0‐1 日常と落第の危機
「えー、なので藤原道長は……」
つまらねぇ授業。日本史なんて覚えてどうするんだよ……。
あ、俺熊坂斗真。今絶賛居眠り中……居眠りというか、ウッツラウッツラしてるだけなんだけどね。
どうも日本史って眠たく……
「熊坂、藤原道長が言った有名な言葉はなんだ?」
「はひっ!?」
いきなり名前を呼ばれ、俺はビックリして変な声をあげてしまった。
黒板の前には、ニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを浮かべた日本史教師の新田先生が俺のことを見ている。
クソッ!!あの野郎俺が眠りかけてるの知っててわざと当ててきたな?
「す、すいません……わかりません……」
「ったく!!居眠りぶっこいてるからだぞ?熊坂……このあと社会科教員室に来い」
ヒィィィッ!?絶対説教と山のような課題が俺を待っているんだ……。
よし!!ここはバックレ……
「あ、来なかったら単位やらないからな?」
……なんてことだ。八方塞がりじゃないか……。
「……ふしゅう……」
「またかよ斗真……今学期これで3回目だぞ?いい加減真面目にやらないと本当に単位落とすぞ?」
俺が机の上で脱力していると、隣の席に座っている俺の幼馴染みの栗原健太郎が、呆れた表情で言った。
ふんっ、いつも日本史100点取ってるような奴になんて俺の気持ちなんぞ分からねぇだろうよ……。
「うるさい……健太郎と違って俺は日本史が嫌いなんだよ。こんなんの何が楽しいんだか……」
「なっ!?お前日本史ほど楽しいものはないだろ!?」
ほらまた始まった。健太郎の日本史への異常なまでの情熱トーク。
こいつこれが始まると止まらねぇんだよな。
「日本史はな、先人達の……「お、時間だな。よし、今日はこれまでだ」
健太郎の熱弁が始まろうとした丁度その時、新田先生によって授業の終わりを告げられた。
グッドタイミング。こいつのクソ長い話を聞かずに済むぜ。
「俺は過去に捕らわれない男なんだよ!!じゃ、社会科教員室行くからこれで~」
「あっ!!おい待てよ!!話はまだ終わってないぞ!!」
健太郎が後ろでまだ何か喚き散らしているのを無視し、俺は社会科教員室へと向かった。
……
「熊坂……またお前か……」
社会科教員室へノックして入った俺を迎えたのは、いつも社会科教員室にいる西田先生。
今学期3回目の訪問となった俺に少し呆れているご様子。
だが俺は気にしないっ!!
「しっかり勉強しないと留年するぞ?ははは」
いや先生、全く笑えないんだけど。
「わかってますって!!他人事だと思って笑わないで下さいよ!!」
「おい熊坂!!西田先生と世話話してないでさっさとこっちに来い!!」
西田先生と話していると、部屋の奥からイラついた表情で俺を睨む新田先生がいた。
怖っ!?早く行こう!!
俺は西田先生に挨拶して新田先生の元へと急いだ。
……
「ふぃ~……いつもより説教長かったな……しかもこの課題の量、俺のこと目の敵にしてるとしか思えねぇよ」
俺は両手に抱えたプリントの山を見て盛大に溜め息をついた。
教室に戻り扉を開けると、そこにはまだ健太郎の姿があった。
俺が帰ってきたのに気付いた健太郎は、持っているプリントの山を見て呆れている。
「今回は結構な量出してきたな……新田先生……」
「だろ……?助けて健太郎きゅん」
何が健太郎きゅんだと吐き捨てて近付いて来るなり、俺の持つプリントの山を見て「これならすぐ終わるな」と言ってすぐに興味を失ったようだ。
これが……すぐ終わる……だと?
「何だよその目は?だって見ろよ……1学期にやった内容ばっかだし、おまけに穴埋め式の問題じゃん。これなら1時間ちょっとで終わるだろ?頑張れ」
この量が1時間で?お前と違って歴史苦手なんだよ。
それに1学期にやった内容なんて覚えてるわけないだろ。
「化けもんかお前は!?」
「おい……そりゃどういう意味だ斗真?」
笑顔をひきつらせて額に青筋を浮かべた健太郎。いや、まんまそのままの意味だが?
「え?そのまんまだぞ?こんな量すぐに終わらせられる健太郎は化けも……ぶはっ!!」
言い終わる前に殴られた……顔面をな。
「次はないぞ斗真」
「はひ……ずびばぜん……」
拳から煙をあげている健太郎に恐怖を感じ、俺は素直に謝った。
なんか最近力で捩じ伏せるようになってきたな……健太郎きゅん恐いよ。
「はぁ……じゃ、俺部活行くから」
「ちょっ!?待てよ!!」
無様に鼻血をダラダラと垂らす俺に、なんだようっとおしい……と言わんばかりの不機嫌そうな顔した健太郎は、嫌々俺の方を振り向いた。
なんという酷い扱い。
「まだなんかあんのか?」
「お願い助けて健太郎きゅん!!」
「健太郎きゅんじゃないっての。たまには自分でやれ」
そうきっぱりと言った健太郎は、荷物を持って颯爽と教室から出ていった。
残ったのは血の滲んだティッシュで鼻を押さえ、間抜けな顔した俺だけ。
……帰ろ。
俺は机の横にかかった鞄を持ち、重い足取りで教室を出た。
読みかけの同人誌読んでからやるか……待ってろよ!!俺の嫁達よ!!
グフフ、と笑いながら歩く俺をすれ違う生徒がまるでごみを見るような目で見ていたことに、俺は全く気がつかなかった。