第2話 誘致者と転移者と乱入者と
少し長くなってしまいました。
※この話は主人公視点です
気がつくと真っ白なペンキを一面に塗りたくったような部屋にいた。
見渡す限り白、白、白。
部屋というより白い空間。端の見えない、終わりの見えない真っ白な場所。
そんな中に大勢の人がいた。
ここがゲームの中なのか? 少し不思議な感じがする。白塗りの中にいるからか分からないが、周囲の風景に妙な違和感を感じる。
そしてゲームにしては感覚がはっきりし過ぎている。以前やっていた一人用のVRゲームではここまでのリアルさは無かった。
周囲にいる人達に目を向けてみると、同じように少し困惑したような不思議そうな表情でキョロキョロと辺りを見渡していた。
ん? なんで、あの人たちスーツなんだ?
そんな疑問が浮かぶ。周囲にいる人の服装がゲームの中の服というより、一般的な現代風の服装だ。中には、部屋着や下着姿の人もいる。
ふと、自分のことを見下ろしてみる。
そこにはゲームを始める前に着ていた道着を着た自分の身体があった。
「どういうことだ?」
そう不思議に思っていると、いきなり悲鳴が聞こえてきた。
女の人の叫び声だ。
声の方向を向いてみると、身を屈め身体を隠すように自身の身体を抱いている。
その女性は下着姿だ。
遠くからなのでよく分からないが、若い容姿をしているように思える。
その女性の近くにいた女性が周りの視線から隠すようにその人の前に立った。
他の人も上着をかけるなどして、その女性を気にかけている。
そんな状況が繰り広げられる中、段々と周囲に不安と困惑といった雰囲気が流れ出した。
周囲の人と話して、状況を確認している。
俺も情報を集めようと動き出そうとした時、何の前触れもなくソイツは現れた。
▽
空中にいきなり現れた、白い服を着た巨大な金髪の子供が声を発する。
「ようこそ、選ばれし者たち」
その子供は無邪気な笑顔で両手を広げながら、どこか芝居掛かった様子でそう切り出した。
「君たちは今混乱していることだろう。ゲームを始めたはずが何故。ここはゲームの中じゃないのか。ここはどこなのか。そんな疑問でいっぱいだろう」
その金髪の声に周囲は何の反応も見せない。様子を見ているのだろう。
「単刀直入に言おう。君たちには異世界に行ってもらう。君たちがやろうとしていた『アナザーワールド』と酷似した世界に」
何言ってるんだ? 何かの演出か?
ベータテストの予定にそんなイベントなかったぞ?
周囲の人々は同じことを思っているのか、困惑した様子だ。
「なんか信じてないみたいだけど、まあいいか。行けば否応無く事実だったと思い知るだろう」
金髪はやれやれといった感じで、嘆くようにそう宣う。
それに一つの声が上がる。
「ふざけるな! そんな事望んでない!」
叫んだ男は寝巻きのようなスウェットを着た太ったおっさんだった。
その声に周りの人達は同調し、同じような言葉を金髪に浴びせかける。
「まあまあ、落ち着いて。救済措置はとってあるから。ここにいるみんながやったキャラメイク、アレのまま異世界に行かせてあげる。それに選択したスキルの内一つだけレベルを最大にしてあげる。まあ、使いこなせるかは本人次第だけど」
その声に幾分か文句を言う人は減ったが、それでも文句の声は止まない。
「ああ、もううるさいなあ。面倒くさいから一気に説明しちゃうよ?
一年間生活していけるだけのお金と着替え、あと下級神器の武器をつけてあげる。下級神器はそれぞれに合った特性の武器をあげるから大事に使ってよね?
それと《鑑定》と《技能隠蔽》のスキルをレベル最大であげるから、ここにいる人同士では、ステータスを鑑定することは出来ないから安心して。
あ、あと向こうの世界の言語は、話せるようにしといてあげるから心配しないでね。
そして転移する場所はそれぞれランダム。異世界のどこに転移するかはわからない。けど、キャラメイクの時に選んだスキルの強さによって、転移される場所は左右されるかなあ。強力なスキルを選んじゃった人は、生きるのに厳しい場所に転移しちゃうかもね」
最後の方は面白そうに笑ってそう締め括る。
笑い事じゃねぇ。想像した通りのスキルなら圧倒的に俺は危険地帯に飛ばされる確率が跳ね上がる。
そんな中、一人のガタイのいいオッサンが大きな声で金髪に質問する。
「帰る方法は!? 帰れる方法はあるのか!?」
その質問に金髪は考え込むように顎に手をあて、そして質問に答えた。
「異世界から地球へ帰還する方法は一つ。異世界に存在する九つのダンジョンを見事攻略したら、帰還するという願いを叶えてあげよう。……そうしてくれたら君たちが、異世界にいる理由もある意味ではなくなるしね」
最後の方は小さな声で聞き取れなかったが、帰る方法はあるらしい。
そのことを知ると周囲の人達は幾分か安心した様だ。
「それじゃあ、転移させるよ」
その金髪の言葉と同時に白い光に包まれた。
▽
気がつくと、鬱蒼とした森の中に立っていた。
地面には、麻袋の様なものと黒色の軍服のような服、外套のような黒いフード付きのマント、膝下まであるブーツ、そして黒塗りの鞘に収められた日本刀と思われるものが打ち捨てられるように散らばっていた。
空は木々に囲まれていて、晴れているのか曇っているのかは分からないが、まだ明るい時間帯だという事は分かった。
取り敢えず、自身の状況確認をする。
服装は道着を着たままだ。しかし足は裸足、身体はなんとなく汗臭い。
「ん? キャラメイクの時のアバターになったんじゃなかったのか?」
そのことに疑問を持ちながら、少し考えるとすぐに答えが出た。
そうだ。俺、デフォルトのまま始めたんだ。
要するに、通常の容姿、地球での身体のままこちらの世界に来たという訳だ。
そのままキャラメイク時のスキルも残っているか自身を鑑定してみる。
するとココに来る時に貰った《鑑定》と《技能隠蔽》に加え、キャラメイク時に選択した《略奪》スキルとは違うもう一つのスキルがレベル最大を表すスキルレベル5と表示されていた。
スキルの確認が終わり、地面に散らばっている物の確認へと移った。
▽
地面に落ちていた服に着替え、刀を装備する。
元々来ていた道着は、マジックアイテムである麻袋の中へといれた。
このマジックアイテムは、所謂、《アイテムボックス》のような物で、見た目以上の物が入る。まあ、ボックスではないのでアイテム袋と言ったところだろう。
そして腰に装備したこの刀だが、刀と一緒に置いてあった説明書の様なものを読んでみると、とんでもないような効果を持った代物だという事が分かった。
この刀身の黒い刀は刃こぼれすることはなく、劣化せず、尚且つ刀身に触れた魔力を吸収し、所有者へと還元してくれるらしい。
魔力の部分はともかく、刃こぼれ、劣化の件に関しては素晴らしい事この上ない。
日本刀において、刃こぼれをしないというのは反則物である。日本刀の良いところはその斬れ味にある。 そして悪いところと言えば、すぐに刃こぼれして、硬いものを斬れば、刀身が曲がってしまったりするという点である。
この日本刀におけるデメリットが改善されたのがこの刀である。おまけに劣化しないので面倒くさい手入れをしなくて済む。
まさに不壊の刀だ。さすが神器といったところだ。
とりあえず、現在位置も分からないので水を確保するために水場を探すことにする。と言っても既に水場は見つかっている。すぐ近くから滝の音がしているのだ。
俺は滝の音がする方向へと歩みを進めていった。
▽
予想通り滝があった。それはいいのだが、なかなか大きな滝だった。
高さ二百メートルはあろう崖の上から幅十メートルほどの滝が流れている。
滝壺の周りには沢山の月桂樹の花が咲き乱れており、神聖な雰囲気を醸し出している。
普段見れない自然の光景に見惚れていると、滝とは反対側──滝壺から下流へと伸びる川──から水の跳ねる音がした。
そちらに視線を向けると五メートル近い熊が川に潜む魚を狙っていた。
「……」
俺はその熊を見た瞬間、即座に撤退を考えた。五メートルの熊など普通の熊な筈がない。十中八九、魔物だろう。
とりあえず、物は試しと《鑑定》をしてみる。
名前はファイアーベア。この時点で魔物決定だが、スキルを見た瞬間鑑定したことを後悔した。
スキルは名前の通り、《火魔法》レベル4、《腕力強化》レベル5となっていた。そして、《気配察知》レベル3。
まず間違いなく俺の存在に気づいている。その上で未だ魚を捕っている。
こちらに興味がないのだろうか?
ファイアーベアとの距離は二十メートルほど、人間の足と熊の足ではすぐに追いつかれてしまう。
今のうちにここを離れよう。
そう思い、ファイアーベアに注意を払いながら、ゆっくりと後方に下がろうとした途端にファイアーベアがこちらを振り向いた。
そして目と目が逢う。
「くっ」
気づかれたことに悔しがりながらも急いで離れようとする。
しかし、それはファイアーベアの咆哮によって中断せざる負えなくなった。
「GUGYAOOOOO!」
腹の底に響くような低く、それでいて大きな咆哮とともに、ファイアーベアの眼前にバスケットボール大の火の玉が現れた。
その火の玉は現れるのとほぼ同時に物凄い速さでこちらに飛んできた。
メジャーリーガーなど目じゃない速度で飛んできた火の玉に避ける事は適わない。
予想外の速度と初めて見る魔法とあって、完全に虚を突かれた状態だ。
完全に油断していた。異世界について早々にして死亡か。まあ、予想通りの強力なスキルだったということもあって、相当な危険地帯に飛ばされたんだということは理解していたが、やはり未知とは恐ろしいものだ。
迫り来る火の玉を眺めながら、呆然とそんなことを考える。
眼前に迫った火の玉に、つい癖で身体が勝手に動き、目の前の火の玉を抜刀術で切り払っていた。
切られた火は溶けるようにして、霧散していった。いや、それでは正確じゃない。刀に吸い込まれるようにして消えていった。
刀が火を吸収した?
いや、違う。魔力を吸収したんだ。
この刀は魔法の状態でも魔力を吸収出来るのか。てっきり、敵を切りつけたときに敵の魔力を吸収するのだと、誤解していた。
ファイアーベアは自分の放った攻撃を無効化され、怒った声を上げ、こちらを威嚇してきている。
なんとかこの刀に助けられた形だが、死なずに済んだ。
刀を正眼に構え、精神を研ぎ澄ます。
さっきの火の玉を斬った時に、刀から流れてきた魔力が、身体の中に漂っているのが分かる。
その魔力ひいては自分自身の中にある魔力を循環させてみる。
力が漲ってくるような感覚を覚えた。
そうしていると、ファイアーベアはまたも咆哮を上げながら、今度は火の玉を二つも出現させた。やはり出現と同時にこちらに放ってくる。
横一列に並び、先ほどと同じようなスピードで、こちらに向かってくる。
先ほどは不意を打たれたから反応しきれなかったが、分かっていれば対処出来ないようなことではない。
右手に握った刀を横に一閃する。
それだけで、二つの火の玉は刀を通して俺に吸収された。
またも自分の攻撃が通らなかったことに、怒ったのか、先ほどよりも大きな咆哮を上げながら、今度は五つもの火の玉をこちらに放ってきた。
迫り来る火の玉の初撃をかわし、次いで二つの火の玉を斜めに斬りあげることで無力化し、残る火の玉は前へと踏み込む事で避けた。
着弾した火の玉は地面を溶かし、一部をガラス状にしている。
当たったら洒落にならなそうだ。横を避けた感じでも紙一重で避けたのでは、余波を食らってしまうと思われるので余裕を持っての回避がいいだろう。
またもや攻撃をかわされたことに、怒り狂い、接近戦に持ち込むつもりなのか、手を地につけ、四足で走ってきた。
俺はさっき通ってきた森の中へと戻り、木々を利用してファイアーベアの接近を回避する。
しかし、ファイアーベアは木々など気にした様子もなく木々を薙ぎ倒し、身体に傷を作りながらも、怒りの形相でこちらを追ってきている。
随分とプライドが高いようだ。攻撃をかわされただけであそこまで怒り狂うとは。
幸いにも、木々を薙ぎ倒すのでそこまでの速度が出ていないお陰で、ファイアーベアとの距離を保つことができている。
これ以上滝から離れると迷いそうなので、再び滝に戻ることにした。
もちろんその間、俺も全力疾走である。
▽
木々を利用しながら再び滝のところに戻ってくる頃には、ファイアーベアは身体の所々から血を流し、息も絶え絶えといった様子だ。
熊は足はそれなりに速いことは知っていたが、ここまで体力が無いとは。
魔物の熊とはいえ、実に情けない。
魔物だからだろうか? 魔法が使えることで、動き回ることをしなくなったのかな?
そんなこと考えながら、川岸でファイアーベアと対峙する。
ファイアーベアがスタミナ切れの今がチャンスだろう。短期決戦に持ち込まないと勝機が完全になくなってしまう。
舌を出し、荒い呼吸を繰り返すファイアーベアを見つめる。
問題は《腕力強化》スキルだ。最高レベルに達している腕力で攻撃なんてされたら、一撃死だろう。
ここは一撃を誘って、かわした所で腕を斬り落とし、徐々に弱らせてからトドメを刺す作戦で行こう。ヒットアンドアウェイだ。
右手に持っていた刀を納刀する。
そのまま疲弊しているファイアーベアに向かって全力で駆け出す。
それを見たファイアーベアは上体を起こし、二本の足で立ち、こちらを待ち構える。
ファイアーベアの眼前まで迫る。
ファイアーベアは右腕を振り上げ、懐に潜り込んだ俺を叩き潰さんと振り上げた腕を振り下ろす。
俺は振り上げられたことを確認すると、魔力循環による身体強化を行った。
これにより、俺の身体能力は飛躍的に上昇する。
振り下ろされるファイアーベアの右腕が俺の位置から見てファイアーベアの顔と重なるのを確認すると、ファイアーベアの右腕より右側に一瞬で移動する。
振り下ろされた右腕を斬り落とそうと、腰の刀にかけた右手に力を入れようとしたところに、爆発したような音ともに爆風のような圧力が飛んできた。
「なっ!」
俺は驚きの声とともにそのまま吹き飛ばされる。
その圧力に飛ばされたまま俺は、空中で器用に体制を立て直しながら、一体何が起こったのか確認するため、ファイアーベアへと視線を向ける。
ファイアーベアの足元には、振り下ろされ地面についた右腕を中心にクレーターが出来上がっていた。
そこから予想されるのは、先ほどの爆風はファイアーベアの振り下ろした右腕が地面に当たった時に起こった結果だ。
ファイアーベアの右腕は地面に衝突するとともに、蜘蛛の巣状に地面にクレーターを作り、弾け飛んだ石などが飛んできたわけだ。
何が起こったのか把握した俺は、着地すると同時にファイアーベアから距離をとる。
しかし、なんて腕力だ。
これでは一撃をかわすどころか、下手に近づくことすら出来ない。
そう考えながら、先ほどの爆風で飛ばされた小石によって傷ついた頬の血を、右の手の甲で拭うと同時に、ファイアーベアがこちらに向かって火の玉を五つ放ってきた。
俺はそれを先ほどと同じような手段で回避する。
このままではジリ貧だ。
なんとか一瞬だけでもアイツの気を逸らすことは出来ないのか。
そう考えている間にもファイアーベアは火の玉を五つずつ放ってくる。
俺は放たれる火の玉をひたすら避け続ける。
この避けている間分かったことは、ファイアーベアは五つずつしか火の玉を放てないということだ。
しかし、そんなことがわかったところで大して戦況が変わるわけではない。
俺の周囲には、火の玉によって溶かされた地面や燃やされた草木があり、戦いの激しさを窺わせるような状態だった。
そんな中に、ファイアーベアよりも低く響くような大きな方向が森の中から聞こえてきた。
どうやら、新たな魔物の登場のようだ。
次も主人公が会話をする場面がないので主人公視点です。