13話
「ねえユウマ。今日は少し難しいクエスト受けようよ。報酬が二十万ギルとかそういうやつ」
いつものように俺がギルドでクエストボードとにらめっこしていると、隣で同じようにクエストボードとにらめっこしていたミカが言った。
「何言ってるんだよミカ。俺たちはなんだかんだちゃんとお金を貯金しながら使ってるんだから、そんなにお金に困ることなんてないだろ? それにお前はチートがあるからいいかもしれないが、俺はチートがないし簡単に死ぬぞ? スモールゴーレムにでさえ簡単に殺されちゃうよ?」
なぜか高難易度のクエストを受けたがっているミカに俺は簡単なクエストにしようと反論する。
今言った通り俺たちは特にお金に困っていない。俺はこの世界に来てからしっかりと貯金をしている。ざっと五万ギルくらいは貯金があるだろう。多いとは言えないが、この街で暮らしていくのには十分な額だ。
アイリスだってあの性格だからお金に関しては特にこれと言って心配なさそうだし、リリーナは……少し心配だが、そこまでアホでもなかろう。
ミカに至っては俺とパーティーを組むまではチート持ちとバンバン強敵と戦っていたというし、俺なんかよりよっぽど金を持っていそうなもんだ。
「大丈夫だよ。私がちゃんとユウマを守ってあげるよ。ねーえー、だから少し難易度の高いクエスト受けようよー」
ミカが俺の肩を掴んで体を揺らす。
「んー……こればっかりは俺の一存ではなんとも……。アイリスとリリーナはどうだ? 強敵と戦いたいか?」
俺は少し離れたところで同じくクエストボードを見ているアイリスとリリーナに声をかける。今日は久しぶりに四人でのクエストだ。最近はミカが他のパーティーに呼ばれて手伝いに行ってしまったり、アイリスやリリーナに用事があったりと、特にこれといった交友関係のない、コミュ力ゼロの俺くらいしか常に暇な奴はいなかった。
「強敵……ですか。 ミカさんには申し訳ないですけど、私はやっぱり怖いので遠慮したいです。前にスモールゴーレムさんと戦った時も怖くて逃げだしたかったくらいですし……」
申し訳なさそうにそう言ってアイリスが小さく体を震わせる。
これが某作品が世界に広めた、無垢なる魔性というやつか!
これは抗えない!
俺は必死にアイリスに抱き着きそうになる自分の体を押さえ、理性を総動員させる。
落ち着け、落ち着くんだ俺! アイリスはかわいい、アイリスはかわいい。
……あれ? もう手遅れ?
「そうだねー。怖かったよねー。でも今度は大丈夫だよ。私が守ってあげるから!」
ミカは強敵におびえるアイリスに近寄り、少し屈んで同じ目線になってからアイリスの頭をなでる。ミカがアイリスの頭をなでる度にアイリスの光り輝く銀髪が揺れる。
まるで本物のお姉さんと妹のようだ。
そんなミカとアイリスを少しうらやましく思いながらもほほえましく見守っていると、リリーナが何やらクエストボードとにらみ合いながら、一枚の紙をはがし俺のもとへと持ってくる。
「ユウマ。これなんていいと思うの」
「ん? なんだ、いいクエストでも見つかったのか? ……どれどれ」
リリーナが持ってきたクエスト用紙を見る。
そこに書いてあった内容は―――
『オークの集落破壊願い。最近この始まりの街、イニティの近くにある森の中にオークが集落を作りました。森で木こりをしている人たちや、木の実などを採取する人たちがそのオークたちのせいで何もできません。どうかオークの集落を破壊して、オークたちを追い出してもらえませんでしょうか? ※オークのボスを見たとの報告もあり。報酬、五十万ギル』
俺はリリーナの持ってきたクエスト用紙をビリビリに引き裂こうとして、これがギルドのものだったと手を止める。この世界では日本とは違って紙は結構お高い物らしい。
そんなものを破いたらいくら弁償金を持っていかれるかわからない。
「……お前、なめてんのか?」
「何言ってるのユウマ。ユウマなんて汚いもの舐めるわけないじゃない」
「誰が物理的に俺を舐めてるのかなんて聞いたよ! 俺という存在を舐めてるのかって聞いてんだよ! それに人を物扱いすんな! 俺は立派な「ロリコン」だ! って、リリーナ! 俺が説教してるのに変な茶々入れんな!」
こんなに怒っているのにリリーナのやつは「俺は立派な人間だ」というセリフを憲兵さんに聞かれたら大層まずいセリフに変えやがった。
ほら見ろ! あそこの治安維持のために街の見回りをしていて、休憩中の憲兵さんが俺を怪しげな目で見てんじゃねえか!
「ユウマがロリコンか変態かなんてどっちでもいいじゃない。それよりユウマ、このクエストにしましょ」
「おいこら! 誰がロリコンで誰が変態だって!」
「ああ、もううるさいわね。早く決めてよ」
リリーナと俺が言葉のドッチボールをしていると、さっきまでほほえましくゆるゆりしていたミカとアイリスがこっちに来た。
「どうしたのユウマ。さっきからうるさいんだけど」
「あー、リリーナのやつがこんなクエスト受けようって言ってきてさ」
俺はそう言ってリリーナからふんだくったクエスト用紙をミカとアイリスに見せる。
クエスト用紙を二人に突きつけると、二人は興味深げにクエスト用紙をのぞき込む。
「な? リリーナのやつひどいだろ? 俺がこの前あんなトラウマを抱えたのに、もうオークを狩ろうなんて言うんだぜ。悪魔の所業だろこれ」
俺は未だにあのオークでの傷が癒えていない。それはもう、クエストボードからオーク関係のクエストを自動的にシャットアウトしてしまうくらいには癒えていない。
「んー、確かにユウマには少し酷かもしれないけど、これ割といいクエストじゃない? 相手は強敵ってことはないただのオークだし、集落って言ってもどうせ二十、三十くらいのオークがいるだけでしょ? それを倒して集落を破壊するだけで五十万ももらえるならかなりいいクエストだと私は思うけど」
「み、ミカ……お前、俺を裏切るのか……?」
「裏切るつもりないし、ユウマには酷だと思うって言ったじゃん。でもちゃんと対策してれば、ユウマだって簡単には負けないでしょ? いつもみたく姑息な手でオークを翻弄してやればいいじゃん」
真顔でミカがそんなことを言ってきた。
日本で毎日家を出たがらない引きニートにも優しくしてくれた、あの優しい幼馴染はどこに行ってしまったのだろうか。異世界に来たと同時に性格もどこかに異世界移動してしまったのだろうか。
「ほら見なさいよユウマ。ミカだってこう言ってるじゃない。確かに相手はあの性欲魔人オークだけど、私たちにかかればどうってことないわよ。それにオークたちの性欲なんて大したもんじゃないわ」
「……リリーナ、お前、正気か?」
「ええもちろん。だってオークたちなんかよりも―――」
「オークたちよりも?」
「ユウマの方が性欲魔人の名にふさわしいもの」
「表出ろやゴラぁ!!」
ミカの後ろ盾を得たリリーナがますます調子に乗り出す。
くそ! 相手が二人だというのなら、こっちも二人で相手をするまでだ!
俺はこのパーティー唯一の癒し系マスコットであり、唯一の良心でもあるアイリスに希望に満ちた目を向ける。
大丈夫。アイリスは優しい女の子だ。どこかの脳筋魔法使いや、優しさの欠片を異世界に来る途中で落としてしまった幼馴染とは違う。
「なあ、アイリスはオークの集落を壊すなんて嫌だよな? ほら、オークが怖いのはこの前アイリスも見ただろ? それにオークとはいえあいつらも生物。そんな奴らの住むところを壊すのはかわいそうだとは思わないか?」
俺は言葉巧みにアイリスをこちら側に引き込もうとする。
なんだか今の俺、純粋な女の子をいいようにカモにする詐欺師みたいでなんか嫌だな。でも、背に腹は代えられない。
「んー。確かにユウマさんの言う通りオークさんは怖かったですし、そのオークさんたちの住むところを壊してしまうのはかわいそうですけど、それだと街の人も困ってしまいますよね。それなら私は倒すのではなく、他の場所に移ってもらうほうがいいです。これが一番誰も傷つきません」
さすがはアイリス様だ。心が清く美しい。
「てことはアイリスもやり方によってこのクエストでもいいってことよね?」
「はい。ミカさんとリリーナさんもいますし、どうにかなると思います。変に怖い魔物と戦うよりは私もいいです」
……。
あれ? いつの間にか三対一になってる。
「それじゃあオークの集落破壊クエストにけってーい! みんな拍手ーっ!」
「やったわ! これでオークの集落に強力な魔法が撃ち込める。私の大魔法でオークなんて一網打尽よ!!」
「お、おー」
ミカのクエスト決定の言葉にリリーナが喜び、アイリスが頑張ってその場の空気に乗ろうとぎこちなく手をグーにして上に掲げた。
……。
あれ? マジで行くの?
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「お、おい。もう帰ろうぜ」
俺が某人気ホラーゲームでおなじみのセリフを吐きながら、クエストを放棄して街に帰るようにみんなに促す。
「まだそんなこと言ってるのユウマ。ここまで来て帰るわけないじゃない。男なら覚悟を決めなさいよ」
「大丈夫ですよユウマさん。私も怖いですけど、このメンバーでなら大丈夫な気がします」
「そうだよユウマ。アイリスちゃんですらこう言ってるんだから、ユウマはしっかり現実を見ないと」
そんな俺の言葉をリリーナは呆れたように言葉の刃でバッサリと切り捨てた。アイリスもなぜだかやたらとやる気だし、ミカも強敵ではないにしろ、たくさんのオークと戦える大型クエストということで満足そうだ。
なぜみんなはこうもやる気なのだろうか。俺はもう宿でダラダラしていたい。今日はもう十分活動したよ。
それでも俺はリリーナやアイリスたちの言葉を聞いて、ため息を吐きながら重たい足取りをどうにかといったように動かす。
俺とミカとアイリスとリリーナは現在、オークの集落があると言われているイニティの近くにある森を目指して進行中である。
いつもの草原を歩き、コットンラビットのような魔物や、風に揺れる草花たちを見ながら地図を頼りに森のほうに向かう。
イニティの街は始まりの街と言われる割に周りのフィールドが結構すごい。
どうすごいのかと言うと、東にスモールゴーレムの生息する岩石地帯。北に大きな山。確かアイリスやリリーナの話だと、春から夏は火山。秋から冬には雪山になるというなんとも珍しい山らしい。そして南には大きな湖や川などの水辺。最後に今向かっている森はイニティの街の西側にある。
最初の街の周辺だというのに、森に山に水辺に岩石地帯。ゲームでよく見るフィールドを一か所に集めちゃいました。みたいな感じだ。
これで魔王城なんかが近くにあったら、本当に笑えない。
そんなことを考えているうちに草原を抜けてしまい、周りの景色が心地よい風の吹く原っぱから、不穏な空気を醸し出すうす暗い森へと変わる。
周りには数々の背の高い木が不規則に並び立ち、足元も木の根っこが地面に浮き出していて歩きづらい。中には獣の引っ掻き傷のようなものがある木まである。
光も木々の隙間からこぼれ出る微かな光のみ。暗いとまでは言えないが、逆にこのうっすら暗い感じが怖さを醸し出す。
別に怖いのが苦手なわけではないのだが、実際にこういった森の中に入ると案外怖いものである。
歩いている途中に踏んで折れてしまった枝の音や、葉っぱを踏んだ時のちょっとした音でさえ今は不気味に感じる。
ゲームの勇者たちはよく暗黒の森とか魔王場近くの地獄みたいな場所を者怖気しないで歩けるな。と思う。
俺ならその場所に入った瞬間に「さて、下見は済んだな。まだここは俺たちには早いと思う。今日はここまでにしよう!」とか言って大義名分を残し、絶対に帰る。何が何でも帰る。帰るったら帰る。
「おっと、こんなことしてる場合じゃない」
頭を軽く振り、緊張感をちゃんと持ってから、俺は『敵感知』のスキルを発動させる。
うん、今のところ近くに魔物の反応はないな。
周りが背の高い木々だらけで視界の悪い中、頼りになるのは自分の目よりスキルだ。自分の目も大事ではあるが、この視界の悪さで自分の目だけを頼りにするのは少々頼りない。逆にスキルだけを頼りにするのもダメなような気もするが。
まあ、何はともあれこういうスキルは取っておいて損はないものだ。
「どうかしましたかユウマさん? さっきからキョロキョロしてますけど、何か珍しいものでもありましたか?」
いつの間にか俺の隣を歩いていたアイリスが話しかけてきた。
「いや、特になにかあるわけじゃないよ。ただスキルだけに頼るのも危ない気がしてさ。さっきから『敵感知』をしながら周囲の警戒をしてるだけだよ」
ゲームやアニメなんかではよく『敵感知』に反応しない敵がいる。主人公がスキルを使っているから大丈夫だと油断して、『敵感知』に反応しない敵に襲われる。なんてことがよくある。
俺はそんなヘマはしない。
ちゃんと自分の目でも周囲を確認して、少しでも敵を早く見つけられるようにしている。俺はアニメやマンガの少し抜けた主人公ではないのだ。
「森の中に入ってからずっと『敵感知』のスキルを使ってるんですか!?」
なぜか驚くアイリス。一体何に驚いているのだろう。
「ユウマさん。確かに『敵感知』は便利ですけど、ずっと使ってたらユウマさんが疲れちゃいますよ。少しは休憩したほうが」
なるほど、何を驚いているのかと思ったらそういうことか。
他の二人は俺のことなんか気にせずに歩いているのに、アイリスはこんな俺を心配してくれている。なんていい子なんだろうか。
かわいくて、気が利いて、優しい。もう俺の将来の花嫁はアイリスでいいのではなかろうか。
幼馴染の女の子とか、リメイクで新しく増えた女の子を待たずに、アイリスでいいのではないだろうか。
「ユウマ!」
俺が真面目に将来のことを考えていると、リリーナが小声としての精いっぱいの大声で俺を呼んだ。
ったく! こっちは真面目に将来のことを考えてるのに間の悪い奴だな!
俺は仕方なく、アイリスとの結婚まで進んでいた将来シミレーションを止め、少し前を歩くリリーナのほうを向く。するとリリーナが少し離れたところでこっちに来いとばかりに手でパタパタさせている。
でも正直、もうクエストなんかより宿の自室でアイリスとの将来を考えていたい。とりあえず子供は何人ほしいか、から話を進めよう。
「……なあ、アイリス。将来子供は何人ほしい? 性別は? 俺的には男の子一人、女の子一人の兄、妹がいいんだがどう思う?」
「……え? す、すいませんユウマさん。少しお話の意図が見えないんですが……」
俺の質問に?をいっぱい頭に浮かべているアイリス。
「……そうだよな。……ごめんアイリス。まだこの話は早かったよな。……うん。まずはどこで式を挙げるかを考えよう」
「まだ早い? 式? ……あの、ユウマさん……? 一体何の話を……」
そんなアイリスの言葉を遮るようにリリーナが声をかけてきた。
「ユウマ! ちょっとこっちに来なさいよ!」
再び前を歩くリリーナとミカの方に向き直ると、今度は二人とも声を出さずに何やらある方向を指さしている。
「なんなんだよさっきから! 俺は今自分の将来設計に忙しいんだよ! アイリスとの楽しく幸せな未来を思い描いてんだよ! 童貞の妄想力はすごいんだよ!」
「え!? ユウマさんさっきからそんなこと考えてたんですか!?」
突然の俺の発言に驚くアイリス。
しまった! ちゃんと死ぬ直前までの未来を描いてからアイリスに相談しようと思ってたのにぬかった!
「何バカなこと言ってるのユウマ!? 童貞なのは本当だろうけど……って、それよりちょっとこっち見てよ!」
ミカがさりげなく俺を馬鹿にした発言をし、再び指である方向を指す。
俺が仕方なく今度こそ将来設計図の組み立てを止め、ミカたちが指さす方向を見る。
「……え? ……ここって……」
「そうだよユウマ! ほら、この前の借りをかえしちゃおうよ!」
そういってミカがやる気満々で肩を回している。リリーナも気合十分に杖を構えていた。
俺の目の前に広がる光景。
そこは―――
オークの集落だった。




