9話
「……この辺りでいいかしらね」
ギルドでクエストを受けることもなく街を出ること数十分。
リリーナとあーだ、こうだと色気も生産性も何もない会話をしながら草原を歩き続けていると、ようやくリリーナが立ち止まり、今日の魔法ぶっ放しスポットが決まる。
「いいんじゃないか? 近くに魔物はいないし、『敵感知』にも反応がないから一定以上の距離も取れてる。これなら音を聞いて魔物が集まってくる前に『潜伏』で隠れられる」
俺の今日の役目は魔法を好き放題撃って魔力切れをしたリリーナを背負う役と護衛役だ。
だが俺は異世界転移者あるまじき最弱の中の最弱。この辺りの魔物くらいならある程度相手できるが、数が多かったり今回みたいに護衛対象がいると少し自信がない。
となると、安全に逃げ帰る。が俺の取れる最高の選択肢だ。そのための事前準備はしておくにこしたことはない。
やらなくていいことはやらないし、やらないといけないことは早く、楽に。が俺のモットーだ。
「それじゃあ早速詠唱を始めるわ。離れてないと巻き込むわよ」
「あいよ」
珍しくリリーナからの注意喚起があったので大人しくリリーナの後方、それも結構な距離まで下がる。
「そうだ。おい、リリーナ。ちゃんと空に向けて撃てよ。そのまま真正面とか地面目がけて撃つなよ。後処理がめんどうだからな!」
「わかってるわよ。そんなことくらい言われるまでもなくわかってるわ」
ああは言ってるが念のためだ。
地面にクレーターを作って怒られるなんてまっぴらごめんである。
「おー、すげーな。魔力がちゃんと目に見える」
詠唱を始めたリリーナの周りに目に見えるほどの魔力が集中する。
キラキラと輝く光が徐々にその明るさを増していき、やがて色も赤へと変わっていく。
「火属性魔法か? というか魔法の種類で魔力の色って変わるんだな。初めて知った」
異世界に来てもう半年以上になるが、俺の知らないことはまだまだ多い。
そんな異世界知識を俺に提供しているのは意外とリリーナが多かったりする。元お嬢様なだけあって教養もあるのだろう。
「きてる……きてるわ……」
なにやらワクワクした顔でリリーナが魔力を増幅させ続ける。
いつも魔法バカだとは思っていたが、こうも魔法の為に一生懸命になれる所だけは尊敬に値しないこともない。
「すごい……この魔力は今までの比じゃないわ」
自分でもそう言っている通り、リリーナの魔力量は明らかに上昇している。
俺達とパーティーを共にし始めた頃にはしょっちゅう魔力切れを起こしていたものだが、今ではヤマタニオロチや魔王軍幹部クラスでも相手にしないと完全に空になることはほとんどない。正真正銘の魔力タンクだ。
「……どうしてだろうな。ああやって真面目に集中してる奴を見ると邪魔したくなる」
誰だってこういった心理が働くことはあるだろう。
例えば机で真面目に勉強してる奴の椅子を引きたくなるとかそういうの。
「ちょっとくらい……そう、パンツを覗くくらいなら……」
そういえば今日はまだ毎日恒例のリリーナのスカート捲りを行っていない。あいつのパンツの柄がわかってない。
縞縞か、レース、スケスケか、フリフリか、あの黒のローブの下には一体どんなトレジャーが眠っているのか気になって仕方がない。
「いやまてユウマ。ここは堪えるんだ。あとで魔力切れを起こしたリリーナのスカートを捲る方が遥かに安全だ。下手したら魔法に巻き込まれて死ぬ」
死んでラティファに会えるのは良いが、そのために痛い思いはしたくない。
それに死んで回復するのは身体だけで、武器や服なんかはきっちりと無くなる。つまるところすっぽんぽんの男が魔力切れを起こした女の子をおぶって街中を歩くことになる。憲兵騒ぎ間違いなしだ。新聞の一面を大きく飾る自信がある。
「よし、大人しくしておこう」
どうにか三大欲求の内の一つの性欲と七つの大罪のうちの一つの強欲を押しとどめた俺は大人しくリリーナを見守ることにする。
それにしても中二病はなんで罪があるとカッコいいって思うのに、前科があるってなると急にカッコよく見えなくなるんだ? 同じ罪なのに。
それに女風呂覗いたり、エッチなことしても罪は背負えるのに全然カッコよく思えない。ある意味カッコいいのかもしれないけど、望んでるのとなんか違う。
いったいなんでなんだ。世界の謎だな。
「おっ。もうそろそろかな」
そんなくだらない世界の心理に片足を突っ込んでいると、リリーナの詠唱が終わりを迎えそうになっていた。
「……いくわ!!」
瞑っていた目を大きく開きリリーナが杖を大きく空に掲げる。
「『ファイヤーバーン』!!」
リリーナの口から魔法名が告げられると、杖先にリリーナが体に纏っていたものも含めたすべての魔力が収縮していく。
そしてすべての魔力がまとまったことを皮切りに赤い魔力の塊は空へと撃ちあがった。
まるで打ち上げ花火の様に小さく撃ちあがった魔力は、これまた打ち上げ花火の様に大きな花を咲かせる。
「花つってもそんなにきれいなもんじゃないけどな」
リリーナが放ったのはエクスプロージョンなんかと同じ爆発系統の魔法。
いつもはもう少し近くで放たれるので爆風や爆音に嫌な思いをするハメになるが、今日は空に打ち上げたので十分に距離がある。
そのため打ち上げ花火のような気分で魔法を鑑賞することができた。
「おーい、大丈夫かー?」
空を見上げていた顔を地面に向けると、そこには地面好き、地球大好きといった感じのリリーナが横になって倒れていた。
「やってやったわ……。気分は最高よ!!」
やってやった感満載のリリーナに今日ばかりは笑顔を向けてやる。
たまにはああいうド派手なものを見るのも悪くはない。
「ユウマが笑顔になるとなんか怖いわね……」
「お前何なの? 人がなんかいい感じに終わろうとしてるのにその態度はないだろ」
「いつもの行いのせいよ。こんなこと言われたくないなら普段からもう少し真面目になさい」
「へいへい。もう少し素直になってくれたら可愛げもあるってのに」
「なにか言ったかしら?」
「なにも、リリーナは今日は魔法バカだなって思っただけだよ」
「あら、最高の褒め言葉として受け取っておくわ」
「いいのか」
短いやり取りを終えた俺は横になっているリリーナを背負って念のための『潜伏』スキルを発動させる。
「セクハラしたら許さないからね。後でミカとアイリスに言うわよ」
「ミカは良いけどアイリスは勘弁だな」
「だったら普通に私を運びなさいね」
「へいへい。我儘なお嬢さんだ」
「だからそのお嬢様っての止めなさいよ!」
「お嬢様じゃなくてお嬢さんって言ったんだけどな」
こんなくだらない会話をしながら青空の下の草原を歩く。
少し冷たいけど心地の良い風が全身を撫でてくるが、リリーナを背負ってることでそこまで気にならない。
本当にたまにならこんなちょっと変わった日常を過ごすのもいいのかもしれない。そう思えるような時間だ。
そんなことを思いながら歩いていると、やがて後ろからすうすうという声を漏れてくる。
「疲れて眠ったか……。ほんと自分勝手なやつだな」
俺の右肩にリリーナの頬が落ち着いている。そのリリーナの口からこぼれる息が耳に当たってくすぐったい。こういうのを役得と言うのだろう。
「さて、ゆったりまったり帰りますか」
それから俺はリリーナを背負ったままイニティを目指して黙々と歩いた。
リリーナの息を耳で感じ、リリーナの大きな胸を背中で味わい、柔らかくも大きなお尻を手で擦りながら黙々と歩く。
「うん。これならたまにじゃなくて毎日でもいいな」
俺のちょっと変わった異世界セクハラライフはまだ終わらない。




