6話
あの後、アイリスが受けていたクエストを二人で消化し、俺たちは始まりの街、イニティに帰ってきていた。
俺たち二人は怪我もなく、アイリスの方のクエストもかなり順調に進んだ。そのおかげでアイリスの方のクエスト報酬も俺と同じく五千ギルまで上げることができた。
二人でギルドまで行き、それぞれ本日の報酬をもらう。この世界のお金は全部硬貨なので、結構重い。しかし、その重さが達成感を増幅させる。
「これが働いて稼いだ感覚か……」
俺が受付のお姉さんからもらった報酬を眺めて、初めて自分で稼いだお金に感動していると、隣からかわいらしい声が聞こえた。
「わあーっ! これだけあれば今日はお水とパン一つなんてことなく夕食が食べられますー。ううぅー」
何やらすごい悲しい言葉が聞こえてきたような気がする。
というかこの子、そんなに貧乏というか断崖絶壁みたいな生活を送っていたのか。
そんなことを考えていると、アイリスが俺を見つけてこちらの方にトコトコ走ってきた。
その本当にうれしそうな笑顔がかわいいのだが、転びそうで怖い。小さな子の子育てをしているお母さんの気持ちってこんな感じなのだろうか。
「見てくださいユウマさんっ! 今回のクエストの報酬がこんなにたくさんっ!! あの……ユウマさん……?」
俺に向けられる満面の笑みに、ついアイリスの頭を撫でてしまった。
「あの、さすがにこんな人がいるところで頭を撫でられるのは……。嬉しいですし、気持ちいいんですが、恥ずかしいです……」
アイリスがそんなことを言っているが、俺は頭を撫でるのを止めない。止めてなるものか。
「あ、あの、ユウマさん? 本当に恥ずかしいのでやめてもらえると……。ユウマさんっ! さっきより心なしか撫でるの早くなってません!? なんか顔も怖いような……。ユウマさんっ、ユウマさんっ!!」
この後、俺は気が済むまでアイリスを撫で続けた。
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次の日、俺とアイリスは今日はどのクエストに行こうかとクエストボードの前に立っていた。
相変わらず、おつかいクエストや子供のお守りのクエストが多く、報酬もあんまりよろしくない。他の討伐クエストもあんまりよさそうなのがないし、ここは一旦時間を置いた方がいいかもしれない。
「なあ、アイリス。一旦時間をおこう。もう少ししたら、いいクエストが張り出されるかもしれない。それまでそこのクエストボードが見える席で飲み物でも飲んで待ってよう。……それにまだ若干体が痛い……」
「そうですね、その方がよさそうです。あと、本当に大丈夫ですか?」
二人でギルドの食堂担当のお姉さんに飲み物を注文し、クエストボードに近い席を座る。
ちなみに俺の体の痛みは昨日のクエストによるものだ。と言っても怪我をしたわけではない。簡単に言えば……。
「ユウマさん、普段はあまり運動をされない方だったんですね」
「ああ、俺は運動があまり好きじゃなくてさ。でも、そんな自分を変えようと冒険者になったんだ。それが調子に乗って筋肉痛とは……」
筋肉痛だ。
普段家に引きこもって、ゲームして、アニメ見て、ラノベを読んで、好きな時に寝るだけの堕落した生活をほんの一日という期間を除いて継続していたのだ。そりゃあ運動不足の一つや二つに三つや四つにもなるもんのである。
「それよりアイリス、ちょっと聞いていいか?」
「なんですかユウマさん?」
「スキルの取り方教えてくれよ。俺よくわかんなくてさ。武器は剣を使う予定だからとりあえず、片手剣スキルでも取っておこうと思うんだけど、わかんなくて」
そう。昨日、俺はせっかくのスキルポイントなんだし少しは使おうと、とっても確実に邪魔にはならない片手剣スキルを取ろうとしたのだが、習得可能スキル一覧には表示されない。その欄に乗っているスキルの取り方もわからないという八方ふさがりになっていた。
「あ、はい、スキルですね。ええと、冒険者カードを見せてもらえますか?」
「うん、ちょっと待ってて……」
ポケットから冒険者カードを取りしアイリスに渡す。
するとアイリスは小さい手で一生懸命に説明してくれた。
「えーっと。まず、知っていると思いますが、ユウマさんは職業が冒険者なので、スキルを教えてもらえば普通の1.5倍のスキルポイントを消費しますがどんなスキルでも覚えられます。そして、まずここが取得済みのスキル覧です。ここに表示されているスキルは魔力を使ったりして使用できます。そしてこっちがユウマさんの言っていた取得可能スキル覧です。ここに書いてあるスキルが今のユウマさんに取得できるスキルです。えーっと、ユウマさんの取得可能スキルは……。相手のことを瞬時に調べられる『アナライズ』と、たぶん昨日私が使っているのを見た水魔法の『スプラッシュ』ですね」
と言ったように懇切丁寧な説明をしてくれた。
でも、肝心要の取得方法を聞けていない。
「なるほど、それでどうやってスキルを取得するんだ?」
「はい。えーっと。この取得可能スキル欄の覚えたいスキルに触ってもらって、文字が光ったらこのマークを押せば、覚えられますよ」
「そういうことだったのか。俺は昨日スキルの名前をタッチするだけでいいと思ってたから、スキルを覚えられなかったのか」
俺は昨日、アイリスと別れてから(と言ってもアイリスに宿を移ってもらい、同じ宿の俺の部屋の隣にだが)、俺は部屋でスキルのことを考えて、片手剣スキルを覚えようと一人冒険者カードと戦っていた。
「魔法とかのスキルの取得はいいんだが、片手剣とかの武器にスキルはどうなんだ? そういうのはないのか?」
「いえ、ちゃんとありますよ。でも、武器の方のスキルは熟練度と関係してまして……。少し説明が難しいんですが……」
何となくわかったぞ。
今のアイリスの言葉だけで何となく、この世界の武器スキルの覚え方を察した俺は、一応間違っていないかアイリスに確認を取る。
「なあ、アイリス。その取得方法ってもしかして、剣を使えば使うほど、剣の熟練度が上がって、それに応じて勝手にスキルが増える、って感じか?」
「……え? は、はいっ! そうです。今ユウマさんがおっしゃったことそのままです!」
やっぱりか。ゲームでよくあるタイプだ。
スキルポイントとは別に、どれだけその武器を使い込んだかで熟練度が上昇し、その熟練度に応じて使用できるスキルが増える。この世界での武器スキルはそのタイプのようだ。
「すごいですねユウマさん。なんでわかったんですか! 知らなかったんですよね? 私まだ何にも言ってなかったのにすごいです、ユウマさんっ!」
アイリスの純粋な視線が痛い。
アイリスはこんなに純粋に褒めてくれているが、その知識は俺がまだ日本にいた頃、散々学校をさぼって、母ちゃんを泣かせながらニートをして培ったゲーム知識だ。
自分で言うのもなんだが、全くもって褒められたもんじゃない。
「……まあ、ちょっとな、俺の国の書物でそう言う話があったんだ」
もちろん、ライトノベルのことである。
「それよりさ、もしよかったらアイリスの冒険者カード見せてくれないか?」
「私のですか? 私なんかのでよければ……」
そう言ってアイリスは自分の冒険者カードを俺に手渡してくれる。
「……えっ?」
「どどど、どうかしましたかユウマさん?。……私の冒険者カード、何か変でした……?」
「い、いや。そんなことないよ」
アイリスが今にも泣きそうな顔をしていたので、急いでアイリスを宥める。
「それにしても……」
アイリスに聞こえない様に小さく呟く。
アイリスの冒険者カードは俺からしたらかなりすごかった。
正直、ゲームなら序盤の回復役としては優秀、いや、優秀すぎるぐらいだ。
回復魔法の『ヒール』を筆頭に、他の冒険者の援護に最適な各種ステータス上昇魔法、その他にも『スプラッシュ』をはじめとするいくつかの攻撃魔法。その他にもヒーラーとして優秀なスキルをすべて取得している。
序盤にしてはかなり優秀なヒーラーだ。というか、これがゲームなら最後まで余裕でパーティーに入れられる。
レベルも俺よりも五つも上のレベル六。
ステータスも筋力と敏捷性以外は高い方だと思う。魔力に至っては他のステ―タスに比べて群を抜いている。魔力だけなら俺の十倍以上ある。
これは本当にいい仲間を持った。
「アイリス、すごいじゃないか。むしろなんで今まで他のパーティーが放っておいたのか俺にはわからん」
心の底から俺はアイリスを褒める。
するとアイリスは照れたように顔を真っ赤にし、俯いた。実際に照れているのだろう。
「そ、そうですか……?」
「ああ、正直、俺なんかのパーティーにはもったいないくらいだ。……おい、アイリス? なんで泣いてるんだ? 俺は褒めてるんだぞ? 泣くことなんてないんだぞー?」
突然のアイリスの涙に戸惑いを隠せない俺、というか周囲の冒険者の目線が痛い。
待って、俺泣かせてないからちょっと待って!
俺が周りの視線に耐えながらアイリスに向き直る。
「す、すいません……。そ、そこまで言ってもらえるなんて思ってなくて……」
なるほど、そういうことだったのか。
今のアイリスの言葉が聞こえていないのか、未だに周りの冒険者たちからの視線は痛いが、俺は気にしない。
現実世界で散々、ニートだ引きこもりだと罵られ続けた俺の鋼の精神はそんなに軟じゃない。
「アイリスは今まで他のパーティーに誘われたことなかったのか?」
ちょっと地雷な感じはしたが、俺は思い切って聞いてみた。
「……何度かお誘いはありました」
それはそうだろう。俺だってこんな優秀で、いい子で、可愛いヒーラーがいたら自分のパーティーにお持ち帰りしている。
というかしてる。
「でも、みなさん毎回私と一回冒険に出ると申し訳なさそうに、悪いが他を当たってもらえないか、と、言われるんです……」
「あぁっ!?」
アイリスの話を聞き終わって俺が明らかな怒りを露にしてしまった。そのせいかアイリスが少し怯えてしまう。
「ゆゆゆ、ユウマさん。おおおお、お顔が怖いことになってますぅー」
「……ああ、悪い悪い」
アイリスの一言で冷静に戻る俺。
「それにしてもありえないよな。アイリスみたいないい子で優秀なヒーラーをたった一度の冒険で捨てるなんて。俺なら考えられん」
「……いえ、私が悪いんです。あと少しで倒せる魔物相手に可哀相だからと『ヒール』を掛けてしまう私が悪いんです……」
「……」
アイリスの言葉に俺は黙るしかなかった。
それはアイリスを捨てた他の冒険者たちに対する怒りのせいではない。
思い当たる節があり過ぎて、黙るしかないのだ。
昨日、アイリスとパーティーを組んでから二人でクエストを行っていた時のことだ。
「アイリス。そっちにあと少しで倒せそうな魔物が行った。魔法でやっちゃってくれ」
「はいっ! お任せくださいユウマさんっ。『ヒール』っ!!」
「ちょっと、アイリスっ!? なに魔物相手に『ヒール』掛けてんの!? 俺、倒せって言わなかったっけ!?」
ということがあった。
なるほど他の冒険者たちがアイリスにパーティーから抜けてくれと頼むときに申し訳なさそうな顔をするのはそういう理由か。
「でも、今はそれでよかったと思えます。だって……こんなに優しいユウマさんとパーティーを組めましたから……。えへへ、やっぱりこんなこと言うのは恥ずかしいですね。……ってユウマさんっ! なんで倒れてるんですか、ユウマさんっ!?」
俺はアイリスの天使のような微笑みに完全にヒットポイントを持っていかれていた。




