、校舎から離れている訳ではなく、巨大な上に複雑怪奇な構造の校舎の一角に、オレたちの専用寮が用意されている形だ。
「アルベイン内部は迷路のようになっているため、迷い易くなっております。そのため、本日中に魔導書へ学園の立体地図を送りますので、寮に入る前に私の魔導書の魔力を登録してもらいます」
寮の前に着くなり、教員はそう告げた。
流石にこれ程複雑怪奇な迷宮校舎を見て、教員の指示を拒む気にはなれず、みんな黙って彼に従った。
「ではお入り下さい」
扉に何らかの呪文を施し、開放させる。
開かれた扉の先には、日本の教室程度の広さの部屋。
ただし、中身は隅から隅まで豪華だ。
見ただけで高級と分かる絨毯に、高価な魔道具が使われているシャンデリア。暖炉にソファー、その他諸々に至るまで、全てが高級。
そんな室内に、一人。
背景と組み合わせると、あまりにも絵になる美しい少女。
彼女はオレに向けて最高の笑顔を見せる。
「初めまして勇者様、そして皆様。私はグリセント王国の第二王女、ルフィア・リューネスト・グリセント。この学校で貴方様方のお世話をさせて頂く者ですわ」
因みに、ですが、アルベインの内部イメージはまんまホ〇ワーツみたいな感じです。
扉を開ける時に掛けた呪文はハリーポ〇ターの寮に入る時の扉と同じように合言葉です。




