11話
「なんかユウマの部屋が騒がしいと思ったら、そんなことしてたのユウマ? ……一歩間違えれば犯罪だよ……」
朝。宿でみんなでご飯を食べ終えて、今日も元気にクエストだ。ということでギルドに足を運ぶ中、ミカは俺を蔑んだ目で見ていた。
「悔しいが何も言い返せない」
今回のことは俺の招いたバカなのでなにも言い返せない。
これがリリーナやミカ相手なら開き直ってもいいが、アイリスにそんな不誠実なことはできない。
「プッ。 ユウマ怒られてる。これでユウマロリコン説が濃厚になったわね」
少し後ろで脳筋魔法使いリリーナが俺を嘲笑っている。
しかし悲しいことにこっちは何も言い返せない。
「ゆ、ユウマさん。わ、私は気にしていないので……」
一方的になじられるしかない俺を被害者のアイリスだけが庇ってくれていた。
しかし、そんな言葉すら心が痛い。
「……ありがとうアイリス。俺、これからはアイリスみたいに優しく真面目に生きるよ」
「何言ってるんですかユウマさん。ユウマさんは元から真面目で優しい人ですよ」
「あ、アイリス……」
アイリスの言葉に涙をこぼさない様アイリスを称えながら、俺はギルドへと向かった。
「よし、それじゃあ俺はリリーナと一緒に向こうのコボルトをやるから、ミカとアイリスは向こうのコボルトを頼む!」
受けたクエストはコボルト十体討伐。報酬は一万ギル。
今日は半日で一クエストを終わらせ、一日で二つのクエストを受けようということになった。
そして午前中がコボルト狩り。オークなどと並ぶ序盤の雑魚モンスターで、犬のような顔をしていて、剣なんかを装備しているやつだ。
しかし俺は昨日舐めた考えでいろいろな危機に直面している。今回は油断はしない。
「それじゃあリリーナ、いつも通り頼むぞ。俺が適度にダメージを与えて囮になるから、その隙に魔法を叩きこめ!」
「任せなさい! 私に掛かればこんなの朝飯どころか昨日の晩飯前よ!」
なにやらバカなことを言っているリリーナを放って、俺は一体のコボルトに向かって『逃走』スキルを使って突っ込んで行く。
向こうではミカがアイリスの支援の元、三体のコボルトを一斉に相手にしている。俺はそんなミカを横目に一体のコボルトに全神経を集中する。
「『スラッシュ』!」
開幕にソードスキル『スラッシュ』を叩き込む。
俺の攻撃は見事にコボルトに命中して、致命傷とまでは行かないもののかなりのダメージを与えることができた。その後も上手く『逃走』スキルを使った素早い動きでコボルトを翻弄し、少しずつ確実にダメージを与えていく。
よし、中々いい調子だ。
「ユウマ! 詠唱が終わったわ! 早くそこどきなさい!」
杖の先を魔力で光らせたリリーナが少し離れたところから大声で俺に言う。
「おう、わかった。頼んだぞリリーナ!」
「任せなさい! 『ファイヤーボール』!!」
リリーナが魔法を唱えた瞬間、杖先からサッカーボールぐらいの大きさの火の玉がコボルトに向かって飛んでいく。そして見事にコボルトの命中した。
しかしコボルトを倒すところまではいかなかったようだ。どうやら木の盾で直撃は逃れたらしい。それでもコボルトの持っていた木の盾が燃え、着ている服が燃えている。
俺はそんなコボルトを見て、『逃走』スキルを使って衣服や木の盾が燃えているコボルトに近づく。
そして……。
「待ってろ、今助けてやる! 『スプラッシュ』!」
俺は威力を限界まで抑えた『スプラッシュ』でコボルトの燃えている衣服や盾の火を消してやった。
そして向こうでミカとタッグを組んで戦っているアイリスに声をかける。
「アイリス! ここに重傷なコボルトがいるんだ! 酷い火傷もしてる! 早く『ヒール』で回復してやってくれ!」
気が付けばそう叫んでいた。
「ちょっ!? 何言ってるのよユウマ! ていうか何やってるのかしら!? なんで私がせっかく攻撃したコボルトを助けてるのかしら!? なんでアイリスに回復魔法を頼んでるのかしら!? なんで親身になってコボルトを看病してるのかしらーっ!」
「ゆ、ユウマ!? 何言ってるの!? いつも「魔物は俺たちに金をくれる存在だ。あんな奴ら俺の仲間たちがボコボコして金に換えてやるぜ!」とか、魔物は金づる扱いで倒すのは完全に仲間任せにしてたユウマが何言ってるの!」
何やらリリーナやミカが騒いでいる。
今はそんなときじゃないのに!
「アイリス! 早く! このままじゃコイツ死んじまうよ!」
「ゆ、ユウマさん。……やっとユウマさんにも私の気持ちがわかってもらえたんですね……。嬉しいです!」
今朝の一件で、俺は人間は優しくなる気になればどこまでも優しくなれる。そしてみんなで笑っていけるということを知った。
それがたとえ、人間と魔物だったとしても。
今ならアイリスが魔物に回復魔法を掛けてしまう気持ちがわかる! わかるよアイリス!
「待っててくださいユウマさん! 今すぐ駆けつけます!」
俺のヘルプに応えてくれたアイリスが自分に敏捷アップの魔法をかけ、猛スピードでこっちまでやってくる。
「頼むアイリス! コイツを救えるのは回復魔法を使えるアイリスだけなんだ!」
「任せてくださいユウマさん! 絶対にこのコボルトさんを助けて見せます!」
意気込み通りすごい勢いで回復を始めるアイリス。さっきまであった傷や火傷の跡がまるでビデオの逆再生を見ているように消えていく。
「ちょっと二人とも本当に何やってるの!? アイリスちゃんはいつものことだとしても、ユウマはなに!? どういう心変わり!?」
「ミカ、そこどいて! よくわかんないけどユウマの頭がおかしいわ! いつもおかしいけどいつも以上におかしい! 早く元凶っぽいそのコボルトをやっちゃいましょ!」
「そ、そうだねリリーナ! このコボルトさえやっちゃえばいつものユウマに戻るよね! うん、やっちゃおう!」
不穏な会話をしているミカとリリーナが、俺とアイリスと治療中のコボルトの方にやってくる。
ミカが単体でこちらに向かって来ていて、リリーナが何かの魔法の詠唱をしている。
くそ! こんな時になんで変な結託をしてるんだアイツらは! コイツの命が大事じゃないのか! 魔物一体の命が掛かってるんだぞ!
「バカなことはやめろ! ミカ、リリーナ、お前たちはこの苦しんでいるコボルトを放っておけるのかよ! それどころかコイツを……こんなに苦しんでいるコイツを殺そうって言うのかよ!」
俺はコボルトのことは一旦アイリスに任せ、リリーナとミカの説得に試みる。
「さっきからどうしちゃったのよユウマ! ユウマはもっとお金に汚くて、悪知恵が働くくらいがちょうどいいよ!」
こんな時になんだが、後でコイツとはゆっくり話すべきだとわかった。
「ミカ! そのバカに今何を言っても無駄よ! 気絶させてでもユウマは止めるべきだわ! 何をしてくるかわからないわよ!」
いつも俺に様々なで手で泣かされているリリーナがミカに注意勧告を送る。
そんなリリーナの言葉にミカは少し戸惑った様子を見せて、俺に向き直った。
「……わかったよリリーナ。私……ユウマを倒すよ!」
「くそ! やるしかないのか! アイリス、回復はまだか!?」
仕方なく俺はショートソードを構えつつ、ミカ来るのを待ち構える。それと同時にアイリスにも声を掛けた。
「もう少しです! あと少しなのでもう少し時間稼ぎをお願いしますユウマさん!」
「任せろっ!」
アイリスの言葉を聞き、意地でもこの場を守ることを決めた俺はこちらへとやってきたミカと対自する。
「ここは通さないぞ、ミカ!」
「ねえユウマ。お願いだから元に戻ってよ。私、いつものユウマの方がいいよ! アイリスちゃんのことちょっと危ない目で見たり、リリーナのスカートを捲ることに必死なったり、私で人には言えないような妄想してるいつものユウマの方がよっぽどいいよ! だから目を覚ましてよユウマ!」
「ちょっと待て! アイリスとリリーナの件に関しては少し言い返しづらいが、最後のお前に関してのは完全に濡れ衣だ。言いがかりも甚だしいぞ!」
「やっぱり簡単には戻ってくれないか……。少し強引になっちゃうけど、ちゃんと私が元に戻してあげるよユウマ!」
盛大な会話のドッヂボールをした俺たちは激突した。
……文字通り、激突した。
ミカがいつも通り途中で何もないところで足を滑らせ、態勢を崩したままこちらに突っ込んできて上に、俺の頭に頭突きを食らわせてきた。
『金剛力』があると言ってもさすがにショートソードで対応するわけにもいかず、ショートソードの剣先を逸らすことに集中していた俺はガードが間に合わなかった。
『金剛力』の力もあって、ミカの頭突きは最早凶器となっていたため、俺とミカは頭を押さえて同時にその場に倒れる。
「いってーっ!!」
「いったーぁ!!」
二人してその場で転がる俺とミカ。
その姿を見ていたリリーナがニヤリと笑い、杖をこちらへ向けた。
「よく時間を稼いだわミカ! 魔法が完成したわよ! さっきより威力の高い魔法にしたから今度は跡形も残らないわ! 食らいなさい『ブラスト』!!」
「ユウマさん! コボルトの回復終わりました! さあ、早くコボルトさんは逃げて!」
リリーナが魔法を放つのと、アイリスがコボルトの回復を終え逃がすのはほとんど同時だった。
アイリスに回復してもらったコボルトは何が何だかわからない様子で立ち上がり、そしてそのまま剣も持たずに俺たちに背を向け走り出す。
しかし、遅かった。
リリーナの放った魔法が器用に逃げたコボルトのみ当たった。
コボルトの背中を的確に撃ちぬくリリーナの火属性攻撃魔法『ブラスト』。
火炎放射機をパワーアップしたような攻撃は、回復の終わったコボルトの背中を的確にとらえる。さっきの魔法より威力が高い上に、身を守る木の盾もない。そんなコボルトがリリーナの魔法攻撃に耐えられるはずもなく、リリーナがさっき言ったように跡形もなく消え去った。
そんなコボルトの惨状を見て俺とアイリスは。
「「コボルトー(さーん)っ!!」」
二人で叫んでいた。
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「クソ! リリーナ! お前はなんてことをしてくれたんだ! あのコボルトの気持ちにもなってみろ! もう戦闘の意識すら見せず、ただ逃げようとしていただけのコボルトを……お前は……お前はーっ!!」
どうにかクエストを終え、四人で街に帰っている最中、俺は未だにあのコボルトのことを忘れられないでいた。
「ユウマ、あんたねえ。まだそんなこと言ってるわけ? アイツらは魔物よ? 敵なの。あんただって今まで散々ひどく弄んで倒してたじゃない。それなのに何よ今更。たかがコボルトの一匹を葬り去ったくらいでなに怒ってるわけ? あんた今日の朝からおかしいわよ。いつもおかしいけど」
激高する俺をリリーナがひどく呆れた表情で適当にあしらうように言う。
落ち込む俺をとなりを歩いていたアイリスが慰めに来てくれた。やっぱりアイリスは天使の末裔なのかもしれない。
「ユウマさん。……仕方がないんですよ。私たちは冒険者、コボルトさんは魔物。……お互い相容れない存在なんです。仕方が……ないんです」
アイリスが辛そうな顔をしながら言った。
そんなアイリスと俺を見て、ミカとリリーナが戸惑ったような顔をした。
「……ねえ、リリーナ。なんかすごく私たちが悪役みたいになってるんだけど。なんかユウマとアイリスちゃんを見てるとすごく自分が間違ったことをしたんじゃないかって思えるんだけど。……これ、私がおかしいの? 私とリリーナがおかしいの?」
「そ、そんなことないわよミカ。確かに今のユウマとアイリスを見ると自分たちが間違ったことをやったように思うかもしれないけど、私たちは間違ったことはしてないわ。だってアイリスが言ったように私たちは冒険者、コボルトは魔物。敵同士なんだから当たり前のことをしただけよ。それどころか街の平和を守ってるわ」
「そ、そうだよね! 私たち間違ってないよね! 正しいことをしたんだよね! うん、私、大丈夫」
俺とアイリスの落ち込み様を見て、少し罪悪感がわいてきたのか、ミカとリリーナが少し魔物を倒したことに対して戸惑いを見せ始めた。これは一気に押し込むしかない。
「お前ら、魔物とか人間とかそんなちっぽけなことに囚われるなよ! コボルトの命だって俺たちと同じ命なんだぞ! それをわかってんのかよ! コボルトもトゥルルって頑張ってんだよ!」
どこぞの熱いテニスプレイヤーのごとく熱い言葉を言い放つと、ミカとリリーナは突然慌てだした。
「ミカ! 大変よ! 今日は本当にユウマの頭がおかしいわ! いつもおかしいけど、本当に今日はおかしいわ! 前半は言ってる事わかるんだけど、後半は全く意味がわかんないわ! 何よ、トゥルルって、コボルトはとぅるる? ってしないわよ!」
「大丈夫リリーナ! 私も後半の意味はわかんないから!」
お、お前ら、トゥルルを知らねえのかよ……。
まあ、日本での空耳だしわかる方がおかしいか。
「そ、そうです! コボルトさんも、とぅるる? って頑張ってるんです!」
絶対に意味がわかっていないんだろうアイリスが、あまりにも俺が熱弁をしたせいで良いことを言っていると勘違いして、ものすごく面白いことを言ってしまった。
なんだろう。アイリスと修○って性格が全く逆だからだろうか、すごい面白い。顔を真っ赤にしながら、その言葉の意味もわからずに大きな声で頑張っているアイリスかわいい。
俺、この世界でもしどこかの宗教に入れって言われたら、絶対にアイリス教を作ってそこの一番偉い人やろう。
そんな馬鹿なことを考えている間も、リリーナとミカはなんだか騒いでいる。
「大変だよリリーナ! あの善良な心の持ち主のアイリスちゃんがユウマに毒されて変なこと言いだしちゃったよ! ねえ! どうしようリリーナ!」
「だ、大丈夫よミカ! きっとアイリスはユウマに脅されているだけだわ! あの魔王みたいな男のことだもの、私たちを混乱させるために言わせてるに違いないわ! そうじゃなきゃおかしいもの!」
「そ、そうだよね! あのアイリスちゃんがあんな変なこと言うはずないもんね! よし! 早くユウマをやっちゃおう! アイリスちゃんを私たちが悪魔の手から救おう!」
なんだか物騒な、そしてとても失礼な会話をしているミカとリリーナ。
あと、お前らが俺をいつもどういう風に見ているのかがよくわかった。
あとで覚えてろよ。リリーナは街のド真ん中で足元を『フリーズ』で固めて、『エアー』でスカートめくってやる。
ミカはスカートだけど中にスパッツ履いてるからどうすっかな。……そうだ、小さいころのはずかしい話を大声で街の人たちに聞かせてやろう。きっとみんな笑顔で喜んでくれるはずだ。
「わ、わたしユウマさんに脅されてなんかいません! 本当にコボルトさんがとぅるるって頑張ってるんです!」
もう頭に水の入ったヤカンを乗せたら、すぐに沸騰するんじゃないかと思わせるくらい顔を真っ赤にしたアイリスが言った。
かわいいけどもうそろそろ止めてやるべきだろう。俺がアイリスに近寄ろうとすると。
「アイリスちゃんに近寄らないで、これ以上純粋なアイリスちゃんに変なことしないで!」
ミカがお母さんみたくアイリスを抱き寄せながら言った。
そしてリリーナが俺とミカに抱かれてるアイリスの間に仁王立ちし始めた。
「もうこれ以上アイリスに変なことを吹き込まないでくれる? ユウマが頭がおかしいのはいつものことだけど、アイリスにまで伝染させないでほしいわね」
「……」
なにこれ? なんで俺まだ幼い妹に変な知識を教えて親に怒られる兄みたいになってるの? なんでリリーナがパパでミカがママみたいになってるの?
なんで俺異世界に来てまでこんなことになってるの? わかんない。
ユウマわかんない。
結局俺はアイリスに近づくことを諦め、早く街に帰ろうと三人に言うと、三人は首を縦に振って立ち上がり、各自歩き始めた。
そして途中から脱線して忘れていた本来の目的を思い出す。
「そうだ! リリーナよくもコボルトを!!」
再び怒りがこみあげてきた俺がリリーナに近づこうとすると、ミカにいつの間にか後ろを取られていた。
「もういいからいつものユウマに戻って!」
無情にもミカの『金剛力』入りチョップで俺は気絶した。




