17話
「痛い、いたーい。痛くてもう動けなーい。今日はクエスト休むーっ!」
あの後、俺の病気が五月病だと言った瞬間に三人の態度が一瞬にして変わった。
いつも天使のようなアイリスまでも少しご立腹のようだった。
その結果、俺は強制的にミカに体を押さえつけられ、アイリスとリリーナの手によってこれまた強制的に装備を一式体につけられた後、ミカとリリーナにパンチを一発ずつもらった。
アイリスは「さすがにユウマさんを殴るのは……」と、殴りはしなかったもののお説教を受けた。
十歳くらいの女の子に怒られる十五歳の俺。
アイリスのお説教というのはその手の趣向の人にはたまらないご褒美だろう。
ごちそうさまでした。
そんなわけで、俺は今両頬を真っ赤にしながら左右をリリーナとミカ、後ろをアイリスに囲まれて歩いている。
なにこの警察に連行される犯罪者みたいな絵。俺完全に犯罪者なんだけど。
そりゃあ確かに今までいけない妄想をたくさんしてきたけど、日本には想像の自由があったはずだろ!
って、ここは異世界だった!
「まったく、ユウマは本当にまったく」
「ほんとね、ロリコンで変態で引きこもりとか救いようがないわ」
俺の左右を歩いているミカとリリーナからいろいろと文句が聞こえる。
でも待ってほしい。俺だって毎回クエストでは苦労しているのだ。
リリーナがなんの考えもなしに魔物の群れに突貫し、ボコられ。ミカがドジをやらかし、弱らせた魔物をアイリスが回復。こんなパーティーをまとめているのだ。
たまにはニートぐらいしたっていいんじゃないだろうか。
家でくらいだらけても文句を言われる筋合いはないはずだ。
そんなことを考えて、後でどうこいつら二人を納得させようか一人作戦会議を急きょ開いていると、前から見覚えのある金髪の少年が走ってきた。
「どうしたザック。というか久しぶりだな。元気してたか?」
ザックだった。
俺に『潜伏』などの盗賊スキルを教えてくれた金髪のイケメン少年ザック。
どこかの野菜人が覚醒した時のように金髪のとげとげしい頭をしており、目つきも少し鋭い。年はアイリスと同じくらいで、身長はアイリスより少し高め、前に見たときは盗みを生業にしていたからだろうが、魔法使いでもないのにフード付きのローブで全身を隠していたが、今は頭にバンダナを巻き、盗賊のため可能な限りの軽装。腰にはポーチを巻いており、きっと中には盗賊用のアイテムが入っているのだろう。
あの時とは違い、どこからどう見ても盗賊の格好だった。
しかし、今はそんなことどうでもいい。ザックの様子が少しおかしい。
なんか慌てているというか、落ち着きがないというか、この前とは少し違った印象を受ける。
そしてその原因はすぐにザック自身の口から聞くことができた。
「ユウマの兄ちゃん! 助けてくれ! シュリがっ! 妹のシュリが大変なんだ!!」
なんだか大変面倒なことが舞い込んできてしまった気がする。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「落ち着けザック。とりあえず事情を一から説明してくれるか?」
「……あ、ああ。悪りぃユウマの兄ちゃん……」
俺はなにやら慌てているザックを落ち着かせ、まずはちゃんと一から事情を聞くことにする。
アイリスやリリーナ、ミカは状況が呑み込めず、俺の少し後ろでことの成り行きをただ見守っている。
そうしていると、ザックが口を重たそうに開いた。
「……兄ちゃん。前に俺が盗みをやってたのは覚えてるよな?」
「ああ、あれがなきゃザックと出会ってすらなかったしな」
「あれは俺の妹―――シュリを救うためだったんだ……」
「ん? どういうことだ?」
まだ少し事情が呑み込めない俺は話をさらに掘り下げる。
「俺には一つ下の妹、シュリがいるんだ。そしてシュリはある金持ちのくそ野郎に連れてかれた。……借金の代わりだって……。お前じゃ払えないだろうって……。あいつが……ロレンスのくそ野郎がっ!! シュリを俺から奪っていったんだ!!」
「えっ!? ロレンスって、あのロレンス卿!?」
ザックの言葉を聞いて後ろのリリーナが反応した。
何やらすごい驚いているが、この世界の有名どころの貴族かなんかだろうか。アイリスも言葉にこそ出していないが、かなり驚いたような顔をしている。
ロレンスと聞いてピンと来ないのは日本という異世界からやってきた、俺とミカだけらしい。俺とミカは二人で顔を合わせ首を傾げた。
「なあリリーナ。そのロレンス卿っていうのは貴族か何かか? 俺全然知らないんだが」
「ユウマって本当に変なことは知ってるのに、この世界の常識は全然知らないのね」
リリーナの態度や言葉からするに、ロレンス卿というのはこの世界ではさぞ有名な奴らしい。
「ロレンス卿って言うのは、私たちがいるこの始まりの街、イニティを管理する貴族よ。この世界には貴族はそれなりにいるけどその中でも評判は最低最悪、そのくせ金持ちっていう最低最悪の貴族よ。貴族の汚名さらしの面汚しね!」
俺の予想通りどうしようもないクズ貴族らしい。
どこの世界でも貴族はクソ野郎が多いのかもしれない。
「やってることを上げれば……まず、不当なお金の搾取ね。あらゆる方法で因縁をつけて一般人から金を巻きあげて、お金を貸してほしいと言わせてお金を貸す。そして利子だとかなんだとか言って、一般人には一生かかっても払いきれないような額の借金を背負わせる。そんなやり方で貴族に成り上がった貴族一のクズよ」
なんとも聞いてて胸糞悪い話だ。
俺の世界でもそういう話は確かにあった。
借金取りが無理やり家まで押しかけてきて、その家の子供や奥さんを連れてって残酷なことをする。そんな話は確かにあった。
けどそれはとても現実的な話でなく、アニメやドラマの中でしかないような話で、現実にあったとしても自分には関係のない話だった。
それが今、現実となって目の前で起きている。さすが異世界といったところなのか、それとも日本でも起きていたけど、パンピーの俺は知らないまま生きていただけなのか不明ではあるが今はそんなのどうでもいい。
「私も聞いたことがあります。お金に汚いとか、女遊びがひどいとか、あんまり評判のいい噂は聞いたことがありません」
アイリスまでもリリーナと同じようなことを言っている。
この二人が言っているんだから間違いないのだろう。
「つまりロレンスとか言うやつはこの街を管理する貴族で、悪評高いクソ貴族ってことでオーケー?」
俺が最後に一応アイリスとリリーナに確認すると、二人は首を縦に振り、肯定した。
「なにそれ……。そんなのひどいよ。いくら借金があるからって、そんなのひどすぎる……」
ミカが悲しそうな顔でそう言った。
他人事とはいえさすがに俺だって怒りの一つぐらい湧いてきている。
「わかったぜザック。俺に任せろ」
「ほ、本当か兄ちゃん!? 相手はあのロレンス卿だぞ!?」
「ロレンスだかロマンスだか知らないが、俺のとっちゃくそ野郎ってことだ。それにザックにはスキルを教わった礼もあるしな。やれるだけのことはやる」
「さ、サンキュー兄ちゃん!」
ザックがうれしそうに笑った。
こんなうれしそうな顔をされたら、後から「ごめん、やっぱり無理だわ」とは言えそうにない。
俺はミカたちにも確認しようと後ろを振り返ると、みんなそれぞれ覚悟はできているようで無言でうなづいた。
「それよりザック。聞きたいことがあるんだが……」
俺はみんなから少し離れたところでザックに小声で話しかける。
「なんだ? ユウマの兄ちゃん」
「そのー……ザックの妹ってかわいいのか?」
「あん? んー……兄の俺からしたら結構かわいいほうだと思うぞ」
「なあ、そのシュリちゃんを助けたら俺にも紹介を……」
「憲兵さーん!! ここにロリコンがいます! 早く捕まえないと街の小さな女の子たちが危険です!」
俺がザックに交渉をしていると、それを聞いていたのか、ミカが近くの憲兵を大声で呼んだ。
ミカのドでかい声に反応して、その辺を警備していた憲兵が一斉にこっちに集まって来る。
「ちくしょー!! ミカてめえ覚えてよ!! ザック、後で合流だ!!」
「お、おう。兄ちゃん。頑張れよ……」
俺はそんなザックの言葉を背中で聞きながら、『潜伏』スキルを行使して憲兵たちから全力で逃げた。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「ここがロレンスの屋敷なのか」
あの後俺が数十分かけて憲兵を全員撒いて、ザックたちと合流した。
そして詳しい話をするために、まずはここまでやってきた。
合流してから改めてザックから詳しい話を聞いたのだが、話はさらにややこしいことになった。
まず、借金に期限をつけられてしまったらしい。よくは知らないのだが、ロレンスという貴族がやたらとザックの妹のシュリを気に入ってしまったようで、返したくないのではないかとザックは言っている。
となると、ロレンスというやつはかなりのロリコンだということになるんだが……
……一緒にいい酒が飲めるかもしれない。
そんな馬鹿な考えを頭を振って強引に消し、改めてこのバカでかい屋敷を見る。
とりあえず、最初の感想はでかい。俺の泊まっている宿の三倍はあるだろう。その上綺麗に整っている庭。バラっぽい花がたくさんでいかにも貴族です、と言いたげな雰囲気だ。
入り口には槍を持ち鎧を来た兵士が二人が警備をしている。
「ねえ、ユウマ。私は手っ取り早くこの家に魔法を撃ちこんでロレンスと関係者諸共やってしまうべきだと思うわ。それしかないと思うの!」
このでかい屋敷を見て破壊神としての血が騒いだのか、リリーナがルビーのような赤い瞳を輝かせていた。
コイツは置いてくるべきだったかもしれない。
「リリーナの言う通りだよユウマ。こんな悪いことばっかりしてお金に汚い奴、やっちゃえばいいんだよ!」
ミカのやつもさっきのザックの話を聞いて、そしてその証拠となるようなアイリスとリリーナの証言を聞いて、やたらと闘志を燃やしている。
コイツも置いてくるべきだった。
「お前らな、おとなしくしてろよ? もういっそ喋るな」
俺は二人を本気で置いてくるべきだったと後悔の念に駆られながら、どうせ無駄だとは思うが二人に注意をしておいた。
まあ、本当にどうせ無駄だと思うが……。
俺が無言でリリーナとミカの二人を見ていると、二人はお互いを見てこくんと頷くと、二人黙って屋敷の方へ歩き始めた。
「……おい、お前ら。何してる?」
俺のそんな質問にリリーナとミカは同時に振り向いて、二人して口にチャック的な動作をしやがった。
完全にからかってやがる。
「今だけ喋ってよし!」
俺がそう言うと、二人は同時に口を開いた。
その内容は―――
「「おとなしく、黙って、この屋敷を壊す(のよ)!!」」
やっぱりコイツラ二人、置いてこればよかった。
「んーっ!! んんんーっ!!」
「んーんっ! んんんーっ!!」
「これで良し。サンキューなザック」
俺はザックの肩を叩いて、ザックのやったとても素晴らしい仕事に礼を言う。
「……なあユウマの兄ちゃん……。リリーナ姉とミカ姉にこんなことしてよかったのか? 俺……後で怖いんだけど……」
「なーに大丈夫だ。俺の方が強いから」
「ならいいんだけど……」
ザックにはとあるスキルを使ってもらった。それは俺が『潜伏』スキルや『敵感知』のスキルと同様に欲していたスキル。拘束系のスキルだ。
こういうスキルは古今東西、どんなゲームやアニメでも重宝するタイプのスキルだ。ゲームによっては拘束系スキルは公式チートともなる。それぐらいに有能なスキルだ。
現にザックは拘束系のスキル『リスント』の実用性を実際に見せてくれた。
リリーナとミカは現在ザックの使った『リスント』のスキルのおかげで、ロープでぐるぐる巻きになっている。本当は木にでも括りつけておこうかと思ったのだが、リリーナの魔法やミカの『金剛力』でどうにかされても困るので地面に寝かせておくことにした。
まあ、今のところリリーナの魔法やミカの『金剛力』ではザックの『リスント』は解けないようだし、十分すごい威力だ。
これはぜひとも俺も覚えておきたい。
「なあ、ザック」
「わかってるよユウマの兄ちゃん。後でちゃんと教える」
「サンキュー! 俺は最高の弟を持った!」
あまりにうれしくてザックに抱き着きそうになるが、あと一歩のところで踏みとどまる。これでロリコンの上にショタコンとか言われたら困るからだ。
「それじゃあ俺たちは行ってくるからおとなしく待ってるんだぞー」
俺は未だに少し戸惑っているザックの背中を押し、リリーナさんたちが可哀想なのでここに残りますと天使のようなことを言い出したアイリスも強引に連れていく。
アイリスのことだ、優し過ぎてこの二人に唆されて『リスント』の魔法を解除してしまう可能性がある。というか絶対に俺が行った後にすぐするだろう。そんなことはいくらアイリスの頼みでも聞くことができない。
あいつらには少しキツイ罰が必要だ。
ちなみにリリーナのミカが喋れないのは、ザックの拘束スキルのおかげではなく、俺の『フリーズ』によるものだ。口元を上手く『フリーズ』で固めてやった。鼻は呼吸ができなくなるので許してやった。
「すんませーん!」
俺はザックとアイリスを連れて、意気揚々とロレンス卿の屋敷へと突撃した。




