1話
「ぬぉぉぉぉぉぉぉおおっ!! あだまいでー……」
ヤマタニオロチを討伐し、セントラル王のご厚意でイニティの街の冒険者全員で飲み明かした次の日の朝。他の冒険者たちが着々とイニティに帰ったり、せっかくだからと王都を観光したりしている中、俺は朝から飲みすぎによる二日酔いに苛まれていた。
「ああああああぁぁぁぁぁあ。もうぜってーに酒なんて飲まねぇ……」
こんなことを言っても、いざ居酒屋に行ってしまえば飲むとわかってはいるのに同じことを口にする。前だって同じことを言った。でも、同じ過ちを繰り返した。人とは同じ過ちを何度でも繰り返す生き物なのだ
「こんなんだから人間は争いを止められねぇんだよ。ちゃんと自分のした過ちに気が付けないから同じ過ちを何度も繰り返す。人間ってのはなんて愚かな人間なんだ」
なぜか壮大なテーマになってきた議論を一人でしていると、セントラル王こと洋二さんより王都にいる間は貸してもらっている城の部屋がノックもなしに開いた。
こんなことをするのは俺の知っているやつの中で二人しかいない。幼馴染で俺との距離感が少しおかしなことになっているミカと。
「どんなにカッコイイこと言ってても、その原因が二日酔いじゃカッコつかないわよ。ユウマ」
リリーナだ。
魔女らしい三角帽子にローブを少し自分様にアレンジしたものに、モデル顔負けのスタイルを隠している、俺より一つ年上の女の子。燃え上がるような赤の長髪に、同じく炎のように真っ赤な深紅の瞳、俺より少しだけ身長が高くて、攻撃魔法に限るが中級魔法まで全部を制覇し、最近では上級魔法もたくさん覚え始めている超が付くほど有能な魔法使い。
「なのに性格に難があって、さらには魔法も使わずに魔物に突っ込んでいくという才能を捨てた行動。……はぁ~」
高スペックなのにすべてを台無しにする性格に、大きなため息を吐く。
「あらら~。二日酔いって割には元気そうね。喧嘩を売ってるなら買うわよ。代金は何の攻撃魔法がいいかしら?」
額に血管を浮かび上がらせる勢いで笑顔の仮面の上に怒りのマークを出すリリーナ。
でもなぜだろう。全く恐怖を感じない。二日酔いのせいで体調が万全じゃないに勝てそうな気分だ。だからと言って勝負をしたいかと問われればもちろんノー。面倒ごとなど御免被る。
「まぁまぁリリーナ、少し落ち着けって。どうどう」
だるい体を上半身だけ起こして暴れている馬をなだめる様な手の動きでリリーナを落ち着かせる。が、それがリリーナのさらなる逆鱗に触れたらしい。
なんなの? 特性天邪鬼かなんかなの? こっちのやる行動の反対の反応しかできないの?
「ユウマ……。あんた本当に私を怒らせたいみたいね……」
「なに怒ってんだよ。俺はただ落ち着くように言ってるだけだろ」
「じゃあ、その手の動きは何よ! まるで暴れ馬でもなだめる様な手の動きじゃない!」
「まるでじゃなくて、まさしくそうなんだが。よくわかったな」
「嬉しくないわよ!! キィィィィィィィィッ!!」
甲高い声で怒りを露わにし、地団駄を踏むリリーナ。
全く、どうしてこいつはこうも落ち着きがないんだ。少しは俺を見習ってほしい。俺はいつだってクールだし、冷静な判断ができる。昨日のヤマタニオロチ戦だってクールな俺の、クールな作戦によって、クールに終わった。
はぁ~。できる男ってのはつらいぜ。
「ふう~……。色々と言いたいことはあるけど、この際そんなこと今はどうでもいいわ。……それより、あの事誰にも言ってないでしょうね?」
「あの事って?」
「ユウマ……いい加減にしないと、この城ごとあんたのこと吹っ飛ばすわよ」
「悪かった! お前の場合冗談じゃ済まないし、本気でできそうだから本気でやめてくれ! 二日酔いに仕事をさせないでくれ!!」
せっかくセントラル王の厚意で借金が二億から一千万にまで減ったのに、また増やされたんではたまったもんじゃない。
本当はもう少しリリーナいじりを楽しんでいたかったのだが、二日酔いの体にもよくないし、俺の精神衛生上にもよくないし、王都の人たちにもよくないと、ないない尽くしのため、俺の方が折れることにする。
「それで、あの事ってのはどうせあれだろ。お前の本名―――リリーナ・ラブ・フルハート」
「あんたねぇ……。言われたくないのわかってて言うとか、性格悪いわよ」
「どこかの誰かによると、俺は意地と顔と性格が悪いらしいからな。仕方ないだろ」
「むぐっ……」
ちなみにさっきのセリフはリリーナが俺にヤマタニオロチ戦直前に言った言葉である。ミカ当たりなら鳥頭だから昨日の今日で忘れてるだろうが、リリーナは意外と賢いので覚えてると思った。
あの、腹立たしいけど、言ったのは自分だしな~。みたいな、悔しそうな顔が面白い。が、そんなことをしたらさっきの二の舞なので顔には出さない。
「話を戻すぞ。とりあえずは誰にも言ってない。……はずだ」
「はずってなによ? ユウマは頭だけはマシなはずでしょ」
さっきの意地悪の仕返しか、リリーナが軽いジョブを入れてくる。
しかし、今の俺は気分がいい。そんな挑発の一つ、簡単に受け流してくれるわ!
「昨日酔っぱらうまでは記憶があるけど、酔っぱらってから、まぁ、パーティーの後半についてはまるで覚えてねえんだよ。だから、はずって言ったんだ」
「あ、あんたねぇ!!」
「大丈夫だって。俺は美少女との約束は守ると男だ。リリーナは悔しいことに美少女の枠に当てはまるからな。真摯な俺はちゃんと約束は守ってる……はずだ」
「そこは言い切りなさいよ! あと、素直に褒めるのもやめなさい!」
言い切れないものは仕方ないじゃないか! と、言おうとしたらリリーナが俺から顔を背けた。
ふふっ。こいつ一丁前に照れてるぜ。いつもはクールで綺麗な顔してくせに、こっちが少し攻めるとこれだ。全く、甘ちゃんだな。
まーぁ、俺もさっきから顔が熱いし、なんだか声も出ないから今日は引き分けってことにしてやるよ。俺の優しさに感謝しろよ、リリーナ。
でもなんでかな~。冬だし、最近寒いし風邪でもひいちゃったかな~。
「とにかく大丈夫だ。これでもパーティーメンバーだろ。少しは信頼しろよ」
「よくそんなことが言えるわね。私、この世界で誰が一番信用ならないですか? って聞かれたら魔王よりも先にユウマの名前を挙げるわよ」
「おうおうおうっ! こっちが下手に出てたらつけあがりやがって! なんだよ魔王よりも信用ならないって! 俺だって悲しけりゃ泣くんだぞ! いいか! 俺が泣くとめんどいぞ! 大きな声をあげて泣きながらその辺の美女美少女のスカートを捲りまくるんだぞ! それでもいいのか!?」
「捕まりたいなら勝手にしたらいいんじゃないかしら。むしろその方が世の中のためよ」
「……」
いつもみたいに大きな声で「セクハラよ!」とか「この変態!」とか「だからモテないのよ!」みたいな返答を期待していたのに、真顔であんなことを言われてしまっては俺も心を折るしかない。くすん。
「おはようございます。ユウマさん。お二人とも、朝から元気ですね」
リリーナのとの言い争いで俺が若干心に傷を負っていると、まるで図ったかのようなタイミングで我がパーティーの癒しがやってきてくれた。
俺の心を癒すためにやってきてくれたんじゃないという天使の名前はアイリス。
小学校高学年くらいの女子の身長で、その中でもやや身長が低いくらい。窓から差し込む光を目一杯反射する長い銀髪に、まだまだあどけない可愛らしさが前面に押し出ている愛らしい顔立ちに青の瞳。リリーナとは違った三角帽子に大きめのリボンをあしらい、魔女というよりは魔法少女を連想させる青と白を基調としたひらひらなドレス。そしてマフラーの様に首元に巻かれているピンクの羽衣を身にまとった天使。それがアイリスだ。
もちろん本物の天使なわけじゃないので、頭に輪っかなんてものは存在していない。
「おはようアイリス。今日も可愛いな」
「ありがとうございます。……でも、恥ずかしいので、そんなに直球で言わないでいただけると嬉しいです……」
俺の軽口を混ぜた挨拶に、顔を真っ赤に、それどころか耳まで真っ赤にしてやや下を向くアイリス。
うん。アイリスは今日もかわいいなー。
「それで、お二人はなんのお話をなさってたんですか? できれば私も混ぜてほしいんですけど……」
若干まだ俺たちに対するフランクな付き合い方を模索中らしいアイリスがおずおずと言う。確かに俺たちは年上だし、アイリスの性格上、敬語の方が話しやすいのかもしれないが、俺たちの付き合いも半年を超えた。もうそろそろ次の一歩を踏み出してほしいと、密かに俺とリリーナとミカは最近の思っている。
もちろん無理強いをする気はない。年齢がほとんど変わらない俺たちとリリーナに比べて、五つ近く年齢の離れているアイリスが緊張というか、下に出ちゃうのは仕方ないとも思うからだ。
「もちろんだ! むしろここまで来てもらったのに帰れなんて言えない」
「ほんとですか! あ、ありがとうございます!」
なぜかお礼の言葉を口にするアイリスを、リリーナと二人暖かい目で見る。
「それで、なんのお話をしてたんですか?」
「あー、ちょっとした雑談だよ。別になにか特別な話をしてたわけじゃないんだ。なっ? リリーナ?」
言葉とともに、アイリスには本名のことをどうするのか。という意図を込めて視線を送る。
昨日セントラル王からリリーナの本名を聞いた時にアイリスは酔っぱらってキス魔になっていたミカにキスをされて意識を手放していた。ミカもそのあとすぐに強制的に眠りについたし、パーティーメンバーの中でリリーナの本名を聞いたのは本人のリリーナを除けば俺だけだ。
視線の意図をすぐに察したらしいリリーナはアイリスに怪しまれない程度に悩んでから、大きなため息とともに小さく頷いた。
まぁ、妥当な判断だな。
パーティーメンバーに隠し事をしておくのはリリーナも気が引けるだろうし、もしばれてしまったとき、ミカ辺りが「なんで教えてくれなかったの? そんなに私たちって信用ない?」なんて、悲しそうな顔で言うに決まってる。
それが容易に想像できてしまったのだろう。リリーナは若干嫌そうな顔をしながらも、覚悟は決めたとばかりに顔を上げた。
「ユウマになら罪悪感なく、いつまでも隠しておけたんだけどね」
「リリーナ。お前本当に少しは俺にデレろ。ツンデレはデレがないとただのムカつくやつだぞ」
割とマジな顔をしながらリリーナが言うものだから、ついツッコンでしまった。
「なになに~。楽しそうな話なら私もまーぜてっ!!」
結構傷つく言葉を言ってくれたリリーナに、本気のアドバイスを送ると、またまた扉が勢いよく開かれた。扉を開けた張本人は自分でつけてきたにも関わらず、その勢いを殺しきれないようで「あわわわっ!!」なんて言いながら、こっちに向かってくる。
あまりに突然の出来事にベッドに座っていた俺は反応が遅れる。リリーナは何食わぬ顔でしっかりと突進コースから外れ、俺と同じく慌てているだけのアイリスは元から扉のすぐ横に居たのでコース外だった。
悲しいことに突進のコース内に居るのは俺だけ。扉からベッドまで恐ろしい勢いで突進してくる猛獣を止めるものは一つもなく、一切の障害物がない。つまるところ―――
「た、助けてユウマぁぁぁぁぁぁっ!!」
「く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大きく鈍い音が部屋に響く。
「み、ミカ……お前、もうちょっと静かに入って来られないのか……」
そう。
俺の部屋に突撃してきたのは、小さい頃から一緒にいる、幼小中高と一緒で腐れ縁である幼馴染のミカ。
俺よりやや低めの、女子にしては平均的な身長に、肩ほどまで伸びている黒髪。まだ少しあどけなさを残している愛嬌のある顔に、俺と同じ真っ黒の瞳。平均よりやや育っているかな? くらいの身体は、武闘家の衣装を可愛らしくアレンジしたものになっている。具体的に言えば下はスカートだ。その下にはスパッツも履いていて、サービス精神も満載。履いてなければ万歳。
そんな幼馴染が、わけもわからずに俺に突進してきた。
「だ、だって……みんなが楽しそうにしてたから……」
「だからってお前な……。それに、こういう時はおっぱいやらお尻が主人公の顔に来るもんだろ……。ラッキースケベるとこだろ……。なのになんで―――」
一部の感覚が悲鳴をあげているのを必死にこらえ、俺は言う。
これだけは言っておかなくちゃいけない。
「なんで、俺の顔にお前の肘が入ってるんだよーーーーーーーーっ!!」
せめてもの俺の叫びだった。心からの雄たけびだった。
だって、なんでこんなに痛い目に遭ってるのにご褒美がないの!? ラノベの主人公ならここはおっぱいが顔に当たったり、お尻に顔をうずめたりするよ!? 上級者なら服やスカートの中に入ったり、「あれ? 何だこの感触……?」とか言いながら、さらっと自らエッチなところ触ってるよ!?
だっていうのに、俺の顔には幼馴染の肘が入ってて、俺の手は普通にベッドを触ってるよ!? この差は何!? なんなの!? ユウマわかんない!
「ユウマ。突撃しちゃったことは素直に謝るけど、セクハラはほどほどにしないと本当に捕まるよ……」
ミカの諭すような声が耳元でする。
「ユウマ。何度でも言うけど、現実と二次元を一緒にしちゃだめだよ?」
「ミカ、お前な。ここに来てそれを言うのか?」
「うっ……確かに……」
ここは異世界。アニメや漫画、得にラノベなんかで最近よく見る題材。
そんな二次元感が満載の世界に一緒に来てしまっては、日本にいたころならいざ知らず、こちらでは効果が薄い。
「リリーナさん、お二人はなんのお話をしているのでしょうか?」
「さぁ、ユウマ語はミカにしかわからないし、私にはさっぱりね」
俺たちの言葉の意味がわかるはずもない、元から異世界の人間の二人が俺たちを見ている。だからこそ動かなくちゃいけない。俺の今の態勢は突撃してきたミカにベッドに押し倒された状態だ。
しかも、ミカは腕立て伏せの状態なんかではなく、俺にぴったりと密着している。リリーナほどではないにしろ、年相応に成長した女の子の体は年頃の男の子にとっては毒でしかない。柔らかい感触が服越しでもわかるし、なんでかいい匂いもするし、ミカの声や吐息が耳元で聞こえてで、もうそろそろマイサンがやばい。だって朝だもの。
「……」
「……」
俺とミカが何も言えずに、ただただ自分たちの今の現状に頭が追い付いていない中―――いや、追いついてはいるのだ。ただ、なぜか動けずにいる。
そんな中、ミカが顔を上げた。もちろんそんなことをすればお互いの顔が見える。ミカは真っ赤だった。これ以上にないくらい顔を赤くしていた。かくいうミカの瞳の中にいる俺も顔を赤くしていた。
だんだんと思考が麻痺してきた中、気のせいだろうか? ミカの顔がだんだんと近づいてきてるような気はする。
「……あの~。仲がいいのは良いことだと思いますけど―――いつまでそうしているんですか? ユウマさん、ミカさん?」
鶴の一声ならぬ天使の一声。
思考がお互いに麻痺していた俺とミカはアイリスの言葉にハッと我に返る。そうなった俺たちの行動は早かった。ミカが力一杯、拒絶するように、俺に手を着きながら起き上がる。もちろん俺は痛い。でも、今は仕方ないと承知済みだ。
さすがにこれ以上桃色な雰囲気を出したら絶対にやばい。言い訳が立たない。
あれ? なら言い訳じゃなくて事実にしちゃえばいいのでは? なんで一瞬思ったが、アイリスの精神衛生上ここはグッと我慢した。
「アイリスちゃん! 今のは違うの! ベッドにダイブしたときに少し足をぶつけちゃって痛くてちょっと立てなかっただけなの! それ以外は何にもないの!」
「そうだぞアイリス! 俺たちは幼馴染だから基本的には仲が良く見えるかもだが、いつもこんなことしてるわけじゃないんだぞ!!」
態勢を整えた俺とミカが二人で言い訳じみた何かを言う。
焦った様子で話す俺とミカにアイリスは不思議そうに首を傾げた。アイリスは純粋で天然だからこれで大丈夫だろう。質問を返されてもどうにか切り抜けられる。
問題は―――
「リリーナも勘違いしないでね! 私、ユウマのことなんてこれっぽっちも! 一ミクロンも! なんとも思ってないから!!」
「……な、なぁ。俺だってさすがに徹底的に拒絶されると辛いんだぞ? それも今までなんだかんだ言いながらも一緒にいてくれたお前にさ……」
二人に変な勘繰りを入れられないためとはわかってはいても、さすがに心にくるものがあった。
「別になんとも思ってないわよ。別にミカが誰を好きになっても私にはそれほど関係ないしね」
「り、リリーナ? なんでそんなこと言うの? わ、私たち友達だよね? なのに関係ないなんて言われると少し悲しいんだけど……」
「ち、違うわよ! それほどって言ったでしょ! 変な男に引っかからなかったらそれでいいのよ!」
「り、リリーナ……大好きっ!」
ミカが瞳に少しの涙を溜めつつ、リリーナに抱き着いた。
尊い。ごちそうさまです。おかわりありますか?
「今の理論だと、俺は変な男ではないと」
「ミカ。相手は選びなさい」
「変わり身早ーな、おい!」
リリーナがミカの肩を掴んで自分から引き離し、結構マジな顔でミカに言う。
ミカは「えへへ」なんて笑っていた。
そこにアイリスも、ゆっくりと近づいて行き「よければ混ぜてほしいのですが……」なんて言ったものだからミカにつかまった。女が三人集まれば姦しいなんて言うが、それは悪くないんじゃないだろうか。
「ったく。昨日あんなことがあったてのに平和だなー」
そんなこんなで、今日も俺の異世界ライフは平和に過ぎていく。




