14話
キリングラビット討伐をしてから二週間ほどが経った。
あいかわらず冬は俺らと共存しており、現在は年が明けた一月の後半。日本と違って年が明けたから何なの? という異世界では特にそれらしいイベントはなかった。
が、ミカの我儘により餅を作らされたり、お節料理もどきを作らされたり、はご板やら福笑いやらとこちらでもどうにかできそうなことだけは行われた。
そんな遊びや料理を知らないアイリスとリリーナは不思議そうにしながらも、どれもおいしく楽しく参加していた。
くたびれたのはそれらの準備をさせられた俺一人である。元ニートの俺を働かせるとか幼馴染ってブラック企業か何かなんだろうか。
「ふぃ~。疲れた。もう何もしたくない」
そんな怒涛の二週間を過ごしていた俺は久しぶりの休日だと居間の暖炉前のソファーに身を預ける。
「お疲れ様でしたユウマさん。ココアでもどうですか? 暖かいですし、疲れた時には甘いものだってミカさんが言ってました」
「おう、サンキューアイリス。やっぱりアイリスは良い子だな」
「えへへ。私はただお疲れのはずのユウマさんにゆっくりしてほしいだけです」
あまりの嬉しさに頭をなでてやるとアイリスはふにゃりと顔を歪ませる。俺の方は俺の方でアイリスのサラサラな長い銀髪が指を撫でて心地よい。これがwin-winというやつなのだろう。
ピンポーン
そんな幸せな久しぶりの休日に突然の来訪者を告げるチャイムが鳴り響いた。
「はーい、今出ますねー!!」
アイリスが聞こえるかもわからない返事を律儀に返しているところを止める。
口元を抑え、玄関に行かないように手を繋ぐ。我ながら大胆な行動ができるようになったもんだ。……パーティーメンバーにだけだけど。ファナとかには無理そう。
「んんんんっ」
「おっとすまんすまん」
「ぷはぁ……。どうしたんですかユウマさん。私何か変なことしました?」
「いや、してないんだけどなんかこういう時って大抵面倒なことがやってくる気がしてな。出ない方が吉なんじゃないかと……」
こういう嫌な勘というのはなぜかよく当たる。当たってほしい時に限って当たらないのに、どうでもいい時に当たるなんて言うのはよくある話だ。
「ですが普通のお客さんかもしれませんよ? ほら、ファナさんとかザック君とか」
「確かになぁ……仕方ない。アイリス、頼む。面倒ごとなら断っちゃっていいから」
「わかりました。それじゃあ出てきますね」
俺の言葉に笑顔を返したアイリスがトコトコと玄関に向かっていく。初めてのお使いで娘を見送る父親とはこういう心情なのだろうか。
そんなバカなことを考えながらさっきアイリスの口を塞いでいた自分の手を見やる。
「……まて、待つんだユウマ。それはいけない。人としてやってはいけない」
今ここでこの手を自分の唇に当てたら間接キッスだとか考えちゃいけない。それはさすがに人としてまずい。今この場に誰もいないし、誰の目もないけどまずい。それだけはまずい。
……まずいか?
「いや、まずくないな。俺はそう、ただちょっと口元が抑えたくなっただけ。それ以外の感情なんて何もない。うん。そうだ、そうだよ!!」
なにやら自分の中でわけのわからない決定が下される。
自分の中の悪魔と天使も「いいじゃんいいじゃん! こんなチャンス滅多にないぜ! 据え膳喰わぬは男の恥だぜ!」、「ダメです! キスは大切な行為です! ですから間接とはいえん軽々しくしてはいけません! どうせなら本人の唇を奪いに行きましょう! そうしましょう!」と言っている。
……久々の登場だけど相変わらず悪魔より天使の方が言ってることがエグイな。
「(……ごくり)」
自分の手をじっくりと眺め、徐々に自分の口元へと近づけていく。
そしてあと数センチでアイリスと間接キスが達成されるというその瞬間、扉が開いた。
「ユウマさん、レティシアさんでした。なにかユウマさんに大切な話があるとかで……何していらっしゃるんですか? ユウマさん」
もちろん扉を開けたのはアイリス。
そしてそのアイリスの前にはなにやら自分の腕にキスをかましているやばい男。悲しいことにそのヤバい男とは俺だった。
咄嗟のことだったとはいえ、手にキスしてるところを見られるのはまずいとずらした先が自分の腕というのは最悪だ。
「あ、あー! これはな、その……あれだ! ちょっと自分の肌がきれいだと思ってな! ちょっとついキスなんかしたくなってしまったというかなんというか……わっふーっ!!」
「突然どうしたんですかユウマさん!? 止めてください! 暖炉の中に入ろうとするの止めてください! 死んじゃいますって!!」
「止めてくれるなアイリス! 男にはやらなくちゃいけないことがあるんだ!」
「少なくとも暖炉に飛び込むのは違うと思います! 絶対に違うと思いますぅ!!」
あまりの恥ずかしさに奇声を上げながら暖炉に飛び込もうとする俺をアイリスが背中から抱き着いて引き留める。
本来なら男子高校生の全力に女子小学生が敵うはずもないのだが、ここは異世界。レベルとステータスが全てを支配する世界だ。レベル一の俺がレベル二十越えのアイリスに体格差があっても敵う通りはなかった。
ずるずると引きずられてソファーに座らされる。
「も、もう……なにがあったのかわかりませんけど冗談でもやめてください」
「そ、そうだな。うん、ちょっと気が動転してたわ。悪いアイリス」
「わかってもらえたなら私はそれで。それよりもレティシアさんが―――」
「やっほー! なんか騒がしかったから勝手に入っちゃったわよ」
俺とアイリスが息を整えていると、妖艶な笑みを浮かべたレティシアが手を振りながら部屋に入ってくる。
街中を歩いてきたためか今回も露出の少ない服装だ。それでもメリとハリしかない大人のボディが放つ色気は隠しきれていないが。
「おう、レティシア。どうした? なんか店の方で問題でもあったか?」
これでも俺はレティシア店の相談役という役職についている。といってもまともに仕事をするわけじゃないので本当にただの相談役。利点といえば俺たちパーティーが店を利用する際にちょっと割引が適用されたり優先してもらえるくらいだ。
「ううん。今回の違うわ。むしろそれよりももっと厄介な問題よ」
「うげ……すいません。お帰りはあちらになります」
「もう! そんなこと言ってると教えてあげないわよ。ボウヤなんて死んじゃうんだから」
「えっ!? レティシアさん! それってどういうことですか!? ユウマさんが死んじゃうって!!」
丁寧にお帰り頂こうとすると、レティシアの口からとんでもない発言が飛び出した。
さすがに放っておけない内容だったので驚きもしたが、それ以上にアイリスが驚いてくれたおかげで冷静さを保つことができる。
「レティシア。なにかの冗談だよな?」
念のため冗談という説に縋ってみる。
「残念ながらそうでもないのよ。これを見て頂戴」
そういうとレティシアは胸元から一枚の紙を取り出し、それをこちらへ放ってくる。俺の前のテーブルに一枚の紙が滑ってやって来た。
ていうかなにあの不二子ちゃんスタイル。実際にできるもんなんだな。
「ボウヤ、なにしてるの?」
「これはなにか怪しい成分でもないか匂いの確認をな」
「……ボウヤにそんなことできるの? そんなスキル持ってるの?」
「ない」
「じゃあなんでそんな方法で確かめようとしてるのかしら?」
「いやな、本当はレティシアの胸の中から出てきたってことはいい匂いがしそうだなって。無意識なんだ。それ故に罪はない。あるとしたら魅力的なレティシアが悪い」
そうだ。あんなところから紙を出されたら誰だってにおいを嗅ぐ。顔をうずめる。そして後生大事にする。間違いない。
「ボウヤー、私はサキュバスだしそういう性欲丸出しの反応大好物だけど、普通の人間の女の子はたぶん引くわよ? 嫌がるわよ~。ほら」
そう言ってレティシアがある方向を指さす。俺は紙を顔に押し付けたまま、視線だけで指の先を追った。
そこには顔を真っ赤にして恥ずかしそうに怒るという器用な表情のアイリスがいらっしゃった。
……うん。アウト。さすがにこれはアウトだわ。ミカやリリーナならともかく純情アイリスにこれは厳しいわ。
「待ってアイリス。まずは俺の話を聞いてほしい」
「ユウマさん! そういうのはいけないの思います! メッ! ですよ! 」
それから少しの間アイリスは口を聞いてくれなかった。




