17話
「なんなんだよこの運の悪さは! あれか! 日頃の行いとかいう奴か! だとしたらそんなに悪くないだろうが!!」
決して良いとは言えないが、悪いとも言い切れない。と思いたい、自分の日頃の行いを悔やみながら全力で足を動かす。
直線的に動いては相手に行動が読まれやすいので、なるべく裏道を活用しながら曲がり角はなるべく曲がるようにして全力で相手を撒く動きをする。そうでもしないと俺の足じゃ振り切れるはずがない。
「はあ……はあ……撒いたか?」
五分ほど全力疾走をしてからなんのアクションもない後方を確認する。
するとそこには誰もいなくて、正直呆気にとられた気分だった。
「絶対に逃げられないと思ってたんだがどうにかなったな。あれか? 日中でも外で行動できるけど身体能力が極端に落ちるとかってやつか?」
俺は吸血鬼は基本的に日中は活動できないと決めつけていたが、中には例外というものがいる。日中でも行動できる吸血鬼なんてのはマンガやラノベじゃざらだ。
しかしその中でもある程度ランクがわかれる。日中でも完全に行動可能というチートじみたやつもいれば、今俺は予測したように身体能力が極端に落ちるが行動できるといった吸血鬼もいる。
今回の場合が後者だったというわけだ。
「ふう……。どうにか撒いたみたいだし今のうちに少しでも距離を取ろう。このまま上手くやり過ごして屋敷まで帰ればワンチャン逆に捕獲できる。そうすればレティシアに説得してもらえるしどうにかなるだろ」
思考は働かせながらも足を動かし、周囲の警戒も忘れない。
自分の目と耳、『敵感知』のスキルまでしっかりと発動させて念には念を入れて行動する。ここはゲームみたいな世界だがゲームじゃない。異世界ってだけの現実だ。
いくら俺が死んでも生き返れる能力っぽいのをラティファからもらっているとはいえ、完全不死身能力ではないと明言されている以上下手な真似はできない。
回数制限や特定の条件での死では生き返れないとかで、今回がその条件に当てはまったりしたら最悪だ。
「とりあえずさっさと屋敷に帰ろう。そうすれば生き残れる可能性も高くなる」
ホントのところは屋敷よりもレティシアのところに向かいたいところだが、レティシアの居るレイカの屋敷はここから少し距離がある。
それだったらまずは戦力を整えるべく屋敷に帰った方がいい。怒られるのは覚悟するほかない。命あっての物種だ。
「よし、そこを出れば大通りだ。そうすれば五分くらいで屋敷まで戻れる!!」
考えていた以上に深くまで裏道に入り込んでいたおかげで大通りに戻るのに時間がかかってしまったが、もう少しで大通りに戻れる。
大通りに出てしまえば周りに冒険者もいるかもしれないし、生存確率は少しばかり上がるはずだ。
そう思っていたのだが。
「逃がさない」
「ちょっ!? 反則だろそれ!!」
上手く撒いたと思っていたイアが上空から舞い降りてくる。
地面に足を着けたイアは背中の小さな蝙蝠の羽をどういう要領かしまい込んで、再び一見はただの美少女に戻る。
「なあ、とりあえず話を聞いてくれないか? レティシアもお前と話したがってたぞ」
下手に背中を見せれば後ろから拘束されてそのままかぶり。という未来が想像できた俺は決してイアから目を逸らすことなく会話を持ちかける。
人間争う前に言葉のやりとりを交わすべきである。なにかとすぐに武器を持って暴力に走るのはバカのやることだ。
「それはあとでいい。お前を倒してからゆっくり会いに行く」
「そう言うなって。まず誤解なんだよ。俺は別にレティシアをどうこうするつもりはない。むしろ仲良くしていきたいくらいだ。向こうだってそう言ってくれたしな。だからまずは話を聞いてくれたっていいだろ? 人間まずは会話からだ。すぐに暴力振るうのは良くないぞ」
コミュ障のくせに会話とかなにを。とか言われそうだが、この際どうだっていい。自分の命が可愛いのだ。
だから藁にだって何にだって縋る。そういう気持ちでイアに問いかけた。実際誤解だしな。
「私は魔族。人間じゃない」
「……」
そうだった! 相手は人間じゃなくて魔族だった! 人間じゃなかった!! ユウマ最低最悪の失念!!
「で、でも言葉は通じるだろ? なら会話だってできる。無益な殺生は良くないぞ。うん、よくないな~!!」
「無益じゃない。お前を殺せばレティシアが帰ってくる。いいことある」
どうにか時間を稼ごうと必死に言い繕うが、相手は決して友好的じゃない。時間稼ぎも時間の問題だろう。
その少しの時間で誰かが助けに来てくれるのが一番助かるのだが……。
「望み薄だな」
正直助けが来る確率なんて一ケタあるかどうかというくらいだろう。
ミカたちが俺がいないことをわかっていたとしてもここに来る確率は限りなく低い。目印もなんにもない一点を探し当てるのなんて難しいに決まってる。
「なら……」
覚悟を決めた俺は予め取り出しておいた実弾用の銃をイアに向けて二発ほど発砲する。
大きな音を立てて発射された銃弾はイア目がけて飛んで行ったが、イアは初めて銃を見たはずなのにいともたやすく銃弾を避けていた。
「身体能力落ちてるんじゃなかったのかよ! 確かに美少女だから本気で命狙って撃ったわけじゃないけど完全回避は予想外だぞ!!」
「別に身体能力は落ちてない。ただお前で遊んでるだけ」
「ならもっと平和的な遊びにしませんかね!? だるまさんが転んだとかどう!?」
「いや」
発砲した直後に全力で元来た方向に全力でダッシュした俺の後ろをイアが追走してくる。
しかも身体能力が落ちてないとかいう絶望的な言葉とともに。
「こなくそっ!!」
足を止めることなく牽制目的に二発ほど発砲。
さっき避けられたのだから当然といえば当然だが、イアはなんてことなしに銃弾を回避した。
「もういっちょ!!」
自分の足だけでは決して逃げられない。かといってさっきみたいに遊んでもらえるわけでもない。となると、俺がイアと一定の距離を取り続けるためには牽制をしながら動き続けなければならない。
だから頻繁に後ろを向いて銃を発砲し続けていたのだが、五分ほど鬼ごっこを続けたところでアクシデントが起こった。
「一発くらい当たってくんないかね。大けがしない程度に。―――って、 しまっ!?」
牽制をしようと後ろを振り向き狙いを定めた瞬間にバランスを崩した。
転ぶ瞬間に自分の足元に木箱があったのが見えて、自分がそれに躓いたのだと悟る。
「まずっ!!」
今までだって牽制と全力疾走でどうにか逃げ切っていたところなのに転んだりしたら積みだ。どうあがいたって逃げられない。が、もうすでに体制を立て直せる状態ではなくなっていた。
せめてもの牽制にとイアに銃を向けようとするが、既にイアは俺の眼前まで迫っており腕を抑えられてしまう。これじゃあ拳銃が向けられない。
「おそい。これでおわり」
腕をがっつり掴まれ、体勢は最悪、さすがにこれはどうしようもないと諦めモードになりかけたとき、突如頭上から植木鉢が落っこちてきた。
「っ!!」
「た、たすかった……?」
咄嗟に回避行動を取ったイアは掴んでいた俺の腕を離してくれた。そのおかげで形勢逆転とまではいかないが、振り出しに戻すことはできた。
しかし運が良かった。あそこで植木鉢が落ちてきてなかったら終わってたぞ。
「ちょっとユウマ、大丈夫?」
「え? この声って……」
自分の運がいいのか悪いのか本気でよくわからなくなっていると、頭上から最近ごひいきにしている女の子の声が響く。それにつられて顔を空に向けると、同い年くらいの文字通り体の透けている女の子がふんわりと降りてきた。
「レイカ!? なんでここに!?」
「たまたま散歩してたら大きな音が聞こえてきたから様子を見に来たらキミが襲われてたんだよ」
「そうか。とりあえず助かったわ、サンキュ」
「うん。それはいいんだけど、あの子何なの? キミの知り合いってわけじゃなさそうだし、普通の女の子じゃないよね?」
「ああ、あいつはレティシアの元同僚で魔王軍幹部のイアだ。ワケあって今命を狙われてる」
「そうなんだ。それじゃあ頑張ってね」
「ちょっと待とうか!!」
いきなり別れの言葉を告げて去ろうとする幽霊少女を掴もうと手を伸ばしたら見事に手が体をすり抜ける。
普通に話せるし、ポルターガイストで物動かしたりするからうっかり普通の人間と勘違いしちゃったぞおい。
「え……えっち」
「ちょっと待て。なんで胸を隠す。確かに俺はその辺に手を伸ばしたが触ってないんだからノーカンだろ。その反応は触られてから言うべきだ。だから触らせてください」
「こんなどうどうとセクハラ発言できるなんてある意味キミすごいね。しかもこんな状況なのに」
「は? こんな状況?」
「よっと」
俺が疑問符を返すと、謎の力で身体が真横に引っ張られた。そして俺が元居た位置を何かが高速で移動していく。いや、何かなんて表現しなくても思い出した。イアだ。
「キミ今本気で自分が襲われてたの忘れてたでしょ。エロで自分の命捨てるの?」
「おっぱいの為ならそれも本望だ」
「真顔で死ねるって言うのもそうだけど、そんなエッチなことを真顔で言うのもすごいよ。大物だよ」
「よせ、照れるだろ」
「いや、そんなに褒めてないよ。むしろ呆れてるよ」
言葉ではこんなことを言っているがレイカが本気で呆れているわけじゃないのは表情を見ればわかる。確かに呆れたような顔をしてはいるが、半分は面白おかしく思っているのだろう。口角が少し上がっている。
「とりあえず逃げよ。私だってあんなの相手にできないよ。キミのパーティーメンバーか元お仲間さんってことでレティシアにたよろ」
「元からそのつもりだ。サポート頼むぞレイカ」
「えー、お姉さんこういう血なまぐさい仕事はちょっと……」
「ここまで来て見捨てるのか!? こんなかわいそうな子犬の俺を!?」
「冗談だよ、冗談。お姉さんだってせっかくお友達ができたのに見殺しはちょっと嫌だもんね。だけどキミが子犬ってことはないでしょ。せいぜい近所のエロガキってところだよ」
「おねショタか。大好物だ」
「キミほんといい度胸してるね。ある意味尊敬するよ」
レイカは浮きながら、俺は全力疾走で走りながらこんなくだらない会話を交わしつつ時折二人でイアに牽制の攻撃を入れる。
俺はさっきまでと同様に拳銃で、レイカはその辺に落ちているゴミで適宜イアに遠距離攻撃を仕掛ける。
このまま上手くやっていけばどうにか持ちそうだ。
「レイカ、次右に曲がるぞ」
「え? キミのお屋敷と逆方向じゃない。私の屋敷とも方角違うよ」
「大丈夫だ。むしろそっちに逃げた方がまずい」
「ん~。よくわからないけどキミが言うならいいよ。死んでもお仲間が増えるだけだし」
「縁起でもないからマジでやめてくれ……」
割とマジで冗談になってないレイカの言葉をもらいながら次の角を右に曲がる。
「それでこっちに逃げるのってなんで? なにかあったっけ?」
「いんや、なにもない。ただ大きな空き地があるだけだ」
「え!? それでどうするのさキミ!? 空き地なんて逃げるにも隠れるのにも向かないじゃない」
「そうだな。だけどそれでいい」
「それでいいって……はあ、まあキミの人生だし別にいいけどさ」
俺の思惑がわかっていないレイカ大きなため息を零しつつも俺の隣を浮かび続けている。
そしてどうにか二人でイアの牽制をしながらさっき話してた大きな空き地に着いた。
「追い詰めた。これで逃げられない」
大きな広場に逃げ込んだ俺たちにはもう後がない。
目の前には煉瓦でできた大きな壁があるし、それ以前にこの空き地の出口が入り口と兼用の一つしかない。つまりはイアの横を通り抜けていくしかない。まず不可能だ。
「ほらキミ言われちゃってるよ。どうするの?」
「大丈夫大丈夫。俺の予想だともうすぐだから」
「もうすぐって何が……」
「おしゃべりはもう終わり」
レイカが質問を投げかけている途中に、もういろいろと限界だったのかイアが突撃してきた。
レイカはなにかポルターガイストで飛ばせるものを探すがここは空き地。大したものなんて落ちていない。俺の拳銃もここまで来るのに弾を使い切ってしまったので魔力用の銃しか使えないが、どうせ効果なんてないと取り出してもないので間に合わない。
「ちょっとキミ! とにかくどうにか避けて!! 私もどうしようもできないよ!!」
「だから大丈夫だって」
「大丈夫じゃないよ! さすがのキミでもこれはどうしようもないでしょ!!」
こうして言い合ってる間にもイアはかなりの速さでこちらに接近している。あと五秒もすれば噛みつきの間合いに入ってしまうだろう。
「いただきます」
神や製造者に少しも感謝していなさそうないただきますを唱えながらイアが小さな口を大きく開く。そして吸血鬼特有の可愛らしい八重歯が姿をのぞかせ、俺の首元目がけて伸びてくる。
このままいけば俺はゲームオーバー。生き返れるかもしれないが、とりあえずは一回死ぬ。生き返れるといっても死ぬほどの痛みは経験することになる。そんなのはできれば受けたくない。だから受けるつもりもない。
「キミ! 避けて!!」
レイカの悲痛な叫び声が響く。イアの勝ち誇ったような顔が視界いっぱいに広がる。
きっとこの中で余裕の表情を浮かべているのは俺くらいだろう。
「しんじゃえ」
イアがそう言って俺の首元に歯を突き立てようとしたその時、イアは俺に向けていた視線を空に向けてると同時に大きく後方に飛びのいた。
「『サンダーボルト』!!」
次の瞬間に俺の目の前に大きな雷が落ちてくる。
破裂音にも似た音を立てながら落ちてきた雷は地面にそれなりの大きさのクレーターを生み出していた。
「あちゃー、外しちゃったわね」
そう言いながら俺の隣に風魔法を器用に使って自分を浮かせながらやって来たのはリリーナ。
「ユウマ、大丈夫だった?」
「ご無事ですか!? ユウマさん!?」
続いてミカと抱っこされたアイリスがやってくる。
「どうにか無事だ。それよりおせーよ。マジで死ぬかと思ったんだからな」
「それなら私たちに黙って抜け出さないでよ。起きたらユウマがいなくてみんなして焦ったんだからね」
「そうですよ! あとで絶対にお説教を受けてもらいますからね!!」
「アイリスのお説教じゃダメよ。この変態にとってはご褒美だもの。アイリスに合わせるなら最低でも拷問くらいにしておきなさい」
「アイリスの場合拷問って言っても一日ご飯抜きくらいで済みそうだけどな」
集まって早々にイアを置いてけぼりにして会話を弾ませる。
しかしそれが気に障ったのかイアが今まで使ってこなかった遠距離攻撃をしてきた。一瞬のことでわからなかったが、赤い液体状の針みたいなのが飛んできたからたぶん血針だろう。
それもアイリスが水の壁『ウォーターウォール』を作り出してくれたおかげで防ぎ切った。
「なんなの、お前たち。私の邪魔しないで」
いかにも怒ってますという顔でイアが威嚇してくる。
さっきまでだったら「まずい、怒らせちった」と、絶望的に思ったものの、今では全く怖気づく必要がない。
「そういうわけにはいかないよ。幼馴染が黙って殺されるのは見てられないって」
「そうです。私だってユウマさんが殺されるのを黙って見ているつもりはありません」
「私はそこの二人ほどユウマに情はないけど、さすがに目の前で無惨に死なれるのは目に毒だわ」
三者三様に俺を助けてくれる宣言をしてくれたところで、俺も一歩前に出る。
「これで役者はそろったぜ。さあ、イア。思う存分やり合おうじゃねえか」
ようやくこちらもまともな戦力がそろった。
でもまだ安心するわけにはいかない。さっきまでは半分お遊びみたいな感じだったイアも完全に臨戦態勢だ。レティシアの話だろイアは完全な戦闘タイプらしいし、油断はできない。
「第二ラウンド開始だ!!」
メンバーが追加された第二ラウンドが幕を切った。




