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第5話 月桂樹の花

※この話は第三者視点となります。




 東の空が明るく色付き始め、夜が明けることを知らせるような時間。

 そもそも、この世界に方位という概念があるのかすら分からないが、確実に夜明けが近付いていることを知らせている。


 奇妙な鳥の鳴き声が森の中に響き、遠くの方からは何かの咆哮が聞こえてくる中、イズルは目を覚ました。


 洞窟の中は焚き火の火は消えており、小さな煙を上げているだけだ。

 その焚き火を挟んだイズルの反対側には、大の字になって眠るカエデがいる。


 昨夜は食事を終えると二人ともそのまま眠りついた。

 交代で見張りを立てようかと考えたイズルだったが、こんな隠れた洞窟に来る魔物がいるとは思わないし、いざとなれば《気配察知》スキルで気付くだろうと、思い直し見張りを立てずに眠ることにした。


 そんな感じで異世界生活初日を終えたイズルは、その翌日である今日、寝坊するでもなくいつも通り朝早く起きたのだった。


 起き上がったイズルは眠っているカエデを確認すると、刀を手に洞窟から外に出た。







 イズルは先ず、昨日待機させてそのままだったトランスライムの様子を見に行くことにした。


 崖の上に行くとエミューモアに変身したトランスライムがイズルに歩み寄って来た。



「悪いな、置き去りのままにしちゃって」



 そんなトランスライムの様子を見て、罪悪感が湧いたイズルは、首筋を撫でながらそう謝った。


 トランスライムはその撫でる手に擦り付けるように身を捩らせる事によって返事をした。



「そう言えばお前の名前を決めて無かったな」



 トランスライムに名前を付けていなかった事に気付いたイズルは、トランスライムに付ける名前を考え始める。



「んー……そうだなぁ、九十九(つくも)。九十九と言うのはどうだ?」



 イズルの命名にトランスライムは、エミューモアの姿のまま、エミューモアの鳴き声でそれに応えた。



「それじゃあ、これからお前の名前は九十九だ。よろしくな」



 イズルのその言葉にトランスライムは、一際甲高く鳴き声を上げて応えるのだった。







「ふぅー、さっぱりしたけど、やっぱり石鹸で洗いたいな」



 トランスライム──九十九を再び崖の上で待機させたイズルは、滝の下の下流で水浴びを終え、そんな呟きを零す。


 この世界に来た時に貰った、何かのコスプレ衣装のような軍服モドキを着込む。


 いつもやっている朝稽古をしようと思っていたイズルだが、魔物との戦闘に備えて体力を温存していく為、準備運動をするだけに抑えて置いている。



「おーい、イズルさーん」



 着替え終えて、だいぶ日が昇り始めた頃、洞窟のある方向からカエデの声がイズルの耳に聞こえてきた。


 どうやらカエデが起きたらしい。

 しかし、カエデは身体強化系のスキルを持っていないらしく、自分で降りる事ができず、洞窟へ入る時もイズルに背負って貰っていた。そのため、イズルを呼んだらしい。



 イズルはカエデを洞窟まで迎えに行き、背負って下まで降ろしてあげた。

 その時にカエデの巨乳がイズルの背中に押し潰され、その感触を楽しんだ事は誰にも攻める事は出来ないだろう。



「いやー、申し訳ないです」



 イズルの背中から降りたカエデは、伸びをしながら、迷惑を掛けた事を謝った。



「いや、問題ないよ。それより朝食にしようか」


「そうですね」



 そう言葉を交わし合うと、二人は朝食の準備に取り掛かった。







 朝食の準備を終えた二人は、昨晩と同じ献立の物を食べる。


 場所は洞窟の中では無く、滝壺の近くだ。

 それは洞窟まで戻るのが面倒くさいという理由では無く、イズルの精神衛生上の問題だということは、言う必要の無いことだろう。



「やっぱり、もう少し塩っけが欲しいですね」


「川の下流に海が見えたから、そこに行けば塩にありつけるだろうね」



 二人は素朴な食事に不満を言い合いながら、これからの予定を話し合う。



「海があるんですか」


「ああ。結構歩く事になると思うけど、そんな遠い距離じゃないと思うよ」



 イズルは崖の上から見えた景色を思い出しながら、海への道を教える。



「それなら、塩を確保したい所ですけど、それよりも早く街へ行きたいものですね」


「川の上流に火山が見えたから、街は行くにはもう少しかかりそうだね」


「火山ですか。山越えをするのはキツそうですし、迂回するしか無さそうですね」



 カエデはイズルの言葉を聞いて、火山の迂回を示唆する。



「そうだね。一日やそこらじゃ街に着きそうにないし、また何回か野宿する事になりそうだね」


「野宿ですかぁ」



 カエデは嫌そうな顔をしながらそう言う。



「とりあえず、今日は俺が迂回できる道を探してくるから、カエデちゃんはここら辺で食料の確保をお願いしていいかな? 海に行ってもいいし」


「そうですね、そうします」



 イズルの提案にカエデは仕方ないといった様子で頷く。



「それよりずっと気になってたんだけど、その胸当てはどうしたの?」



 イズルはカエデの胸に付けてある、胸当ての防具を見ながら、不思議そうな顔でそう聞く。



「胸当てですか? 最初から持ってましたけど」



 イズルはカエデの言葉を聞いて愕然とする。



「えっ? 初期装備に防具があったの?」


「逆に無かったんですか?」



 カエデは不思議そうに聞き返す。



「この軍服とマントだけだった……」


「……良いじゃないですか! 『けんらぶ』のコスプレみたいで!」



 イズルの嘆くような言葉にカエデは励ますようにそう言った。


 コスプレ呼ばわりである。


 これが格差社会か、とカエデとの初期装備の差を嘆くイズル。


 因みに『けんらぶ』とは、実在する剣を擬人化した刀剣男子と呼ばれるキャラを育成するソーシャルゲームの事である。一部の腐った趣味を持つ女性に人気のコンテンツである。



 イズルは初期装備の余りの差に、この世界に飛ばした金髪を恨むのだった。







「はぁ……」



 先ほどの出来事を思い出し、深い溜息を()くイズルの肩には、スライム形態となった九十九が乗っている。


 現在イズルは従魔である九十九と予定通り、街へと続く経路を探している。



「まあ、防具があっても俺の戦闘スタイルに合わないから別にいいけど」



 拗ねたような言葉を吐きながらも、その足は止まらない。


 イズルは切り替えるように辺りを見渡す。


 見たこともない植物が乱立する森の中は、ココが異世界である事を改めて実感させる。



 イズルは森の中を眺めながら、魔物を蹴散らしながら、進んでいった。







 しばらく周りの景色を眺めながら、進んでいたイズルだったが、急に森の中にポッカリと穴が空いたような開けた場所に出た。


 その場所には、大きな岩などが複数転がっているだけで、魔物は見当たらない。


 しかしイズルの持つ《気配察知》スキルが、生物がいる事を教えてくれている。


 警戒しながら、反応のする方を目を凝らしてよく見てみると、大きな岩がある場所がユラユラと蜃気楼のように揺らいでいた。


 イズルはその場所に《鑑定》をかけてみる。


 すると鑑定結果にミラージュカルゴと出た。

 どうやら、その場所に魔物がいるらしい。

 その魔物はスキルに、《光魔法》レベル4と《隠蔽》レベル3、《気配遮断》レベル2を持っていた。



 イズルは見えないミラージュカルゴに向けて、《風魔法》を使い風の刃を放ってみた。

 すると風の刃は見えない壁に当たり弾け、ミラージュカルゴが姿を現した。


 ミラージュカルゴは三メートルくらいの大きさのカタツムリのような魔物で、《風魔法》によって破壊されたのであろう殻の部分は、見事に崩れ落ちていた。


 そんなミラージュカルゴは攻撃を受けたのにも関わらず、のっそりとイズルから遠ざかろうと動くだけで反撃してくる様子はない。



「攻撃手段を持っていないのか?」



 イズルは恐る恐るミラージュカルゴに近付いてみるが、反撃してくる気配はない。


 そのまま《略奪》スキルを使い、《光魔法》を奪ってみるが抵抗する様子もなく、イズルの刀によって首を斬り落とされ、呆気なく死んでしまった。



「何だったんだ?」



 ここら辺に住む魔物にしては弱すぎる魔物だと思ったが、《光魔法》を手に入れた事に満足したイズルは特に気にしない事にした。



 そんな《光魔法》を手に入れたイズルだったが、直ぐに戦闘態勢に入る。


 その理由は新たに《気配察知》に反応があったからだ。その反応は複数存在している。



 森の中からイズルを囲むように現れた魔物は、黒い毛色をした体高一メートルくらいの豹だった。


 鑑定結果には、ブラックパンサーと見た目通りの名前が出ており、どのブラックパンサーもスキルに《疾走》レベル5、《疾駆》レベル2、《身体強化》レベル4、《闇魔法》レベル2を持っている。



 そんなブラックパンサー達は全部で十二匹おり、ジリジリとイズルを囲む輪を狭めていっている。



 このまま囲まれるのはマズいと思ったイズルは手に入れたばかりの《光魔法》を行使する。


 掲げられたイズルの手からは、強烈な光が放たれブラックパンサー達の目を焼く。


 その様子を確認したイズルは、右側にいる四匹のブラックパンサーに向けて、それぞれ手榴弾をイメージした火魔法を放つ。


 目の(くら)んでいるブラックパンサー達が、避ける事は適わずに直撃する。


 強烈な爆音と爆風を周囲に撒き散らしながら、四匹のブラックパンサーは血肉を撒き散らし息絶えた。


 イズルは右側のブラックパンサーを倒した事によって、包囲網に穴が開いた場所に素早く移動する。


 これで囲まれずに済む、と安堵しながらも、イズルは残っている八匹のブラックパンサーに先ほどと同じ魔法を放つ。



 流石に目が回復してきていたのか、三匹のブラックパンサーは咄嗟に避けたようだが、残りのブラックパンサーは先ほどの者たち同様に飛散した。



 一気に形勢逆転を果たしたイズルはこのまま一気に決めようと魔法を放とうとするが、そこに黒い靄のような玉が飛んできた。


 イズルはバックステップでそれを回避したが、先ほどまでイズルがいた所に着弾した黒い玉は、弾けて霧のように広がり始めた。


 その黒い霧は周囲の草花を枯らしながら、風に流されて霧散していった。


 その結果を見届けたイズルは、黒い玉が放たれた方向を見てみる。

 そこには、ブラックパンサーよりも一回り大きいブラックパンサーがいた。







 ダークパンサー。

 それが黒い玉を放ってきた魔物の名前だった。


 ダークパンサーは、スキルに《疾走》レベル5、《疾駆》レベル4、《身体強化》レベル5、《闇魔法》レベル4を持っていた。


 明らかにブラックパンサーの上位種であり、ココのボスである。



 イズルはダークパンサーの持つスキルのレベルが軒並み4や5である事に狼狽える──のでは無く、その顔に不敵な笑みをたたえていた。


 出流は先ず残りのブラックパンサーを仕留めるために、《火魔法》と《風魔法》を同時に発動させ、炎の竜巻を作り上げた。

 この二属性の魔法を合わせた魔法は複合魔法と呼ばれる高等技術なのだが、そんなことをイズルは知る由もない。



 ダークパンサーも巻き込みながら、炎の竜巻──ファイアーストームは、ブラックパンサーを確実に仕留めていく。


 ブラックパンサーはファイアーストームに巻き上げられ、風の刃に切り刻まれ、炎に焼かれながら死んでいった。



 ダークパンサーは飛ばされないように必死に地面に踏ん張っている。


 ファイアーストームが止む頃には、ダークパンサーもかなりの傷を負っており、もはや戦う事は出来ないような状態だった。


 イズルはそんなダークパンサーに一気に詰め寄り、《略奪》スキルを行使する。


 何度も失敗しながらも、目的のスキルである《闇魔法》レベル4を奪うことに成功する。


 ダークパンサーはイズルに攻撃しようとしたが、どうやら《闇魔法》を使おうとしたらしく、戸惑っている間にイズルによってその首を落とされた。



 結局、無傷で終わった戦闘に、イズルは大きく息を吐く。


 そして徐に首を落とされたダークパンサーに近づき、《光魔法》でブラックパンサーの傷を治癒し始める。

 その時にファイアーベアとの戦闘でついた頬の傷も一緒に治していた。


 首の無かったダークパンサーの身体は、見事頭がくっつき、完全に傷が治癒されていた。しかし、それでも生き返ることはない。



「九十九、吸収してくれ」



 イズルの命令に従い、傷の一切ないダークパンサーを吸収していく九十九。


 吸収し終えた九十九は、その身体をダークパンサーに変身させた。


 《闇魔法》スキルは消えているが、それ以外は生前のダークパンサーの何ら変わりはない。唯一、違いがあるとすれば、元がスライムのため疲労を感じず、食事を必要としないことだろう。



 そんな九十九の様子に満足しているイズルの元に新たな魔物が現れた。


 その魔物は空からやって来た。


 ワイバーンである。

 三メートルくらいの大きさの翼竜である。



「カモがネギを背負ってくるとは正にこの事だな」



 イズルはワイバーンを見上げながら、不敵に笑うのだった。







「おいおい、嘘だろ」



 イズルは眼下に広がる光景を見ながらそう言葉を漏らす。


 現在、イズルはワイバーンに変身した九十九の背中に乗って飛行中である。

 このワイバーンが持っていたスキルは、種族固有スキルに《飛行》レベル4、《溶解液》レベル3、通常スキルに《風魔法》レベル3、《身体強化》レベル4を持っていた。


 イズルはそんなワイバーン形態の九十九に乗って、()を見下ろしている。


 そう、島である。


 イズルが飛ばされた場所は陸続きの危険地帯ではなく、危険な魔物が跋扈する無人島だったのだ。



「どんな過酷な場所に飛ばしてくれてやがんだ」



 この無人島は火山を中心とした鏡餅のような形をしていた。


 火山以外の場所は全て鬱蒼とした森で、木々の間からは様々な魔物が見え隠れしている。

 中でもヤバそうなのが、拠点から火山を挟んで反対側にいる、デッカいティラノサウルスのような魔物だ。


 高高度を飛行しているため、《鑑定》が届かないがかなり危険な魔物だということは、一目でわかる。


 更にヤバいのが、火山の火口の中に潜む火龍だ。体長百メートルはくだらない大きさがある。



 そんな事を確認したイズルは、この事をカエデにどう伝えようか、と悩みながら、一先ず拠点の近くに降りるのだった。







 九十九を待機させ、拠点に戻ると既にカエデは帰ってきていて、滝壺の近くで何やら作業をしていた。



「おかえり」


「ただいま。早かったんだな」



 出迎えの挨拶をしてくるカエデに軽く返事をするイズル。



「何やってんだ?」


「ああ、イズルさんにばかり食事の準備をさせるのもアレだと思ったから、採れた果実でジュースを作ってみたんです。はい、これ」



 そう言いながら、木を彫ったようなコップに入ったジュースを渡すカエデ。



「そうか、悪いな。ありがと」



 イズルが受け取ったジュースからは、芳しい甘い香りが漂っている。



「いい匂いだな」



 イズルはそう言いながら、喉が渇いていたこともあってジュースを一気に飲み干す。


 ふと、イズルがカエデに視線を向けると何故かとてもニコニコとしている。


 何か良いことでもあったのか、そう聞こうとしたイズルだったが、突如として視界が揺れる。それと共に急激な眠気に襲われ始め、遂には意識を失ってしまった。



 倒れて意識を失っているイズルを見下ろすカエデ。



「全く、チョロすぎだろ」



 月桂樹の花に囲まれるカエデの声は、滝の流れ落ちる音に掻き消されるようにして消えた。




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