5話
というわけで屋敷を訪れた次の日。俺はレイカに話していた奴と一緒に屋敷までやってきていた。
「レイカー。二時間ぶりに来たぞー」
さっき次の日なんて言ったが、実際は言葉通り二時間ぶりの訪問である。
俺の提案を説明してからもいろいろと雑談とかで話し込んでいたらいつの間にか日が昇っていたのだ。
そこから善は急げとばかりにある奴を呼びに行って、たった今戻って来た。
二時間もかかったのは連れてきたやつの今住んでいる場所が遠いせいである。
「おはよー。さっきぶり」
「おう、さっきぶり」
呼びかけから少ししてレイカが玄関をポルターガイストで開けてくれる。それでもしっかり手は取っ手に当てているのだから芸が細かい。
「そちらが君の言ってた人?」
「そうだ。ここに来るまでにある程度話もつけてきた」
レイカが俺の隣にいる人物を見ながら質問を投げかけてくる。俺はそれに肯定してから一番の不安要素を払拭すべく、隣の人物に眼で訴える。
すぐに俺の視線に気が付いたもう一人は、うっかり魅了されてしまうような大人っぽくも色っぽい笑みでそれに答えてきた。どうやら大丈夫らしい。
「おはよ~。私はレティシア。サキュバスよ。よろしくね~」
今の自己紹介にあった通り、俺が連れてきたもう一人の人物とは元魔王幹部ことサキュバスのレティシアだ。
最初に会った時はかなりきわどい服を着こんでいたが、今は町中を歩くのでなるべく布の多い服を着てもらっている。それでもやっぱり隠し切れないプロポーションなどが色気を振りまいていたりはするが。
「おはようございます。私はレイカです。幽霊です。よろしくおねがいします」
レティシアの自己紹介を受けたレイカが自己紹介を返す。
にしても、サキュバスに幽霊って。最近はもう当たり前に感じてるけど、やっぱりここって異世界なんだなと改めて実感する。
「そういえば君のパーティーの子たちは一緒じゃないの? てっきり連れてくるんだと思って色々用意してたんだけど」
「説明が面倒だからおいてきた。それに色々用意してたってことは夜と同じことになりそうだし結果は変わんないだろ」
「えー、またおもしろい反応が見れると思ったのにー」
「それはまた今度だ」
「ちぇー」
拗ねた顔でレイカがいじける。その姿もすごくかわいい。
俺が同じことやったって、人生なめてる奴。くらいにしか見えないだろう。やっぱり美少女ってずるい。
「ボウヤ~。楽しそうに談笑するのは良いんだけど、とりあえず中に入らない? ほら、この子見えない人には見えないんでしょ?」
「あー、そうだな。変に怪しまれても困る。上がらせてもらうぞ」
「はいはーい。どうぞどうぞ」
レティシアが言った通り、レイカを見える人と見えない人がいるらしい。レイカ本人が言っていたのでたぶん間違いない。まあ幽霊なんだから見える人と見えない人がいるのは当然と言えば当然なんだが。
「……マジで脅かす気満々だったのか」
二時間前にお茶会をしていた場所に案内された俺は、さっきと違う部屋の状況に呆れるしかなかった。
剣を構えた兵士の鎧、音を立てて驚かせるつもりだったろうベル、なんか呪われてそうな人形とぬいぐるみ、その他にも数々の驚かせグッズがこの部屋に運ばれてきている。
俺も最初からこんなことされたらマジでちびってたかもしれない。
「たまにはいいでしょ。滅多にお客さんなんて来ないんだから」
「まあいいけどさ……」
この様子だとあの三人はおいてきて正解だったな。
アイリスはともかくミカとリリーナは何をしでかすかわかったもんじゃない。
下手したら二人でこの屋敷全壊させるぞ。そしたらまた借金が増える。無限地獄だ。
「とりあえず紅茶どうぞ。君が出てる間に新しいの買ってきたんだ」
「へえー……って、レイカどうやって買い物してんの? 基本的に姿見えないんだよな? なに? 俺たち以外にレイカが見えて友好的な奴いんの?」
レイカは幽霊だ。そしてそのレイカの姿を見られるのは一部の人間のみらしい。
そんなレイカがどうやって買い物をしているのか。気になって仕方ない。
「別に普通だよ? お店に行って誰も見てない隙にポルターガイストで買いたいもの浮かせて、お金をレジにおいてさよなら」
「お、おう。なるほどな」
誰かに見られたら一瞬でお店の中は阿鼻叫喚だろうな。とは口にしなかった。
俺がそんな想像をしている間に俺とレティシアの二つ分の紅茶がカップに注がれる。
「お茶請けっと」
さっきケーキをもらったばかりでまた何かを出されても申し訳ないと思い『ゲート』のスキルで屋敷からクッキーを持ってくる。
「ボウヤ、なんなのそれ?」
「『ゲート』ってスキルだ。登録した場所と物の出し入れができる」
「いや、そっちじゃなくて取り出したものの方」
「ああ、そういや知らないんだっけ。これはクッキーつってさくさくしたほろ甘いお菓子だ。食っていいぞ」
「それじゃあ遠慮なくもらわうね」
そう言うとレティシアは自分の口の中に恐る恐るクッキーを運んでいく。
最初こそ少し戸惑っていたものの、咀嚼を始めたらアイリスやリリーナと同じ反応をした。つまりは次のクッキーに手が伸びた。
「おいしいわねこれ。ボウヤが作ったの?」
「そうだ。お茶請けにちょうどいいだろ?」
「……ボウヤってなんで冒険者やってるの? 他の職業の方が天職多いんじゃない?」
「大きなお世話だ」
最近ミカやリリーナからもしょっちゅう同じことを言われる。
俺だってこっちの方が向いてるんじゃないかって本気で思えるのがまたむなしい。
冒険者に憧れていたあの頃の俺はどこに行ってしまったのか。
「いいなあー、私も食べたいなあ」
レティシアの様子を見てレイカが羨ましそうに両手を顎に当てた。
紅茶をこれだけ美味く淹れられるレイカのことだから生前もお茶会みたいなことをしていたんだろう。
それができないどころか、目の前で自分の知らないおいしいものを出されてたらこうなっても仕方ないように思う。
だからここは俺の出番である。
「なあレイカ。死んでから誰かにぶつかったことってあるか?」
「ん? ないよ? 生きてた時の癖でね。壁とかはすり抜けるんだけど、人はなんか怖くて」
よしよし。可能性はあるな。
「じゃあさ、試しに俺をすり抜けてくれよ」
「え? なんで?」
「いいからいいから。ものは試しって言うだろ? 死んでも文句言ったりしねえから」
「よくわかんないけど、君がそういうならいいよ。でもほんとに責任とったりしないからね」
「いいよ。結婚さえしてくれれば」
「責任が重いよ!?」
素晴らしいツッコミを入れてもらって満足した俺はいったん席を立ってレイカの前に立つ。
「それじゃあいくよ?」
「おう。どんとこい超常現象」
「なにそれ? まあいいや、行くからね」
マジか……。このネタ通じないのか……。
って、それもそうか。ここ異世界だったわ。わかるのはミカと洋二さんがもしかしたらってくらいだわ。
そんなことを思っているとレイカが目をつむってこちらに突進してくる。念のために俺の目を閉じておいた。
「……おっ? 成功くさいか?」
閉じていた目を開くと、そこには目をぎゅっと瞑って内股の俺の姿があった。
「おいレイカ。目開けろよ。大丈夫だから」
「大丈夫って何が?」
そう言いつつもレイカがゆっくりと目を開ける。
そして目の前にいる俺を見て目をぱちくりさせた。
「え? なに? ほんとに私ユウマ殺しちゃった?」
戸惑った顔で身体を震わせるレイカ。
それにしても気持ち悪い。さっきまでのレイカならやっぱり美少女ってずるい。で終わっていたのに、自分の体でそんなことをされても寒気しかしない。
「違う違う。自分の体見てみろ」
「え? 自分の体? そんなの変わってるはずない……あれ?」
ここまで来てようやくレイカは自分の置かれた状況を理解したようだ。
「なんで私ユウマの体になってるの? え? え?」
結果は理解したが、状況は理解できていないレイカに俺は説明してやる。
「俺の住んでいたところでの文献でこういうのがあるんだよ。霊体が人の体に入るとその人を乗っ取ることができるって。それを試したんだ」
幽霊物の漫画でそれなりに見かけるものだ。
霊が人の中に入って、霊が持っている能力を発揮する。それでバトルしたり、日常生活の問題を解決したり、色々な用途で使われる。
「へ、へえー……。でもキミは大丈夫なの? 元に戻れる?」
「わかんないけどたぶん大丈夫だ。俺が自分の体にぶつかっていくか、レイカが俺の体から出たいと思えばいけるはず」
「ん~。どれどれ~」
言うや否やレイカが俺の体を出ようともぞもぞする。
少しして俺の本体の背中からレイカの頭が飛び出してくる。それと比例して俺の霊体が本体に引っ張られた。
そのままレイカが完全に俺の体から飛び出すと、俺の視界が一瞬暗転してすぐに視界が元に戻る。
「ほれ、ちゃんと元に戻れた」
霊体となって飛び出したレイカに両手を広げえて大丈夫の意を示す。
俺のそんな姿を見てレイカが胸をなでおろした。悪戯好きなだけで中身は結構ダダ甘である。
「それより大丈夫だってわかったんだから俺の体使えよ」
「使えって……そしたら君が困るでしょ?」
「いや違くってな」
何と言おうか言いよどんでいると、今まで我関せずといった様子だったレティシアがおもしろそうに口を開いた。
「お嬢ちゃん。ボウヤはボウヤの体の中にお嬢ちゃんが入ってお菓子を食べたり紅茶を飲んだりしなさいって言ってるのよ」
言い終えると、そうでしょ? という視線をこちらに向けてくる。
なんかいいことするのが恥ずかしくてそれとなく誘導しようと思っていたのに台無しだ。
「悪女め」
「最高の褒め言葉よ」
こちらのせめてもの反抗も意に介せず笑っているレティシア。
さすがは元魔王幹部の一人というべきか。
「まあ、とにかくそういうことだ。ほれ」
こうなってしまったらもうどうしようもない。
俺は恥ずかしさからレイカから目を逸らしつつ、両手を大きく広げて受け入れ態勢に入る。
そんな俺を見てレイカは一瞬戸惑った表情をしたものの、すぐに笑顔の花を咲かせて俺の体に飛び込んできた。
そして体に入るなりクッキーに飛びつく。
「おいしい! キミ、これおいしいよ!」
「そかですか。それはよかったですことよ」
幸せそうにクッキーを頬張り、美味そうに紅茶の飲むレイカを見て満足した俺はとりあえず幽体楽しむことにする。
「うふふ。ボウヤも素直じゃないわね」
「うっせ」
それから数日後。
俺は今度はミカとリリーナとアイリスを連れてレイカの屋敷へと訪れていた。
「おう、レティシア。来てやったぞ」
「あらボウヤ。今日はお嬢ちゃんたちも一緒なのね」
「まあな。さすがに説明しておかないといけないしな」
「それは賢明ね」
それだけ言うとレティシアは仕事に戻っていってしまった。
「ね、ねえユウマ……。本当に大丈夫なの? ここって幽霊でるよ? そんなところで喫茶店とか運営って難しいんじゃ……」
「そうよユウマ! それにここじゃ私たちが夢の注文に来れないでしょ!」
「こ、こればっかりはお二人に同意ですぅ~」
ここの探索に来て数日が経つが、俺はまだレイカのことをちゃんと三人に話していない。
とりあえず大丈夫だ。説明するからついてこい。その二言だけを武器にここまで連れてきた。
「んー、姿が見えん……」
辺りを見回してもレイカの姿が見えない。
いるのはたくさんのエロい格好のサキュバスだけだ。というかここやべーな。何がヤバイとは言わないけどナニがやばいな。アイリスにバレたらどうするんだよ。説明できないぞ。
「おーい、レイカー」
仕方なしに大声でレイカを呼ぶと、すぐそこの部屋の壁からすり抜けてきた。
「はいはーい。今来ましたよー」
「『リスント』!!」
レイカが返事とともに現れると同時に三人は大急ぎで逃げようとした。なので拘束スキルの『リスント』で全員まとめて拘束する。
いつもリリーナに使うとなんかエロい感じの縛り方になってしまうが、今回は三人まとめてだったからか普通に縛ることができた。
「ったく、逃げるなっちゅうに」
「だだだ、だって幽霊だよ!? 怖いんだよ! 呪われちゃうんだよ!?」
「幽霊だけど怖くないし、呪われねえよ。あとレイカ、おまえそれやめい」
「えー」
「もう十分に堪能しただろうが」
「それもそうだねー」
楽しそうに笑っているレイカがポルターガイストで浮かせている人形を元の位置に戻した。
主に三人が驚いたのはこれが原因である。
「こいつはレイカ。この前ここの探索の時にお前らが見たやつだ。悪戯好きだけどいいやつだぞ」
「こんにちわー。ユウマの説明にあったレイカです。できればでいいんだけど幽霊とか気にしないで仲良くしてほしいな」
怖がっている三人に変に近づくことなく、俺の隣というそれなりの距離で三人に自己紹介をするレイカ。
そんなレイカの様子に最初は怯えていた三人も警戒心を緩める。
「……なんか大丈夫そう?」
「そ、そうね。危ない感じはしないわ」
「優しそうです……」
レイカの温厚な態度に三人は完全に警戒心をなくしたのを確認した俺は、『リスント』を解除して三人を解放する。
「というわけだ、仲良くしろよ。レイカもここの従業員になる予定だからレティシアの店を使うなら嫌でも付き合うことになるんだからな」
そう。さっきちらっとミカが言っていたが、俺が昨日レティシアを連れてきて話したのはこの話だ。
レティシア倒した時に俺はこの街でレティシアたちサキュバスが生活できる場所を探すのを手伝うと約束をした。それにここが打ってつけだったわけだ。
ここでレティシアがお店を開けばレティシア達の生活面をカバーできて、レイカの居場所や命が狙われるようなこともない。一石二鳥だ。
そして問題のギルドにはこう言っておけばいい「腕のいい霊媒師と知り合った、その人がここに結界を張ってくれたが少し様子が見たいと言っている。だから格安であそこに住まわせてやってほしい」と。
そして見事にそれが通り、ここは名実ともにレティシアのものになった。
喫茶店を開く上でも元々の悪評判は邪魔だが、霊媒師の結界があるということにしておけば徐々にその問題も解決していくだろう。それに夢商売の話が広がればそんな話題は一瞬で消えるはずだ。
「とりあえずどうにかなったな」
あくせくと店の開店準備をしているサキュバスたちを眺めながら、我ながら何を人様の為に頑張っているんだろうとも思うが、目の前で楽しそうにしているレイカの姿を見るとどうでもよく思える。
何度も言う通り、何度も思う通り、美少女って言うのはずるい。
美少女ってだけでこうも助けたくなってしまうんだからほんとずるい。




