7話
「ユウマさん! あれ! リリーナさんじゃないですか!?」
五分近くアイリスのペースに合わせながら全力疾走していると、ようやく小さくだけどリリーナの背中が見えてきた。
が、何か様子がおかしい。
「ちょいストップ。なんかおかしい」
一旦走るのを止めて、他の二人も手で制して止まらせる。
「え? なにが? ただリリーナがいるだけじゃん」
「今確認するから待ってろ」
不思議そうな顔をする二人を他所に俺は『遠視』スキルを発動させる。
さっきまでどうにかリリーナの背中が見える程度だった視界が双眼鏡を使ってるようにズームされる。
「やっぱりだ。さすがリリーナだな」
「どうしたんですかユウマさん? もしかしてリリーナさんに何かあったんですか!?」
俺の様子を見てアイリスが少しばかり慌てている。ミカも少し表情をこわばらせていた。
「いや、すぐにどうこうってことはない。けど蜘蛛の巣に引っかかってる」
『遠視』スキルでみたリリーナは大きな蜘蛛の巣に捕まっていた。
どうにか抜け出そうと暴れていたようだが意味もなさそうだった。両手両足を大の字で固定されて入るので蜘蛛の巣を魔法でどうにかすることもできないっぽい。
「ほんとに魔物に愛されてるな、あいつ。さすがラブフルハート」
「ユウマさん、それは関係ないんじゃないでしょうか……?」
俺の発言にアイリスは苦笑交じりにツッコミをくれる。
ミカの鋭いツッコミもいいが、たまにはアイリスのようなひかえめなツッコミも味だ。
「とにかく早く助けてあげようよ。リリーナ可哀想だしさ」
「そうですね。急ぎましょう」
「わかってると思うけど慎重にな」
それから三人で走ったりせずに辺りを警戒しながらリリーナの元に近づいていく。
ギルドのお姉さんの話だと、ジャイアントスパイダーはいくつもの冒険者パーティーを罠にはめてきた狡猾な魔物だ。油断するわけにはいかない。
「あっ! なにやってたのよ! おかげで私こんな目にあっちゃったじゃない!」
「お前な……少しは自分の行動のせいとか思わねえの?」
「思わないわ!」
「どっから来るんだその自信は……」
会話できる程度まで三人でリリーナに近づいたら、いきなり調子のいいことを言い出したリリーナ。
あまりの暴言に頭を抱えるほかない。
「待っててねリリーナ。今助けるから」
「すぐに助けます!」
「ミカ……アイリス……やっぱり二人は私のパーティーメンバーね……」
自分を救出しようと動き出したミカとアイリスに少しばかり涙を浮かべるリリーナ。
「その言い方だと俺は違うように聞こえるんだが?」
「実際違うもの」
「お前な……冗談でも言っていいことと悪いことがあるんだぞ?」
さすがに今のは少しばかり傷ついたぞ。
「あれ~? これ『金剛力』でも全然切れない」
「こっちもです。切れそうにありません」
一生懸命蜘蛛の糸をどうにかしようとしているミカとアイリスが苦戦している。
まあ予想はできたことだ。生半可は剣じゃ切れず、中途半端な魔法は受け付けないとギルドのお姉さんが言っていた。
ミカの『金剛力』も粘着性の高い糸には最大限の効果を発揮できないのだろう。
それに俺の予想通りならもうそろそろ……。
「っ!! 『リスント』!!」
「えっ? なにっ!?」
「きゃっ!!」
突如ミカとアイリス目がけて頭上から何かが飛来してきた。
それをおおかた予想していた俺はすぐに拘束魔法『リスント』をアイリスに使って、こちらに引き寄せる。
ミカは間に合わずに―――というか最初から助ける気がなかったので飛来してきたものをモロに食らった。
「ちょっ、なにこれー……。ねばねばする~」
頭上から降って来たのはリリーナを拘束してるのと同じ太くて大きな白い糸だ。
その糸にミカは絡めとられて地面に拘束されている。
「そりゃそうだろうよ。蜘蛛の糸だからな。アイリスは大丈夫か?」
「は、はい。助けてくれてありがとうございますユウマさん」
どうにか助けることに成功したアイリスから『リスント』を解いて解放してやる。
アイリスはまだ驚きが抜けきっていない様子で小さくお礼を言ってくれた。このためなら俺はいくらでも頑張れる。
そんなことを思っていると俺とアイリス、リリーナとミカの居るちょうど真ん中あたりに大きな何かが降ってきた。
「やっぱり近くに隠れてやがったか……ジャイアントスパイダー」
俺とアイリス、ミカとリリーナの二人組ずつに分断するように降って来たのは巨大な蜘蛛。
黒くて、もじゃもじゃしてて、日本では益虫であると同時に不快害虫とも呼ばれる蜘蛛だ。
「帰りてぇ~……」
「がんばりましょうよユウマさん! お二人を見捨てては帰れませんよ!」
懸命にアイリスの説得を受けて仕方なく戦闘態勢を取る。
今戦えるのは俺とアイリスのみ。ミカとリリーナは蜘蛛の糸に拘束されてて動けない。
……どうすっかな。
状況としては比較的最悪な状態から戦闘は始まった。
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「よっと! あっぶねえ~」
「大丈夫ですか!? ユウマさん!」
「なんとかな。まったく、厄介なやつだな」
リリーナを囮に使われ、まんまとミカが罠にかかってから数分。今現在自由に動ける俺とアイリスはジャイアントスパイダーに苦戦していた。
さっきから防戦一方である。
「こっちの攻撃じゃ糸はどうにもできない。本体もどうしようもない。なのに相手はこちらに対して有効打を持っている。……典型的な積みパターンだな」
状況は控えめに言って最悪だ。
これがゲームなら即逃げか全滅。イベントだとしたら確実な負けイベント。
「アイリス。アイリスは俺のパーティーメンバーだよな?」
「はい、そうですけど。……こんなときにどうしたんですか?」
ジャイアントスパイダーから視線を逸らさないままアイリスに訊ねると、アイリスも俺と同じく視線はしっかりと敵を見据えたまま、やや不思議そうに答えた。
「そうだよな。アイリスはちゃんと俺をパーティーメンバーとして思ってくれてるんだよな」
「当たり前じゃないですか。ユウマさんはこんな私とずっとパーティーを組んでくれるいい人です。今までだって、これからだって、ずっとお仲間ですよ」
横目でアイリスを見やると、こちらを向いてはいなかったが、確かに優しい顔で笑っていた。
やっぱりアイリスは天使だ。人の世に舞い降りた天上界の生物だ。
この子だけは守らねばならない。そんな使命感にすら駆られそうだ。
「アイリス! 俺と逃げよう! この世の果てまで!」
「なんでですか!? 」
というか既に駆られていた。
「だってさー、パーティーメンバーでもない奴を助ける必要なくね? 敵がちょろい奴だったら恩を売っておいてあとで何かしら要求すればいいけど、相手は強敵、勝ち目なし。逃げる一択だろ?」
「人を助ける理由がひどい! ゲスイ! でもそれ以上に言いたい! 私たちパーティーメンバーだよね!?」
「そうよそうよ! 助けなさいよ!!」
真面目な顔でアイリスに問いかけたはずなのになぜか返答はミカから返ってきた。
リリーナもなにやら喚いている。
「確かにミカはそうかもしれないな。ミカ、俺とお前はパーティーか?」
「そうだよ! そうだったでしょ!?」
「じゃあリリーナとは?」
「パーティーだよ! だから助けてよ! 見捨てないでよーっ!!」
半泣きになりながらミカが叫ぶ。身動きが取れないほどピンチだとさすがに怖いのだろう。
ただ俺はちゃんと覚えている。ギルドでこのクエストを受けるのは止めようと俺が言ったのにそれを否定し、私たちがいれば死ぬことなんてないと豪語していたのを。
まあそのことを抜きにしても―――
「そうか。じゃあお前は俺のパーティーメンバーじゃないな」
見捨てるけどな。
「ちょちょちょっ!! なんで!? なにがどうしてそうなったの!?」
慌てた様子でミカが食って下がる。
「ついさっき言われたんだよ。お前はパーティーメンバーじゃないって。お前のすぐ近くにいる魔法使いに」
そう言って俺はリリーナを指さした。リリーナがだらだらと冷や汗を流す。
だが俺は自分に対して言われた嫌味を決して忘れない。日本でも嫌味を言ったやつのリストを作って手帳を三冊も埋めた経験のあるのが俺という男である。
「根に持ってた!! さっきのリリーナの発言意外と根に持ってた!!」
「というわけだ。達者でな。水野さん」
「なんで急に他人行儀!? てか苗字呼ばれたの久しぶりなんだけど!!」
俺が背を向けてアイリスとこの場を去ろうとすると、ミカがツッコミを返してきた。
あいつ、思いのほか余裕なんじゃないかと思えて仕方ない。普通ならこんな状況でツッコみなんてできない。
「ほらリリーナ! 謝って! ユウマは美少女に弱いからリリーナが少し殊勝な態度取れば一発だよ!!」
「お前本当になんなの? 助かりたいの? 見捨てられたいの?」
ミカが器用に首だけを動かしてリリーナに謝るように言う。
しかしリリーナはそんなに俺に謝りたくないのか、苦虫をかみ殺すどころかすり潰したような顔をした。
「わ、わるかったわ……」
「あー、きこえないなー」
小声だったもののばっちり聞こえていたが、聞こえないふりをして耳に手を当てて煽った。
そんな俺の態度にリリーナは顔を真っ赤にして怒りを露わにしたが、自分の今の状況を顧みて怒鳴ってきたりはしない。
ジャイアントスパイダーも変身ヒーローの変身中に攻撃をしない敵の様に大人しくしている。もう少しリリーナいじりを続けられそうだ。
「悪かったわ……。少し言い過ぎたわよ……」
「んー? もう一回たのむー」
「あーもう! 悪かったわよ! さっきのは私が悪かったわ! 認めるわよ! ユウマも私のパーティーメンバーよ!!」
三度目にしてようやく声を大にして素直に謝ってきた。
まったく、素直じゃないな。
「もう少し色っぽく! 声に色気を持たせつつ、もっとこう身をくねらせながら頼む!!」
まあもう少しいじり倒すんだけどな。
「なんでよ! ちゃんと謝ったでしょ! ていうか蜘蛛の巣で身動きできないんだから何もできないわよ!」
「じゃあ声だけでも! セリフは「お姉ちゃんが悪かったわよ……。あとでラブフルハートしてあげるから許して? ね?」で頼む!!」
「嫌に決まってんでしょ! というかなんなのよそのセリフは! ラブフルハートしてあげるってなによ! あとフルネームで呼ぶなって言ってるでしょ!!」
「いや、フルネームで呼んではないんだが」
「どうでもいいから早く助けなさいよ! 謝ったでしょ!」
切羽詰まってるからかリリーナが半ば自棄になりつつ叫ぶ。
「ユウマさん。もうそろそろ……」
さっきまで杖を構えてジャイアントスパイダーの動きを牽制する準備を続けていたアイリスが、もうそろそろ許してあげてくださいの視線を送ってくる。
「わかってるよアイリス」
アイリスの視線にこう答えると、アイリスはパッと顔を輝かせる。
「ちょうど作戦も立て終えたしな」
俺だってこんな状況でバカ話に花を咲かせるほど馬鹿じゃない。
ちゃんとバカをやりながらも別のタスクで作戦をしっかりと立てていた。それがたった今終了した。
「ミカの姿を見るとまた帰りたくなってくるけどな……」
「ユウマさんのお気持ちもわからなくはないですけど、抑えて下さい。きっとミカさんにも悪気はないんです」
少し前まで騒ぎ散らかしていたミカがやけに静かだと思ったら寝ていやがった。
地球産の大地をベッドによだれを垂らしながら熟睡中だ。あいつどんだけ肝座ってんだ。普通寝るか?
「どうせ最後には俺がどうにかしてくれるとか思ってるんだろうなー。ったく」
ミカが俺の考えを見通してくるのと同じで、俺もミカの考えなんて自分のことのようにわかる。聞くまでもない。
「アイリス。ミカの居る辺りに水を撒いてくれ。できるだけたくさんな。俺はリリーナの方をどうにかしてくる」
「わかりました!」
茶番タイムを終了し、戦闘に戻る。
アイリスは俺の命令通りに『スプラッシュ』でミカの周辺を水浸しにしている。
その影響で起きたミカの反応は「あばばばばばばっ!!! なに!? 津波!?」だった。
俺の方はというと、『ゲート』で拳銃を二丁取り出し、それを構えた。
「『狙撃』!」
実弾用の黒い銃を四発ほど発砲する。
「ちょっとユウマ! どこ狙ってんのよ! 遊びじゃないのよ!」
「わーってるよ。もう少し黙ってろ脳筋魔法使い」
怒声を飛ばしてくるリリーナを軽くいなしつつ、もう二発ほど発砲。
俺の魔力じゃ牽制にもならないだろうがジャイアントスパイダーの足止めになったらいいな。くらいの気持ちで魔力弾の白い銃も三発ほど撃っておく。
「だからユウマ! あんたどこ狙ってるのよ! さっきからその辺の木にしか当たってないわよ! ちゃんと狙いなさいよ!!」
本気で怒ってるのかリリーナが顔を真っ赤にしながら怒鳴ってくる。
アイツはもう少し大人しくというか殊勝な態度を取れないのだろうか? 取れればもう少し品のある感じになるのに。
「俺にお礼の一つでも言うならともかく文句言うとかお前何なの?」
「なんで何もしてもらってないのにお礼なんか言わなくちゃならないのよ!」
「うそこけ。もう動けんだろうが。ちゃんと助けただろうが」
「はあ~っ? 何言って……あれ?」
ようやく自分の状況を認識したらしいリリーナ。
さっきまで身動き一つできなかったリリーナが、今では多少動きづらいだろうが動くことができている。
「ミカもいつまで水たまりで水泳してるんだ? 早く立て、そして俺を守れ」
「水泳なんてしてないよ!! しかもこんな状態で守れるはずないじゃん!? 私動けないんだよ!? どんだけ鬼畜なのさ!」
「どうでもいいから立てって。また糸が飛んでくるぞ」
「だから! 動けないんだってば! ほら、腕に力入れても動かな……ありゃ?」
こちらもようやく自分の状況を理解したらしい。
リリーナ同様少し動きづらいだろうが動けないよりは遥かにマシなはずだ。
「リリーナ、お前は何でもいいから火力のある魔法を頼む! ミカはそれまでジャイアントスパイダーの牽制! アイリスはリリーナの補助! 俺は少し遠くからミカを応援! あとは各自がんばれ!」
また状況を不利にされてはたまったものじゃない。
とっととみんなに指示を飛ばし、最短で終わらせる。電撃戦だ。
「わかったわ! 今までの恨みを晴らしてやるわよ!」
「私も頑張ります!」
「私もオッケー! でもユウマは応援じゃなくてちゃんと手伝って!!」
三人からそれぞれ返事が返ってきて、各自が指示通りの行動に移る。
リリーナはすぐに杖を構えて詠唱を始め、アイリスは上手いことジャイアントスパイダーの横を抜けてリリーナの隣に着いた。ミカは糸に注意しながらジャイアントスパイダーの意識を釘付けにする。
「ミカ離れなさい!! 詠唱が終わったわ!!」
そうやって各々が自分の仕事をこなしていると、リリーナが一分もしないうちに詠唱を終えた。
リリーナの声に反応してミカが大きく飛びのこうとしてすっころぶ。それを俺がすかさず『リスント』で拘束して手繰り寄せた。
「やれ! リリーナ!」
「言われなくても! 喰らいなさい! 『エレクトリックバーン』!!」
リリーナの杖先から電気を帯びた炎が飛び出す。
しかしさすがは数々の冒険者を罠に嵌めてきたと言われてる魔物。簡単には諦めない。
口から大きな糸を吐いて近くの木に巻き付け、糸を手繰ることで素早い回避行動を取ろうとした。
「させません!! 『アイスニードル』!」
そこへアイリスのファインプレーが入る。
糸を巻き付けた木をごっそり『アイスニードル』で抉ることで支柱を失わさせた。これで回避スピードが多少は落ちる。
だがそれでも足りない。このままでは避けられる。
「弾だって無限じゃねーってのに!」
仕方ないので実弾を二発ほど発砲。
さっきリリーナを助ける際に木を撃ったことで銃の威力を警戒したのか、ジャイアントスパイダーは実弾をどうにかよけようとする。糸を近くの木に伸ばして少し上昇気味に魔法の範囲から逃れようとした。
が、甘い。
「ミカ! もうドジるなよ!」
「わかってるよ! 私は決める時は決める女だよ!」
その上昇先には『リスント』から解放されたミカがいる。
幼馴染特有の以心伝心を発揮しての無言のコミュニケーションで俺のやりたいことを察し、自分のやるべきことを的確にこなそうとする。
「蜘蛛をあの世のゴールにしゅうううううううっ!!」
「それちげーから! サッカーじゃねえから!! 超エキサイティングしねえから!!」
どこか間違ったミカの掛け声にツッコミを入れる。
掛け声こそ間違ってはいたが、ミカはちゃんとリリーナの魔法の範囲にジャイアントスパイダーを蹴り飛ばす。
さすがに『金剛力』のキックを空中で放たれれば回避も受け流すことも難しい。自慢の糸も間に合わずにジャイアントスパイダーはリリーナの魔法をモロに食らった。
「私の魔法に痺れながら燃え尽きなさい!!」
リリーナがさらに魔力を込める。魔法の威力が目に見えて上がった。
ジャイアントスパイダーの姿が徐々に消えていく。そしてリリーナの魔法が止んだころには完全にその姿を消していた。
「ふう……。どうにかなったな」
色々と危なかったが、どうにかジャイアントスパイダーの討伐に成功した。




