11話
「ただいまです」
「……」
無言のまま屋敷へと戻り、中に入る。
アイリスはいつものように行儀よくただいまを言ってから屋敷の中に足を踏み入れ、俺は無言のままその場につっ立っていた。
それは千年はそこにあったかの様な大木のようにがっしりと。
「ん? ユウマそんなところで何してんの?」
しばらく俺がその場でつっ立ているとミカが話しかけてきた。
ミカの声を聞いて少し意識を取り戻した俺。
「お前、大丈夫なのか? 風邪ひいてんのに起きてちゃダメだろ」
「あー、うん。ちょっとトイレに行きたくて―――」
「―――すまん」
「今更いいよ。ユウマだし。それで、どうしたの? そんなところにつっ立ってて、早く中に入ればいいじゃん」
「いやな―――」
俺は今日のクエストでの出来事をミカにできるだけ手短に話した。
「っていうわけだ」
「いや、だからねユウマ『かくかくしかじか』とか、少し感覚を空けてから『っていうわけなんだ』って言っても伝わなないから、それアニメや漫画限定だからね」
「そんな!?」
「そんなに驚くこと!? 前にも言ったよね!?」
いつも通りなやり取りを交わした後、今度こそ真面目にミカに今回のクエストでの出来事を話した。
「うわぁー……。ユウマらしいっちゃらしいけど、アイリスちゃんにそれはダメだよ。アイリスちゃん純粋なんだからそんなことされたら傷つくし怒るよ」
「だよな……。お兄ちゃん失格だったよな……。これじゃあお父さんにも怒られる」
「まずユウマはアイリスちゃんのお兄ちゃんじゃないからね。それにユウマの中のアイリスちゃんのお父さんってユウマじゃん。自分で自分を怒るの? それはそれで見てみたいけど」
「……」
「……はあ。とにかく少し休みなよ。クエストで疲れてるでしょ? 私とリリーナがいないだけで火力が足りないっていつも言ってるのにクエスト行ってるんだから。今日はゆっくり休みなって」
「ああ、そうするわ……」
結局この日、俺は夕食を食べることなく、自室で過去の自分を呪い殺そうと自棄になっていた。
次の日。
「ユウマおはよー……って……案の定というかなんというか」
俺の部屋にノックなく入ってきたミカの第一声はこんな呆れた声だった。
「なに? 昨日から寝てないの? 目のクマすごいよ。本物のクマすら逃げ出すクマだよそれは」
「鬱だ……死のう……」
「いやいや、死ぬのは早いって。アイリスちゃんは優しいから謝ればきっと許してくれるって。だからまず謝ってみーよ」
「……そ、そうだよな! アイリスは天使だもんな! どっかの能筋魔法使いとか、暴力系ドジっこ幼馴染とは違うもんな!」
「うん。ユウマ、この件が終わったらちょっと話そうか。……拳で」
「よーし! そうと決まったらアイリスの所へ行くぞー! 待っててくれアイリス。いや、俺の天使よー!」
俺はアイリスがいるであろう居間に顔を出す。
が、しかし。
「アイリスー! 昨日はお兄ちゃんが悪かった! だから許してくれ!……って、なんだ、魔王しかいねえや」
「魔王って誰のことなのかしらねっ!?」
居間にいたのは能筋魔法使いことリリーナだけだった。アイリスのアの字すら見つからない。
俺は大きくため息を吐くと、一気にやる気をなくす。
「ホントなんなのよ。なんで会ってそうそう魔王とか言われてため息吐かれなきゃいけないのかしら! ……もしかして、魔王って魔法の王様ってこと? それなら私にぴったりね!」
「何でそんなにポジティブ!?」
完全に俺がリリーナをバカにする流れだったはずなのに、能筋ならではの意味不明な思考回路が邪魔をして失敗に終わる。
「それで魔王、アイリスを知らないか?」
「……それで通すのね、そう呼ぶなら大魔法使いとかの方が私的にはいいんだけど」
「わかった。それで大魔王、アイリスはどこだ?」
「何がわかったのか一から説明してもらえるかしら!?」
「もう能筋でも阿呆使いでもいいからさ、早く教えろくださいこのやろー」
「何一つとして私が言った案が入ってないし、丁寧に見せかけた命令形は止めなさいよ! 一瞬間違えそうになったじゃない!」
……あ、やっぱりこいつバカだ。
俺の知ってるリリーナだ。よかった。
「それで、本当にアイリスはどこ行ったんだ?」
「アイリスなら部屋にいるんじゃない? 今日はまだ見てないわよ」
「なんだよちゃんと知らねえのか。使えねえ……」
「もうそろそろ私もキレるわよ……」
身体を震わせながら明らかにいら立ちを見せるリリーナ。
それをわかった上で俺は―――
「トイレなら我慢しないで行った方がいいぞ。それともギリギリまで我慢して限界まで行ってから用を足すことに快感でも覚えたのか? なら俺もお前の特殊プレイを止めたりしないが」
「いいからさっさと出できなさいよーーーーーーっ!!」
俺はリリーナに魔法を撃たれる前に一目散に居間を後にした。
居間を出て、リリーナから聞いたようにアイリスの自室へと向かう。そしてアイリスの部屋の前に立ち、二、三回深呼吸。
「そういえば俺、女の子の部屋って入ったことないな」
今思うと、俺が最後に女の子の部屋に入ったのはたぶん小学生の頃のミカの部屋だ。
中学に進級したころから、俺はいじめにあって引きこもりがちになり、ミカの家にすら行かなくなったのでそれが最後のはずである。
「そう思うと、なんか緊張してきた。手に汗とか掻いてないよな?」
慎重に手を確認して汗が出ていないことを確認。念のためにズボンでも拭いておく。
「ユウマ、行きます!」
ノックもせずにドアを開け放つ。
「アイリスー。お兄ちゃんだよー。昨日はごめんなー。お兄ちゃんもー、悪気があったわけじゃないんだよー、あれは冒険者としてしかたなくてー、やりたくてやったわけじゃ……」
ここまで言って俺は言葉を詰まらせる。
なぜかというと―――
目の前にはパラダイスが広がっていたからだ。
今、俺の視界の中にはアイリスが映っている。それも可愛らしいパジャマを脱いでいる最中である。
俺はもう必死に瞼というシャッターを連射した。が、そこで自分の失態に気づく。相手はリリーナやミカでなく、アイリスだということに―――
「……っ!!!!」
アイリスは俺を見て状況を確認すると、顔を一気に顔をリンゴの様に赤らめて、
「す、『スプラッシュ』!!」
そう、全力で叫んだのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「……ユウマ」
「何も言うな、幼馴染よ……」
結局、あの後アイリスは一切口を聞いてくれず、俺を無視し続けた。
これもうダメかもしんないね。
「なんで謝りに行ったはずなのにますます状況を悪くするかなー」
ミカが呆れたように俺を見る。
まあ、言いたいことは俺だってわかる。俺だってやらかしたって思ってるさ。思ってるけど―――
「後悔はしていない!!」
「いや、しなよ!?」
後悔なんて微塵もなかった。アイリスのちょっとしたあられもない姿を拝めたのだ。これで後悔したなんていうやつがいたら、俺はそいつを男とは認めないだろう。
または重度の年上属性持ちだと判断する。そう、例えば七十以上の女性じゃないと興奮しないとか、介護なしでは生きていけない状態の老人でないと恋できないとか、そんな感じの。
「それでますます状況は悪化しちゃったけど、どうすんのさユウマ。正直、私は一旦時間を置いた方がいいと思うけど」
「いやダメだ。青春は時間を待ってくれない」
「うわー……そのセリフ世界で一番似合わないよユウマ」
幼馴染の憐みの視線が痛い。
でも、今はそんな時ではない!
「もう一回行ってくる!」
「あー、はいはい。大けがしないでねー」
「アイリス。さっきはノックもしないで部屋に入って悪かった。本当に悪かったと思ってる。この通りだ」
「……」
俺の言葉に無言のアイリス。
それもそうだろう。この世界におそらくこの謝り方はないはずである。謝罪の姿勢の中でも最高で最上級の技、土下寝を。
土下座は頭をできるだけ低くして、相手の方が偉い、優位、簡単に言ってしまえば自分は下で相手が上だと思わせる謝罪方法である。
が、ちょっと考えてみてほしい。
本当に土下座が一番頭が低い位置にあるのだろうか?
確かに、頭を床に付ける土下座というものも存在する。が、基本は床より数センチ上で止めるのが普通だ。現に剣道の試合なんかの前に本当に頭を床につける奴はいないはずである。
だとしたら、それはもう少し頭を下げられるということにならないだろうか?
そして、それを究極にまで追求したのがこの姿勢。
土下寝である。
「……」
一分近くこの姿勢のままでいるが、アイリスからの返事はない。
俺はアイリスから何らかのアクションがあるまで頭を上げるつもりはない。
「ぐはっ!」
しかし、いきなり俺にかかった何らかの力によってそれは一旦強制的に中断させられた。
「てめーリリーナ! こっちが真面目に謝ってんのに何邪魔してくれてんだ!」
犯人はもちろん。考えるまでもなくリリーナである。
「廊下のど真ん中で邪魔なのよ。トイレもまともにいけないじゃない」
「そんなの漏らせ!」
「あんたどんだけ鬼畜なのよ! 最近少し落ち着いてきたと思ったら全然だったのね!」
「『サンド』!『エア』!」
俺は咄嗟に魔法でさらさらの砂を作り出し、それを風魔法でリリーナの目に向かって飛ばす。
「きゃっ!? な、なにすんのよユウマ!」
「『リスント』!」
次に拘束魔法でリリーナを拘束する。
今回も意図せずに変な縛り方になってしまった。でもエロいので良しとする。
そして拘束したリリーナをトイレの前まで連れていく。
「ちょっと! これどうにかしなさいよユウマ! これじゃあトイレに行けないじゃない!」
「フハハハハハッ。俺の邪魔をした罰だ。お前はここで、トイレが目の前にあるのにトイレに行けず、用を足したいのに用を足せないジレンマに何時間も苛まれながら時を過ごすのだ! くはははははっ! 笑いが止まらねえな、おい!」
「本当に外道だわこの男……」
「なんとでも言うがいい。どうだ? もう我慢の限界なんじゃないのか? 今なら謝れば空っぽの瓶くらいなら持ってきてやってもいいぞ。そしてこの先俺に忠誠を誓うんだったらパンツも脱がして瓶に用を足すのを手伝ってやる」
「最近本当に落ち着いてると思ったらますますパワーアップしてたわけ!?」
そこまでやって俺はようやく気付く。
アイリスが俺のことを見て、すごい悲しそうな顔をしていることを―――




