10話
「どうにかギルドまでたどり着けた……」
憲兵とお姉さん、そして周りのギャラリーがみんな散らばっていくまで樽の中で待機していた俺は、騒ぎが収まったのを確認してからひどく重たい足を動かしてギルドへとたどり着いた。
昨日ぶりのギルド、日本で言うところのハローワーク。
そこに俺は普通に歩けば十分程で着くところを三十分くらいかけて到着した。
「さて、もうザックたちは着てるよな?」
いつまでもギルドの前で突っ立っててもしょうがなかったので、ギルドの中へと足を踏み入れる。
ギルドの中はいつも通り冒険者たちの喧騒でいっぱいだ。まだまだ夏真っただ中ということで、今日もクエストにも行かず、冒険者としては間違った行動をしている連中ばかりだ。
金を持っているのに街民のためにこのクソ暑い夏でもクエストを受けようという俺を見習ってほしい。
……はい、一ミリも街民のためなんか思ってませんよ。なにか?
「あ、やっと来たなユウマの兄ちゃん」
ギルドの入り口でそんなことをかんがえていると、先にこっちを見つけてくれたらしいザックとシュリちゃんがこっちに走ってくる。
ザックの少し後ろを一生懸命トコトコ走ってくるシュリちゃんがほほえましい。
「おう、悪かったな。それじゃあクエスト選びに行くか」
「それなんだけどさ。ユウマの兄ちゃん、このクエストなんてどうかな?」
クエストボードの方へ向かおうとする俺に、一枚のクエストボードを差し出してくるザック。どうやら俺を待っている間にクエストを選んでいたらしい。
俺はザックに差し出されたクエスト用紙を手に取って、内容を確かめる。
「なになに……。ジャイアントクラブを五体討伐。報酬は三万ギル。場所は……あの湖か」
「うん。湖の方ならこの暑くても水場だから多少は楽だろうし、最悪少し水場で遊べばいいかなって思ってさ」
「ふんふん!」
「いいんじゃないか? そこまで報酬的に強くはないんだろうし、水場なら涼むのにもちょうどいい」
今言った通り、ザックの持ってきたクエストはかなりの良物件だと思う。
難しすぎないクエスト内容に、クソ暑い夏にも優しい水場でのクエスト。最悪遊んだり涼むことも可能という夏に受けるにしては打ってつけだ。
うちの脳筋魔法使いや、天然ドジ格闘家にも見習ってほしい。
「それじゃあ装備を整えていくか!」
「おーっ!」
「ふんふんっ!」
「着いたな」
あの後すぐにクエストの指定場所である湖に向かった俺とザックとシュリちゃんは、お昼過ぎには湖に着くことができた。
この前の『ワニバーン討伐クエスト』のおかげで湖はきれいに浄化されたらしく、前のように死んだ魚の死体が浮いていたり、水の色がコーヒー色だったりはしない。青く透明な水と、その水の中を悠然と泳ぐ魚たちでいっぱいだ。
肌を撫でるようなそよ風が、湖の上を通って心地よい風を運んで来て涼しい。
本当にこのまま夕方ぐらいまで涼んで帰りたいくらいだ。
「くいくい」
ニート思考働かせている俺にシュリちゃんが近づいてきて、服の裾ををくいくい言いながら引っ張った。
「どした?」
俺はロリコンの必須スキル、子供と話すときは子供と同じ目線で、を使用し、しゃがんでシュリちゃんに視線を合わせる。
するとシュリちゃんは俺から顔をそらし、自分の後ろを指さした。
俺は少し顔をずらしてシュリちゃん越しから後ろを覗き込む。
「おっ。 もしかしてあれがジャイアントクラブか?」
「ふんふんっ」
俺の質問にふんふん言いながら首を振るシュリちゃん。
「よく見つけたな。偉いぞー」
目の前の目的の魔物がいるというのに、そんなのお構いなしでシュリちゃんの頭を撫でる。
これがまた気持ちいい。アイリスを撫でるのも気持ちがいいが、シュリちゃんを撫でるのはアイリスの時とまた違った気持ちよさがある。
シュリちゃんの短い金髪を撫でるたびにふわふわと髪が揺れる。まるで俺の指を包み込んでいくような、それでいて手串で引っかからないさらさらな髪質。
これはいいものだ。
子供撫でリストの資格を持っている俺が言うんだから間違いない。
ちなみに俺はそれ以外にもモフリストの資格と、リア充呪い師の資格を取得している。
もちろん渡すは俺。受け取るのも俺。
一人卒業式を何回乗り越えたことか。
「ユウマの兄ちゃん! さっそく狩ろうぜ! 俺もう待ちきれないよ!
俺がシュリちゃんの頭を撫でることに快感を覚えていると、ザックが待ちきれないといった顔で足を動かしていた。
「そうだな。それじゃあ先輩冒険者である俺が先行を切っていくとするか……。後輩の面倒を見るのも先輩の務めだからな。俺に遅れずついて来いよザック! シュリちゃんもできる限り精一杯頑張ってくれ」
やばい、今の俺めっちゃかっこいい先輩冒険者だった。後輩なんて今までいたことないからなおさらうれしい。やっぱり異世界って最高だわ。
今まで味わったことのない優越感に浸りながら二人の返事を待つ。
「頑張るぜ!」
「ふんっ!」
二人の了解の合図を確認してから、俺はジャイアントクラブに向かってそこらの石を投げて視認させてから『逃走』スキルを発動し、一気に距離を詰める。
「おーっ! さすがユウマの兄ちゃんだ! 逃走スキルを敵に向かっていくのに使うなんて普通じゃ考えつかねえよ!」
「ふんっ! ふんっ!」
二人のそんな熱い羨望の眼差しを背中に受けながら、嬉しさのあまり顔をニヤつかせながらジャイアントクラブに突っ込んでいく。
『シャイアントクラブ』
それはその名のとおり巨大なカニの魔物。
硬そうな赤い甲羅を背中に背負い、その体に釣り合わないほどの巨大な鋏を両の手に付けている。姿は俺の知っているカニと同じく赤色のカニで、大きさはジャイアントというだけあって大きい。日本で生きたカニを見たことないので比べようがないが、大きさが学校の教室にある黒板くらいの大きさなので少なくとも日本のカニよりは大きいと思う。
「カニは横にしか移動できない! そして鋏は前にのみしか出せない! だから後ろに回りこんでから攻撃すれば万事オッケーっ!」
姿形が俺の知っているカニと同じなら弱点も同じ。
そう思ってカニの弱点を見事のついた作戦を咄嗟に立てた俺は『逃走』スキルを行使して一瞬でジャイアントクラブの後ろに回り込み、ショートソードで掛け声とともに切りかかる。
「フッ……またつまらぬものを切ってしまった……」
そして最後にかっこいい決め台詞を言う。
今の俺超かっこいい!
と、なるはずだったのだが……
「いってーっ!! なんだよこいつ、クソ硬ーっ!!」
実際の俺は後ろからジャイアントクラブに切りかかったが、その固い甲羅にショートソードの攻撃は拒まれ、はじかれた。
ショートソードは情けなく宙を舞い、近くの地面に突き刺さった。
そして俺は硬いものを全力で叩いた後遺症で右手が痺れてしまっている。
今の俺、超絶かっこ悪ぃっ!
「何やってんだよユウマの兄ちゃん! ジャイアントクラブの背中の甲羅は硬いから物理攻撃は意味ないなんて常識じゃないか!」
「ザック! それをもう少し早く言ってほしかった!! 硬いとは思ってたけどここまでとは思ってなかった!!」
ようやく俺に追いついたザックに八つ当たり気味にツッコミを入れ、まだ少し痺れたままの右手で地面に突き刺さったショートソードを拾い、構え直す。
その頃にシュリちゃんもこっちに合流した。
「それでどうするんだユウマの兄ちゃん? 生半可な攻撃は背中の甲羅にはじかれちゃうし、前から行けばあの大きな鋏の餌食だぜ?」
「任せろ。俺にはまだ考えがある。ザックは『リスント』であの鋏を拘束してくれ。片方だけでいい。もう片方は俺がやる」
「わかったぜ! 『リスント』!」
「『リスント』」
ジャイアントクラブに向かってザックと二人で拘束魔法の『リスント』を唱える。そして『リスント』は見事に二人とも成功し、ジャイアントクラブの鋏の拘束に成功した。
これでジャイアントクラブは鋏を開くことはできない。攻撃をするとなればその握ったままの鋏を振り下ろすことぐらいだ。
「これでよし! 後は兄ちゃんに任せとけ! 今度はかっこよく決めてやる!」
俺は二人のそう言い残し、再びジャイアントクラブに突貫する。
後ろからの攻撃が通用しないなら危険を承知で前から攻撃を仕掛けるしかない。一番危険な鋏は使えなくしたし、もし攻撃を受けても鋏で切られるよりはダメージが少ないはずだ。
あの大きな鋏で切られたら間違いなく俺は一瞬で胴体が半分こか、首から先と体が分裂してしまう。その後にイリュージョン! とか言ってマジックみたいにもとに戻るならともかく、こんな場所で死にたくはない。
死ぬにしたってもっと痛みを伴わない死に方をしたいもんだ。
そんなくだらない考えをしているうちにジャイアントクラブの真正面まで回ってきた。そして改めて『逃走』スキルを発動させて敏捷性を上げる。
「ダッシュ!」
掛け声とともにジャイアントクラブに向かって突進する。
ジャイアントクラブも攻撃されるのがわかってて抵抗しないはずもなく、拘束されて開くことのできない自慢の鋏を振り下ろしてくるが、敏捷性の上がっている俺にあたるはずがない。
俺は軽いステップで振り下ろされた鋏を交わし、一瞬でジャイアントクラブの懐に入り込む。
そして―――
「くらえーっ! 『サンダー』!!」
ジャイアントクラブの唯一柔らかそうな腹の部分目がけて全力の電気系初級魔法『サンダー』を放つ。
相手はおそらく水属性。効果は抜群だ!ダメージは二倍! 急所に当たればそれまた二倍の四倍だあーっ!
俺の全力電気系魔法を食らったジャイアントクラブは天に召され、前方に倒れこんだ。
正直魔力に自信がなかったので倒しきれるかは賭けだったが、今度こそ無事倒せたので決め台詞。
「フッ、またつまらぬものを切ってしまった……」
「……なあ、兄ちゃん。倒したのは確かにかっこよかったけど、いくつかツッこませてくれ。まず兄ちゃん切ってないよな?」
「……」
ザックのツッコミに無言という名の返事。
「それに百歩譲ってセリフは確かにかっこよかったけど、今の兄ちゃんの状況で言われてもなんだか……残念だぞ」
「それは言うなザック……。俺だってわかってる……」
ザックの言う俺の今の状況。それは俺がジャイアントクラブの下敷きになっているという状況だ。
そりゃあ懐に入り込んで魔法を放ったんだから、前方に倒れられちゃたら逃げようがない。
「すまんザック、シュリちゃん。助けてくれ……」
「「……」」
二人はなんだか少し寂しそうな目をしながら俺を助けてくれた。




