8話
「んっ? 『敵感知』に反応があるな」
本格的にダンジョン探索に乗り出して数十分。今まで全くと言っていいほど反応を示さなかった『敵感知』スキルが突然反応した。
「みんなこっち来い。『潜伏』スキルで隠れながら行くぞ。やばそうな相手だとまずいからな」
反応があってすぐに三人にそれを教え、一緒に『潜伏』するように指示を出す。
指示を受けてすぐにアイリスとミカが俺の手を掴み、リリーナが
「いでっ!! リリーナ! お前なに人の頬つねってんだ!!」
「あら? 私が今触ってるところってユウマの頬だったの? 気づかなかったわ」
「嘘こけ! なんだよ、さっきの当てつけか!」
「まさか、わざとじゃないんだから、そう、かっかしないでよ」
笑顔でそんなことを言っているが明らかに嘘だ。リリーナがこんなきれいな笑顔を俺に見せるわけがない。しかも、今はアイリスの『ライト』のおかげで視界は良好。意図的に間違わない限り俺の頬をつねるはずがない。
「あぁ、もういいや……。アイリス。悪いけどしばらくの間『ライト』は止めてくれ。いくら『潜伏』してても魔法の効果までは消せないからな」
『潜伏』スキルが消せるのはあくまで自身と、その体に触れているものだけ。音やにおいや、触れているものの特殊性のようなものまでは消すことができない。
「わ、わかりました。……でも、それだと進めなくないですか?」
「まさかユウマ。この真っ暗闇を適当に歩くつもり? 絶対迷子確定だよ」
アイリスとミカの言う通り、『ライト』の明かりがなければ俺たちはたちまち行動不能になるだろう。正確に言えば視界が完全に失われる。
いくら『敵感知』で大まかに敵の位置が把握できていてもそれは自殺行為だ。
ただ、それくらいのことは俺だって考えてある。
俺はこのダンジョンを探索するにおいて便利そうなスキルと、前からあった方が色々と便利そうというスキルをいくつか取った。
冒険者という職業は誰かに教えてさえもらえば通常の1.5倍のスキルポイントを消費してあらゆるスキルを取得できる。色々なスキルを取った弊害で若干スキルポイントの足りなくなってきた俺だが、まだ少しばかり余裕があったのでどうにか欲しかったスキルを取得することに成功した。
早速そのスキルの内ひとつをを披露したいと思う。
「大丈夫だ。さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。『暗視』スキル発動っと」
『暗視』
暗闇の中でも一定の視界を確保できるスキルだ。今までも何かと便利そうだと思っていたけど、実用性においては他のスキルの方が上だったのから、今の今まで取得が遅れていた。
「ユウマ、そんなスキルまで取ったんだ」
「ああ、ダンジョン探索でライトなしに視界を確保する可能性が十分にあったからな。そのためのスキルだ」
「ところで、今現状でユウマさんはどれくらい周りが見えてるんですか? 私は真っ暗で誰がどこにいるのかも全く分からないのですが……」
「俺もちゃんとは見えてないよ。ただ物の線みたいなのが見えてる感じだな。大きさとか距離感はわかるけど、色なんかは全然だな」
俺の今の視界はサーモグラフィーみたいなものだ。
今説明したように物の縁が線に見えていてるだけ。それでも全く見えないよりは安心感があり、他の三人には真っ暗であろう今この現状も俺にはそれなりに見えている。
三人の姿はもちろん、両側の壁はもちろんのこと、向こうから歩いてくる敵の姿もばっちりだ。
「敵が来てる。こっちだ」
敵はシルエットでしか判断できないが、人型をしているからおそらくゴブリンかコボルトあたりだろう。そこまで敵のことを確認したところで俺は三人に声をかける。
しかし、三人は俺の声の反応したものの。
「えっ? ど、どっちですかユウマさん?」
「右? 左? 下? 上? 上上下下左右左右BA?」
「どこから敵は来てるのよ!! 明かりがないとわからないわよ!!」
と、三者三様の困り方をしていた。
「こっちだよ!」
三人には周りが全然見えてないんだから仕方がないとはいえ、敵が割と近くまで来ていたことから少し口調が荒くなりながらも三人をどうにか壁の隅まで移動させる。
「いいか? このまま俺が良いって言うまで大人しくしてろよ? お約束のくしゃみとか、ずっこけとかいらないからな」
念には念をということで一応三人に注意をしておく。
俺の言葉に二人は素直に頷いて見せてくれた。
……あれ? 二人?
そのことを疑問に思った瞬間、俺の背中がすっと押された。
それはまるで、告白する勇気が出ない友人の背中を押す親友のような優しい押し出しで、状況が状況ならときめいてもおかしくないほど自然で、ただ、何事にもタイミングというものはあって―――
「こ、こんにちわ……」
松明を持ってすぐ目の前を歩いていたゴブリンと目が合っても、ドキドキはあってもトキメキはなくて、あまりの絶望感から片手をあげてらしくもない挨拶をすると同時に俺は―――
「それじゃあ俺、この後用事あるんで失礼します!!」
嫌いな先輩の誘いを断る気の弱い後輩がごとく、ダッシュでその場を逃げ出した。
「あっ! まずっ! 三人のこと忘れてた!!」
自分の命欲しさにそのまま背を向けて逃げ出したい気持ちをぐっとこらえ、後ろを振り返る。そこには俺を追いかけてきているゴブリン二体の姿があって、他の三人はなんてことないようにさっきまでいた場所に佇んでいた。
ミカ、アイリスが突然のことにぽかんとしている中、俺の背中を押したであろう張本人、リリーナだけは不敵な笑みを浮かべて俺に華麗に小さく手を振っていた。
「くっそ!! あとで覚えてろよ! この、名前が異様に可愛らしい脳筋魔法使い!!」
そんな捨て台詞を残して、俺はゴブリンとの持久力レースにしゃれこむことになった。
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「た、たでーま……」
どうにかゴブリンとの持久力レースに勝利した俺は、その後すぐにさっきの場所に戻ったのだが、そこに三人の姿はなかった。もしかしたらミカとアイリス辺りが俺を追おうとして途中で見失ったか、探し回ってくれてるんじゃないかとすぐに探索に乗りだすも、全然見つからず、もしかしたら屋敷に戻ってるかも、という一番あってほしくない選択肢にかけて屋敷に戻ってみると、悲しいことに三人はいた。
「ゆ、ユウマさん! ご無事だったんですね! よかったです!!」
俺の帰りを一番に出迎えてくれたのは、いつも俺のことを一番に出迎えてくれる天使アイリス。笑顔で出迎えてくれたアイリスに疲れ切った心と体が少し癒されていると、アイリスはすぐにはっとしたような表情になってから、すぐに俯いてしまった。
「す、すいませんユウマさん! ユウマさんを置いて帰るつもりはなかったんです! ユウマさんがゴブリンに追いかけられてすぐに、ミカさんがユウマさんの後を追おうとして、私も賛成したんですが……」
「魔王がそれを拒否したと?」
「い、いや……魔王ではなくリリーナさんがですが……そうです」
「それで、心優しいアイリスはリリーナを一人にすると明かりがないから一人にしておけず、ミカもアイリスがいないと明かりが確保できないから一人で俺を追うこともできなかったと」
「そ、そうです……」
申し訳なさそうに、泣きそうな顔をするアイリス。
でも、俺にはアイリスを怒るつもりも、ミカを怒鳴るつもりも全くなかった。だって二人は俺を心配して追いかけようとしてくれたのだ。問題なのは―――
「勝手な逆恨みをして俺を殺そうとした真の魔王だな」
「い、いえ、ですから魔王なんかではなくリリーナさん……」
丁寧な訂正を加えてくれながらも、今回ばかりはリリーナを擁護できるところがないのか、アイリスが困ったような顔をしている。
だから俺は心配するなとアイリスの頭に手を置きなだめつつ、笑顔を作った。
「大丈夫だぞアイリス。そんなに気にしてないから。俺だって多少は悪いしな」
「ゆ、ユウマさん……」
大人になりましたね。的な目を向けてくれるアイリス。女子小学生に大人になった的な目を向けられている高校生の俺は一体。
でも、この調子ならジト目とか、呆れられた目とか、軽蔑の目を向けてもらえる日も近いかもしれない。
これで問題は軽蔑の目の時の問題の解決法だけだな!!
「まぁ、でも、少しぐらいは仕返ししてやるけどな」
しかし、俺もそんなに甘い男じゃない。一度つけ上がらせるとリリーナみたいなタイプはさらにつけあがる。だからしっかりと罰は与えるべきだ。
「あ、あのー……ユウマさんのお気持ちはわかっているつもりですが、お手柔らかにしてあげてくださいね。リリーナさんも、気が立ってて少し冷静な判断ができなかっただけだと思うので……」
必死にリリーナのフォローをしているアイリスには悪いが、そんな一時の怒りで殺されかけてはたまったものじゃない。
「だから、大丈夫だぞアイリス。俺がするのはだな……」
「あー……そのくらいなら。むしろ、いいことかもしれません!」
密かなリリーナへの仕返し方法を小声でアイリスに教えてやると、アイリスは少し迷ったような顔をしたものの、すぐに顔に笑顔を咲かせて俺の仕返しに同意してくれた。
これで、合法的に仕返しができる。
その日の晩。
屋敷の夕食は、リリーナの嫌いな食べ物がふんだんに使われた豪勢な料理だった。
夜寝るとき、リリーナが嫌そうに嫌いな食べ物を見て、それを避けようとしてアイリスに窘められているところを思い出したり、リリーナが嫌そうに嫌いな食べ物を食べてるところを思い出して、幸せな気分で寝ることができた。




