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第1話 時既に遅し

キリのいいところが無く長くなってしまいました。


次話以降はなるべく3000〜5000文字に抑えたいと思います。


よろしくお願いします。



2016/12/1.誤字修正をしました。



 まだ夏の蒸し暑さの残る日の朝、とある高校の体育館にて二学期の始業式が執り行われていた。


 壇上には、その学校の校長が生徒たちに向けて話をしている。

 この学校の校長も例に漏れず、話が長く、立たされたまま聞かされている生徒たちは、未だ残る夏の暑さも相まって辟易していた。


 そんな校長の話もようやく終わりを告げ、司会進行の先生が声を発する。



「以上で始業式を閉式致します」



 ようやく面倒くさい始業式が終わったとあって、生徒たちは友達同士と言葉を交わし、周囲がざわつく。


 しかし、そんな生徒達に冷水を浴びせるかのような一言が司会から告げられた。



「──続きまして、賞状授与式を行います。校長先生お願いします」



 そう、まだ()は終わっていなかったのだった。


 校長は先程話していたとあって、壇上に残ったままだ。そこに賞状を乗せたお盆を先生が運んできたところで司会進行の先生が授与される生徒の名前を呼ぶ。



「二年A組、叢雲(むらくも)出流(いずる)


「はい」



 呼び声に応え、生徒の成す列の中から一人の男子生徒が返事をし、壇上に向かう。

 その男は身長175センチメートルと平凡で、着用している学ランの上から見る限り、ヒョロっとしていて手足も細く見える。おまけに顔は中性的な顔をしていて女装をすれば女性に間違われることすらありえそうだ。所謂、美青年と評することが出来るだろう。

 しかし、サラサラとした前髪に見え隠れする、黒目は鋭く、それを見れば否応無く男性だと断言することができるだろう。


 そんな男は壇上にお辞儀をしたりと礼節を弁えながら、校長の前へと進む。その姿はどこか熟練感を漂わせている。


 緊張した様子も見せずに校長の前まで進むと、校長が賞状を読み上げる。



「表彰状。第三十三回世界剣道選手権大会、男子個人選手権、第一位、叢雲出流。右の者は──」



 その内容は剣道における世界大会を優勝したという内容だった。

 この内容に出流と面識のない生徒達からどよめきと感嘆の声が小さいながらも上がった。


 賞状を読み終えた校長は、賞状を讃える言葉とともに出流へと渡した。

 出流はそれを慣れた仕種で受け取り、これまた慣れた振る舞いで生徒に向けて礼をすると、自分も生徒達の列へと戻っていった。


 その後も数名の生徒に賞状が授与されたが、出流の後となるとインパクトが薄れ、特に何があるでもなく表彰式は終了を遂げた。







 始業式の終わった生徒達は、各教室へと戻り、帰りの支度をしていた。

 夏休み明けの初日の学校なので、午前中に学校が終わるのだ。


 出流もそれに習い帰りの支度をしていると、出流の前の席に座る、女子生徒が出流に話しかけてきた。



「叢雲君、また(・・)優勝したんだね。やっぱりすごいよ!」



 話しかけてきた女子生徒の名前は天宮(あまみや)(りん)だ。白い肌に腰まで伸ばした黒髪と整った顔、そして優しい性格からクラスの中ではマドンナ扱いされている生徒だ。

 出流とは元々率先して話しかけるような仲ではなかったが、席替え後、席が前後になってからはよく話す仲となった。


 そんなクラスのマドンナからストレートに褒められて少しドキリとした出流だったが、顔にはおくびにも出さずに努めて平静を保ったまま返事をする。



「まあ、それ相応の稽古はしてるからね。勝たなかったら爺ちゃんにドヤされるし」


「そこまでの努力が出来ることがすごいんだよ」



 苦笑いをしながら答えると、それでもと凛は食い下がった。



「天宮さんだって、勉強頑張ってるじゃん」


「学内順位一位の人に言われても皮肉にしか聞こえないもん」



 出流が食い下がる凛にフォローを入れるが、それは逆効果で、凛は拗ねた様子でそっぽを向いてしまった。しかし、それは本当に拗ねたというわけではなく、二人の仲の良さを窺わせる冗談だった。



「勉強もしっかりやらなきゃ、爺ちゃんにドヤされるし」



 出流も冗談と分かってて、それに半分冗談、半分本気でそう返した。


 それを聞いた凛はそっぽを向いていた顔を出流の方へ向け、しばらく見つめ合うとどちらからともなく笑い合った。







 帰りのホームルームが終わり、騒がしくなった教室で、出流は鞄を持つと席から立ち上がった。


 それに気づいた凛が出流に声をかける。



「もう帰るの?」


「ああ、こないだ話してたVRMMOのベータテストが今夜からなんだよ。だからそれまでに早く帰って色々と用事を済ませておこうと思って」



 出流の言うVRMMOは、『アナザーワールド』というオンラインゲームであり、VRゲーム発売以来、初のMMO作品なのだ。そんなゲームのベータテストに選ばれたのは、応募総数七十万の中のたった百人だけだ。この数は普通のベータテストの当選者数に比べたら、少ないと言われ一時期ネットで炎上騒ぎになったが、そんな当選確率の低い中、出流は見事当選を勝ち取ったのだ。


 そんな話を何故クラスのマドンナである、凛に堂々と話せるのかというと、仲良くなったきっかけが、趣味が同じという点だった。

 席が前後だったからというのもあるが、趣味が合ってなかったら、ここまで仲良くはなっていないだろうと出流は思っていた。



「あっ、そっか。今日からだったね。叢雲くんは稽古の時間とか忙しいからね。頑張ってね」



 凛は左上に視線を向け何かを思いだすような仕種をすると、途端に笑顔になり、出流を応援した。



「ありがと。それじゃあ」


「また明日」



 別れの挨拶を告げると、出流は今日から始まるゲームのことに想いを馳せながら、帰路に着いた。







 板張りの床に天井から照らす照明の光が反射される。埃っぽさとカビ臭さが漂い、外からは鈴虫の鳴く声が聞こえる中、鋭い風切り音が連続して道場の中に響く。


 出流は振っていた二本の木刀(・・)を道場の壁にかけ、タオルで汗を拭く。



「ふぅー。今日はこのくらいかな」



 学校から帰ってから、途中で夕食を取ったりしながらも休憩無しで今まで稽古を続けていた出流はようやく稽古を終了とした。


 剣道場なのに竹刀ではなく、木刀を振っていたのには訳がある。

それは出流の実家が叢雲流の相伝であることに起因する。

 本来、叢雲流とは剣術のみならず、様々な武術、総合武道を扱う流派だ。

 そのため剣道の竹刀ではなく、叢雲流武術としての木刀なのだ。


 そのような理由があって、普段の稽古では竹刀ではなく、木刀を使っているのだ。

 それも剣道の大会が近くなれば、剣道のための稽古へとシフトチェンジするので防具をつけて竹刀を使うのだが。


 打ち合い稽古ならまだしも、個人練のため防具も付けず、道着のまま練習をしていた出流は、胸元の汗を拭くために道着を肌けさせ、汗を拭きながら、道場の壁にかかっている時計を見る。



「んなっ! もう二十二(じゅう)時になるじゃねぇか!」



 時計の針は二十一時五十七分を指していた。

 その時刻は、ベータテストのユーザー登録開始時間だった。ベータテスト自体は二十三時開始なのだが、キャラクターメイキングは二十二時に開始できるのだ。


 ベータテスト開始直後にVR世界で運営から説明があるので開始時間までにはゲームを開始していないといけない為、出流は汗も拭き終えぬまま自室へと走っていった。







 部屋に戻った出流は着替えることもせず、道着姿のまま、パソコンを立ち上げた。


 キャラクターメイキング自体は、ヘッドギアを被ってVR世界に行かなくても、パソコンからできるようになっている。


 出流がキャラクターメイキングの画面に行くまでには、既に数分二十二時を過ぎていた。


 ユーザー登録を終えた出流は早速キャラクターメイキングへと移った。







 キャラクターメイキングへと移ると先ず、アバターの容姿を設定できるようになっていた。

 性別は男を選ぶ。容姿に関してはかなり細かく選べるようになっているらしく、時間がかかりそうだと考えた出流は、とりあえずデフォルトの状態にしておき、次の項目のスキル選択へと移った。


 早速、スキルを選ぶためにスキルの項目をクリックする。



「……え、多すぎだろ」



 出流は現れたスキル一覧を呆然と眺める。


 そこにはパソコンの画面を埋め尽くすほどのスキルが並べられており、さらにページ数も夥しい数存在している。



「(しかも、なんで五十音順? 見難いわ)」



 出流が思ったようにスキルは五十音順で並んでおり、ソートで順番を変えることも出来ない。正直、悪意を感じるような並べ方だ。



「(こういう初期スキルって、ある程度初期段階で役に立つスキルを数個用意する程度だろ普通)」



 そもそも普通のゲームではあり得ないような数のスキルが存在している。


 この『アナザーワールド』というゲームは所謂、完全スキル制で個人の強さを示すレベルや能力を表すパラメーターが存在しない。

 スキルのレベルとプレイヤー個人の技術によって強さが変わる。

 要はスキルを多く持ち尚且つ、スキルレベルの高いものが強いということだ。


 プレイヤーの操るキャラクターの能力を上げるには、身体強化や魔力強化などのスキルが必須になる。


 スキルは一定の熟練度を積むことによって発生、レベルアップするというなんともハードな仕様となっている。



「(まあ、いいか。とりあえず順番に見て行こう)」



 気を取り直して、スキルを見始めた出流だったが、またもや動揺することになった。



「(なんで、《アイテムボックス》の次が《愛撫》なんだよ。どんなスキルだよ)」



 戦闘には全くもって関係のないスキル名に戸惑いを隠せない出流。続くスキルも戦闘に関係の無さそうなスキルが延々と続いている。


 試しに《愛撫》スキルを選択してみた出流だったが、スキルに関する詳細は何も出てこず、選択されただけだった。


 よく分からないが、この数のスキルがあると時間がかかると予想した出流は、とりあえず片っ端からスキルを見ていくことにした。


 しばらく目ぼしいスキルがないか、確認していくと《影魔法》なるスキルを発見した。

 試しにそのスキルを選択してみると、同じページ内に存在していた《雷魔法》という文字がグレーアウトして選択出来なくなっていた。

 一度《影魔法》を外してみると雷魔法は選べるように戻っていた。《雷魔法》を選択しても同じように今度は《影魔法》が選択出来なくなっていた。


 このことから出流は選択できるスキルにも組み合わせ(・・・・・)があると推測した。そもそもが幾つまでのスキルを取得できるかなどの説明が一切ない。


 説明不十分な上にスキルが見にくいことに、このゲームの運営を心配するが、ベータテストならこんなものなのかなと無理やり自分を納得させる出流だった。







 時刻は二十二時五十四分。

 ベータテスト開始まで六分。それまでにゲームを始めていなければならない。


 現在スキルの確認も、ら行まで進んでいた。

 出流の目に《臨機応変》という名前の不思議なスキルが映る。

 たまに見かける四字熟語のスキルだ。他にも《一騎当千》や《千変万化》といったようなスキルを見かけた。それらの四字熟語のスキルは大体が選択すると、選べるスキルが一気に減る。ほとんどがグレーアウトして選べなくなってしまうのだ。せいぜいが魔法スキルを一つ選択できるかくらいになってしまう。

 他にもさっき見たのでは《無限収納》というスキルがあって、どう見ても《アイテムボックス》の上位互換なのに、他の四字熟語のスキル同様にほとんどのスキルが選べなくなってしまった。


 出流はそんなことを思い返しながら、そのままスキルを見ていると気になることを見つけた。


 一度、さ行まで戻ってみる。



「(あった)」



 出流の見ているのは《窃盗》というスキルだ。

 さっきまで見ていたところまで戻ってみる。


 そこには《略奪》というスキルが存在している。


 試しに選択してみる。

 すると、四字熟語スキル並みに選べるスキルが減った。

 比べて《窃盗》スキルは、他の一般的なスキルと変わらず、選択したところで選べるスキルは幅広い。魔法スキルも複数個選択できる余裕さえある。


 そこで出流は考える。



 《窃盗》と《略奪》。


 普通に考えたら、他者から何かを奪うという行為で共通点があり、バレずにやるか、無理矢理やるかで相違点がある。

 正直言って微妙だ。相違点は言い換えてしまえば、共通点となる。

 どちらも重複した内容のスキルとなっていてその内容に大した差異はない。


 それなのに選べるスキルの数は天と地ほどの差がある。


 そこでふと記憶に蘇るのは、数十年前に流行ったらしいネット小説。そこにあった内容を思い出す。



 ──スキル略奪。



 他者からスキルを奪い、自分のものとする壊れ性能のスキル。


 もし同じ効果だったら。そう考えると今の状況にも納得がいく。


 しかし、ゲームにおいて他者からスキルを奪うスキルが存在するなんてあり得るのだろうか、そう考えに耽る出流の視界にふと、デスクトップの端にある時計が映る。



「(やばい、後二分しかない!)」



 時刻は二十二時五十八分。正確には後一分三十秒もない。


 悩んでいる時間はないと判断すると出流は迷うことなく、《略奪》スキルを選択した。


 そのまま急いで他に選択出来るスキルはないかと探すが、魔法系スキルはおろか、能力強化系スキルもグレーアウトしていて選べるスキルが《水泳》や《農耕》といったような微妙なスキルしか選べるモノがない。


 もう一度見落としが無いかしっかりとスキルを見ていく。


 すると、一つの有用そうなスキルがあった。



「(もうこれでいいや)」



 出流は半ば投げやりにそのスキルを選ぶと、完全に他のスキルを選べなくなった。



「(あ、アバターの容姿全くいじってない)」



 デフォルトのままだと気がつくも、既にキャラクターメイキング完了のボタンをクリックしていた。

 しかし、出流はベータテストだし、先んじてプレイ出来ることに意義を見出し、無理やり自分を納得させた。



「(風呂入ってからにしたかったけど、しょうがない)」



 出流は道着を着たままベッドに横たわり、ヘッドギアを被る。

 スイッチを入れると起動音がなり、機械の唸る音が聞こえ始める。


 意識が遠のき、VR世界に行くことを実感する。


 完全に意識を失う頃、出流が最後に考えたことは、運営の不手際から成る見難いスキル一覧、そしてそこから導き出される、《略奪》スキルの他のスキル選択の余地の無さの不具合の可能性。



「(やっちまったかなあ)」



 思った時には時既に遅し。

 出流の意識は完全になくなっていた。




次話は主人公視点となります。

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