5話
「……ふう。とりあえずはこんなもんかな。……えーっと、今日半日だけで十匹のコットンラビット討伐か」
コットンラビットの一匹当たりの討伐料は五百ギル、それが十匹で五千ギルの儲けだ。
最初のクエストにしてはかなりいい感じだと思う。
「さーて、今日はもう疲れたし、宿に帰りますか。一昨日までニートだった俺にしてはよく働いたよ、うん」
そう結論付けて、街の方へと足を向ける。
「おっ! あんなところに一人で女の子が……」
少し離れたところで女の子が一人でコットンラビットと対峙している。
距離があってしっかりとは見えていないが、ここから見るに女の子は一人で、年は十歳前後に見える。服装はピンクの羽衣を纏っていて、魔法使いというよりはヒーラーっぽい。
そんな女の子がコットンラビット相手にびくびくしながら一人勇敢に立ち向かっていた。
「ふふっ! これは助けに行かざるおえんな。いや、違うんだよ。俺はロリコンじゃないし、下心なんて全然ないから。ホント、困ってる人がいたら助けたくなっちゃう俺ってホントいいやつ」
我ながら誰に言い訳をしているのだろう。
そんなことを言いながら俺は女の子とコットンラビットの方に走った。
「よーし、この調子なら間に合いそうだな」
結構距離があったようで俺が女の子の近くに来るのに二分近くかかってしまった。
これは別に俺の足が遅いわけではない。
でも、あんなかわいい子に助けた後、何て言おうとか、助けたらお礼とかされちゃうのかな。とか、そういう桃色な事を考えていたわけじゃないんだ! 信じてほしい!
そんなこんなで女の子の近くに来た俺は女の子に話しかけようと、口を開こうとした。
その瞬間、さっきまで大人しくしていたコットンラビットが女の子に飛びかかろうと跳ねた。
「まずいっ!」
ショートソードを抜くのが間に合わなそうだったので、俺は蹴りを繰り出した。
スカッ
そして見事に蹴りを外した。
そのまま体制を崩して俺はその場で転ぶ。
「やばっ! 逃げろっ!」
急いで体制を整えるも、この体勢からでは到底間に合わない。女の子も杖を持って震えている。
これはまずい。
どうしようもないのかと、咄嗟に怖くて目を閉じようとしたその瞬間……。
「す、『スプラッシュ』!!」
女の子の杖の先から水が勢いよく飛び出した。
その水はコットンラビットは吹き飛ばし、即死まで行かないものの、致命傷を与えたようだ。
「す、すげー……。……今のが魔法か」
この世界で初めて魔法を見た俺はその場で状況も忘れて女の子に見惚れていた。
早く俺も、あんな魔法使ってみたい。
「そんな場合じゃなかった。早くあのコットンラビットをやっちまわないと。ねえ、君。早くあのコットンラビットを……って、さすがにもう行ってるか」
俺が声を掛けるよりも早く、女の子は自分が吹き飛ばしたコットンラビットの元へ駆け寄っていた。
俺もせっかく出会った冒険者仲間というのと、あんな小さな女の子が一人で狩りなのか気になったので、女の子に近づく。
決して可愛いからお近づきになりたいとかいう下心からではない。
……ほんとだよっ!
「『ヒール』っ!!」
「……え?」
女の子に近づいてみると、女の子は涙目になりながら必死に『ヒール』を唱えていた。俺の知っているゲームだと『ヒール』は初級の回復呪文。
それを女の子は一生懸命唱えている。
……コットンラビットに向かって。
「あー、ごめんね。痛かったよね。私がもっと手加減していたらこんな目に合わなかったよね……。ううっ……ごめんね」
え? 何この状況。
なんでこの女の子は魔物相手に謝ってるの? コットンラビットはもう力尽きて死んでしまってるようだけど、なんでこの子は一生懸命『ヒール』を掛けてるの。
俺は何かヤバい気配を感じて、その場を立ち去ろうと女の子に背中を向けようと。
「あ、あのー……」
したのだが、あとちょっとのところで失敗した。
仕方なく、女の子の方へ向き直る。
女の子の格好はやっぱりさっき見た通り、青を基調としたふりふりとした感じの、なんというか、短い浴衣とドレスのいいところを全部合わせちゃいました。みたいな感じの服にピンク色の羽衣だ。
そしてアニメなんかで魔法少女が使っていそうな可愛らしい杖を持っていて、頭には少し大きめの三角帽子を乗せている。
髪は光を反射しそうなほど綺麗な銀の長髪で、年はやっぱり小学生くらいだ。少しおどおどしている感じが、また可愛らしい。なんというか小動物を連想させる。
「……さっきは助けてくれて、あの、その、えっと、ありがとうございましたっ! はわわっ!」
女の子は俺にお礼を言うために頭を下げた。それまではよかったのが、勢いよく頭を下げたため、そのままバランスを崩して転んだ。
女の子は何事もなかったように起き上がると、服に付いてしまった土や葉っぱをはたいて落とす。
「……えへへ。失敗、失敗」
そして笑顔ではにかんだ。
何この子、ちょー可愛い。お持ち帰りしたい。
「……えっと。自己紹介遅れました。私はアイリひゅ……」
どうやら舌を噛んでしまったようだ。可愛らしい舌を少し出して、痛そうにしている。
なんかその光景を見ているこっちが『ヒール』もされていないのに癒される。
何この子、いるだけで周りを癒すような機能が付いてるの?
「大丈夫?」
「ふぁ、ふぁい」
まだ舌が痛いのか、女の子はそんな曖昧な返事をした。
そして少しして。
「えっと、もう一度お願いしゅ……」
「……」
「もう一度お願いします」
あ、言い直した。
「私の名前はアイリスです。えっと、職業は一応、ヒーラー……です。回復魔法と水魔法を得意としてます……」
最後の方になるにつれて、だんだん声が小さくなる。耳を澄ましていたので聞き逃さなかったが、意識して聞いていないと聞き逃してしまいそうだ。
それにどうやらこの子は相当な恥ずかしがり屋というか、人見知りらしい。
「俺はユウマ。昨日から冒険者を始めた駆け出し冒険者だよ」
俺はこの子が臆病な性格というのがわかっていたので、出来るだけ怖がらせない様に、ゆったりとした口調で話す。
決してロリコンだからではない。
「ユ、ユウマさんですか。本当にさっきはありがとう、あわわっ」
頭を下げようとして、また転びそうになるアイリスを俺は咄嗟に受け止めた。
「す、すいません……」
顔を赤らめながら再び謝罪をするアイリス。
「別に謝まらなくていいよ」
そう言って俺はアイリスの体勢を元に戻してあげる。
それに本当にお礼を言われるようなことはしていない。かっこつけようと助けに入ろうとしてただ無様に転んだだけだ。
「じゃあ、俺、今日のクエスト終わったし行くから、アイリスも頑張ってな」
少し名残惜しい気もするが、未だ引きニートの心を捨てきれていない俺は、今日はもう帰りたかったのでアイリスに別れの言葉を口にする。
「あ、あのっ! 待って……ください」
アイリスに呼び止められ、流石に無視するわけにはいかず、振り返る俺。
「なんだ?」
なんとなく言われることは分かってる。
俺の危機察知センサーがびんびんと反応している。
たぶんアイリスがこれから言おうとしていることは一緒にパーティーを組んでください、だ。
アイリスは確かに可愛いけど、これから付き合っていくことになれば、俺は大変な目に合うと本能が告げている。その証拠をさっき俺はこの目で目撃してしまっている。魔物に『ヒール』を掛ける。アイリスの姿を……。
そんな未来を予想してしまった俺がどうしたもんかと悩んでいるとアイリスは言った。
「も、もしよかったら……私と……パーティーを組んでくださいっ!」
「喜んでっ!!」
本能よりも欲望に忠実な俺だった。




