16話 黒鉄 倭人がキレる時。
俺と、撫子は洞窟のすぐ傍まで移動すると、そっと入口の辺りまで近づき音を立てない様に、中まで進んで行く。
奥から少しの灯りと話し声が聞こえる。空間認識にもこの先に人が居る感覚が伝わって来る。11人だ、しかし、声がするのは男の声だけだ。
「うっるせぇなあ!こいつ何なんだよ!ぁあん?」
「貴様も声がデカいぞ・・コイツは・・此れでも子爵らしいぞ。ギルドで噂になって居たカザール子爵とやらだな・・・」
男達の話す声を聞きこの場の状況を把握して行く事にした。状況も解らずいきなり突っ込むのも愚策だろう。撫子には洞窟の入り口から外を警戒してもらう様に身振りで伝えると、撫子は俺の耳元で。
「・・・精霊達に此方へ来るものを教えてくれる様伝えてあります・・・」
と呟いた、俺はこくりと頷くと、洞窟内の声に聞き耳をたてる。どうやら、獣人達、そしてカザール子爵も捕まって居るらしい。此処で当たりだった様だ。
俺は今使って居る空間認識の精度を高めて行く。魔力を上乗せして立体をイメージする、今迄、立体的な地図の上にあった点に形が肉付けされて行く感覚。その点だった物は肉付けされ、人の形を成して行く、モノトーンの空間を見て居る様な感覚だ。
音の振動で何かを話して居るのも解る、内容までは理解出来ないが、今現在こうして近くで聞き耳を立てれて居るのだから、問題は無いだろう。
地図状を、空間認識・地図、立体を空間認識・立体と、詠唱を固定し直す。一旦魔法を切り、再度〝空間認識・立体〟を詠唱。
ボウっと、先程の光景が頭に浮かぶ、詠唱を作り魔法として固定化した分、先程よりも立体が細かく映し出される。
クズなセリフと共に男が動き出し、獣人であろう人型の頬を・・舐めたのか・・・?
自分の拳が硬く握られ爪が食い込む痛みを感じる。下衆が、と、自然と声が漏れてしまうが、奴らには聞こえては居ない様だ。少しホッとした、多分子爵が大声で怒鳴り声を上げたお陰だろう。
そろそろ俺の我慢も限界にきてるが。洗脳って言うのが気になるな・・・少しづつ何度も重ねがけして洗脳して行くのだろうか?さしずめ今の彼女らの状態は洗脳前におとなしくさせた状態だろうか・・・
「なるほどなぁ、んで、何時になったらヤレるんだよ?壊さなきゃ1匹はやって良いんだろ?オレは乳のでけぇこいつも良いが、その黒髪の奴がいいなあ!いつも白い髪のガキと一緒にいた奴だよな?」
考え事をして居た俺に 黒髪のと言う声が、其処だけ切り取った様に耳に残った。身体がカッと熱くなる感覚、俺は何も考えず歩き出し。洞窟の中が見える位置まで移動する。
男が歩み寄る先に虚空を見つめるサリュが居た。
「ーーーその汚い手でサリュに触れたら・・・・殺すぞ?ーー」
暴露る、暴露ないではもう無く、勝手に口から言葉が漏れて居た。
ぴたりと男が歩みを止め振り向く。他の2人もそうだ、視線が此方に集まる。その中に虚空を見つめて居た筈の視線が混ざる。
サリュだ、サリュがこっちを見て居る、唇を微かに震わせる。
「ーーわ・・ひ・・・? 」
「ぁあん?白髪のガキか?おーよく此処が解ったな?解ったところでお前じゃあどうにもなんねーけどな!」
「・・・洗脳の掛かりが悪いか?確かに黒獅子は中々掛かりが悪かったな、そういや」
サリュが俺を見て反応を返してくれた事に少し、安堵し冷静になるが、サリュをどうやって捕まえ此処へ連れ出し、魔石・・洗脳なる魔法を使ったのか考えると、腹の底からむかむかと怒りがこみ上げてくる。
その事を考えるだけで一杯で下品な男の声が余り頭に入らなかった。
「ん?あぁ、腐った声だからなんだろうな、耳に入って来なかった。お前に悪いと言う言葉も多分不釣り合いだろうが、悪いな、有り体に言えば聞いてなかった。」
「てっ、テメエッ!!」
男が怒声を上げ剣を抜き、そして此方へと近づいて来る。
俺は〝火弾〟を頭の中で詠唱し打ち出す。
パンッっと、乾いた空気の弾ける音と共に炎に包まれた弾丸が男の腿を貫く、脚の間の物を撃ち抜こうと思ったが、汚いもんを撒き散らされても困る。
さてと考える、初めての殺しを此処でするか、こいつらを犯罪奴隷へとするか。
だが、この世界の奴隷を縛る、アイテムや魔法がどの程度の強制力か解らない。
こいつらは一応、Aランクパーティの一員だ奴隷紋の強制力が弱ければ、後々困った事になりかねない。
「アアアあッ!!!ってぇええ!なんだこりゃああ!!!」
下品な男は剣を落としその場に倒れると、腿を両手で抑えうずくまる。何をされたか解らずに混乱して居る様だ。
「はあ、だからバカはきれえなんだよ、ガキだと思って舐めてこのザマだ。おい!カルミス!魔法で援護しろ。」
まだマトモそうな、イヤこんな事をしでかす時点でマトモとは言い難いが、そいつも剣を持つと後ろに居る男に話し掛ける、フードを目深く被ったカルミスと呼ばれる男は返事をしなかった。
男は返事の代わりに小さな魔石を取り出すとボソボソと呟く、パリンと音を立て、魔石にヒビが入ると、男が言う。
「この愚かなパーティも・・・中々楽しめた・・・短い間だが世話になったな・・・俺は逃げるが、貴様らも・・あーまあ無理かもな・・じゃあな・・・」
「おい。そう簡単に逃す訳っ!」
男の身体がブレたかと思うと、横を風が通る。目で追えない速さだ、逃してしまった。と思った、追いもしないうちからそう思う程の速さだった。
其れにだ、この状況で追えるものでも無いだろう。サリュや他の獣人達を置いて追う事は出来ない。
「クッソ!あのヤロウ!逃げやがったっ!」
目の前の剣士だろうか、そう言う風体の男は歯軋りをし此方に剣を向け距離を取る。
すると、俺の後ろから撫子がやって来て俺に申し訳なさそうな顔をする。
「兄様、1人逃してしまいました。申し訳ありません。後、此の森に入って来た者が居ると精霊が言っています」
「そうか、まあそうだろうな、そろそろ来ると思ってたよ。逃げた奴はしょうがない。アレは俺も多分無理だ。それより撫子はサリュと獣人達を頼む。あそこに居るカザール卿の轡と拘束も外して、彼と護衛達に回復魔法をかけてくれ」
「解りました」
小声で撫子とやり取りをする。撫子は俺と剣士の横を迅歩を使い通り過ぎサリュの元へ、撫子は此方をジッと見つめ小さな声を漏らし続けるサリュに手を当て治癒魔法を掛けるがサリュの目は虚ろなままだ。撫子はサリュを抱え、カザール卿の元へと移動し俺が頼んだ事をこなす。
カザール子爵を回復させるのは、彼に此の場の証人になって貰う為だ。
「ちっ!デュアリスも来てたか。此の計画も此処で終わりかあ?しくじったな」
剣士が呟く、その間痛みにも慣れたのかその辺りを転がって居た、下品な男。いや、この際クズと呼ぼう、クズが片手で脚を抑え立ち上がる。
「チキショォォオオ!クソガキがああ!」
「ツバを飛ばすなよ、もう少し黙ってろ」
俺はもう一度、クズの動く方の脚に火弾を打ち込む。
「 ギッ!アアアアア!!痛ぇえええ!!!」
剣士がクズを見下ろす、その瞬間俺は地を蹴り、クズの転がる脇を通りサリュや撫子の元へと移動する。剣士は苦み走った顔をし、此方へと体勢を直す。
丁度、カザール子爵を見ると意識も戻った所の様だ、俺を一度見た後サリュに視線を動かし、また俺に視線を戻す。
「き、君は確かラルンド卿の所に居た。そうか、彼女を助けに来たのだな?し、しかし彼らはかなりの実力者だ、我が護衛もこの有様だ。」
「いえ、大丈夫ですよ?其れよりも、此処までしたコイツらは、卿を捕縛しこの後、そのまま殺すつもりだったのでしょう。コイツらを、処理したとして、罪に問われる事は有りますか?」
「いや、罪に問われる事は無い。貴族である私に筋の通る理由なく此処までやったのだ死刑か、良くても犯罪奴隷行きだ。其れにこの場の場合、完全に正当防衛だろう。」
成る程、どうなっても大丈夫と言う事だ。剣士は剣を構えたまま動かない。動こうにも手当等の終わった撫子が、弓を引き絞り剣士に向かって構えて居るからだ。
「兄様、如何致しますか?」
「まあ、コイツ等は、たいした脅威でも無い。もう1人が来るのでも待つ事にしよう。」
先ほどカザール子爵と話して居る間、解析眼を2人にかけた。俺の身体値の4分の1程度の身体値だった。目の前の剣士がコリンズ、うずくまり大人しくなったクズはボルズ、名はボルズだったが、コイツはそのままクズと呼ぶ事にした。
俺がまだ何もしない理由は、コイツ等にもう1人が来てから何とかなると、期待させ。そして突き落としてやりたいのだ。俺は空間認識・地図を発動させる。丁度、待ちに待った男が洞窟に入って来る所だった。
「よく来たよラッチェス!逃げるかと思って居たのに!」
俺はワザとらしく、今までと同じ態度でラッチェスに話しかける。剣士はラッチェスを見てしめたと、顔を綻ばせた。その相手ラッチェスは、眉間に皺を寄せ少し考えた後辺りを見渡し諦めた様な顔をした。大方、誤魔化す事でも考えたんだろう、しかし諦めたと。
「ああ、お前ら早かったな、まさか俺よりも早く此処に居るとは思わなかった、しかも何故此処だと解った?」
「俺もな、今日サリュを狩りに誘ったんだ。でも『1人になりたい』って断られてさ。其れで、ラッチェスに誘われて狩りに行くのもおかしいんじゃ無いかってな。自惚れる訳じゃ無いけどさ。しかし、どうやって誘ったんだ?因みに此処に早く着いた理由は秘密だよ。ラッチェスだって秘密多いだろう?」
「ちっ、サリュがなぁ、落ちただろ?試験、それでなあ。Aランカーの俺と狩りをすれば、参考になるだろう。と誘ったんだよ。」
友達と話す様にラッチェスと俺は話す。成る程、サリュの悩みを利用した訳だ。まあ、其れにホイホイ着いて行くサリュも自衛が足りないと言えばそうだが。余計に腹が立って来たが、顔には出さない様に気を付けよう。後、気になる事と言えば・・・
「あー後、最後に、どうやってサリュを此処に連れて来て拘束した?簡単に拘束出来る相手じゃあないと思うんだけどな?」
「ああ、森でオークを瞬殺するのを見てコイツァ、無理だなと思ったなぁ。だから飲み物に、睡眠薬を盛ったのさぁ。いやあ良く効く薬だった、ありがとよぉ、ナデシコ殿ぉ。アンタが患者様に作った薬は良く聞いたぜぇ!役に立ったアンタも奴隷として売ってやるからなぁ!その前に何回かは楽しませて貰うとするがなぁ!」
ラッチェスは、ニヤニヤと酷薄な笑みを浮かべる、こいつは撫子が病人が、苦しむ事なく休める様に用意した睡眠薬を、こんな事の為に使ったのだ、そう病人の為にと用意した薬をだ!
「楽しそうだなラッチェス。俺はさ、取り敢えずお前が来るまでお前等の事殺すか、捕まえて犯罪奴隷へとするか迷ってたんだよ。」
「ほお?そうか、7歳のガキが大きく出たなぁ・・・其れで?俺達をどうするって?」
ギャハハと笑うラッチェス、ラッチェスが来た事で余裕が出来たのかニヤつき始めたコリンズを一瞥する。
「お前達には死んで貰う事にしたよ。其れがお似合いだと、今解った。」