10話
「す、すいませんユウマさん……。まさか当ててしまうとは思ってなくて……。すぐに治療しますね」
アイリスの魔法によって吹き飛んだ俺の方へアイリスが小走りで走ってきた。
ちなみに俺と一緒にいたビックラビットは俺より少し遠くの方に倒れている。直撃をもらった分ダメージが俺よりも大きかったみたいだ。現在はピクリともいわずに横たわっているが、まだ仕留めきれてはいない。
早くアイリスに回復してもらってとどめを刺さないと―――
「―――あのー、アイリスさん?」
「はい、何ですかユウマさん?」
「何でそちらにいらっしゃるのかお教えいただけないですかね?」
「はい。ビックラビットさんの方がダメージが大きいようでしたので先に回復を、と思いまして。―――ユウマさんにも終わったらすぐに回復魔法をかけますので、もう少し待っていてもらえますか?」
笑顔で俺に言うアイリス。
うん。確かに理にかなっている。まずは重傷のやつから治療して軽傷の人は後回し、日本でもそうだった。うん。あってる。あってるけど―――
「いやいやいやっ! アイリスさん!? おかしいでしょ!? 今一瞬納得しかけたけどやっぱりおかしいでしょ!? 人間の仲間と魔物の敵で優先するのが魔物の敵ってのはやっぱりおかしいと僕は思います先生!!」
後半ノリで若干変なことを言っているが、これは俺の性格上軽口を叩かないといけない症候群のせいなので何とも思わないでいただきたい。
「はいはい。ユウマさん。ちゃんとユウマさんもこの後に治療してあげますので、もう少しだけ待っていてくださいねー。もう少しでこっちの治療が終わりますからねー」
「はーい―――ってだからおかしいでしょ!? なんで俺がわがまま言ってるみたいになってるの!? なんでわがまマンみたいになってるの!? これは絶対におかしい。こんなの絶対おかしいよ!!」
アイリスの天使の様な微笑みに一瞬惑わされて間違った選択を仕掛けたが、どうにかわずかに、ミジンコレベルで残っていた俺の理性が踏みとどまる。
「もう、ユウマさんはしょうがないですねー。わかりました。先に治療してあげます」
「……」
何でだろう。なんで俺がわがまま言ったみたいになってるんだろう。
ミカとリリーナがいない今、俺に味方はいない。
そして少ししてアイリスの治療が終わり、俺の体にあった痛みが嘘のように消えた。ちょっとしたかすり傷も消えており、改めて魔法のすごさを実感したところで、
「ヤるか」
「あのユウマさん……ヤるってなにを―――」
「そりゃあもちろん。このビックラビットにとどめを―――」
「だ、ダメですユウマさん! ビックラビットさんだって生きているんです! 前にユウマさんが生きているように生きているんです!」
「アイリスの言い分もわかるんだけどさ。ただ、もうそろそろ俺の言い分もわかってもらえると嬉しいというかなんというか……」
アイリスと冒険を始めたのはこの世界に来て二日目のことである。
初日は勇者行為でお金を稼ごうとしたり、コミュ障なのに道端の剣士に話しかけてギルドの場所を聞いたり、十円玉が結構な額で売れることに驚いたりといろいろとあった。
そして二日目に装備を整え、街の人に「装備は装備しないと意味がないぞ」と言われないようにしっかりと軽装に身を包んでウキウキとギルドに行き、クエストを受けて冒険に駆け出した俺。初々しくて懐かしい。
今思えば、この世界で初めて一緒に戦ったのも、冒険者の仲間となったのもアイリスだった。
アイリスの優しさに触れなかったら俺はもしかしたら数日で命を落としていたかもしれない。もしくはチートがもらえなかったことから冒険が上手くいかず、そのままのたれ死んでいたかもしれない。
こう思うと、二日目にアイリスに出会えて本当によかった。
「わかったよアイリス。そうだよな。ビックラビットだって一生懸命生きてるんだよな?」
「ゆ、ユウマさん……。やっとユウマさんにも私の気持ちがわかっていただけたんですね……。嬉しいです。本当に……うれしいです」
俺の言葉に感動したのか、アイリスがその可愛らしい瞳から一粒の涙を零す。
「なあアイリス。俺も隣でアイリスの治療を見ててもいいか?」
「はいっ! もちろんです! その方がビックラビットさんも喜ぶと思います!」
アイリスの許可をもらい、アイリスの隣、ビックラビットのすぐ横に腰を下ろす。
そして―――
「『スプラッシュ!!』」
すかさずビックラビットの口に『スプラッシュ』を叩き込む!
あまりの出来事にアイリスの治療もあって若干回復していたビックラビットは意識を取り戻し、もがく。
俺はすかさず次の行動にでる。
「『フリーズ』!!」
ビックラビットに流し込んだ大量の水を今度は凍らせる。するとどうなるだろう。簡単だ、その水が氷る。すなわち―――
ビックラビットの凶器の一つを封じたことになる。
しかも思いのほか上手くいったので、ビックラビットの口元が氷でいっぱいになっている。つまり―――
「呼吸ができない!」
俺が言葉を発した瞬間、ビックラビットはその場にその大きな体をたおした。絶命した瞬間である。
「っしゃあ!」
作戦通りに行ったどころか、うまく行き過ぎたことから思わずガッツポーズ。
しかし、俺はあることを忘れていた。
「ゆ、ユウマさん―――」
俺の隣ではあまりの出来事に涙を流すアイリスの姿があった。
「ユウマさんなんて―――ユウマさんなんて―――」
アイリスは言葉をたっぷりと溜めた後―――
「ユウマさんなんてだいっきらいです!!」
そう、言い放ったのだった。
ユウマは無量大数のダメージを受けた。
ユウマは精神的に死んでしまった。
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あれからなんだかんだ一緒に帰ったが、終始無言だった。
どうにかわずかに残った理性で話しかけたりもしたのだが、全部アイリスに無視されてしまった。そして街に帰った頃には俺の精神ゲージは崩壊してしまっていた。
街に帰ってきた俺とアイリスはお互いに話しかけることなく、無言のままギルドへと足を運ぶ。
「ん? おうユウマじゃねえか! どうだ? おごるから一緒に一杯どうよ? アイリスちゃんもリンゴジュースで一杯どうだい?」
そんな時、男数人で酒を飲んでいるグループに話しかけられた。
「すいません。お気持ちはうれしいのですが、今日は遠慮しておきます」
「そうか、そいつは仕方ねえな。ユウマはどうよ? おごりなら一杯飲んでくだろ? なんせ他人の金で酒が飲めるんだもんな……ユウマ?」
「……」
「なんか、今日は調子悪ぃみたいだな……。今度おごるから飲もうぜ。なっ?」
「……」
「お、おいアイリスちゃん。ユウマのやつどうしたんだ? いつもなら「おっけーっ! なんなら一杯どころか三杯だって持ってきてくれてもいいぜ! おかずもおごってくれるならなおよし!」とか調子のいいこと言ってくれるじゃねえか」
「し、知りません!」
「そ、そうか……。きょ、今日は二人とも虫の居所が悪ぃみたいだな。悪かった。―――おっ! おーい、そこの彼女ー、おごるから俺らと一緒に飲もうぜ!!」
結局俺は何も言葉を返すことなく、アイリスは少し冷たい言葉を発するだけだった。
その後どんよりとした気分のままギルドでクエスト終了の報告だけして、屋敷へと帰った。




