第4話 駆け引き
※この話は第三者視点となります。
2017/1/1.誤字修正しました。
出流は今もなお、黒焦げになった死体を突つく桃髪の少女を《身体強化》スキルで強化された視界で観察する。
少女は長い桃色の髪の毛をツインテールにしている。
顔はとても整っていて、日本にいるアイドルなんてブサイクに見えるほど、整った外人顔をしている。そんな整った顔の中で際立つのが、左右で異なる瞳だ。左眼は水の中に溶かした絵の具のような白銀の色をしており、右眼は左眼と対になる色の金色をしていて、その色はまるで一種の宝石のように輝いている。
服装は簡素で長袖の丈の短いジャケットを羽織っており、その下のシャツの上から何かの殻で作ったと思われる胸当てをしている。下半身は白いミニスカートの下に黒いスパッツを着けて、膝丈のブーツを履いている。
そんな格好をしている少女は、こんな危険地帯であるにも関わらず、武器を持っている様子はない。
出流は一先ず鑑定して見ることにした。
「っ!?」
鑑定した出流はその鑑定結果に大いに驚く。
その理由は《鑑定》が出来なかったからだ。
つまり、出流と同じ地球からの転移者、あの金髪によってこの世界に送り込まれた者ということだ。
そしてそんな転移者が、出流と同じようにこの危険地帯に存在している。
そのことが示す意味は、出流と同じ《略奪》スキルの保持者、又はそれと同等の強力なスキルを選んでココに送り込まれたということだ。
出流はいざ、少女が《略奪》スキルを持っていた時の場合を考えて、素肌による接触を控え、こちらの持つスキルを悟らせないように行動しようと心に刻んだ。
とりあえず、ここまで連れてきてしまったトランスライムを崖の上に待機させ、少女に接触してみようと崖の上から飛び降りた。
▽
《身体強化》によって、崖から飛び降りてもバランスを崩す事なく着地を決めた──普通なら飛び降りる事すらしない──出流は、未だに興味深けに死体を観察している少女へと声を掛けた。
「すみません」
桃髪の少女は出流の声に、弾かれるように振り向いた。
少女は出流を見て驚いたようにしていたが、数瞬後には更にその顔に驚きの色を深めた。
出流はそのことに鑑定したのだろうと当たりをつけ、少女に話しかける。
「違ったら申し訳ないんですが、同じ転移者ですよね?」
出流のその言葉に、少女は立ち上がって出流に向き合い返事を返した。
「はい。貴方もですか? って聞く必要ありませんね。コレは貴方がやったんですか?」
少女は出流の質問に肯定の言葉を返してから、さっきまで突ついていた元が何だったのか分からないほどに黒焦げになったファイアーベアの死体を指差して、出流に質問を返した。
「ええ、まあ。急に襲って来たので仕方なく」
出流は今になって生物を殺してしまった事を自覚した。虫とかは殺した事はあるが、動物のような大きい生き物を殺したのはこれが初めてだった。戦っていた時は無我夢中で気付かなかったが、今になって考えると少しだけ罪悪感が残る。
そして、目の前の少女だ。生物を殺すことに忌避感を覚えるだろう。女性なら尚更だ。
そんなことに気付いた出流は、少し気不味くなって言い訳がましい返事になってしまった。
「スゴいですね。私もここまで来るのに魔物に遭遇しましたが、どれも強い魔物で隠れてやり過ごすので精一杯でしたよ。お強いんですね。えーっと……」
出流の心情など知る由もなく、明るく笑顔で返事をする少女にホッとする出流だったが、少女が急に何かを言い淀んだ。
そこで出流はまだ自分たちが自己紹介をしていない事に気付いた。
「申し遅れました。叢雲出流です。元の世界では学生でした」
「学生なんだー。一緒ですね。私は白崎楓です。こちらの世界では、カエデ・シラサキって名乗った方がいいのかな?」
出流の自己紹介にカエデも自己紹介をした。
出流は何処かで聞いたような名前だな、と思いながらも言葉を返す。
「そうか、こっちの世界じゃそれが普通なのか。じゃあ、俺はイズル・ムラクモですね。よろしくお願いします」
「此方こそよろしくお願いします」
イズルの言葉に応え、手を差し出すカエデ。
イズルは何気なく、この異世界での名乗り方に変えて挨拶し直したが、それは思わぬ結果になった。
先ほど素肌による接触を控えようと誓ったばかりなのに、握手を求められている。
カエデの手には指ぬきグローブが嵌められているが、素肌で触れることになる。
一瞬警戒し、どうしようかと逡巡したイズルだったが、そもそもスキルをまだ知られていないので、思い直して握手に応えることにした。
お互いの手を握り合い、二人は確かに握手をしたのだった。
▽
「こんなに沢山の宝石が……」
イズルはカエデを拠点である滝に隠された洞窟に案内していた。
そしてその洞窟の奥にある宝石の数々を見たカエデが放った言葉がソレである。
イズルはそんなカエデを横目に、森の中で拾ってきた枯れ木を《火魔法》で燃やし焚き火を作り、川でとった魚を木の枝に刺して焼いている。
閉鎖空間である洞窟のため、一酸化炭素中毒を危惧したイズルは、《風魔法》で定期的に洞窟内の空気が入れ替えている。
一方でカエデは特に何をするでもなく、宝石に目を奪われ、宝石を集めている。
そんなカエデにイズルが声をかける。
「ほら、魚焼けたぞ」
「はーい、ありがとうございまーす」
お互いの年齢を確認したところ、イズルはカエデよりも一個上ということで敬語を禁止されている。
見た目は中学生くらいのロリ巨乳だが、中身はイズルの一個下の高校生らしい。
そんなイズルは焼けた魚をカエデに渡しながら、話しかける。
「そういえば、ここら辺の魔物って厄介なのばかりだろ。どうやってここまでやり過ごしてきたんだ? スキルか何かか?」
イズルのその質問にカエデは、受け取った焼き魚に齧りつき、咀嚼して飲み込んでから答えた。
「そんな凄いスキル持ってませんよ」
「じゃあどうしたんだ?」
カエデはイズルの質問に、持っていた串に刺された焼き魚を地面に突き立ててから、両手を前に突き出した。
「この剣です」
カエデのその言葉と共に、突き出された両手に、何の前触れもなく、中国の宝剣で有名な干将・莫耶のような形をした、黒塗りの二振りの剣が現れた。
「っ!! なんだ今の? どうやったんだ?」
「ああ、今のはこの剣の能力じゃ無いんですけどね。この剣の能力はコレです」
驚くイズルを気に留める様子もなく、カエデは得意げな表情でそう言うと、周囲の風景に溶け込むようにして消えた。
「凄いな……どうなってんだ?」
イズルは感嘆の言葉を発しながら、完全に姿が見えなくなったカエデを探して周囲をキョロキョロと探る。
「どうですか? 見えますか?」
「いや、全く見えない」
声はするのにどこを見てもカエデはいない。完全に姿は見えなくなっている。
イズルはこの能力があれば魔物をやり過ごせるだろうな、と納得しながら、徐に先ほどまでカエデがいた所に手を伸ばす。
そして手のひらに感じる暖かな感触。
指の間からはみ出るような大きさの丸くて柔らかな感触。
「ぃあんっ!」
そして洞窟内に響く嬌声。
その声と同時に段々と浮かび上がるように現れる手の中の感触の正体。
イズルが伸ばした手の先には、軽く頰を染めたカエデがいた。そしてその手が掴んでいるものは、カエデの大きな胸だった。
「ご、ごめん!」
イズルは状況を理解すると、胡座の姿勢からジャンピング土下座を決めたのだった。
▽
「ほんとにごめん!」
「もういいですよ。さっきのはわざとじゃなかった訳ですし」
イズルはカエデのその言葉を聞き、下げていた頭を上げる。
カエデは本当に気にした様子はなく、イズルが取ってきたガイルトレントの実を食べている。
そんなカエデを見たイズルは、安堵の息を吐き、自分もガイルトレントの実に手を伸ばした。
「そういえば、あの剣を出した時、あれはあの剣の能力じゃないみたいなこと言ってなかった?」
イズルは先ほどカエデが、剣を何処からとも無く取り出した光景を思い出しながら質問する。
「ああ、あれはスキルですよ。《無限収納》スキルです。所謂、インベントリってやつですよ」
《無限収納》。
スキルを選ぶ時にイズルも見つけた四字熟語スキル並みのスキルだ。
イズルが《略奪》スキルを選んだ時、《無限収納》スキルは選べなかった。つまり、カエデは《略奪》スキルを持っていないということになる。
そのことに思い当たったイズルは安堵するとともに、警戒心を少し和らげるのだった。
単純にどのようなスキルなのか気になったイズルはそのスキルの内容を聞いてみる。
「へぇー。どんなスキルなんだ?」
「まあ、簡単に言えば《アイテムボックス》の上位互換のようなものですけど、《無限収納》はそれだけじゃないんですよ」
ガイルトレントの実を食べるのを止め、人差し指を立てながら力説を始めるカエデ。
「自分の半径三十センチ以内にある物を、自分の意思だけで出し入れ出来るんですよ。中の時間は止まっていて、収納した物は劣化しないんですよ。その代わり生物は入れられませんが、中に何を入れたかも大体把握出来るようになっていて、かなり便利ですよ?」
カエデは手に持っていたガイルトレントの実を《無限収納》に出し入れしながら、得意げに語る。
「まあ、初期装備に《アイテムボックス》のような頭陀袋を用意されていたのを見た時は、自分のスキル選択を後悔しましたけどね」
最後にそう付け加えると、カエデは幾分かテンションを落としながら、再びガイルトレントの実を食べ始めた。
そんなカエデの様子を見たイズルは、励ましの声をかける。
「あんな数のスキルの中から、それを選べたなら上出来だよ。そのオッドアイを見る限り、アバターの容姿にかなり時間掛けたでしょ?」
「まあ、それなりに時間は掛けましたけどね。イズルさんの方こそ、時間を掛けたでしょう?」
イズルの言葉に気を取り直したのか、口元をニヤケさせながら、横目でそう口撃する。
「あー、いや、俺の場合これデフォルトなんだよね」
イズルは気不味そうに頬を掻きながら、そう答える。
それを聞いたカエデは驚いた表情になり、身を乗り出しながら、イズルを問い詰めるように質問をする。
「うっそ!? そんなわけないでしょ?」
そんなカエデにイズルは更に気不味そうに視線を逸らしながら答える。
「いや、これが通常仕様というか、つまりデフォルトな訳で……デフォルトで始めたら元々の姿だったんだ」
その言葉を聞いたカエデは、驚いた表情で固まり、放心したまま数秒の間動かなくなったのだった。
▽
「全くセコイですっ。その分スキルを選ぶ時間も多かった訳ですねっ」
再起動したカエデは、先ほどイズルが胸を触ってしまった時より、明らかに不機嫌な様子で投げ捨てるようにそう言う。
「いや、俺も後からやろうと思って、先にスキルを選んだだけで、気付いたら時間無くて仕方なくデフォルト設定のまま始めたんだよ。まさかデフォルトが実際の姿になるとは思って無かったけど」
イズルはカエデが何故ここまで機嫌を損ねているのか分からないが、とりあえず弁明する。
「まあいいです。そんなスキルを選ぶ時間が沢山あったイズルさんは、さぞかし凄いスキルを選んだんでしょうね」
ぜんぜん良くねぇじゃねぇか、そう思いながらもカエデの言葉に答える。
「いや、そんな良いスキルじゃないよ」
「あの神を気取った人曰く、強力なスキルを選んだ人ほど、生きていくのに過酷な場所に飛ばされるって言っていましたけど」
カエデはその左右の異なる瞳で胡乱な視線をイズルへ向けながら話を続ける。
「私は《無限収納》という結構有用なスキルを持っていますが、このスキルには他のスキルにあるレベルが存在しません。そのレベルの存在しないスキルを私はもう一つ持っています。そんな私と同じ場所に飛ばされたイズルさんはかなり強力なスキルを持っているんじゃないですか?」
カエデの探るような視線と言葉に、内心ドキリとするイズルだが、そんなことはおくびにも出さずに至って平静な顔で質問に答える。
「まあ、俺もレベルの存在しないスキルは持ってるけど、一つしか持ってない。二つ持っているカエデちゃんの方が良いスキル選択をしたんじゃない?」
急に始まった腹の探り合いに、イズルの顔は能面のように、その顔には一切の感情を窺わせない表情になる。
そんなイズルとは相反し、幾分か緊張の色の見えるカエデはイズルの言葉に答える。
「そのスキルも数瞬先が見えるというだけですよ?」
そんなカエデの言葉にイズルは内心ほくそ笑みながら、言葉を告げる。
「ほう。それはすごいね。確か、《先見眼》というスキルがあった気がするけど、オッドアイはその証かな?」
その言葉を聞いた瞬間、カエデは顔を緊張に強張らせる。
イズルはその表情を見て、図星だと確信する。
そんなイズルとはやはり相反し、表情を隠そうと頑張っているカエデだが、その表情には苦虫を噛み潰したような悔恨の色が見え隠れしている。
その様子を見たイズルは、この緊迫したような雰囲気を払拭するように大きく息を吐いた。
「まあ、俺のスキルはそんな強力なものじゃないよ」
気楽に、軽く笑い飛ばすような様子でそう言うイズルだが、カエデは未だイズルのスキルを探ろうと声を発する。
「外の魔物を倒したのもそのスキルのおかげじゃないの?」
したり顔でそう言うカエデに、イズルは降参したように肩を落としてそれに答える。
「まあ、そうだね。そのスキルで倒したよ」
「やっぱり強力なスキルじゃないですか」
イズルの様子を見て、幾分か平静を取り戻したカエデの言葉に、イズルは答える。
「分かったよ。俺のスキルを教えるよ」
そのイズルの言葉に三度緊張に顔を強張らせるカエデ。
イズルはそんなカエデの様子を気にするでもなく、スキルを教えるために声を発する。
「俺のスキルは、《一球入魂》って言うスキルだよ」
平気な顔をして嘘をつくイズル。
《一球入魂》というスキルは確かに存在しているスキルだ。しかも最初の方に載っていたスキルのため、カエデが見ている可能性は高い。
実際に存在するスキルで信憑性を増そうという腹積もりなのだろう。
「へぇー。まさか、教えてくれるとは思わなかったです」
そんなイズルの思惑通りに、イズルの言葉を信じてしまっているカエデ。
「別に隠す必要も無いからね。それに俺だけが一方的に知ってるのも不公平だと思ったし」
目の前の焚き火に新たに枯れ木を加えながら、そう言うイズル。
「そうですか。その刀の能力も教えてくれないんですか?」
カエデはそう言いながら、イズルの傍らの壁に立ててある刀を一瞥する。
本来なら鑑定すれば済む話だが、転移者に配られた武器は、例え下級であっても神器だ。
そんな神器をレベル最大と言っても人間が使うスキルの効果が通る訳がない。
「この刀は不壊の刀だよ。壊れることのない刀。それがこの刀の能力だよ」
またもや平気な顔で堂々と嘘を宣うイズル。いや、決して嘘は言っていないが、真実を言っている訳ではない。
「へぇー。なんか私のミラージュブレイカーと比べると平凡ですね」
聞いといてなんだその興味の無さそうな返事は、という言葉を飲み込み、イズルは気になった事を質問する。
「ミラージュブレイカー?」
「この剣の名前です」
そう言いながらカエデは、先ほど見せた二振りの剣を何処からとも無く取り出し、話を続ける。
「最初は見た目通り、干将・莫耶にしようと思ったんですけど、何方も持ち手まで真っ黒なので似合わないかな、と思って能力に因んで名付けてみました」
ミラージュをブレイカーしちゃダメだろう、という言葉を再び飲み込み、イズルは言葉を発する。
「なるほど。となると俺の刀の名前はなんだろう」
「えっ? 不壊之刀じゃないんですか?」
イズルの呟きに、何を当然の事を言っているんだ、と言うような顔でそう言うカエデ。
「えっ?」
「だから、不壊之刀ですよ」
カエデはそう言いながら、先ほどまで焼き魚が刺さっていた串を使い、地面に『不壊之刀』と書く。
「なるほど」
そう言いながらも、この刀の真骨頂は魔力を吸う事に有るんだがな、と思いながらも言わなかった自分が悪いと思い直すイズル。
「(まあ、名前からその能力が知られると嫌だから不壊之刀でいっか)」
そう結論付けたイズルは、《風魔法》で空気の入れ替えをしながら、滝越しに見える地球にある月よりも大きい青白い衛星を眺めるのだった。