6話
「おっ、リリーナとアイリスが来たな」
あれから順調にいくつかのクエストを終えた俺とミカは六時まであと十分というところで街に帰ってきていた。
首尾は上々といったところだと思う。あれから一応二つのクエストを受け、見事にそれを達成。
俺たちの今日の合計獲得金額は総額二十万ギルにまで至った。
これはミカが単体相手に大きな力を発揮したところが大きい。
ミカは複数を相手にするのには向いていないが、単体相手ならどんな化け物でも大抵どうにかできる『金剛力』という名のチートスキルを所持している。
いくらむこうにも天然チート持ちの自称未来の最強魔法使いがいるにしてもせいぜい五分五分、だとすればそこに頭のキレる俺がいるチームの勝ちは硬い。
それがわかっていた俺はリリーナとアイリスがもう少しで門までたどり着くのを腕を組みながら余裕の表情で待つことにする。
勝ちが決まっている勝負ほど楽しいことはない。
それに俺の勝ちが決まればあの天狗になっているリリーナに好き勝手な命令ができる。思春期真っ盛りの男の子の願望も、三十を過ぎて魔法使いになった男の欲望も思いのままに。
「ふはははははっ。笑いが止まらねえぜ」
「うっわ~……。ユウマが完全に悪いこと考えてる顔だよ……」
そんなミカの一言も今の俺には聞こえていない。
それぐらい気分がいいのだ。
そしてそれから数分後、ようやくリリーナとアイリスが街の門までたどり着いた。
「遅かったなリリーナ。アイリスは大丈夫だったか? どこかの能筋にいいように使われなかったか? バカな命令で危ない目に合ってないか? もし何かあったならお兄ちゃんに言ってごらん、あの悪い魔女を倒してあげるから」
「ホント私を何だと思ってるのよ……」
俺がアイリスに問いかけると、リリーナが呆れたようにため息を零した。
「えっと……特に何もないですよ? リリーナさんは私を守るように前に立ってくれましたし、むしろ私はずっとリリーナさんの後ろで援護ばかりでリリーナさんに負担をかけてしまいました」
「そっか~。それはよかった。能筋がどうなろうと心は痛まないけど、アイリスに何かあったらお兄ちゃんはここで迷わずに自分の首をはねて心臓をショートソードで刺して頭をミカに潰してもらってた」
「そこまでしますか!?」
「私もユウマの頭なんか潰したくないよ!?」
アイリスとミカにツッコミをもらってから改めてリリーナの方へ向き直る。
「それで、今日はいくら稼いだんだ?」
自信満々の表情で言う俺に対し、リリーナは腕を組む。その時に両腕に乗るパイオツが大変けしからんとユウマは思います。
そんな邪な感情を紳士な俺は心の奥底に押し込んで、いたって冷静な態度でリリーナを見る。
「ふふんっ! 聞いて驚きなさい! どうよ!!」
そう言ってリリーナが財布である袋を胸を張って突き付けてきた。
―――空の袋を。
「お前よくそれを自信満々に報告できたな! ある意味尊敬するよ!」
「ふふんっ。私みたいに大きな人間になると負けてしまった時でも変に取り繕って情けない態度は取らないものなのよ。ユウマとは違ってね」
「お前、かなりいい感じに言い繕ってるけど、それただの負け犬の遠吠えだからな」
「ふん。なんとでも言いなさい。ユウマみたいな低俗な人間には私の高貴な考えは理解できないわ。一生かかってもね」
「ああ、わからないし、わかりたくもないね。それよりもお前、さんざん言ってくれてるけど負けた時の約束覚えてるんだろうな?」
「えっと、確か今日の夕食抜きだったかしら? まあ、一日くらいなら仕方ないわね」
「ちげーよ。お前とアイリスは俺とミカの言うことをなんでも一つ聞くんだよ! それがたとえどんな命令でもな! フハハハハハッ!」
「本当ユウマって魔王よりも魔王っぽい……」
そんなミカの小言も聞こえないくらい俺は調子に乗っていた。
そして次の日。
今日は昨日の勝敗の賞品、つまりはなんでも言うことを聞くという話の実行日である。
ただ昨日の話し合いでなんでもに制限がもたされてしまった。そんなの断固拒否するという俺の提案はまさかの味方であるはずのミカによって無視され無効にされてしまった。
そしてその制限というのが。
エッチなこと禁止。
他の人に迷惑をかける行為の禁止。
命令できる回数を増やすなどといった命令回数を増やす行為の禁止。
の三つである。
どれでこれも俺には手痛い制限である。
と言っても最初の一個目はおそらく考えるだけで実行できるほど俺の精神力がないと思われるため、実行できなかっただろう。いや、俺の紳士力が邪魔をすると言った方が正しいと思われるな。うん。
しかし他の二つは本当に手痛い。
俺の予定ではリリーナにそこらの知らないやつに何か恥かしいセリフを言わせたりだとか、恥かしい恰好をさせたり、今日一日俺の奴隷だ! なんでも命令を聞け! とかいう予定だったのに、これでは完全に予定崩壊である。
ちなみにアイリスにはそんなことさせるつもりは最初から毛頭ない。そりゃあこれっぽっちも。
そんな無駄なことをさせるくらいなら俺に奉仕してもらったり、お兄ちゃんと呼んでもらったりした方がよっぽどうれしいし楽しい。
「それじゃあ早速昨日の件でのことやっちゃおうか」
ミカがそう切り出した際、明らかにリリーナが顔を強張らせた。―――俺の方を見て。
俺ってそこまで信用ないですかね。と、言いたいところだが、さっきまでの話しを持ち出されると何とも言えない。
「おいリリーナ。お前なあ、あんなに制限持たせておいてまだ心配なのかよ。安心しろ、俺だってあんなに制限を持たされたらロクな命令できねえよ」
「信じないわ。ユウマのことだから制限の裏をかいてくるに決まってるもの、警戒に警戒を重ねてさらに警戒を重ねておいても不安だわ」
「お前なあ! さすがの俺だって傷つくときは傷付くんだぞ! ボッチの中のボッチ、キングオブボッチをなめんなよ! コミュ障の王様だぞ!」
さすがに傷付いた俺はリリーナに怒声を浴びせる。
「まあまあリリーナ。ユウマはいつも肝心なところでヘタレるから大丈夫だよ。どうせ制限なんてなくてもエッチな命令とかできやしないから」
「お~お~ミカさん、俺のこと随分と小バカにしてくれるじゃないの。俺だって制限がなくてちゃんとした体裁があれば……」
「できないでしょ」
「くっそっ!! だから幼馴染は嫌いなんだ!!」
ミカの奴、本当に俺のことしっかりと理解してやがるから困る!
一部記憶でも飛んじゃえばいいのに!
「それじゃあ私から、リリーナは今日一緒に私とお風呂入ろ。で、アイリスちゃんは今日一日私のことをお姉ちゃんって呼ぶこと、ミカお姉ちゃんとかでも可! とにかく私をお姉ちゃん扱いして!」
「え……? そんなことでいいの、ミカ?」
「うん。前からリリーナはスタイルいいから一緒にお風呂入ってみたいなーって思ってたし、アイリスちゃんは妹みたいで可愛いからお姉ちゃんって呼ばれてみたいと思ってたし、私的には大満足だよ!」
「そう。ミカがそれでいいなら私はそれでいいわよ」
「私もです」
「やった!」
どうやらミカの方の二人への命令は決まったらしい。
にしてもミカの奴、上手い命令をしたものである。確かにかなり良い命令の出し方だ。俺もいろいろ考えてきたとはいえ、少し考えを改める必要があるらしい。
「それじゃあ次は俺だな。まずはリリーナ、明日俺と一緒にお風呂に入ってご奉仕を……」
「脚下」
「脚下ね」
「脚下ですね」
最後まで言ってないのにいきなりの三人からのダメ出し、理不尽である。
「なんでだよ! ミカはよくてなんで俺はダメなんだ! 確かにアイリスは児童ポルノ禁止法に関わるかもしれないが、リリーナなら関係ないだろ! むしろみんな大喜びだ!」
「いやいやユウマ! そういう問題じゃないから! っていうか、こっちの世界じゃ児童ポルノ禁止法とかないし! たぶんだけど!」
「ミカの言う通りよユウマ! そのジドウポルなんちゃらは知らないけど、喜ぶのはユウマだけでしょ! それにみんなって誰よ!」
「ユウマさん……エッチなのはいけないと思います……」
「ぬぐぐ……っ」
俺の必死の言い分は結局この後も許されることもなく、アイリスに「もしユウマさんがリリーナさんとお風呂に入るって言うなら、もうユウマさんの事なんて知りません。お話もしてあげません。し……してあげない……うぅ……」と、アイリスが涙目になってきたので俺が即敗北宣言をした。
アイリスの泣き顔をもう少し眺めていたかったというのは俺の中の秘密であり、墓まで持っていくべきトップシークレットである。
「それじゃあどうすっかな~。あっ! 街の広場でリリーナの脳筋ダンスとかってどうよ」
「どうよ、じゃないわよ! 嫌よそんなの! まず私は脳筋じゃないわよ!」
「それじゃあ意味不明な奇声を上げて街を一周とか」
「嫌よ! っていうかそれ他の人の迷惑になるでしょ!」
「うむ確かに……じゃあ魔物の集団に杖を持たずに体一つで突貫する」
「うっ……確かに危険だけど、今までの中ならまだマシ方な気がするから不思議だわ。……でも、抵抗していいならその辺の雑魚なら私にかかればどうとでも……」
「やっぱいいや。どうせやってもすぐにアイリスとミカに助けてあげてってせがまれるのが見えてるし、せがまれなくても最終的に助けるのも、家まで運ぶのも俺だから止めとく」
「なんなのよ! なんなのよ! なんなのよ! キィィィィィィィィ!!」
リリーナが相当苛立っているのか地団駄を踏みだす。
やっぱりリリーナいじりは楽しい。一日一回リリーナいじり、やっぱりこれは俺の日常に外せない。
「それでユウマ、結局アイリスちゃんとリリーナになにをお願いするの?」
「そうだな……」
頭の中でやってほしいことをいくつかリストアップしていく。
普段から妄想想像なんでもござれって感じの俺だが、こう制約を付けられてしまうと意外といい案が出てこない。結局のところ男子高校生の想像なんて全部妄想なのである。『亡き女を想う』と書いて妄想。そしてそのすべてが大抵エッチなことに起因するのである。
「それじゃあアイリスはミカが言ってたのと同じように明日俺を一日でいいからお兄ちゃんって呼んでくれ。できれば「アイリスねぇ、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの」まで言ってくれると嬉しい」
「最後のセリフは少し恥ずかしいですけど、それぐらいならいいですよ」
とりあえずアイリスは無難な命令をしてオッケー。
しかもプロポーズ的なものまでしてもらえることになった。これはスマホで録音―――いや、動画だな!動画に残そう!
あとは―――
「リリーナは一日俺のメイドな。異論反論その他もろもろは事務所を通してどうぞ」
「はぁ!? 嫌よそんなの! なんでこの高貴なる私がユウマみたいなその辺にあるゴミの言うことを聞いたり頭を下げないといけないのよ! それなら私は今ここで死を望むわ!」
俺のかなりの妥協を含んだ命令もリリーナにとっては大層屈辱なようで甲高い声を出しながら文句を爆発させる。
それはもう頭から煙でも出すんじゃないかってくらいにカンカンと。
「あのな、俺は大分妥協してやってるんだぞ? 一緒にお風呂もダメ、脳筋ダンスもダメ、奇声を上げながらの街マラソンもダメ。それに比べたら大分マシな方だろ」
「くー……っ。確かにそんな気がするから不思議だわ。……はあ~、わかったわよ。それでいいわよ。でも本当に一日よ! 明日一日だけだからね!」
「あー、もちろんさ。俺は嘘はつかない。それだけは約束しよう。だから今日は安心してミカの方のお願いを叶えてやれよ」
「うーん……、なんか含みを感じるけど、まぁいいわ。あと明日のメイド中もさっきの禁止事項は有効だからね」
「あー、わかってる。ちゃんと紳士で真摯な俺はしっかりと節度を守って命令をしよう」
それだけ言って俺は部屋を出た。
ダメだ……まだ笑うな……。
出そうになる笑いを必死に押しとどめ、自分の部屋へと戻る。
あいつらは肝心なことに気が付いていない。命令回数を増やすことを禁止しておきながら色々とやらされるメイドをやるというのはおかしいと気づいていない。
「フハハハハハハハハッ! 覚えてろよリリーナ! 今から明日が楽しみだぜ!」
部屋に戻った俺は魔王と言われてもしょうがないくらいの悪人ずらで一人笑っていた。




