13話
ファナの店が今までにないくらい潰れそうになって早二週間。
十二月も後半に差し掛かり、冬の寒さも本格的になってきた。今まではちょっとした厚着くらいで済んでいたところが、今ではもう完全防寒具装備でないとまともに外も歩けはしない。
だが、それは俺とファナにとっては最高の状態でもあった。
あの石が無駄にならずに、さらには詐欺のような手口で要らないものを売ってきた商人への囁かな反撃には打ってつけだった。
あの日からファナと二人、鍛冶屋のドワーフのおっちゃんに無理を承知で頼みごとをし、少しでも多く売れるように宣伝を続け、試作品をちゃんと試すなどしてこの二週間を過ごし、ようやく今日がそれらの発売日である。
「ちゃんと売れればいいんだけどな……。かなり便利にはしたつもりだけど、要らないって言われちゃえばそれでおしまいだしな……」
今回の一件で俺は二つの案を出した。
ただ、この短い期間でその二つの制作は厳しかったので、それなりの値段で多く売れるだろう方を選んで売ることにした。
「おっすーっ! ファナー。売れてる……な。これは―――」
ファナの店に裏口から入るなり、いつもはない喧騒が店内から響いてくる。
さらには―――。
「おひとつ千ギルです。ありがとうございました!」
「ファナさん。もうこれないの?」
「はいーっ! 少々お待ちください! 今すぐ在庫を持ってまいりますので!」
忙しそうな声が店の方から響いてくる。
いつもの俺だったら面倒ごとはごめんとばかりに逃げるのだが、今回は俺にも収入が入るし、放っておくのも酷な気がしたので大人しくこちらに来るであろうファナを待つことにする。
「あっ! ユウマさん! おはようございます! 見てください! ユウマさんの提案してくださった商品、すごい売れ行きなんですよ! もうてんてこ舞いです!!」
すごい忙しそうにしながらも、こんなに商品が売れていくのが嬉しいのか、ファナが良い笑顔を見せる。
そして、その言葉もちろん嘘はないようで、昨日倉庫に運んだはずの商品の箱が開店してから一時間経ってないはずなのにもう二箱もなくなっている。
予想以上に順調だ。
「すごいですね! カイロ……でしたっけ。つい私も今朝使っちゃいました。今も使っちゃってますし……。えへへ」
可愛らしい笑みを浮かべながらファナがポケットからカイロを一つ取り出す。
そう。
俺が提案したのはカイロだ。日本にいたころはほとんど家から出ない俺には必要のないものだったが、この世界でクエストを受けるために外に出ることが多くなった今、欲しいと思えるものを考えたら一発でこれが浮かんだ。
「そうか、クレームもなさそうだし、これは売れそうだな」
「はい! でも、さすがユウマさんですね。まさか、あの石を砂で包んで袋の中に入れることで、触れる程度まで熱を抑えるなんて、私には考えられなかったですもん」
今ファナが言った通り、カイロの良いところはそこにあった。
あの石の欠点は効果を発揮しているときに持ち運びができないところだった。熱を出させるだけならちょっとした手間はあるものの、面倒というほどでもなかった。
だから、効果を発揮しながら持ち運べるようにする必要があった。その結果がカイロだ。
砂で石を包むことで熱を分散させて、さらに布で包むことで砂をまとめることができる。
こうすることで、あの石の欠点はすべて解決された。
「おーい! まだかーっ!」
「ファナさーん!」
店の方から客が呼ぶ声が聞こえてくる。
ファナはその声に反応して、今の店の現状を思い出したのか、あわあわ言いながら俺に軽く一礼をして、店の方へ戻っていこうとする。
「ファナ、手伝うよ。店の中だけだと客の入りきらないから、俺は外で売ってくるわ」
「ほ、本当ですか!? た、助かりますぅ。本当に私一人じゃお店を回しきれなくて困ってましたから」
「いいっていいって。店の裏路地の方で売ってくるから、何かあったら呼べよな」
「はいっ! 協力していただき感謝です。ユウマさん!」
「それはこの在庫を全部売ってからにしてくれ」
短いやり取りを交わした俺たちは、最後に笑顔を交わしあい自分の戦場へと足を向ける。
そして、その日の夕方になった。
「ぜ、全部売れたな……」
「は、はい……。まさか、追加分まで全部売れるとは思ってもいませんでしたね……」
「しかも、そこまで売ってなお、客がまだまだ居て帰ってもらったしな……」
「ですね……」
店の中で二人、テーブルを挟んでぐったりとする俺とファナ。
お昼ご飯すらまともに取れず、働きづめだったんだから当たり前だ。
「はあ~……。まあ、これでちゃんとした生活できるだろ。よかったな、ファナ」
「は、はいっ! 前の時もそうでしたけど、本当にユウマさんにはお世話になりっぱなしで」
「良いんだよ。俺だってこの前は世話になったしな。俺の懐も温まるし、ファナの店も売り上げよくなるし、ウィンウィンだ。それに、あれももらえるって話だしな」
俺は視線を少しずらし、倉庫の中に唯一残っているあの石を見る。
ファナの話だと一か月くらいは持つくらいの大きさらしい。
「でも、あれは今回の件でのユウマさんへの報酬ですし……」
「いいのいいの。売り上げをもらうよりあっちの方がほしいまである」
「そうですか……?」
「あぁ、もし上手くいったらファナにも見せてやるよ」
「ええ、楽しみにしてますね!!」
俺が報酬を現金ではなくあの石を現物でもらうのにも理由がある。
それは偏にほしいものがあるからだ。
「これで朝の暖炉争いもなくなる」
この時期は朝から寒い。
毎日毎日、暖炉の前のソファーをミカとリリーナと争うもの疲れる。それに、アイリスが暖炉に厄介になれないのも問題だった。
それの解決にもなる。完璧すぎる。
「あとさ、ファナ。わかってると思うけど、これもっと仕入れた方がいいぞ? 少なくとも冬の間だけでもさ。なんなら仕入れの時に俺も一緒に行くからさ」
「は、はい。私もそうしようと思っていたところです。そのときはぜひともお願いしますね」
「もちろんだ。その代りと言っちゃなんだが、少しばかりその石の融通を俺に聞かせてくれ」
「わかりました。それくらいのことなら喜んでさせてもらいます!」
俺とファナは笑顔で握手を交わす。
えっ? なにこの感触。なんで女の子の手ってこんなに柔らかいの? 俺手汗かいてない? キモイとか思われてない? 大丈夫?
ファナの顔を見る限り大丈夫そうだけど、ファナは性格がいいから思ってても言いそうにないからなー。
なんて、不安に思いつつも、内心今日が上手くいってくれてよかったと安堵する。
「まあ、なんとかなってよかった……」
こうしていろいろあったものの、ファナの店の危機は去った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……さて、今日は作戦決行の日だ」
ファナの一軒から数日。本来あの日、ファナの店に行った本当の目的の日がやってきた。
十二月二十四日。
リア充たちがこれ見よがしに綺麗に彩られた街中を闊歩し、愛する人と愛を囁きあったり、好きな人と楽しいひと時を過ごしたり、友人たちと集まっては、本来のキリストがどうこうという話を完全に無視してお祭り騒ぎする、悪しき風習の日。
「が、ここは日本じゃない。日本にいたころのように惨めなクリスマスにはならない!」
日本にいたころは本当に散々なものだった。
基本的に外に出ない俺でさえ、うんざりするほどの程のものだった。
ネットを開けばクリスマスニュースで心を削られ、なんとなくテレビをつければイルミネーションで着飾った町中の風景を映され気落ちさせられ、アニメや漫画を見れば季節に合わせてクリスマスの話題を出され、見ているうちは癒されるものの、見終わったとたんに何かよくわからない感情になったりしたものだ。
「でも、まあ、俺はまだマシな方だったのかもな」
というもの、俺は完全な負け組でもなかったことだろう。
どこをどう見ても負け組でしかない俺だが、そんな俺でも見捨てないでくれる奴が俺には親以外にたった一人だけいた。
ミカだ。
ミカは学校が終わり、友達と一通りクリスマスパーティーとやらを済ませると、必ず俺の家にやってきて俺と過ごしてくれていた。何らかのプレゼントを持って来てくれた。一緒にケーキを食ってくれた。
「そのせいで、二次元に注ぎ込む金が減ったわけだが……」
こっちでは鬼畜だの外道だの言われている俺だが、俺にだって人としての良心がある。ちゃんとお返しのプレゼントを用意していた。その辺で買った安物の髪留めとか、ネットで適当に女子に人気なものを買ったりとか、それはもう最低限の金額で上手くやってきた。
それでも少しばかりは二次元以外に金を使ってしまったわけだが。
「それでもあいつ、なんかすげー喜んでくれたんだよな」
俺が金額を抑えに抑えて買ってやった適当なものを、ミカは本気で喜んでくれていた。それはもう、この俺ですら罪悪感を抱くほどに。
「……。馬鹿なこと考えるのは止めてトイレにでも行くか」
朝の寒さにもう少し布団の厄介になっていたかったが、トイレに行きたくなってしまったものは仕方がない。さすがにこの歳でお漏らしとか羞恥プレイすぎる。
「はよー」
トイレを済ませ、何か暖かい飲み物がほしくなった俺は、ココアでも作ろうかとキッチンへ向かう途中にある居間で三人に挨拶をする。
「おはよー、珍しく早いんだねユウマ」
「珍しくは余計だ。最近は早起きだったろうが」
ここ二週間はファナの店の件で朝から大忙しだったからな。
「どういう風の吹き回しか知らないけれど、いいことじゃない。それよりもユウマ。もうそろそろクエストに行きましょうよ。ここのところ忙しいからパスとか言ってまともに行ってないじゃない。いい加減全力で魔法が撃ちたいのよね」
「ああ、疲れたから今日もパスだ。明日は行くから勘弁してくれ」
「またなの? 最近頑張ってたかと思ったけど、やっぱりユウマはユウマなのね。救いようがないわ……」
「うっせーぞ脳筋魔法使い! なんで名前は可愛らしいのに性格はかわいくないんだよ!」
「なんですって! あと、名前のことは言うのやめなさいって言ってるじゃない!」
「わかったなんて言ってないもんねーっ! 言ってないから言ってもいいんだもんねーっ!!」
いつものように暖炉前のソファーにミカと並んで座ったままのリリーナと言い争いを開始すると、暖炉から少し離れたところに座っているアイリスがこれまたいつものように俺たちの仲裁に入ってきた。
「ユウマさんもリリーナさんも落ち着いてください。喧嘩はダメだっていつも言ってるじゃないですか」
俺とリリーナを交互に見ながらアイリスが宥めてくれる。
こうなると、喧嘩を続けるのはどうかと思い、喧嘩を中断するまでがいつもの流れだ。今日も例に漏れることなく喧嘩は仕方ないとばかりに中断された。
「そうだアイリス。あったかい飲み物でも持って俺の部屋でなんかしゃべらないか?」
リリーナとの喧嘩が終わってそうそう、ちょっとしたナンパ野郎みたいなセリフでアイリスを自室へと誘う。
俺も成長したもんだ。女の子を自然に自分の部屋へ誘えるようになるなんてな。
「ユウマ。変なことしちゃだめだよ? 本当に捕まっちゃうから」
「なんで俺がアイリスを部屋に誘っただけで犯罪を疑われなきゃいけないんだよ! ほんとみんなおかしいだろ! 俺を見るだけですぐに犯罪者扱いしやがって!!」
「いやだってさ、ユウマ。そんな見るからに緊張した面持ちで女の子を誘ってる変な男がいたら誰だって怪しく思うよ」
ミカに言われて自分の足を見てみると、かすかに震えている。
……成長とはいったい。
「とにかく! アイリス。ミカが言うような変なことなんて絶対にしないから、あったかい飲み物持って俺の部屋行こうぜ」
「そうやって無害なふりして男は女の子をホテルとかカラオケに連れ込むって言ってたよね、ユウマ」
「お前何なの!? どんだけ俺の好感度下げたいんだよ!」
「そうだね。……ゲージタイプのパラメーター限界まで下げて、逆に上からパラメーターが来るくらいまでかな」
「好感度マイナスを通り越してバグらせるとかお前の俺に対する悪意がやべーよ! 悪魔も逃げ出すよ! 人の恋路を邪魔するやつを蹴り飛ばす馬も逃げ出すよ!!」
いつにも増して嫌味全開のミカの言葉に傷つきながらも、どうにかツッコミだけはこなした俺。
「それに、いつものことだけどお前らが暖炉の前を占領しててアイリスが可哀そうだろうが。いつも一人で部屋の真ん中にいるんだぞ? 少しは年上らしく気を遣えよ。気を遣われんなよ」
「うっ……それを言われると何も言えない……」
「いえ、私は気にしてないのでいいんですよ。それにお話してもらえるだけでも私はうれしいので」
「あ、アイリスちゃん……っ!」
天使過ぎるアイリスに心を撃たれたのかミカが少し涙ぐむ。
しかし、ソファーから動く気配はなく、結局アイリスの優しさに甘えたままだった。これじゃあどっちがお姉ちゃんかわかったもんじゃない。
「つーわけで、アイリス。俺と一緒に俺の部屋に行こうぜ!」
我ながら爽やかなキメ顔を決めつつ、親指を立てながら改めてアイリスを誘う。
さっきまで邪魔をしてきてたミカも、さっきの俺の言葉が効いているのか黙ってみている。
しかし、ここでもう一人の悪女が出しゃばってきた。
「でも、結局ユウマの部屋行ったところで温かいわけじゃないじゃない。むしろ、暖炉があって、女である私たちがいる居間の方がアイリスも安心なんじゃないかしら?」
「ちょっと待てラブハート。なんで最後が安心できるかできないかなんだ? 事と次第によっちゃあ、話し合いが必要だぞ。拳と拳の話し合いがな」
「え? 何かおかしなこと言ったかしら? それよりもユウマ。今とても聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど、気のせいかしら?」
「あ?」
「なによっ?」
再び小さな戦争が起こりそうになっている中、いつの間にかキッチンへ行っていたらしいアイリスが温かいココアを二つお盆に乗せて持ってきてくれていた。
「もう、喧嘩はダメだって言ったじゃないですか。忘れちゃったんですか?」
「だってさ、アイリス!」
「そうよ! 元はといえばユウマが!」
「お互いに傷つけあうような言葉を口にしたのがいけないんじゃないですか。どっちも悪いです」
「「うぐっ……」」
「あはは、アイリスちゃんには誰も敵わないねー」
アイリスという小さな天使の前では年上の俺たちも形無しである。
「それじゃあユウマさん。ユウマさんのお部屋に行きましょうか」
「え? 来てくれるの?」
「? はい。せっかくのお誘いですし、お邪魔させてもらおうかと」
「そ、そうか! それはよかった! アイリスに見せたいものがあったんだよ!」
「私に見せたいものですか?」
「ああ、正確に言えば見せたいというよりは使ってほしいもの。だけどな!!」
かわいい女の子が自分の部屋に来るという状況に喜んでしまった俺は若干早口にまくしたてる。キモオタ特有のテンションが上がったり、自分の好きな話になると早口になるあれだ。
別にアイリスが今まで俺の部屋に来たことがないわけじゃない。むしろ、ほぼ毎朝起こしに来てもらっている。
でも、今回は少しばかり状況が違う。
俺が自らアイリスを誘い、アイリスがそれを受け入れ、しかも二人きり。心躍らないはずがない。
「それじゃあ行くか!」
「はい、楽しみです!」
兄妹のような仲の良さをリリーナとミカに見せびらかしつつ、俺はるんるん気分でアイリスと自室へと向かった。
「ほら、入ってくれよ」
「はい。お邪魔させてもらいますね」
お盆を持っていて両手の塞がったアイリスの代わりに俺は部屋の扉を開ける。アイリスはかわいい笑顔を俺に向けながら部屋の中へと足を踏み入れた。
するとアイリスは、部屋に入るなり俺の見せたいものに気が付いたらしく、足を止めた。
「もしかしてユウマさんが私に見せたいものって、この布団のかかったテーブルですか?」
今現在俺の部屋のど真ん中にはアイリスの言った通り厚い布の被ったテーブルが一つ置かれている。それ以外に俺の部屋に変化はなく、俺の部屋にしょっちゅう出入りしているアイリスからしたら一目瞭然で違いが目についただろう。
「そうだ! これは炬燵って言って、暖を取るものなんだよ。ほら、さっき下でも言ったけどさ、アイリスはいつも暖炉前のソファーに座れなくて寒い思いしてるだろ? でも、これがあれば万事解決! 俺の部屋にあるけど、俺はいつもでもアイリスのことを受け入れる準備ができてるからオールオッケー!!」
俺が用意していたもの。それが炬燵だ。
「実は、少し前に忙しいって言ってたのはさ、ファナがまた変なもん仕入れちまって、それをどうにかするために頑張ってたんだけど、それの上手い使い方を思いついてさ。それでいつも通り協力する代わりに売り上げの一部をもらうことにしたんだけど、今回は現物でこいつをもらってきたんだ」
あの時俺は二つのアイデアを思いついていた。
その一つが実際に実現させたカイロだったわけだが、もう一つがこの炬燵だ。
この二つの中からカイロが選ばれたのは前に説明した通り、安くて、簡易的に持ち運べて、誰にでも使えるから。というものだったが、この炬燵もあのまま石で売るよりは遥かにいいものになっている。
効果もファナ曰く一か月は持つ物をもらったので、一日中ずっと使っているわけじゃないのなら二、三か月は持つはずであり、それを数万ギルで手に入るなら最高というほかない。
「ほれ、入ってみ」
自分が入るより先にアイリスに入るように促す。
「えっと……どうやって入ればいいんでしょうか? お布団みたいに寝たほうがいいんでしょうか? それともテーブルですから座って足だけ入れる感じでしょうか?」
「どっちでも使えるけど、とりあえず足だけ入れてみな。それだけでも全然違うから」
アイリスは戸惑いながらもおそるおそる炬燵の中に足を入れる。
そして、俺の方を不思議そうに見てきた。
「あの……全然暖かくないですよ? この、こたつ? でしたっけ?」
「ああ、まだスイッチを入れてないからな。ちっと待ってな」
予め謝罪をしてから俺は炬燵の真ん中の辺りを開き、中に入っている熱を発する赤い石を棒で軽くたたく。そして自分もアイリスとは反対側に座って足を入れた。
「これでよし。もう少し待っててな。少しずつ暖かかくなってくるから」
「は、はい。……というか、もう少し暖かくなってるような……」
「だな。結構熱量がすごいから足を思いっきりあげたりするなよ? やけどしないようにはしてあるけど、もしかしたら、ってこともあるからな」
この炬燵は、スイッチ入れがさっき俺がやったようにテーブルの真ん中にある蓋を開けて、中の石を叩くことでオンオフにする。それ以外は普通の炬燵と一緒だ。
中は上手く熱を発する石を体に当たらないよう枠を作って置き、外は普通の炬燵とほとんど一緒でテーブルの上の部分で蓋をしてある以外に違いはない。
「あっ。本当に暖かくなってきました!!」
だんだんと温かくなってきた炬燵にアイリスが興奮気味に声を荒げた。
子供らしい無邪気なアイリスについ笑みを零した俺は、アイリスへ「そうだろそうだろ」と、自慢する。
「本当にこれすごいですね! 暖炉と同じくらい暖かくて、煙で服が汚れたり匂いがつくこともなくて、本当にすごいですよユウマさん!!」
「そうだな。暖炉だとどうしてもそういう嫌なことがあるからな」
暖炉を使わないと暖が取れないからしょうがないのだが、暖炉にはいくつかの欠点がある。アイリスが言った匂いや服の汚れはもちろんのこと、火の後始末や、薪をくべたりと本当に面倒くさい。
その点この炬燵きたら―――。
「それだけじゃないんだぞアイリス。これは俺がさっきやってたみたいにここを開いて棒で軽く叩くだけで簡単に熱を止められるんだ。しかも、止めてからもしばらくは暖かい。スイッチを入れてから何もしなくていいのもメリットだな」
「わあ~っ! 本当に便利なんですね! こんなものを作っちゃうなんて、流石ユウマさんです!!」
「むふふー。これからはお兄ちゃんと呼んでくれてもいいんだぞ」
「それでユウマさん」
「本当に俺の扱いがわかってきたなアイリス……。もはや熟年夫婦のそれだぞ」
俺の言葉を華麗にスルーしたアイリスがさっきまでの笑顔と一転、少し申し訳なさそうな顔をする。
「どうしたアイリス? もしかして熱すぎたか? 悪いけどこれ、温度調節はできなくてさ」
「いえ、違うんです。こんな素晴らしいものを私とユウマさんだけで使っていいのかなーって思っちゃいまして……」
「あー、そういうことか。大丈夫だアイリス。どうせもうすぐ」
「? もうすぐなんですか?」
次の瞬間、俺の部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「ユウマー。さっきアイリスちゃんに見せたいって言ってたの私にも見せてよ。どうせまた面白いものなんでしょ?」
「そうよそうよ。一人占め、いや、二人占めは許さないわよ」
あまりにらしい登場をした二人が部屋の中に入ってくるなり俺とアイリスの現状を見て立ち止まる。が、それぞれ反応は違う。
リリーナは何してるのかしら? それが面白いもの? くらいの表情だが、これが何か知っているミカは次第に綺麗な黒瞳を輝かせた。
「こ、炬燵だぁ!! おじゃましまーす!!」
炬燵を発見するなり俺の許可もなしに空いているところへ滑り込んでくるミカ。
そして、本当に幸せそうに炬燵に頬ずりをしだした。
おい、炬燵。そこ変われ。
「あったかーい……しあわせ~」
「なによそれ? 暖を取る道具なの?」
「そうみたいです。本当に暖かいんですよ。リリーナさんも入ってみてくださいよ。いいですよね? ユウマさん」
「アイリスが言うなら仕方ないな」
しぶしぶ俺が了承するとリリーナが綺麗な動作で炬燵に入った。
そしてすぐに気が付いたらしい炬燵の有能さに端正な顔を綻ばせる。
「これは、いいものね……」
「だよね~。炬燵最高~……」
「さんざん今まで暖炉を独占しといて一瞬で炬燵に浮気とか。尻軽すぎだろお前ら」
「むう~。しょうがないじゃん。炬燵が今までなかったんだから」
「そう思うなら俺に感謝しろ。崇めろ、奉れ」
「ははあ! ありがとうございますユウマ様~」
「調子のいいやつだな~」
「それよりユウマ、これどうしたのよ? またユウマが作ったの?」
「ああ、実はな―――」
冬の寒い寒い日。
窓は白く、外を歩けば体が震え、吐く息は白く、誰もが外に出たがらないそんな季節。そんなある日。
そんな時くらいは、こうして四人一緒になってくっちゃべるのも悪くはないんじゃないだろうか。
美少女三人と炬燵を囲みながら、しみじみとそんなことを思う俺だった。
その日の夜。
「炬燵の幸せでうっかり忘れそうになったけど、今日はクリスマスだった。せっかくのサンタ服とプレゼントを無駄にするところだったぜ」
今日この日のためだけに自作したサンタ服に身を包んだ俺は、今現在屋敷の外に一人で立っている。時刻は深夜の十二時過ぎ。俺以外の三人はよっぽどのことがない限り寝ている時間だ。
「アイリスが楽しみにしてたからな。あんなことは教えちまったからには楽しませてやらないと。それに他二人も仕方ないから楽しませてやるか」
王都でセントラルこと洋二さんとの面会に緊張していたアイリスの緊張を少しでも解くべく日本でもイベントごとを話したとき、アイリスはバレンタインの話もクリスマスの話を楽しそうに聞いてくれていた。
そして、やりたそうにしていた。それを無視できるような男にはなりたくない。
「パーティーは今日やればいいけど、プレゼントはイブの日に……な」
そのための下準備も完了している。
あらかじめ三人の部屋にお邪魔し、こっそりと窓のカギを開けておいた。これで外から侵入が可能である。
サンタといえば煙突からみたいなイメージがあるが、そんなことをしたら服が汚れるし、各々の部屋に煙突があるわけじゃないので結局屋敷の中からプレゼントを配って回るのと変わらない。
だから俺は少しでも本物のサンタらしくしようと外から、窓を経由しての侵入を選んだ。
「やるからには本気でやる男。それが俺、ユウマだ!! というわけで―――。『狙撃』」
スキルを使ってあらかじめ用意しておいた鈎爪の付いたロープを弓で発射する。全部この時のためだけに格安で用意したものだ。
「よしっ。上手く屋根に引っかかったな。あとはよじ登るだけだな」
簡単に言ってるように聞こえるかもしれないが、これが一番の問題ともいえる。登山なりなんなりでの経験なしの完全の素人、さらには今までロクに運動もしてこなかったもやしっ子。
そんなザ・ひよっこの俺には酷にもほどがある。
「だが、やるしかない。どうして屋敷を上るのか。明日アイリスの笑顔があるからだ!」
想像してみろユウマ。
明日の朝、アイリスが驚いたような、でもどこか嬉しげな表情で俺の送ったプレゼントを持ってやってくる姿を。……最高だ。
決意を新たにした俺は、念のためもう一度鈎爪が外れないかを確認し、意を決して屋敷の壁のぼりを実行する。
「思ったよりは簡単だな。まずは一番近いミカの部屋から……」
慣れないことに緊張しながらも、どうにか手足に力を込めて屋敷の壁を上る。命綱すらないので、下手をしたら大けがでは済まされないのが怖い。
そんな恐怖心を堪え、どうにかミカの部屋の窓の縁に手を置いたところでそれは起こった。
「おいっ! そこの赤い服を着た不審者!! 何をしている! 早く降りてこい! 事情聴取に付き合ってもらうぞ!!」
いきなりライトに照らされ振り返る俺。
そこには、馴染みに馴染んだ憲兵さんの姿が。
「いや、ここは俺の屋敷で、ちょっとした事情があってこんなことをしてるだけで、別にやましいことをしてるわけじゃ……」
そこまで言って、今の自分を客観的に見た時のことを考える。
この異世界では馴染みのない赤い服に身を包んだ男が、夜遅くに屋敷の壁を上っている。
―――完全にアウトだこれ!?
「意地でも降りないつもりだな! それならこっちにも考えがある! 誰か! ここに不審者がいるんだ! 手を貸してくれ!」
こんな夜も深まった時間でも、居酒屋で飲んでいた人間や、遠出をしていた奴なんかが数人は歩いていたりする。この通りに人の姿は見えないが、隣の通りなんかはわからない。
この調子だと応援が来るのも時間の問題だろう。
それだけは阻止する必要がある。
「ちょっと待て! 俺の話を聞け! 俺たちの口は何のためにある! 話し合いをするためだろうが。だから俺たちはまず、話し合いをするべきだと俺は主張する!」
「なにが話し合いだ! こんな夜中に屋敷の壁を上っている不審者と交わす言葉などない!」
「いいから、まずは俺の話を―――」
「うるさいぞ不審者!」
「なんでこの街の人間は俺の話を聞かねえんだ!!」
クリスマスの夜。
結局憲兵に事情の説明ができないでいた俺は、近くを周回していたらしい他の憲兵たちが集まってきたことにより強制的に地面に落とされ、まともに取り合ってもらえないまま連行され、今年は少しは楽しめそうだと思われたクリスマスイブを悲しいことに憲兵と一緒に過ごすことになった。しかも取り調べとかいう地獄のような形で。
「なんでこうなった!! どうしてこうなった!!」
取調室では、俺の悲しい叫び声が夜中の街に響き渡っていった。




