31話
ヤマタニオロチの懐に入り込むと宣言してから五分後。俺たちはヤマタニオロチの足元までやってきていた。遠くから見ているだけでも東京ドームを想像するほどデカかったのに、近くで見るとさらにデカく感じる。
「こっちの世界に来てからこんなに上を向いたことなかったかも」
「だなー。こっちにゃ高い建物がほとんどないからな」
ヤマタニオロチの足元、そんな危険な場所に居ながらもまるで日常の様な会話を俺とミカが交わす。
「ゆ、ユウマさん……。本当に大丈夫なんですか?」
「絶対とは言い切れないけど、たぶん大丈夫だ。安心していいぞアイリス」
俺の近くでぷるぷると震えているアイリスに優しく声をかける。かくいう俺も油断をすれば足がプルプル震えそうなほど怖かったりするんだが。
「それにしても、さすが魔王軍幹部を倒したユウマだね。まさか『潜伏』スキルを使ってヤマタニオロチの足元まで来るなんて、普通は考えもしないよ」
「そんな事ねえよ。こういう考えが浮かばないのは姑息な手を使わなくても真っ向勝負できるからだろ。弱いやつだからこそ、こういう戦い方しか知らないだけなんだよ」
エイトの言う通り、俺たちは俺の『潜伏』スキルを使ってここにきている。うちのパーティーはもちろんのこと、王都の専属騎士であるエイトとセツコさんも『潜伏』スキルなんて持っているはずもなく、この中でただ一人『潜伏』スキル持ちの俺の元に、おしくら饅頭のごとくみんなが詰め寄っている。
『潜伏』スキルは使用者本人と使用者に触れているものの姿を見えなくするスキルだ。そのためこの人数を一人で全員潜伏させるにはこうせざる負えなかった。
「それにしたってさすがですよユウマ殿。力がないことを言い訳にしないところが私にはすごくかっこよく見えます」
「ほんとですか!? いやー、そう見えます? 困ったなぁー」
「ちょろいなー」
「うっせーぞミカ!」
セツコさんに褒められていい気分になっているところをミカに邪魔された。ただやられっぱなしというのも癪なので、反撃をしておく。
「お前だってここぞとばかりにエイトにくっついてるじゃねえか。この面食いが!」
「なっ! ユウマ! それは言っちゃ駄目でしょ! エイト様に嫌われたらどうすんのさ!」
「そんなもん知るか! 最初から叶わない恋なんだってあきらめろ!」
「ユウマ、言っていいことと悪いことがあって知ってる? 知らないなら教えてあげるよ」
「お、お二人とも、落ち着いてください。ここはお屋敷でもお城でもないんですよ。油断したらヤマタニオロチに踏まれちゃいますよ」
一触即発の状態になった俺とミカをアイリスが必死に止めに入る。
くそ、アイリスに助けられたミカめ。後で覚えてろよ。
「それでユウマさん。この後はどうするんですか?」
「もちろん私の魔法で攻撃するのよね!」
アイリスの質問に便乗する形でおとなしいと思っていたリリーナが杖を構えて瞳を輝かせながら言ってくる。いつもなら、馬鹿言うな。そんなことしたらお前のこと囮にして逃げるからな。とでも言うところだが、今回ばかりは違う。
「いつものなら違うというところだが……当たりだよ。リリーナ、頼んだぞ」
「なんでちょっと嫌そうな顔をしてるのか問いただしたいところだけど、今回ばかりは許してあげるわ。今は最高に気分がいいもの!」
「あー、はいはい。でも、まだ撃つなよ。タイミングってもんがあるかなら」
「それは振りと受け取っていいのよね? この前ユウマが言ってたやつなのよね」
「ちげーよ! マジでやるなよ! せっかくここまで隠れてきたのに全部台無しになるかならな!!」
暴走気味のリリーナを全力で止めつつ、俺は乱れた呼吸を整える。
「まずはこのまま前進だ。この場所だとさっきのアイリスじゃないけど、踏まれる可能性があるからな。そんなことになったらミカ以外は命がいくらあっても足りない」
「ねえユウマ!? 私だってさすがにあんなのに踏まれたら危ないからね!? 下手したら死ぬからね」
「だからこのまま潜伏スキルを使ってあいつの腹ぐらいまで行くぞ。そこまでいけばさすがに踏まれることはないだろうからな。そのまましゃがみ込んできてもミカがいれば俺たちが逃げるくらいの時間は稼げるはずだ」
「ねえユウマ! 私の話聞いてた!? 私だってこんなのに潰されたらさすがにまずいって! 死んじゃうって! もしかしてさっきのことまだ怒ってるの!? ねえ!? 返事してってば!!」
「よーし、そうと決まれば全速前進だ!」
「ユウマーっ! 話を聞いてーっ!!」
ミカの言葉を右から左に流しつつ、潜伏スキルを維持したままヤマタニオロチの懐に潜り込む。本当に踏まれては洒落にならないので、みんなが俺に触っていられるくらいの速度で急いで進む。
「よしっ! 上手く入り込めたな!」
何事もなくヤマタニオロチの懐に入り込めた。さすがに王都の冒険者たちを相手にしている中、『潜伏』スキルで姿を消している俺たちにまで気が回らなかったらしい。踏まれるかもという不安要素は杞憂に終わった。
「セツコさん、エイト、こいつの腹とか切れたりしそうか? 結構高さがあるけど」
「無理ではないですね。でも、着地した際に隙ができてしまいますし、退避する際に少し遅れを取ってしまうかもしれません」
「そうだね。ここから逃げるのにも結構な距離があるし、少し不安は残るかな」
二人にそう言われて俺は今の位置から安全圏までの距離を確認する。確かにこの距離を数秒で抜けるのは難しそうだ。
「それじゃあ二人は何もしなくていいや。ミカ、お前は『金剛力』があるから大丈夫だろ。あいつのどてっ腹に何発かパンチくれてやれよ」
「お願いユウマ! 少しは私の話を聞いてよ! さっきも言ったじゃん! さすがにこんなのに潰されたら私だってやばいって!」
「なに、安心しろ。骨くらいは残ってたら拾ってやる」
「安心できないよ! 私死んでるじゃん!」
本気で慌てる幼馴染で遊びながら、俺は仕方ないとばかりに嘆息を吐く。
「そのため息すごいむかつくんだけど」
まずい。このままだと、この前の本気で怒ってミカを呼び覚ましてしまう。どうにか落ち着いてもらわないと俺がこの前のリーダーの様になってしまう。
「悪かった悪かった。冗談だよ冗談。さすがにそんな無茶は今回は言わないって」
「そ、そうだよね。さすがに鬼畜外道で言われてるユウマでも節度ってものがあるよね」
「やっぱりやってもらおうかな」
「ごめんなさい。もう言いません」
速攻で俺に頭を下げる幼馴染にマウントは取り返せたと安心した俺は、とりあえず確認したいことは確認できたとばかりに、この場を去るか、それとももう少し弱点でも探るかを考える。
「……無茶は禁物だな。別に討伐が目的じゃないし、無理なんかする理由もない。みんなっ、退散するぞ」
「え? 何もしないでここから離れるんですか?」
「そうよユウマ! 私に魔法を撃たせてくれるって言ったじゃない!!」
「そうだ。何もしないでここから逃げる。リリーナも魔法はちゃんと撃たせてやるから安心しとけ」
本当はうるさそうだから適当に撃たせてやると言っただけなんだが。でも、このまま撃たせないと結局騒ぎそうだし、逃げるのを止めるとか言われても面倒だ。ここて適当言って後でそれっぽく魔法の一発くらいは撃たせてやることにする。
「ともかくこんな危ない場所からとっととずらかるぞ!」
念のためにもう一度『潜伏』スキルを発動しなおしてからこの場をあとにする。帰りの際も特に危ないこともなく、無事にヤマタニオロチの懐から抜けられた。
が、しかし―――。
「ミカっ! なんでお前はこうも何もないところで転ぶんだ!! おかげで潜伏が解けて見つかっちまったじゃねえか!!」
「だってだって! みんなで一緒に移動してたらなんか足がこんがらがってきちゃって」
「あぁ、もう! とにかく全力でここから離脱だ! リリーナ、エイト、セツコさん援護は頼んだ! アイリスは支援魔法! ミカは絶対に転ぶな!」
「わかったわ!」
「任せてよ!」
「了解しました!」
ヤマタニオロチの懐から抜け、再びその全体像は見えるところまで来たとき、ドジっこ格闘家のミカが派手に転んだ。その際に俺に触れていた手が離れ『潜伏』スキルが解除。しまいには転んだ時のダメージを軽減するためか『金剛力』なんて発動させるもんだから地面が大きく揺れ、そのせいでヤマタニオロチに見つかったのだ。
「やべー! 顔の一つがこっち向いて炎吐こうとしてる! おいリリーナ! 魔法ぶっ放せ! 絶対に炎を吐かせるな!」
「ちょっとまってユウマ! 私、ヤマタニオロチの炎と自分の火属性魔法のどっちが強いか対決してみたいの!」
「バカなのかお前は! 置き去りにされたくなかったらとっとと魔法撃て! 詠唱が終わってるはずだろうが!」
リリーナは魔法使いとしてはとにかく優秀だ。その中でも特に優れている点が並行詠唱と呼ばれるものだ。並行詠唱とは他の行動を行いながら魔法の詠唱を行う行為でこれができる魔法使いは少ないという。それだけでもすごいのにこのリリーナ。なぜか走りながらや、杖で近接戦闘を行うこともできる。普通なら歩きながら詠唱するのも大変だというのだからやっぱりこいつは魔法使いとしてなら優秀だ。
これで脳筋じゃなかったらなぁー……。
「しょうがないわね……。食らいなさい!『サイクロン』!!」
リリーナの杖先から竜巻が飛び出した。杖先から離れれば離れるほど竜巻は大きくなり、ヤマタニオロチの顔に命中するころには顔のサイズと同じくらいの大きさになっていた。
炎を吐こうとしていたヤマタニオロチはリリーナの魔法をまともに食らって一瞬ひるんだ。
「ナイスだリリーナ! 今うちにそこの岩陰に逃げ込んで『潜伏』をかけなおすぞ!!」
どうにかヤマタニオロチの炎を回避した俺たちは近くの大きな岩の陰に逃げ込んだ。そして言葉通り『潜伏』をかけなおす。相手の視線から外れた位置にいたはずだから上手くかかったはずだ。
「ミカ! お前は俺と手つなぐぞ! またこけられたらたまったもんじゃない!」
同じミスをされてはたまらないとミカの手を強引につかむ。なぜかミカが「え!?」だの「ほあっ!?」だの言いながら顔を赤くしていたがガン無視。
「向こうの方もそろそろ限界みたいだな……。ていうかまた同じ戦法かよ。いい加減その方法じゃ無理だってわかれっつーの!」
無事に安全圏まで逃げてきた俺たちは、王都の冒険者たちの戦況を確認する。相も変わらずに苦戦中だった。
「このままリーダーを気絶させて帰るぞ。これ以上は深追いにしかならなそうだからな」
俺の言葉に顔を真っ赤にしているだけで返答のないミカ以外全員の返事を確認すると、俺は『潜伏』スキルを発動させたままリーダーに近づき、後頭部を殴って気絶させた。
これがあと何日も続くのかと思うと嫌になるな……。
なんて思っていた俺に、次の日、とんでもない報告がやってくることをまだ俺は知らなかった。
次の日。
ふかふかなベッドに身を委ね、起きてから五分は経っているというのにベッドから離れるつもりがなかった。どうせあと三十分もしないうちにミカたちかエイトたちがやってくるのだ。それまでベッドと時間を共にするくらい誰も文句は言わないだろう。
「はあ~。やべ~。このベッド屋敷まで持って帰りてぇなぁ~……」
一週間もこの身を委ねていれば愛着も沸くし、まるで自分のもののように思えてくる。このままベッドが可愛い女の子に擬人化して、俺のことを慕ってお屋敷まで一緒に来てくれないものかと本気で考え始めたころ、部屋の扉が開かれた。
ノックがないってことはミカかリリーナだ。
「お前らなぁ、ノックくらいしろっていつも」
「ごめんユウマ! 悪いけど急いでたんだ! 突然で悪いけど、ちょっと話いいかな!」
「んあ? エイト。なんだよそんなに慌てて、とうとう今まで誑し込んでた女の子たちが復讐にも来たのか?」
「本当に悪いけど、今はそんな冗談を言ってる場合じゃないんだ! ミカ嬢たちも今セツコさんが呼びに行ってくれてる。とにかくいつでも動けるように着替えてくれ」
「何だか知らんけど、わかったよ」
なにやらいつもの爽やかさの欠片すら見せないエイトに、内心やばいことでも起きたんじゃないかと不安になりながら着替えを済ませると、タイミングを見計らったようにミカたちが俺の部屋までやってきた。
「みんな揃ったね。それじゃあ、落ち着いて聞いてほしいんだけど、実は……」
ミカたちが部屋にやってくるなりエイトが早口で話し始めた。落ち着いて聞いてほしいという割には自分が一番落ち着けてないように見える。
腹黒爽やか騎士がここまで取り乱すなんていったい何があったというのだろう。
「ヤマタニオロチがここに、王都に向かって前進してきてるらしいんだ」
「……は?」
とんでもないことになった。




