19話
「行きますよミカさーん」
「いいよーアイリスちゃーん」
あれから俺たちは五人で湖まで遊びに来ていた。
一時期はワニバーンのせいで汚れた湖となっていたものだが、今ではもうすっかり透明できれいな湖に戻っている。
この湖の大きさはかなりのもので、反対側の岸が辛うじて見えるほどの大きさだ。深さはそれほどでもないようだが、中心の方は確かめていないのでわからない。もしかしたら中心部は結構深いのかもしれない。
そんな広大できれいな湖で遊ぶ可憐な女の子たち。
そして―――
「それをカメラに収める俺!」
俺は水着を着て湖で遊ぶアイリスやミカたちを一人撮りまくっていた。
「いいねー。いいよー。さいこうだよー」
危ないカメラマンのようなセリフを吐きながらカメラをパシャリ。
「やっぱ夏と言ったら水着だよな。夏アニメじゃ欠かせないイベントだぜ!」
だんだん異世界を現実ではなく二次元と思い始めているのではないか、ということに気づかないまま、俺はまたまたカメラを一枚パシャリ。
「ユウマさん。さっきから何をなさっているのですか? ずっとそのすまほ? とかいう魔道具……ではないんでしたっけ。 を構えているみたいですけど」
「もらったーっ!」
「えっ!? ひゃ!」
俺のすぐ目の前に現れたファナに対して速攻でシャッターを切ると、ファナはフラッシュに驚いてその場に尻もちをついてしまった。
その尻もちを付いてしまったファナを再びパシャリ。
「も、もー。 いきなりひどいですよユウマさん」
「おー、わるかったよ。驚かせるつもりはなかったんだ」
今言ったセリフに一切の嘘はない。
だって俺は水着姿で胸を強調するように腕を前で組んだファナに魅了されて、その光景を永遠に残したいとカメラのシャッターと瞼というシャッターを同時に切っただけなのだから。
だから悪いのは誰かという問題をされるのならば俺はこう答えよう。魅力的すぎるファナが悪いと。
「それで何をしてたんですか?」
「あー……口で説明するより見せた方が早いな。見てみ」
「は、はあー」
俺に促されてスマホを覗き込むファナ。その無防備すぎるファナにドギマギを隠せない俺。
そんな俺に気づくことのないファナはスマホの画面を見て感嘆の声を上げる。
「わあ~!! すごい! すごいですユウマさん! これはどうやったのですか!」
俺の取った写真たちを見て心底嬉しそうに、そして楽しそうに顔を歪ませる。
そんなファナのお宝表情すらも今の俺には心のデータメモリーに残せそうにない。さっきから心臓がうるさくて仕方ない。
「あ、あー……。撮りたいものをこの画面に収めて、ここを押す。それでパシャって音がしたらオッケー」
「私もやってみてもいいですか!?」
「もちろん」
スマホを手渡すと、ファナは嬉しそうにスマホをいろんな角度から眺めてから、湖で遊ぶアイリス、リリーナ、ミカの三人がフレーム収まるようにスマホを構え、「うーん」とか「もう少し」とか言いながらシャッターチャンスを探る。
少ししてシャッターが切られた。
「こ、これでいいんでしょうか?」
「ああ。ほれ、見てみ」
ファナの取った写真を見せる。
「わあー。すごい! すごいですユウマさん!」
嬉しそうに飛び跳ねるファナ。そのファナと一緒に飛び跳ねるお胸様。
すばらしきこの世界!
生きててよかったー!
「なーにやってんの、ゆーうーまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「いっでぇぇぇぇぇぇぇ!」
ファナのお胸様に見とれている俺に天罰が下った。
俺たちが何をやってるのか気になったらしいミカによる天然ドジの肘落としだ。
ミカがこっちに近寄ってきて、濡れていた足が滑ったのか、それとも何かに躓いたのかは定かではないが、とにかく俺の脳天には『金剛力』肘打ちが決まったのだ。
とにかく痛い。
「も……もうだめだ……この痛みをなくすには今すぐファナに膝枕をしてもらうほかにない。あぁ、でもそんなのファナに申し訳なくてできな……」
「あっ、スマホだ。ユウマ、どしたのこれ?」
「少しは心配しろよ! せめてツッコメ!」
「もしかしてミカさんもこの道具のことをご存じなのですか!?」
「おーい! 今この場で唯一の良心であるファナさんまで俺を無視ですか!?」
二人に無視されて若干目に温かい液体が浮かび始める中、俺はまだ痛い頭をさすりながら横にしていた体を起こす。
「それでユウマ。本当にこれどうしたの? 確かユウマのスマホってこんなのじゃなかったよね?」
「ああ。俺んじゃないよ。ちなみに誰のかもわからん。しいて言えば今は俺のもんってことだ」
「ていうと?」
「買ったんだよ。ファナの店で見っけて売ってもらった。ネットもつながらないし、電波もないから連絡も取れないけど、メモ帳とか時計代わりとか暗いところでの明かり代わりとか、何かと使えそうな気がしてな」
「ふーん。それでこれでなにしてたの?」
「えっ!? ナ、ナニモシテナイヨ。ナアーファナー」
我ながらどんだけ演技が下手んだと思いながらも、ミカくらいドジなら気が付かないかもしれないという淡い期待を胸にしらばっくれる。
アイリスやファナ辺りなら「記念だよ」とか「思い出に残しておきたくて」とか言えば恥ずかしそうに顔を赤らめながら許してくれそうだが、ミカは絶対にそうは捕らえてくれないだろう。
どうにか誤魔化さなくては。
「ふーん。じゃあこの写真はなに?」
「グフ!」
早速バレました。はい。
「今日買ったから今日のしか写真が撮れないのはわかるんだけど、なんで私たちの水着写真しかないの?」
「そ……それは記念にと思って―――」
ミカの冷ややかな視線を全身に浴びながら、冷や汗を掻きつつ返事をする。
「ふーん。それじゃあなんで水着での写真しかないのか説明してくれる? 記念だっていうなら別に水着写真だけを狙わなくてもいいよね? それこそここに来るまでの写真だって十分に記念だよね?」
「ゲルググ!」
ミカのいつにも増して鋭い質問。
これはマズイ。
「えーっとそれは空よりも高く、マリアナ海溝よりも深い理由が―――」
「うん。別にそんなことはどうでもいいんだけど、理由は?」
「……」
「揺さぶって、つき付けて、最後はどうなるかわかるよねユウマ?」
「……はい」
「有罪!」
「ですよねーっ!!」
逆転することのない裁判の判決が下され、俺(被告人)は湖へと投げ込まれる。
「データ消去っと」
「あーーーーーーーーーーっ!!」
そして俺の瞳から流れる水を誤魔化すように、湖の水は俺を濡らした。
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「うぅ……くそ……俺の大切なメモリーが……」
「はいはい。それは心のシャッターにだけとどめておいてねー」
湖からの帰り道、俺はミカによって消去されたみんなの水着写真に思いをはせながら涙を流す。
パソコンの一つでもあれば修復が可能かもしれないが、生憎この世界にそんな便利なアイテムはない。
あったとしてもこの世界はネットに繋がっていないので、自分で一から修復プログラムを作るか、最初から修復プログラムの入ったパソコンを手に入れなければならない。
前者は今の俺の技術じゃ不可能だし、勉強するにもその先生も指南書もないこの世界では無理。後者は可能性的に非常に低い。パソコンが見つかるだけでも奇跡に近いのに、そんなプログラムの入ったパソコンを手に入れられる確立など無に等しい。
「あの、ユウマさん。何で落ち込んでいるのか私にはわかりませんが元気を出してください。私にできることならなんでもしますから」
肩を落として歩く俺に、事情を知らないアイリスが慰めに来てくれる。
ああ、やっぱり天使だこの子。
「アイリス。その気持ちはうれしい。だけどな、絶対に私にできることならなんでもするなんて言っちゃだめだ」
「……え? 何でですか?」
「世の中には危ない人がたくさんいるんだ。その人たちがアイリスみたいな純粋でかわいい子を誑かし、不幸にする。だから絶対に言っちゃだめだぞ」
「そうそう。ユウマみたいなのがいるからね」
「おいこらミカ! てめー俺から思い出を奪うだけでなくアイリスからの信頼をも奪おうってのか!」
少し離れたところからミカが口を挟んできたので怒鳴り返し、俺は再びアイリスに向かいなおる。
「まあ、そういうわけだから今度からは絶対にそういうこと言うんじゃないぞ。お父さんと、お兄ちゃんとの約束だ」
「ユウマさんは私のお父さんでも、お兄ちゃんでもありませんよ!?」
「あはは、照れてるアイリスも可愛いな~」
「照れてるんじゃなくて驚いてるんです!」
腕を前に組んで必死にツッコんでいるアイリスに落ち込んでしまった心を癒されながら頭を撫でる。
サラサラな銀色に輝く長髪が気持ちいい。
「ん? ねえ、あれなにかしら?」
俺がアイリスに癒されている中、うちの能筋魔法使いが前方を指さし言った。
「あ? なんだよ。俺は今アイリスに癒されてるんだけど。それ以上に大事なことなんてこの世に存在してないんだけど」
「……ユウマ」
ミカが俺に冷ややかな視線を向ける中、俺は仕方なくリリーナの指さす方向へ目を向ける。もちろん、その最中もアイリスを撫でる手は止めない。
「ん? なんだあれ?」
視線を向けた先、そこには何人かの冒険者たちの姿があった。見たところ盗賊と弓使いのパーティーのようだ。
「……おかしいな」
「ええ、おかしいわ」
俺が視線の先にいるパーティーに違和感を覚える中、珍しく能筋のリリーナが真剣な面持ちで俺と同じことを言った。
そんなリリーナに俺を含めたこの場の全員が足を止め視線を向ける。
「それでリリーナ、ユウマも言ってるけど、何がおかしいの?」
「ええ……」
ミカの質問にリリーナは一拍おいてから―――
「―――ユウマがこんなに真面目な顔をしてるなんておかしいわ」
「しばくぞオラっ!! そのお胸のたわわな果実を採取すんぞ!!」
俺はアイリスを撫でる手を止め、リリーナに飛びかかる。
「なにすんのよ変態!」
「誰が変態だごらーっ! 仮に変態だとしても変態という名の紳士だこの野郎! 訂正しろ!」
「そんぐらいじゃ何も変わらないわよ!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。……それにユウマさんの言う通りさっきの人たちは少し変でしたね」
俺とリリーナがもみ合いになっているのを大人の対応で仲裁しつつ、ファナがさっきのパーティーが走っていった方向を見る。
「ねえねえファナさん。結局何がおかしいの? 正直私もおかしいのはユウマぐらいだと思うんだけど」
「俺に味方はいねえのか!」
「あはは……。話を戻しますね。えーっと、私がおかしいと思ったのはあのパーティーの編成と時間帯と持ち物です」
「編成と時間帯と持ち物?」
ファナの言葉に意味がわからずに首を傾げるミカ。
アイリスとリリーナもミカと同じような反応をしている。
「ファナもやっぱりそう思うか」
「はい。おかしいと思います」
どうやらさっきのセリフと言い、表情と言いい、ファナは俺と同じ疑問を抱いたらしい。
「追いかけるにも今の俺たちじゃまともに戦えないしな。唯一まともに戦えるのはいつでも武器を『ゲート』で持ってこれる俺と、武器いらずのミカぐらいか」
「そうですね。私とリリーナさんとアイリスちゃんは杖を持っていませんから魔法の威力が落ちてしまいますし」
俺とファナがどうするか思案に暮れている中、この状況を呑み込めていない三人が首をかしげる。
「ねえねえ、ユウマ。さっきから何を話してるの? なんか仲間はずれみたいでむかつくんだけど」
「あぁ、わりぃ。あーっとな、お前らさっきのパーティーを見て違和感なかったか?」
「違和感……ですか?」
「あぁ」
「そう言われてもねぇ」
俺の言葉に三人が再び首をかしげる。
「そんじゃヒント。ミカ、お前なら冒険に出るときにどういうパーティーがいいと思う?」
「え? うーんと、四人パーティーなら前衛職二人、中衛職か後衛職を一人、回復と補助職を一人……かな」
「うん。中々いいパーティー編成だ。で、さっきのパーティーはどうだった?」
「え? 確か、盗賊二人に弓使い二人だったはずだけど……あ」
「やっと気づいたか」
どうやらミカも気づいたらしい。ミカが気づくのとほとんど同時にアイリスもハッとしたような仕草を取ったので気づいたのだろう。
しかし―――
「なに! なにをみんなで理解してるのよ!」
能筋魔法使いには少々難しい話だったようだ。
「ちょっとユウマ! 私にもわかるように説明しないさい!」
「……」
「無言で肩に手をのせないでちょうだい!」
無言でリリーナの肩にそっと手を置いたら怒られた。
仕方ないのでリリーナにもわかるように説明をしてやる。
「あのな、パーティーっていうのは普通戦闘バランスを考えて組むもんだろ? でもさっきのパーティーは盗賊二人に弓使い二人。絶対にない編成とは言えないけどちょっとバランスが悪い」
「なんだ、そんなことだったの。それくらい私も気づいてたわよ」
「……」
当然というようにドヤ顔をしたリリーナに腹を立てつつも、大人の対応でやり過ごす。
「それじゃあ、話を戻す。もう一つの疑問点の時間帯だ。これももう薄々わかってるんじゃないか?」
俺がアイリスとミカに投げかけると、二人は少し悩むように顎に手を当てたりしながら少し時間をかけると、アイリスがおずおずと手を挙げた。
「はい、アイリス君」
「えーっと、こんな時間にクエストに行くのはおかしいってことですか?」
「そう、正解」
現在の時間はスマホによると夕方の五時過ぎ。スマホの時間がこの異世界の時間と合っているのはすでに確認済みなので間違いない。
「日が傾き始めたこの時間帯にクエストに行くような奴はそうそういない。しかも、あんな軽装備で……」
さっきちらりと見た感じだと大きな荷物は持っていなかった。
こんな時間にクエストに行くんだとすれば夜間でも行動できるような装備か、夜をしのぐための道具を持参するはずなのにだ。
「確かにそう言われるとおかしいですね」
みんながさっきの状況の異常さに共通の認識を持ったところで、一斉に各々思考を開始する。
しばらく続く沈黙の時間。みんなが顎に手を当ててみたり、頭に手を当ててみたり、口元に指をあててみたり、腕を胸のあたりで組んでみたり(ファナがやると胸が持ち上がってエロい)と、長い長い沈黙の時間が続いた。
「―――まっ、いっか!」
そしてそんな重々しい沈黙は、俺の野菜人のような適当さで打ち切られた。
「え!? いいんですか!?」
俺の言動に驚くファナ。
「だってしょうがないだろ? このまま考えていたってしょうがないし、みんな万全の状態じゃないし―――疲れたし」
「絶対最後のが一番の理由でしょ!」
「なぜバレたし!」
「バレないと思ってる方がおかしいから!」
ミカとそんないつも通りのやり取りを交わし、俺はいつもの適当な雰囲気で帰り道に着く。
「え? ホントにいいんですか!? ユウマさん!?」
「いいのいいのー。さあ、帰ろー。カラスがなく前に」
というわけで、特に何かなかったことにして俺たちは無事に帰路に就いた。




