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第6話 知らぬが仏

※この話は第三者視点となります。


 イズルは湿った生暖かいものが顔に当たる感触を覚えて目を覚ます。


 その感触の正体を辿るとダークパンサー形態になった九十九がいた。

 どうやら九十九が顔を舐めていたらしい、と理解するイズル。


 朦朧とする意識の中で、眠る前の事を思い出す。



「そうらっ!」



 そうだ、と言おうとしたイズルだったが、上手く呂律が回らないのか不完全な言葉となる。


 その事実を確認すると、上手く働かない頭を必死に動かし、《光魔法》で自分を解毒する。


 すっかり元通りになった身体で立ち上がる。



「あの野郎、毒を盛りやがったな」



 カエデに渡されたジュースには、睡眠毒と麻痺毒、そして意識障害の毒が入っていた。

 その事実を改めて認識したイズルは、空を仰ぎ日の高さを確認する。


 日の高さはイズルが意識を失う前より、だいぶ日が傾いており、かなりの時間が経過していることを示していた。


 イズルは急いでカエデを追いかけようとしたが、妙な違和感を覚えて、左腰を見る。



「あのクソ野郎、ブチ殺す」



 イズルの腰には、そこにあるはずの刀──不壊之刀が存在していなかった。おまけにアイテム袋も消えている。



 改めて追いかけようと周囲を見渡すと、そこにはかなりの数の魔物の死体が転がっていた。

 そして、ブラックパンサー形態の九十九の口周りや手などには、赤黒い血が付いている。



「お前が守ってくれてたのか、ありがとな」



 イズルが意識を失っていた間、襲ってくる魔物を九十九が一人で、いや一匹で守っていてくれたのだ。


 イズルは九十九の頭を撫でながら、労をねぎらうとともに感謝の気持ちを伝えた。



「よし、アイツを殺しにいくぞ」



 イズルはそう言うと、ワイバーン形態になった九十九に乗り、カエデを追いかけに向かった。







「クソッ! 何処まで逃げやがったっ!」



 イズルはワイバーン形態の九十九に乗り、空からカエデを捜していたが、一向に見つからない。

 太陽も水平線の位置まで傾き、辺りは暗くなり始めていた。



 火山の方には火龍がいるので、そちらの方にはあまり近付かずに捜索を続けていたが、カエデを見つける手掛かりはない。



 周囲が暗くなり始めた頃、拠点から三十キロ近く離れた場所の森が大きく揺れた。



「あそこかっ!」



 やっとそれらしい手掛かりを見つけたイズルは、九十九をその場所に向かわせたのだった。







 イズルがその場所に向かうと一頭の巨大な牛──ヘビーボアが暴れていた。

 しかし、その周りにはそのヘビーボアの敵になるような者はいない。


 イズルはとりあえず、ヘビーボアを風の刃でサクッと仕留めると、その場所に九十九を着地させた。

 九十九はダークパンサー形態になり、イズルは《気配察知》を使い、周辺を探る。


 すると、左斜め前の木の上に反応があった。

 その場所に向けて風の刃を連射する。



 すると木が粉々に切り刻まれ、ボトボトと地面に落ちていくのと一緒にミラージュブレイカーを持ったカエデが落ちてきた。



「ようやく見つけたぞ、アバズレ」



 カエデはイズルの言葉に自分の上に乗っている木片をどかしながら答える。



「なんでテメェが生きてやがる……」


「口調が変わってるぞ、アバズレ。それはなぁ、お前が殺すのにビビって、わざわざ魔物に殺させようとしたからだよ」



 イズルは額に青筋を浮かべながらそう答えた。



「フンッ! テメェを殺すのにオレの手を汚す必要がなかっただけだよ」


「魔物に手引きして殺させようとしたら、お前が殺したも同然じゃねぇか。バカなのか? アホなのか? ああ、バカでアホでグズだから、今こんな状況になってる訳か。これは傑作だな」



 イズルは怒りを吐き散らすようにカエデを罵倒する。



「毒盛られて騙されたヤツがよく言うな」


「ああ、ほんとバカだったよ。お前みたいなクソビッチのことをほんの少しでも信用した俺がな。だから、お前はここで俺に殺される」


「殺す? ハッ! 武器も持たねぇテメェに何が出来るってぇんだ」



 イズルはカエデのその言葉を聞くと、カエデの首を狙い、風の刃を飛ばす。


 だが、それは簡単に避けられてしまった。



「テメェの攻撃なんて見え見えなんだよ」



 カエデのその言葉聞くと、イズルはファイアーストームを放とうとするが、カエデはミラージュブレイカーを使い、姿を眩ました。



「ちっ、《先見眼》か」


「テメェじゃオレには勝てねぇよ」



 その言葉と共にイズルの背後から、見えないカエデが剣を振るう。


 イズルはそれにいくつものフェイントを入れてから避けた。



「テメェ何をした」


「《先見眼》。数瞬先の未来が見えるんだろう? その未来の可能性を増やしただけだ。武術家同士の戦闘では良くやるフェイントをやったんだけど、お前にはまだ早かったか?」



 イズルがやった事は実に簡単で、それでいて難しい。

 イズルがやったのは、いくつものフェイントを入れ、数瞬先の見えるカエデに多くの未来の可能性を見せただけだ。そうする事でカエデはどれが実際に起こることか分からなくなる。

 説明するのは簡単だが、普通の人間がおいそれと出来る技ではない。



「一回避けたくらいで調子に乗るなよっ」



 カエデはそう言いながら、再びイズルに襲い掛かるが結果は先ほどと一緒だ。



「何故オレが攻撃するタイミングが分かる!」


「お前ソレで隠れているつもりか? 足音はするし、草は動くし、気配すら隠していない。俺はかくれんぼをやりに来た訳じゃないんだぞ」



 イズルは姿の見えないカエデを《気配察知》によって、ある程度の位置を把握し、それを元に足音や動く度に鳴る衣服の擦れる音、踏み潰される草などで正確な位置を割り出していた。



「少し上手くいったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ! そのいけ好かねぇツラをグチャグチャにしてやるッ!」



 そう言うとまた懲りずにイズルに襲いかかるカエデ。

 イズルは攻撃パターンが分かってきた所でそろそろ反撃しようか、と考えていた次の瞬間驚くべき事が起こった。


 迫り来る刃の気配を感じ、避けようとしたイズルだったが、急に身体が金縛りにあったかのように動かなくなった。

 しかし、迫る剣の気配は止まらない。


 焦るイズルだが、気配のする方へ風の刃を飛ばして対処した。



「ぐっぐがぁぁああああ!」



 イズルの放った風の刃はカエデの右腕を切り落とし、それと同時にカエデの姿が露わになった。


 そうした所でようやく金縛りから解放されるイズル。



「なんだ今の……」


「腕がぁぁああ! オレの腕がぁああ!」



 不思議に思うイズルだったが、それはカエデの悲痛な叫び声によって遮られる。


 カエデは肘から先が無い右腕を掴みながら、蹲っている。


 イズルは切り落とされたカエデの右手から、ミラージュブレーカーの片振りを拾い、カエデの様子を観察する。



「フゥー! フゥー!」



 カエデは自身を落ち着けるように浅い呼吸を吐き続けている。



「自業自得だな。誰かさんでは無いが、剣は殺られる覚悟のあるヤツだけが剣を抜くことが許される。その覚悟の無かったお前にはお似合いの最期だな」



 イズルが嘲笑するようにそう吐き捨てると、カエデはイズルを睨みつけるように見つめた後、最後の足掻きなのか、もう片振りのミラージュブレイカーを投げつけた。


 イズルはソレを手に持つミラージュブレイカーで弾こうとした所、イズルを睨めつけるカエデの左眼が光を帯びるとともに、またも金縛りにあったかのように身体の自由が効かなくなる。


 二度目の為、イズルは落ち着いて風の刃でそれを弾いた。



「クソッ!」



 最後の攻撃が防がれたからか、カエデは苛立ちの声を上げる。



「なるほど。魔眼は一つだけじゃなかったのか。銀色の左眼は《静止眼》といったところか?」


「だからどうした! ご自慢のスキルの知識を活かして名探偵ごっこのつもりか!?」



 図星を突かれたからか、カエデは更に苛立ち、声を荒げる。



「いや、そんなつもりはないさ。ただの事実確認と……強力なスキルも使い手によっては何の価値も無くなるんだな、とあの金髪の言ってた事を思い出しただけだ」



 イズルはこの世界に飛ばされる前の白い空間に出てきた金髪の言葉を思い出しながらそう言った。



「クソッ! クソッ! クソォウッ!! 全部アイツのせいだ! 俺はこんな世界望んでなんかいない! ゲームと実際にやるのとじゃ、全然話が違う!」



 カエデはイズルの言葉に同じ場面を思い出したのか、悪態をつき始める。


 イズルには、そんな光景が何処か既視感の覚える光景に思えた。



「そうか! お前あの時騒いでたデブのおっさんか!」


「そうだよ! 悪りぃか!?」



 イズルはあの白い空間で異世界に飛ばされると聞かされた時に最初に喚いていた太ったおっさんのことを思い出した。

 それがどこかカエデと重なって見えたイズルは、まさかとは思ったが、本当に同一人物だったことに驚きを隠せないでいた。



「って、お前ネカマじゃねぇか! ふざけんな、気持ち悪い!」


「テメェが勝手に騙されたんだろうが! 騙される方が悪りぃんだ!」


「騙す気満々だっただろお前。何が白崎楓だボケ」



 ネカマに騙されてしてやられたことに、イズルは怒るととも落ち込み、自己嫌悪したりと色々な感情が()()ぜになった表情で、カエデを罵倒する。



「もういいだろう。早く止血を手伝ってくれ」



 カエデは失った右腕を抑えながら、血色の薄い青白い顔をしてそう言った。



「は? 止血を? 手伝う? 俺が?」



 それに対しイズルは何を言っているのか分からないと言った表情で聞き返す。



「そうだよ! 早くしろ、意識が朦朧としてきた」


「何故、敵に情けをかけなければいけない。何故、自ら裏切ったヤツの手助けをしなければいけない。何故、恩を仇で返すようなヤツの言うことを聞かなければならない」



 イズルは先ほど話していた時とは、別種の怒りが篭ったような表情でそう言う。



「悪かった。裏切った事は謝るから早くしてくれ」



 カエデは更に幾分か青くなった表情で急かすように言う。



「殺していいのは殺される覚悟のあるヤツだけだ。(ひざまず)け、(こうべ)を垂れろ」


「分かった、謝る。この通りだ」



 カエデはイズルの言う通りに土下座をして、額を地面に擦り付けている。


 イズルはそんなカエデの頬にそっと手を添える。



「いただきます」



 イズルはそう呟くと、現在把握しているカエデのスキルである、《無限収納》と《先見眼》、そして《静止眼》を《略奪》スキルで奪った。


 その瞬間、イズルの右眼は金色へと色を変え、左眼は銀色へと変化した。



「もういいだろ?」


「ああ、もういいよ」



 カエデが頭を上げこちらを向き、その顔を驚愕の色に染めると同時に、イズルは《無限収納》から取り出した不壊之刀でカエデの首を斬り落としたのだった。







「ふぅー。今回のことは良い教訓となったな。見た目に騙されるな。直ぐに信用するな。疑ってかかれ。そして、転移者は要注意」



 空を仰ぎ見ながら、今回のことで学んだことを心に刻みつけるように呟くイズルに、ダークパンサー形態の九十九が近寄ってきた。



「今回はお前に感謝しなきゃな。そうだ、コイツを吸収させよう」



 今回の功労者である九十九に感謝の言葉を告げるとともに、目の前に転がるカエデの死体の修繕を行う。


 見事に元通りとなったカエデの死体を吸収していく九十九。


 吸収し終わった九十九は早速カエデ形態に変身する。



「んー、なんかその顔見てるとイラつくな」



 騙されて殺されそうになった相手だ、イズルがそう思うのも無理は無いだろう。



すミマせン(すみません)マすた(マスター)


「っ!?」



 イズルの何気ない呟きに、カエデ形態の九十九が返事を返したことに驚くイズル。



「お前喋れるのか?」


はイ(はい)ナレるまデ(なれるまで)じかン(じかん)がかかル(がかかる)トオもイ(とおもい)マす(ます)()



 九十九は人間を吸収したことによって、声帯と知識、そして知能を得た。そのため、人間の言葉を理解でき、人間と同様に考えて動くことが出来るようになったのだ。


 そんな九十九に感心しながらも、イズルは《鑑定》をかけて見ることにした。


 しかし《鑑定》が通らない。



「九十九、《技能隠蔽》スキルを解いてくれないか?」


こウデすか(こうですか)?」



 転移者のスキル構成に思い当たったイズルは、九十九にスキルを解くようにお願いすると、鑑定結果を見ることが出来るようになっていた。


 名前の部分は九十九となっており、元の名前が何であったのか分からないが、知りたくもないイズルは気にすることなく、スキルを見てみる。


 所有スキルは、《鑑定》と《技能隠蔽》のレベル5に加えて、《魔力強化》レベル5があるだけで、他にスキルは存在していなかった。



「魔法スキルを持ってないのに、《魔力強化》ってやはりアホなのか、後から取得する腹積もりだったのか」



 イズルはそう嘆くように言いながら、頭を振る。そこで思い付いたことが出来たイズルはその思い付いた事を実行してみる。



「おお! 出来た!」



 イズルのスキルには新たに《魔力強化》レベル5が存在している。

 そう、スキルを奪ったのだ。

 死体であるカエデを吸収した九十九が変身し、元々カエデの持っていたスキルを奪えたのだ。

 つまり、これは死体であろうと無かろうと、九十九が吸収出来さえすれば、スキルを奪えるということだ。


 その事に気付いたイズルは歓喜した。



「ありがとう、九十九。お前がいてくれて助かったよ」


イえ(いえ)オやくニた(おやくにた)テテウれシイデす(ててうれしいです)



 改めて九十九にお礼の言葉を言ったイズルは、九十九と共に拠点へと戻るのだった。



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