第7話 人知れず儚く散るは
※この話は第三者視点です。
イズルが異世界に来て二週間が経ったある日の出来事。
イズルは未だに無人島から出てはいなかった。
今日もいつものようにカエデ形態の九十九と戦闘訓練をしているイズル。
九十九の手にはミラージュブレイカーが握られている。
豪雨のように襲いくるイズルの太刀を必死に受け流す九十九。
「ほらほら、スキだらけだぞ」
「は、はい!」
イズルは雨のような斬撃を九十九に浴びせながら、隙ができる毎にその場所を攻めていく。
九十九はそんな数々の斬撃を弾いたり、時には受け流したりと必死に対抗しているが、イズルはまだまだ余裕があるのに対し、九十九は防ぐのに手一杯といった様子だ。
それはスキル構成がそうさせている事もあるが、大きな要因は彼我の技術力の差と戦闘経験の貧富の差にあるだろう。
イズルは攻撃するのをやめ、刀を納刀する。
「今朝はこの辺にして、朝食にしようか」
「畏まりました」
イズルの提案に返事を返す九十九は、先ほどまで必死で攻撃を避けていたにも関わらず、その息は一切乱れていない。
それは偏に九十九がトランスライムだからである。
スライムは基本として食事を行わない。食事という食事は、空気中に漂う魔素と呼ばれる魔力の素となるモノを体内に取り込むことを食事としている。そして取り込んだ魔素は体内に蓄えておけるのだ。
そのためスライムは睡眠を必要としないのはおろか、疲労をすることすらない。
そんなスライムだからこそ、九十九は人間の形をしていても疲労することはないのだ。
イズルは水浴びをしてから、朝食を作り始めるのだった。
▽
「今日は火山の裏側まで行ってみるか」
イズルはワイバーン形態の九十九に乗り、そう言いながら眼下を見下ろす。
この二週間、イズルがやった事と言えば、九十九に稽古をつける事と周辺の捜索である。
九十九に稽古をつけたのは、近接戦闘をしたことがない九十九に武術を教えるためだ。
九十九は今まで死体などを吸収して、周りと擬態することによって生き延びてきたらしく、そもそもが戦闘経験が皆無だったのだ。
そして、周辺の捜索は九十九に十分な戦闘力が着くまでの間、食料の調達と目ぼしいスキルを持った魔物がいないか探すためであった。
イズルはこの無人島を出て行こうとすれば、いつでもワイバーン形態の九十九に乗って脱出出来るところを、わざわざ延期していたのだ。
そんなイズルがこれから向かう場所は初めて行く場所だ。
それはイズルが拠点としている洞窟から火山を挟んだ反対側の場所だ。
そこにはあの体高五十メートルは余裕であるであろう恐竜が存在する。
イズルはその恐竜の魔物からだいぶ離れた位置に着地した。
▽
カエデ形態になった九十九を伴って森の中を歩くイズル。
ここら辺に生えている植物は拠点に生えている植物に比べて大きい。
イズルはそれらの植物を観察してみると魔物であることが分かった。
どの魔物も種族固有スキルに《溶解液》、《急速成長》、《誘惑》といったスキルを持っていた。その体にはどの魔物も毒性のある果実を実らせていて、食用になるようなモノをつけた魔物は存在しなかった。
反対側にいた、ガイルトレントなども見当たらず、動物の魔物も特に見当たらない。
そんな中をイズルは歩いていると、一際大きい幹の樹があるのが遠目に見えた。
イズルはその場所を目指して歩き出したのだった。
▽
イズルは途中に出てきた小さなトカゲの魔物から、《気配遮断》レベル4を奪いながらも、着実に歩みを進め、そしてとうとう目標の樹に辿り着いていた。
その樹は直径三メートルはあろうかという大きさで、周囲の樹とは隔絶した高さを誇っていた。根元の部分には、大きな樹洞があり、暗くて中の様子を伺うことができない。
「なんか変な匂いがするな」
「鼻が曲がりそうです」
イズルは何と無くといった様子だが、九十九は耐えられないといった様子でそう言う。
「そんなにか?」
「はい。あの樹からとても不快な匂いが発せられています」
九十九はイズルの質問に、目の前の樹を指差しながら答える。
「この樹からか……」
イズルはそう呟くとその樹に《鑑定》をかけてみる。
「なっ!?」
鑑定結果には、セーフティトレントと出ていた。要するにこの樹は魔物だ。
スキルには、《悪臭発生》レベル5というスキルを持っているだけだった。
イズルは魔物であるのにここまで近くに寄っても攻撃される気配すらないことに違和感を覚えた。
周りを見渡すと、セーフティトレントの周りには、魔物や動物、植物の魔物さえいない。
「魔物の嫌がる匂いを発しているのか?」
「そのようですね」
イズルの呟きに、九十九が鼻をつまんだ鼻声で同意する。
イズルはその声を聞くと、恐る恐る樹洞の中を覗く。
「人……? 誰かいるのか?」
イズルが中を覗くと暗い中にもはっきりと人の足が見えたため、そう呼びかけたが、返事はいつまで経ってもない。
イズルは《光魔法》を用いて、中を照らしてみる。
「っ!?」
そしてイズルが見たモノは、樹洞の壁に背を預け横たわる老紳士の死体だった。
死体はミイラ化が進んでおり、死後かなりの時間が経っていることが分かった。
その死体は真新しい執事服に身を包んでおり、その傍らには一本の黄金に輝く長槍と見覚えのある麻袋が転がっていた。
「転移者の死体なのか?」
イズルはそう呟きながら、周囲を見渡すと樹洞の壁に日本語で何かが書かれていることに気付いた。
イズルはそれを無言で読む。
『──今日でこの世界に来てから七日 この場所に来てから五日がたった あの恐竜がいる限り 俺がここから出ることは叶わないだろう
ここに来てから何も食べてない 救援が来るまで待とうとここまで頑張ってきたけど そろそろ限界かもしれない
もうダメだ 食料を探そうと思ったけど またアイツが追ってきた! ほんとなんなんだ!
もう限界かもしれない だけど 俺のせいで巻き込んでしまった妹が心配だ 無事だといいけど
ほんとにげんかいだ 体がうごかない こんなことならいじでもココからでるんだった
おれのなまえは 冷泉 聡太
これをみたヤツは妹に すまない と伝えてくれ
なにもするきがおきない、すこしねむろう──』
それはイズルの目の前にある死体の遺書だった。
書かれている文字は最後の方になるほど読みづらくなっていた。
書かれていた文字はそこで途切れている。おそらくそのまま死んだのだろう。
「餓死、か……」
イズルはそう呟くと、冷泉聡太の死体に黙祷を捧げた。
「お前のことはしっかりと妹さんに伝えよう。そしてお前の死は無駄にしない」
イズルは転がっている長槍と麻袋を《無限収納》に仕舞うと、《光魔法》でミイラ化していた身体を治し、九十九に吸収させた。
九十九はすぐに老紳士の執事の姿に変身する。
イズルはそれを確認すると、九十九を鑑定する。
スキルは、転移者にはお馴染みのレベル最大の《鑑定》と《技能隠蔽》があり、そして《忠勇無双》というレベルの存在しないスキルと《気配遮断》レベル5、《気配遮断》の上位スキルと思われる《隠密》レベル1、さらに《闇魔法》レベル1を持っていた。
「チッ、トカゲから《気配遮断》を奪わなければよかった」
イズルはそう悪態をつくと《忠勇無双》だけを《略奪》スキルで奪い、樹洞から出た。
最後に樹洞の中に向けてお辞儀をすると、イズルは九十九に声をかける。
「どうだ、その姿は?」
「はい。スキルがあるからか、体が軽く感じます」
九十九はイズルの質問に、見た目通りのダンディな声で答える。
「そうか、それならそろそろ拠点に戻ろうか」
イズルは太陽の位置を確認してから、帰ろうと九十九にそう声をかける。
そして、拠点へ戻ろうとしたところでソイツは現れた。