15話
「本当にごめん。アイリス。許して!」
「……本当に反省してますか?」
「してるしてる! アイリスに嫌われるくらいなら我慢する!」
「……わかりました。でも今回だけですからね」
あれから許しをえるためにアイリスに土下座をしながらの謝罪をし続け、さらには今度アイリスの言うことを一日何でも聞くという条件と、今日のおやつにアイリスの好きなプリンを作るという約束をして、ようやくアイリスが口を聞いてくれるようになってからレティシアとの話が再開した。
「それでこれはどういうことなんだ?」
「あー、そうだったわね。お茶とお菓子がおいしくて忘れちゃってたわ」
「人の命を何だと思ってるんだお前は」
「別に何とも思ってないわよ? みんなしていなくなられると困るけど人一人の命くらい何とも思わないわ」
「元とはいえさすがは魔王軍幹部……」
レティシアたちサキュバスは人の性欲を糧に生きている。普通の食事でももちろんお腹は満たされるが、性欲の方は全然満たされないらしい。魔力の回復量も普通のご飯より人の性欲の方だと前に言っていた。
そのため人間との共存は望んでいるが、かといって必要以上に仲良くなることを望んでいるわけでもない。
今の発言からもわかる通り全滅さえしなければどうでもいいのだ。
「ん? そういやなんでわざわざ教えに来てくれたんだ? 人一人の命くらいどうでもいいなら俺の命だってどうでもいいんだろ? それともなに? 俺のこと悪魔か何かだと思ってんの?」
「確かに考え方とかは悪魔に近いわねー」
「マジかよ……」
さらっとひどいことを言われた。
俺は普通の人間なのに。人間だけで十分なのに。
「話を戻すけど、お姉さんがわざわざボウヤにこの手紙を持ってきたのはボウヤとは仲良くしていきたいって考えてるからよ。ボウヤは面白いし、お店とかで協力してもらってるし、人との掛け橋役としても重要だしね」
「あー、まあそうか。いなくてもいいけどいた方がマシってことだな」
「うーん……別にそういうわけじゃないんだけどね~。ボウヤが思ってるほど私は人間に対して情を持ってないわけじゃないもの。それにボウヤとは個人的に仲良くしていきたいって思ってるのよ。人とか魔族とかそういうの抜きでね」
「お、おう……」
「あら、照れてるの? かわいいボウヤ」
そういうとレティシアは妖艶に微笑みながら俺の顎を撫でる。
それだけで俺の中の何かが抜き取られた気がした。
「うん。やっぱりボウヤの性欲は純粋でおいしいわー。量も多いし文句なしね」
気がしたんじゃなかった。取られてた。しっかり精力取られてた。
「レティシアさん! それよりもこの手紙どう言うことなんですか? なんて書いてあるんですか!?」
「あらら、小さなお嬢ちゃんに怒られちゃった。ボウヤも罪作りねー」
珍しく声を荒げたアイリスが俺とレティシアの会話を遮るように言葉を発した。
それにしてもアイリスはなにをそんなに怒っているのだろうか? もしかしてさっきの件をまだ引きずっているのだろうか。
それにレティシアの言った罪作りってなんだ? 俺別に何もしてないんだけど。モテたことないんだけど!
「話し戻すけどさ。これに書いてあることってマジなのか?」
俺はさっきの手紙に目を向けながらレティシアに尋ねる。
「えぇ、本当のことよ。冗談だったらわざわざここに来たりしないわ。お店の開店準備が忙しいもの」
「それもそうだよな。でも冗談であってくれた方が全然よかったんだが……」
「ボウヤからしたらそうよねー」
ニコニコ微笑みながらこちらを見てくるレティシアに鋭い視線を返しておく。
「あのー……すいません。その手紙、なんて書いてあるんですか? 私ハ文字は読めなくて……」
「あー、悪いアイリス。気が利かなかったよな」
「そんなことないです。むしろ読めない私の方が悪いんです」
「それこそそんなことないだろ。むしろ書きの方も少しだけどできるんだったら上出来だよ」
この世界は文字があまり浸透していない。イ文字、ロ文字、ハ文字という三種類の字があって、日本でいうところの、ひらがな、カタカナ、漢字、といった感じだ。
その中でも大半の人はロ文字までの読み、イ文字の書きができる程度が一般的で、ハ文字に至っては貴族みたいな連中しか使わないらしい。
俺は異世界に来て早々に日本でアニメとかの言語翻訳をやっていた要領である程度覚えた。
「ただいまー」
「帰ったわ」
アイリスに手紙の内容を説明しようとしていたら、二人で百合百合とお出かけしていたミカとリリーナが帰って来た。
たくさんの荷物を両手に抱えて居間に暖を取りにやってくる。
「あれ? レティシアじゃん。どうしたの?」
「まさかまたその性欲魔人の精力を奪いに来たわけ?」
居間に入ってくるなりレティシアの存在に気付き質問を投げかける二人。
ただミカはともかくリリーナの質問には異議申し立てしたい。面倒だからしないけど。
「違うわよ。今ちょうどその要件をかいた手紙をボウヤが読むから聞きなさい」
レティシアが紅茶を口にしながらこちらに丸投げしてきたので、俺は二度の説明の手間が省けると諦めて手紙を読み始める。
「えーっと、レティシアへ。あなたが生きているということは掴みました。イニティと呼ばれる始まりの街の冒険者に不覚を取ったということも。今すぐ助けに行きます。まってて。今すぐそいつを殺してあげるから。イア。だとよ」
「ちょっと待ちなさい。今のイアって……」
「たぶんあなたの想像通りよ。魔王軍幹部の一人、闇夜のイア、冷血で漆黒の完全完璧な吸血鬼」
レティシアの知り合いだという話と、この手紙の内容から見て概ね想像していたがやっぱりそうだったか。
「え? ユウマ殺されるの? 魔王軍の幹部に?」
「命を狙われてるって意味ではそうだな」
「よかったわ。これでこの街の平和は守られるわね」
「おいリリーナ。お前まだ反省してないの? またやるぞ? いいのか?」
「うぐっ……。ま、まあ、少しは心配よね」
この前のユウマ紳士事件の影響で最近はリリーナが少し大人しくなった。今もこうして少しは大人しい反応をしている。
ちなみにユウマ紳士事件の命名者はミカである。
「この人レティシアさんのお友達なんですよね? レティシアさんから説明してもらえないんですか!?」
この中で一番俺の心配をしてくれているアイリスがレティシアに食って掛かりそうな勢いで尋ねた。こんなアイリスを見るのは初めてかもしれない。
しかもそれがお兄ちゃんの為だとかお兄ちゃん日和でしかない。
「もちろんそれも考えたわよ。でもあの子見つからないのよねー。私よりそういうのは得意だから厄介なのよ」
「説得はできるかもしれないけど探す方が難しいってこと?」
「そういうことね。説得の方はどうにでもなりそうなんだけど話ができなくちゃどうしようもないのよ」
「魔力を辿ったりできないわけ? 魔族ってそういうことできる奴もいるって聞いたことあるわよ?」
「さっきも言ったけどあの子は隠密行動が得意な子なのよ。魔力の痕跡を消すのなんて息をするようにできるわね」
話を聞く限り状況は至って最悪だ。
俺の命が狙われていて、しかも相手は魔王軍の幹部。頼みのレティシアも話し合いの場を持つこともできない。それに一番厄介なのは―――
「狙いが俺個人ってのが一番厄介だな」
「そうなのよね。そこが一番面倒なのよ」
「え? どういうこと?」
俺とレティシアが同じ結論に至ると、いつものように話についてこれていないミカが首を傾げる。ちなみにアイリスも同じように首を小さく傾げていた。リリーナはこういう時ばかりに発揮する察しの良さで理解しているっぽい。
「今までのやつらは基本的にこの街全体を狙ってきてたんだよ。オークの大群とかヴォルカのとかな」
「うん。そうだね。レティシアもそうだったもんね」
「私はちょっと違うけどねー。殺すつもりなんてなかったもの」
「今話した通り今までは街全体が狙われていたんだ。だけど今回は俺個人が狙われてる。それが一番まずい」
「だからなんでなのさ」
説明を急かしてくるミカをなだめているとリリーナが次の句を継いでくれた。
「簡単に言うと、今回の相手はユウマさえやれれば満足ってことよ。この街全体をどうにかするなんて大きなことをしなくても、ユウマっていう冒険者一人を殺すだけで相手はいいの。相手が街とユウマ一人って言えばわかるかしら」
「あー、そっか! 街をどうにかしようとするよりユウマ一人をどうにかする方が楽だもんね!!」
「でも、ユウマさんお一人を守るだけの方が私たちは守りやすいんじゃないですか? 相手が襲ってくるってことはレティシアさんのおかげでわかってますし、対策もできるんじゃ?」
「お嬢ちゃんの言うことももっともね。だけど考えてみてちょうだい? 相手は魔王軍幹部の一人。しかも私みたいなサポートタイプじゃなくて完全な戦闘タイプよ。そんな相手に簡単に勝てると思う?」
「しかも戦う場所が広い場所とも限らないしな。街中で襲われたら周りへの被害もある上にリリーナがまともに機能しない」
「まあそうよね。私だけじゃないわ。ミカやアイリスだって多少は戦いにくいはずよ」
一番の問題はそこだ。
今までの様に戦う場所をある程度選択することができない。それどころか時間も場所も何もかも選択できない状況で、さらにはいつまで続くかわからない緊張状態に身を置くことになる。時間が経てば経つほどこちらの精神は疲弊していく。その点相手は好きな時に攻撃できるのだから精神的疲労はこちらに比べて少ない。最悪だ。
「面倒なことになったなー」
あまりに面倒くさい状況に限界が来て大きな背伸びをする。
しかしそんなことで状況が好転してくれるはずもなく、重々しい空気が居間を支配している。
「何かユウマ落ち着いてない? 自分の命が狙われてるんだよ?」
「確かにそうです。どうしてそんなに落ち着いているんですか?」
アイリスとミカが不思議そうにこっちを見てくる
まあ当然っちゃ当然の感覚だ。
「俺だって驚いてるよ? ただ現実味がなさ過ぎてな。二人が俺の分まで驚いてくれるのもあって割と落ち着いてる」
誰だって似たような経験があるだろう。誰かが突出して反応してくれるお陰で自分は一歩引いて考えることが出来る。そう言った経験があるはずだ。今の俺がまさにそうだ。
「とりあえず最低でも誰か一人はユウマと一緒に居ることにしましょ。今取れる行動はそれしかないわ」
「そうだな。でもいいのか?」
「何がよ?」
「だってお前俺のこと嫌いじゃん? 嫌なんじゃないかなーって思ってさ」
気を遣ってリリーナに問いかける。すると両隣から大きなため息がこぼれた。ミカとアイリスだ。え? なんで!? しかもレティシアも変に笑ってるし!
「別にそこまで嫌ってないわよ。それにユウマに死なれるとミカとアイリスが悲しむでしょ。だから仕方なくよ、仕方なく」
「リリーナ、おまえ……」
「な、なによ……」
「ちゃんとデレることできたんだな」
「やっぱり見捨てようかしら。ううん、むしろ私の手で葬ってあげようかしらね」
「リリーナ! 抑えて! ユウマをまともに相手してたらきりないよ!!」
ミカのちょっとあれなフォローのおかげでリリーナの怒りは収まった。
それと同時にとりあえずといった感じの対策会議はひとまず幕を下ろした。




