3話
あの後、俺とアイリスは結局何も買わずにファナの店を出た。あんな状況で買い物なんてできるはずもなく、外にいた人たちの冷ややかな視線を一身に浴びながら俺は身を隠すように逃げた。
冷ややかな視線も涼しいなんてことなく、むしろ冷や汗がダラダラと流れてた。
ホント、憲兵を呼ばれなかったのが奇跡に近い。
「それにしてもどうしましょうか? ユウマさんはこの後なにか用事ありますか?」
ファナの店から少し歩いて、街の中心付近にある噴水の辺りで俺とアイリスはベンチに腰掛けている。この暑い夏でも噴水、というか水が近くにあれば割と涼しいもので、暑さもそこまでは気にならない。
「そうだなー。それこそリリーナやミカじゃないけど、ギルドの食事スペースに何か冷たいものでも食べ行くか。それ以外やりたいこともないし、アイリスもそれでいいか?」
「はい! ……えへへっ。なんかこうして二人でどこに行くのか考えながら色々歩くのって、デートみたいですね。……少し恥ずかしいです」
アイリスが少し頬を赤く染めながら、そんなことを言った。
え? これってデートなの? これが俺が日本で忌み嫌ってきたデートてやつなの? あれほど仲のよさそうな男女を見るとイライラして「リア充爆発しろ!」ってずっと小声で魔法を唱えてたのに、自分がリア充側に立つとこんなに楽しいの?
「そそそ、そうだな。ななななんかデートみたいだななな。あはははは」
女子小学生くらいの子にデートと言われ、意識しすぎてまともに喋れなくなっている男子高校生がここにいた。
「ユウマさん!? 大丈夫ですか!? なんか様子がおかしいですけどっ!?」
「ななな何言ってるんだアイリス。おおお俺はいつだっておかしいだろ? な、なあミカ?」
「ユウマさんこそ何言ってるんですか!? それにここにミカさんはいませんよ!? 本当に大丈夫ですか!? わ、私そこで飲み物買ってきますから少し待っててくださいね!」
慌てた様子でそう言うと、アイリスは俺を一人ベンチに残して近くの屋台へと走って行った。
アイリスが一旦いなくなって少しずつ落ち着いてきた俺は、深呼吸を二三回繰り返す。
「すうー、はあー、すうー、はあー。……だいぶ落ち着いた」
どうにか正気を取り戻す俺、どんだけ恋愛話に弱いんだ俺は。男子中学生かよ。
それから少ししてアイリスが両手に飲み物を持ってトコトコ戻ってきた。
俺は念のためもう一度深呼吸をして置き、アイリスとの会話に備える。
「ユウマさん。お待たせしました。どうやら落ち着いたみたいですね」
「あー。悪かったなアイリス」
「いえいえ、それじゃあ飲みながらギルドに向かいますか? それともここで飲んでいっちゃいますか?」
両手に飲み物を持ったままアイリスが尋ねてくる。
「そうだなー。歩きながら飲んでいこう」
「わかりました」
歩きながら飲み物を飲むことに決めた俺たちはギルドへと向かいながら、アイリスの買ってきてくれた飲み物を飲む。
そして数十分程歩いてギルドへと着いた。
「ふぃ~。暑かったー」
胸元をパタパタとさせて服の中に外の新鮮な空気を送りつつ、アイリスと一緒にギルドへと足を踏み入れる。
中に入ると、それはひどいものだった。朝から酒に飲まれている者、暑さにやられて溶けかけている者、形はみんな違うがみんながみんなだらけていた。
まずみんなロクに装備すら持ってないしな。
「みんなクエストを受ける気が全くねえ。……って、それは俺も同じか」
俺の今の恰好は完全に私服だ。軽装も着けていなければ、あんなに憧れていた剣すら携えていない。だって意外と重いし。
アイリスもいつものヒラヒラの青いドレスみたいな服は着ているものの、羽衣は巻いていないし杖も持っていない。俺と同じく完全に私服とは言えないものの、戦闘に行くような恰好ではないのはたしかだ。クエストに行かないならこの装備でいいと判断したのだろう。
ここにいるみんなもおそらくそんな感じだ。このクソ暑い中クエストなんて受けたくない。そういったところだろう。金が足りなくなったらそれなりに稼ぎのいいクエストを受けて金を稼ぎ、それがなくなったらまた受ける。そんな感じで夏を乗り切るつもりなのだろう。
まあ俺に至っては金なんてあまりに余ってるから、来年の夏どころか何十年も働かなくていい夏が送れそうなわけだが。
「みなさーん! クエストはいかがですかーっ? 今は魔物たちの活性時期! いつもの魔物でも普段に比べて報酬が上がってますよーっ! こんなところで暇してないで、クエストでいい汗を流しましょーっ!」
冒険者が夏の暑さにやられている中、ギルドのお姉さんたちは必死に冒険者たちをけしかける。しかし、誰一人として動こうともしない。
「そりゃあこの暑さで動きたくはないわな。クエストでなくても汗なんていくらでも湧いて出るし。ギルドのお姉さんたちには悪いけど、俺も今日はパスで」
頑張ってくださいギルドのお姉さん。無駄だとは思うけど。
そんなことを内心で思いながら、アイリスと二人で食事スペースの方へ足を向ける。
「席……空いてませんね」
アイリスと一緒に食事スペースに来てみるものの、そこもギルドスペースと大して変わらない状況だった。みんな暑さに負けてだらけている。
「そうだな。どうすっかな」
満員の席を見ながら俺がそんなことをつぶやくと、ギルドスペースの方から声が聞えてきた。
「え!? クエストを!? はい! 今受領しますのでこちらへどうぞ!!」
ギルドのお姉さんが驚き半分、うれしさ半分といった顔でクエスト用紙を持って受付のほうへ小走りで向かっていく。
その時に揺れる大きなお胸がゲフンゲフン!
「こんな暑い中クエストを受ける奴なんているんだな。物好きなやつらだ」
冒険者として正しいことをしている連中に対して、そんなダメダメな発言をする俺。
最近大金が入ってクエストを受ける必要がなくなってきたためニートとしての感覚が戻りつつある。
ニート最高! 働かないで食う飯は美味い!
「そうですね。夏は魔物も活性化して普段より強いのにすごいです」
アイリスも根本は違うんだろうけど俺と似たような感想を持ったようだ。
「そういえばそんなことをさっきギルドのお姉さんも言ってたな。なあ、アイリス。夏になると魔物は活性化するのか?」
初心者丸出しの質問にアイリスは嫌な顔一つも見せずに笑顔で説明してくれる。
「はい。夏の魔物は夏の暑さで苛立っていて普段より強いんです。逆に冬の魔物は冬眠前だったり冬眠中だったりで弱体化しているので弱いんです。だから夏は極端にクエストが増えて、冬には極端にクエストが減るんですよ。冒険者とっては稼ぎ時は暑いから働きたくなくて、稼ぎの悪い時に限ってクエスト数も少なくなるってジレンマになりますね。だから冒険者は普通秋ぐらいに少し余分にお金を取っておいて冬に備えるんです」
「ほー。なるほどな」
蟻とキリギリスの蟻みたいだなー。なんて思いつつ、アイリスのありがたいこの世界の知識を聞きながら、またこの世界の知識を増やす。
「でも夏は魔物が活性化して強くなるかわりにいつもより報酬が多いので稼ぎはいいんですよ。その分命の危険も増えますけど……」
「それは嫌だな」
「そうですよね。私も死ぬのは怖いから嫌です」
アイリスとこんな会話をしていても一向に食事スペースの席が一つも空かない。きっとここにいる冒険者たちも俺たちと同じような考えなのだろう。だから席を立たずに冷たいものばかりを注文しているのだろう。
「これは今日は諦めたほうがいいかもしれないな。どうするアイリス、アイリスがどうしてもって言うなら、俺がそこら辺の冒険者に金握らせて席を空けさせるけど?」
「ゆ、ユウマさん、そういうのはだめですよ。もう少し穏便にですね……」
「そうか? 俺としては暴力沙汰じゃない分穏便だと思うんだけど。……それじゃあ、他の冒険者が涼めるように俺が背中に『フリーズ』で氷を入れて退けて来るよ。これなら俺たちも席に座れて、他の冒険者は涼しめてウィンウィン。これなら穏便だろ?」
「全然穏便じゃありませんよ!?」
んー。どうしたらアイリス好みに席を空けさせられるだろうか。
お兄ちゃんわかんない!
「今日は諦めて帰りましょう。ユウマさんが考えた簡易式エアコン? でしたっけ? があれば部屋でも涼しめます。ですから宿で二人でゆっくりお話でもしましょう」
自分の気持ちを圧し殺して笑顔で言うアイリス。
やっぱり俺とアイリスの優しさには天と地ほどの差があるようだ。
俺なら別に誰かを無理やり退かすことに抵抗なんて微塵もないが、アイリスは他人に迷惑をかけるのをひどく嫌う。
ホント、俺の中の天使をアイリスと交換したい。
そんなことを思っていると、また俺の頭の中で天使と悪魔が談義を始めた。
「なあ天使、俺やっぱりここで冷たいもの飲むなり食べてえよ! さっき言ってたみたいにここにいる冒険者たちの誰かに『スプラッシュ』か『フリーズ』使って追い出しちまおうぜ! アイリスたんもきっと喜ぶぜ! これこそ一石二鳥ってやつだ!」
意地の悪そうな顔で悪魔が言った。
「なにを言ってるのですか悪魔。そんなの不平等です。あの人たちだって涼しみたくてここに来ているんですよ? それなのにその中の特定の人だけを追い出すなんて不平等でいけないことです」
と、天使。
おーっ! 俺の中の天使がいいこと言ってる! アイリスの優しさに触れて清い心を手に入れたか!?
「ですから特定の誰かではなく、ここにいる全員に『スプラッシュ』か『フリーズ』をかけて追い出してしまいましょう。そうすればみんな追い出されるのですから不平等ではないですし、ギルドの人たちも人が帰って仕事が楽になります」
……。
……やっぱりダメだこの天使……。
「やっぱりお前、俺より悪魔に向いてるぜ……」
俺の中の悪魔頑張って! 頑張ったらダメだけど頑張って!!
「……」
「どうかしましたかユウマさん? なんかお疲れのようですけど……?」
「いや、少し俺の中の天使がな……」
「天使……?」
かわいらしく首をかしげるアイリス。
うん。意味わからないよな。ごめんな。
「いや、なんでもない。帰ろうアイリス」
「は、はい……」




