4話
「ザクっ!!」
俺が意識を取り戻して最初に感じたのは痛覚で、激痛だった。
腹のあたりに激痛が走り、生まれて初めて人はあまりの激痛を味わうと声も出せなくなることを知った。
知りたくはなかったけど。
そして少しずつ激痛が痛みに変わり、もうそろそろ痛みともお別れかな、という頃。
「ユウマっ!!」
再び腹部に強烈な激痛。
「ズゴック!」
激痛。
「アッガイ!」
激痛。
「ドム!」
激痛。
「ゲルググ!」
激痛。
「ジオング!」
激つ―――
「止めろやオラッ!!」
もう一発来そうな予感がした時、腹部の激痛を堪えて勢いよく上半身を起こす。
そのタイミングは絶妙だったようで、どうにかその拳を寸の所で回避することに成功した。
上半身をひねり、俺の顔があった位置を見ると、そこには人の拳一つ分の穴があった。これが今この瞬間に起きなかったら自分の顔に当たっていたのかと思うと、ぞっとして冷汗がどっとあふれ出す。
「ミカっ! お前死人に何やらかしてんだ! 仏さまに失礼だろ! 謝れ、俺という仏さまに心の底から誠心誠意、できうる限り最高の方法で謝罪をしろ!」
一通り冷や汗を流し終えた後正面を向き、俺を殴っていた張本人であるミカをにらみつけ、怒鳴る。
「お前なあ! 人様がせっかく死の瀬戸際から這い上がってきたのに、なんつー起こし方だよ! 心臓マッサージにしても過激すぎんだろ、お……い……」
本当はもっといろいろ言ってやりたかったのだが、目の前の女の子が―――ミカが涙を瞳いっぱいに浮かべているのを見て、その怒声は引っ込んでしまった。
「……は?」
意味がわからずに周囲を見回す。
すると左隣にはミカと同じく瞳いっぱいに涙を溜め、顔を真っ赤にしているアイリスが、右隣にはミカやアイリスと違って溢れるほどではないにしろ、頬に明らかに涙の通った後が見えるリリーナがいた。
それを見て、俺は自分に何があったのかを改めて認識する。
ビックビートル戦でリリーナの『エクスプロージョン』で命を落とし、生と死の間なる場所で女神ラティファと出会い、会話し、そこでいろいろな話を聞いて、生き返った。
「つっても、俺本当に死んだのか? ラティファは確かに俺は死んだって言った。でも帰り際には死んでないとも言った。現に俺は今生きている」
胸のあたりに触れれば心臓が動いているのがわかるし、体は温かい。それは血の通っている証拠であり、生きている証だ。
死んだのに死んでない。その矛盾に頭を悩ませる。
あれを聞いた時の俺に一瞬で思考できたのは、アイリスが何かの奇跡で蘇生魔法を取得して死んだ俺を生き返らせた可能性だが、アイリスの今の現状を見るにその可能性はないに等しい。
あとは俺が死んだ直後にミカがすぐに起き上がり、さっきまでみたいに殴って心臓マッサージの様な効果をもたらし生き返った可能性だが、これも信憑性に欠ける。
他の可能性としてはアニメやマンガなんかのお約束だと、体は死んだけど魂は生きていて―――みたいなものだが、今回の場合に当てはめると、俺の魂が何かの未練で成仏できず、死んだ俺の体をアイリスが回復して体が復活したので拠り所を取り戻した魂が戻った可能性だが、これもどうにも夢物語というか、ご都合主義ような気がする。
「深く考えてもしょうがないか。なにわともあれ今俺は生きてるんだし……」
結局のところ適当な妥協点を自分の中で見つけ、開き直る。
それから泣いているみんなに向かって、
「悪い、心配かけたな。大丈夫、みんなが大好きユウマさんはちゃんと生きてるぞ。今の俺は気分がいいからみんなの愛を一身に引き受けよう。さあ、来い!」
俺の言葉を聞いた三人は、
「「「ユウマ(さん)の―――バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」」
俺を罵倒した。
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「それで今何時なんだ? 何時何分何秒地球が何回回った時?」
「そんな小学生みたいな質問の仕方しないでよ。っていうかユウマもそれ知らないでしょ」
まだ顔が少し赤い半泣きのミカからツッコミをもらい、満足した俺はポケットからスマホを取り出し時間を確認する。
「んあ? 俺、一時間くらい意識失ってたのか」
生と死の間でのラティファとの出会いが俺の夢で出ないとすれば、俺はあの世界に一時間近くいたことになる。
俺がどのくらい向こうで起きるのに時間がかかったのか今となってはわからないが、俺が起きてラティファと会話していたのは約三十分くらいだと思われる。
それも確認したわけではないので、完全に自分の中の腹時計なるものでの計測時間だが、そんなに間違ってはいないはずだ。
俺の腹時計は朝食の時間と、昼食の時間と、おやつの時間と、夕食の時間だけは子供のころから当てられた。今では好きな時に好きなものを食べる、という生活になってしまったのであんまり使っていなかったが、今でも多少なりとも機能しているらしい。
「それにアニメなんかのお約束だと、ああいう世界はこの世と時間の流れが違って何十倍、何百倍にも遅かったりするもんだ。だとしたら向こうの世界ではもっとたくさんの時間を過ごしてたのか? ま、まさかっ! あそこは生と死の間なんかではなく、精神と時の部屋だったのではっ!!」
「なにさっきからバカなこと言ってるのよ」
他の二人に比べてすでにいつも通りに戻っているリリーナが珍しく俺に冷静なツッコミを入れる。
「そういえば俺の体、リリーナの『エクスプロージョン』で爆発四散したと思ってたのに意外と軽傷なのな」
「あ、それは私が回復したからだと思います。本当は全身傷と火傷だらけで、最初は本当に見てられないくらい血に塗れてましたから……」
そう告白をするアイリス。これが愛の告白だったらどんなに良かったことか。
自分の体を見てみると、まず上半身は裸だった。傷は一つも存在しておらず、いつもの筋肉もなく、かといって脂肪に塗れているでもない、中途半端な体がそこにある。下半身には布が掛けられており、何かと思ってみたら俺が軽装の下に着ていたTシャツだった。運よく体に巻き付いていたのだろう。
爆発四散してもおかしくない魔法をあの距離で受けて生きているだけでも奇跡なのに、体もちゃんと五体揃っているなんてなんという奇跡だろう。
「回復サンキューなアイリス。いつも助かってる」
「は……はい。それはよかった……です……」
何だろう。さっきからアイリスが俺と顔を合わせてくれない。別に怒らせるようなことをした記憶はないし、別に怒っている風でもない。
顔が少し赤いくらいだろうか。これもさっきまで俺のために泣いていてくれたからだろう。
不思議に思いながらもほかの二人に視線を向けると、視線が合うと二人は一斉に視線をそらした。
「なんだなんだ? みんなして急に照れ屋にでもなったのか?」
「ち、違うのユウマ……。違うの……」
ミカが歯切れの悪い言葉を返してきた。
「なんだよミカまで、なんかあったのか?」
「あったといえば……あったかな……私たちにとって珍しいものが……」
「なんだよそれ……」
ミカのわけのわからないなぞなぞに頭をひねるが、答えは一行に出てこず、ただ時間が過ぎるのみ。
「リリーナ。お前まで何なんだよ。いつもは無駄に食って掛かってくるくせに。いつもみたく狂犬病のように噛みついて来いよ」
リリーナがいつものように挑発に乗ってきてくれると期待して、挑発交じりに言葉を投げかけると、リリーナはこちらを向いて大きく口を開き、俺と視線が合うとあうあう言いながらその口を閉じた。
「マジでわかんねぇ……。乙女心ってやっぱりわかんないわ。あれだけギャルゲー、エロゲー、乙女ゲー、時には頑張ってBLゲーまでクリアした俺にもやっぱりわからん」
今まで培ってきた知識を総動員した結果。出た答えはわからない。マジ乙女心って複雑。
「わかんねえから誰か答えを言ってくれよ。リッスンミーアンサー」
中学生レベルの英語を適当に交えながら俺は三人に向かって言葉を投げかける。
そこで反応してくれたのは、やっぱりこの中で一番俺との付き合いの長い幼馴染のミカだった。
「あのね、ユウマ。怒んない?」
「事と次第によるが……たぶん怒らない」
今現状ミカたちを怒る理由など俺にはない。
「じゃあ……言うね……ユウマ、その……ユウマの……が……」
「あ?」
後半小さくて聞こえなかった言葉をミカに再び聞き直す。
「だからねユウマの……が……」
「なに言ってんだよミカ。後半が小さくて聞こえねえよ」
最初は普通に喋っているのに後半の肝心の部分を小声で言うミカ。
「はっきり言ってくれよ。聞こえねえって。何があっても怒らないからはっきり頼む」
そう言って、俺が我慢の限界でその場で立ち上がった。
―――立ち上がって、しまった。
三人が俺を凝視する。そして事態に気づきすぐに視線を逸らす。
俺はそんな三人を不審に思い、三人の視線のあった場所へと視線を向ける。それは下、俺の下半身。
そこには―――
「何やってんだ! マイ、サーーーーーーーーーーーーーーン!!」
俺の息子がプラプラしていた。
「きゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「なんていうもの見せてんのよ! バカ! 早くそのお粗末なものしまいなさいよ!」
「ホント何やってんのさユウマ!」
初めて俺は女の子に大事なムスコをみられた。




