12話
あれから一時間が経過したころようやく状況が動いた。
もう少ししても状況に変化がなかったら今日は諦めて帰ろうと話していたのでちょうどいいタイミングで来てくれたものである。
「うわー、ホントに手に包丁持ってるよ。あんなのゲームでしか見たことないよ」
「でたわねユウマ語……。ねえミカ、お願いだからミカはユウマに染まらないでちょうだい。ミカとは友達で居たいわ」
それだと俺とは友達になりたくないってことになるんですがそこはどうなんでしょうかリリーナさん。というツッコミを心の中で律儀に入れて、視線はさっきのミカの古着に帽子姿の丸太に向ける。
そこには五匹のキリングラビットがいた。
「うー……。見た目はうさぎさんでかわいいのに武器を持ってるせいですごく怖いです……。台無しですぅ」
アイリスがそれぞれ違う武器を持ったキリングラビットを見てそう感想を漏らした。
確かに見た目だけなら毛色の黒い少し鋭い目つきのうさぎだ。でも手に包丁や短刀を持っていたら嫌でも恐怖の方が勝る。
「ガチのヤンデレ属性はちょっと怖ーんだよな……。いや可愛いしちょっと憧れてるんだけどね。でもやっぱり俺としては清楚でかわいいくて献身的な女の子の方が良いわけよ」
「ユウマ、素が出てるよ」
「おっといけね」
ミカに指摘されてすぐにお芝居モードに切り替える。
正直ミカにはバレてるも同然だし、邪魔してこないのなら別にバレたってかまわない。というか幼馴染特有の共感覚みたいなので隠し事などほぼ不可能だ。お互いにな。
「さーて、私の出番よね!」
そう言ってリリーナが杖を手に立ち上がる。
「確かにそうですがそのまま突っ込んでいくのは待っていただけないでしょうか? ここからリリーナ様自慢の魔法を撃っていただけるだけでいいのです。それだけであんな魔物は倒せます。なんせリリーナ様の魔法ですからね」
「ふふっ! 仕方ないわね! そうまで言われたらそうしてあげるわ。本当ならこんな卑怯な真似はしないで名乗りを上げてから魔法を撃ちたいけど、そこまで言われちゃったらしょうがないわ!」
どうにかリリーナの言いくるめに成功し考えなしの突撃を防ぐ。
せっかくこちら有利の状況で始められる戦況を台無しにされてはたまったものじゃない。せっかくの作戦が無駄になってしまう。
「ユウマさん。私たちはどうすればいいですか?」
「そうそう、私たちはー?」
リリーナが勝手に詠唱を始める中、残されたミカとアイリスが質問してくる。
「そうですね……たぶんリリーナ様の一撃で終わるとは思いますが念には念を入れておきましょうか。アイリス様も魔法の詠唱をお願いします。できれば広範囲に攻撃できるものでお願いします」
「わかりました! 任せてください! 絶対に役に立って見せますよ!!」
指示をもらえて嬉しいのかアイリスが元気いっぱいの笑顔で詠唱を始める。
「私は私は?」
「ミカ様はもしも二人の魔法を掻い潜ってきたキリングラビットを相手してもらいます。なにか武器を防げそうなものを持って待機しててください」
「わかった。じゃあその岩でも持ってるよ」
ミカは指示をもらうと近くの岩を拾いに歩いていく。その岩の大きさが軽く人五人を潰せそうな大きさだというのはツッコマないでおこう。
「準備完了よ! さっそく撃つわ! 文句は言わせないわよ!! 『プロージョン』!!」
そう言い放ったリリーナがこっちの返事も聞かないうちに魔法をぶっぱなした。
古着に帽子をかぶった丸太を中心に小さな爆発が起こる。キリングラビットは異変に気付きはしたものの逃げるには時間が足らずにまともに爆発に巻き込まれた。
俺たちも咄嗟に近くの木にしがみ付いて飛ばされないようにする。
「ふふん! 私にかかればこんなものよね!! やっぱりあの程度の相手に私の魔法はもったいないわね!」
少しの爆風が止み、砂煙も晴れて視界がまともになってくると、リリーナは腰に手を当てて自慢げにそう言った。
確かにリリーナの言う通りキリングラビットは跡形もなく吹き飛んでいる。予想通りというか案の定というか一片の姿も残していない。見事なまでの消滅していた。残っているのは持っていた包丁と短刀のみだった。
「……」
「どうかしましたかユウマさん?」
俺が何気なしにキリングラビットたちの居た場所を眺めていると、アイリスが不思議そうにしながら話しかけてくる。
「どうせ私の魔法がすごすぎ驚いてるんでしょ。良かったわね、こんなすごい魔法使いの仲間になれて! 女神さまに感謝なさい! アハハハっ!!」
よほど気分がいいのかリリーナが高笑いを上げる。その姿はシンデレラに嫌がらせをする母親や姉たちと同じだ。
「あぶない! リリーナ避けて!!」
「なにミカ? 避けるって何を……きゃっ!!」
いきなりミカが大きな声を出したかと思ったら、次の瞬間にはリリーナのローブの前部分がバッサリと切られていた。あまりに突然の出来事にさすがのリリーナも対応できず、さらには魔法使いにとっては肝心要の杖まで手放してしまう。
「な、なによ今の! 危ないじゃないのよ!!」
破けてはだけてしまっている前部分を隠しながらリリーナが周囲を見回す。他の二人もそれぞれ戦闘態勢を取って警戒を始めた。
「ユウマさん。どういうことなんでしょうか? キリングラビットさんはみんなリリーナさんが倒したはずですよね」
「いえ、たぶん一匹残っています。武器の数が足りません」
「あっ! ほんとだ! 包丁が二つと短刀が二つしかない!!」
ミカがさっきまでキリングラビットの居た位置を見てそう叫ぶ。
「どうやって生き延びたのかはわかりませんがまともに戦闘できる状態で一匹残ってますね」
「そういうことだったのね! 往生際の悪いやつだわ! いいわよ、もう一回私の魔法で消し飛ばしてあげるわよ!」
憤慨した様子のリリーナが落とした杖を拾いに走る。が、それを妨害するようにどこからか包丁が飛んできた。
「危ない!!」
杖を拾うことに夢中で包丁の接近に気付いていなかったリリーナをミカが突き飛ばす。
「大丈夫リリーナ! ケガしてない!? ……あ」
突き飛ばしたリリーナもとに駆け寄ったミカがマヌケな声を上げる。
まあおおよその予想は付く。ミカは『金剛力』を使ってリリーナを助けたはずだ。しかも咄嗟の行動だったために力の調整なんて器用な真似ができたとは思えない。
つまりミカの全力『金剛力』突き飛ばしをリリーナはモロに食らったわけである。そして巨木にぶつかったわけである。この状況から想像できる状況はただ一つ。
「リリーナ!? 大丈夫!? ねえリリーナ! 返事して!! お願い!!」
ミカが泡を吹いて気絶しているリリーナを大きく揺さぶるが、リリーナの意識が戻ることはない。これは実体験からの予測だが、あれは数時間は意識が戻らないだろう。
「よくもリリーナを……! 絶対に許さない!!」
「あ、あの、ミカさん……言いにくいんですが今のはミカさんがむむむっ」
いい意味でも悪い意味でも素直なアイリスがちょっとまずいフォローを入れようとしたので、悪いと思いながらも口元を塞いで言葉を止める。
アイリスは驚いた様子で俺を見たが、笑顔を返すと、よくわかりませんが言うのは止めます。という目をしたので口元から手を放す。それでもやっぱり不思議そうだったが。
「リリーナ様の意識を戻すのは後回しです! まずは残りのキリングラビットをどうにかしましょう!」
混乱状態になっては冷静な行動が取れない。だからまずはアイリスとミカの冷静さを取り戻すために大きな声を出す。
その言葉にアイリスとミカは頷いて返してくれた。
「まずはミカ様、アイリス様の詠唱が終わるまでキリングラビットの相手をお願いします。『金剛力』のおかげでけがはしないでしょうが念のために石か何かで防いでください。アイリス様は広範囲の魔法詠唱をお願いします。私はミカさんの援護に入ります」
キリングラビットは素早い。そんな相手にまともな物理攻撃を当てるのは難しい。ドジなミカは問題外で、ある程度器用な俺もさすがにあれに攻撃を当てられるほど器用じゃない。下手な鉄砲を数撃ってもいいが、そんなことをするならアイリスに広範囲魔法を使ってもらった方が早いし確実だ。
どうせならさっきまで詠唱してもらっていた魔法が使えればよかったが、キリングラビットを倒したと思って気を緩めたときに詠唱は解除されている。
「ねえユウマ。時間稼ぎなんかじゃなくて倒しちゃってもいいんだよね?」
「ミカ様、それは死亡フラグです。幼馴染特権を持って命じます。普通に戦ってください」
「大丈夫だよユウマ。私帰ったらエイト様に告白して結婚する夢を見るんだ」
「死亡フラグっぽいのでやめておいた方がいいかと」
相変わらずの"こんな状況なのに漫才"を披露し、ミカがさっき持ってきた岩を砕いてそれなりのサイズにしてから盾の様にそれを構えてキリングラビットに突っ込んでいく。
俺も俺で実弾用の銃を取り出していつでも狙撃できるようにしておく。
「リリーナの敵を討っちゃうからね!!」
敵でも何でもないが、優しい俺はそこをスルーしてやる。
「ありゃ?」
勢いよく突っ込んでいったミカをキリングラビットはいともたやすく避ける。
なんだか知らんが予想と違う行動をされたらしいミカが近くの岩に突っ込んで行った。
「いったたぁ~」
砕けた岩からたんこぶをさすりながらミカが戻ってくる。
「ユウマ、気を付けて。あいつ強敵だよ」
「確かにその通りなのですが、さっきのはミカさんの自業自得かと」
「何言ってるのさユウマ。あの素早さ、身のこなし、ただ者じゃないよ」
「いや、確かに言うとおりなんだけどさ。さっきのはちがうだろ」
「ユウマ、素。素が出てる」
「おっといけね」
ミカに言われて出てきた素の俺をひっこめる。
私はユウマ。すごい紳士。よし、大丈夫だな。
「ユウマさん! 詠唱終わりました! いつでも行けます!!」
「ミカ様、とりあえず退避しましょう。アイリス様、お願いします!」
「はい! 『フリーズドスプラッシュ』!!」
俺とミカが自分の後ろまで退避してきたのを確認したアイリスが前方に魔法を解き放つ。
水と氷の小さな塊が散弾となって発射され、結構な広範囲を一斉に支配した。小さな塊だからと侮ることなかれ、石ころ程度しかない水や氷の塊はその辺の木や岩を軽くえぐる程度には威力がある。あんなのをまともに人間が喰らったら結構なダメージだ。
「当たってください!!」
散弾となって襲い掛かってくる水と氷をキリングラビットは懸命に避けようとするが、数が多いためすべてを避けるのは難しい。だからなのか手にした包丁で目の前に来たものだけを撃ち落とそうとしてみては、氷は良くても水は切っても威力が減ることなく自分の身に降りかかる。
そうやって徐々にだけど確実にダメージを与えていき、一分ほどでようやく力尽きたのか血だらけの状態で動かなくなった。
「倒せたの?」
「ミカ様、だからそれはフラグだと」
倒せたの? は倒せてないフラグだ。
事実ゆっくりとキリングラビットに近づいてみると微かにだけど息があり、体が小さく痙攣している。このまま放っておけば時期に力尽きるだろう。これが普通のうさぎなら痛々しくて見ているもの辛いが手に包丁を持たれていてはそんな気持ちを一瞬で冷めるというものだ。
「ミカ様。アイリス様を抱きしめておいてください」
「よくわかんないけどわかった!」
意味の分からない返事とともにミカがアイリスにぎゅっと抱き着く。
……いいなぁ~。
「えっと、その、あの、なんで私はミカさんに抱きしめられているのでしょう?」
「それはご自身でよくわかっているのでは?」
「え!? ……あはは」
「可愛く笑ってもダメですよ。杖が小さく光ってます。それ『ヒール』しようとしてますよね?」
ミカにアイリスを抱きしめさせたのはほかでもない。変な行動に出ないようにするためだ。
アイリスは純粋で優しすぎるが故にたとえ相手が魔物であろうが弱ってる相手を見逃せない。すぐに回復したくなってしまう。
その優しさは美徳だが、味方からするとちょっと待ってマジ止めて! という感じでしかない。
今回でいえばせっかく倒したキリングラビットを回復されてはたまったものじゃない。次も上手くやれるとは限らないのだ。
「こ、これは違うんです!」
「何が違うんですか?」
珍しく引き下がってくるアイリスに意地悪だとは思いながらも、反応が面白そうとかいう好きな子に悪戯することでしか好意を伝えられないわんぱく男子小学生みたいな返答を返す。
「こ、これはですね……この杖の光はですね……えいっ!」
どうやら上手い言い訳が見つからなかったらしいアイリスは器用に腕を動かして杖先をキリングラビットに向け、そのまま回復魔法を使う。
「ダメですよ」
その行動が予測済みだった俺はアイリスとキリングラビットの間に割って入って自分で『ヒール』を受ける。特にケガなんてしてないので変化はないが、確かに回復したはずだ。
「ゆ、ユウマさんひどいです……」
「私たちを騙そうとしたアイリスさんもひどいですよ。お仕置きです」
そう言ってアイリスに近づいた俺はアイリスのほっぺを好き放題いじくりまわした。
むにむにしたり、つんつんしたり、びよーんとしたり、とにかく好き放題ほっぺを触った。抵抗しようにもミカに抱きしめられて身動きができないアイリスはそれから俺とミカに好き放題いじられ続けた。
「ミカさん、役を交代していただけませんか?」
「ユウマはダメ。あぶないから」
「私は男女平等主義です。贔屓なんてしませんし、変な気持ちなどありません」
「それじゃあイニティでむさいおっさんに抱き着いて。そしたら認めてあげる」
「……美人なお姉さんじゃダメですか?」
「ダメですね」
「ミカさんじゃダメですか?」
「それでなんで許されると思ったの? ……抱き着いてくれるのはいいけどさ」
「ん? なにかおっしゃいました?」
「な、なんでもない!! なんでもないから!!」
なにやら顔を赤くして焦っているミカ。
なんでこんなに焦ってるんだ? さっきの冗談くらいならいつも言ってるだろうに。
「あ、あにょ~……もうそろそろゆるしてくだひゃい~」
アイリスが俺とミカから解放されたのはこの五分後のことだった。




