10話
「……おい、どうすんだこの状況……」
「さ、さぁ……どうしようね……」
終わってみると、なんとくだらない言い争いをしていたのかと思えてきた。
窓からは既に朝日が姿を覗かせており、時間を確認すると六時。
昨日リリーナたちとの話し合いで嫌なことは先に済ませてしまおうと決まったので、城に出向くのは午前中にして、時間は十時にした。
つまり残された時間はあと四時間。
ただ、諦めるにはまだ早い。
あの有名な先生も言っていた。諦めたらそこで試合終了だと。
でも、先生。諦める以外にも試合終了ってあると思うんです。
もう、俺たちのHPはゼロなんです……。
やめてっ! 俺たちのライフはもうマイナスよ!!
「ど……どうしよう」
瞼が異常に重く、体もけだるく、思考も鈍くなっているこの状況でも、自分の命がかかってるとなれば、流石に少しは頭も働くみたいだ。
俺は無駄だと思いつつも、ミカに問いかける。
ミカはもう既に瞼を下ろし、舟を漕ぎながらこう言った。
「笑えば……いいと思うよ。むにゃむにゃ……」
ダメだ。
こいつもう夢の中だ。
「とはいえ、俺ももう限界なんだよなー」
俺だってもう限界なのだ。
さっきから舟を漕ぎ出してはテーブルに頭をぶつけてどうにか起きているだけなのだ。
ベッドに寝ころんだら今の俺なら一秒で寝れる。
どこかの青いタヌキを居候させている小学生並みに早く寝れる。
「つーか、なんでミカがもう幸せそうに寝てるのに俺だけこんなに頭を悩ませてるんだ? なんで俺だけ悩まなきゃいけない」
そうだ。
なんで俺だけ頑張んなきゃいけないんだ。
俺は頑張るの嫌いなんだよ。楽して生きていきたいんだよ。
好き勝手してるだけでお金が入ってきて、周りには美少女がいて、嫁がいて、娘がいて、呼び方がみんなパパとか、おとー、とか違って、毎日楽しく暮らしたいんだよ。
そんな将来設計を描いている俺がなんで頑張んないといけない。
「そうだ……楽になろう……」
俺はそう言うと、とうとう誘惑に負けてベッドへと身を委ねた。
「ゆ…まさ……うま…さ…」
何やら耳元から素敵な声が聞こえる。
「退きなさいアイリス。ユウマはそんなことしたって絶対に起きないわ。起きてたとしてもアイリスが起こしてくれるこの状況を存分に楽しんでいるはずよ」
さっきとは少し違う声が耳に届いた。
最初に聞こえた声を子猫のような可愛らしい声だとすれば、今聞こえてきた声は鈴の音のような透き通る綺麗な声だ。
「『ウォーター』っ!!」
また鈴の音のような綺麗な声が聞こえてきた。
そして何かが顔に当たるのを感じた。
結構痛い。でも、まだ眠いし起きたくない。
そう思った俺はそのまま顔に当たるなにかを無視することにした。
無視をしていても顔に当たるなにかは止まらない。でも、最初は痛かっただけなのにだんだんと苦しくもなってきた。
そしてもう少しするとさっきまでの痛みや苦しみはどこへやら、気持ちよくなってきた。
体がふんわりと浮かぶような、そんな感じ。
「……ん?」
流石にここまで来ると眠くて思考がマヒしていても、おかしいことに気が付いた。
最初は痛くて、少し苦しかったのに、今は気持ちがいい。
俺……殺されかけてね?
ようやくそこに気が付いた俺は勢いよく飛び起きる。
「ぶびゃぶしゅぼべば! ばびをぶぶ!」
目を開けてようやく気が付く、俺は大量の水を浴びせられていて、もう少しのところで窒息死させられていたことに。
目を開けたはいいものの、あまりにも多すぎる水の量で視界を確保できない。
目を開け続けることすら困難だ。
俺はとりあえず視界を確保するために横方向に勢いよく飛び出す。
そして、ようやく俺を殺そうとした犯人が分かった。
「やっぱりてめーかリリーナ! 何つーことしやがる! あとちょっとで俺死んでたぞ! なんなら半分死んでたよ! 生命保険半分よこせよコノヤロー!!」
ようやく視界を確保できた俺の目に飛び込んできたのは、杖を俺のベッドの方に向けて楽しそうに杖先から水を放出していた。
「ユウマが起きないのが悪いのよ! 今何時だと思ってるんのよ! あと、セイメイホ剣? なんて知らないわよ!」
「あ? 何時って、せいぜい九時くらいだろ? 確かに遅いおはようだとは思うが、殺すことはないだろ! おはようからお休みまで優しくしろよ! バファ○ンを見習えよ!」
「何言ってんのよ! これ見なさいよこれ!」
怒りをラッシュに乗せる俺に、リリーナが部屋に備え付けられている時計を俺の眼前に押し出した。
「えっと……十一時……九時だな!」
「あんたなに備え付けの時計の時間ずらしてんのよ!? 時計の時間をずらしても現実の時間は変わんないんだからね!」
「馬鹿なっ!?」
「バカはあんたよ! さっさと仕度なさいよ」
「あいあい。つっても軽く着替えるだけだけど。そういやミカは?」
俺と同じくあんな時間に寝たミカが俺より早く起きているとは考えづらい。
となれば……。
「ミカさーん。起きてくださーい! うぅ……全然起きてくれません……」
やっぱりアイリスが起こそうと奮闘していた。
アイリスが半分涙目になりつつも起こそうとしているのに、ミカの奴は女の子とは思えない格好で寝ており、よく見たら口元から涎が垂れている。
アイリスの他にもお腹の辺りで黒猫がぴょんぴょんよとジャンプしているが全く効果なし。
「早くミカも俺と同じ方法で起こせよ」
俺は城に行くのにいつもと同じ感じではマズいと思い、鏡で寝癖などの確認をしながらリリーナに言う。
「嫌よ。ミカが死んじゃったら悲しいじゃない」
「俺は死んでもいいのかよ!!」
「死んだらそうね……お葬式くらいは開いてあげるわ」
「り、リリーナお前……少しは優しいところもあるんじゃねぇか……」
「参加者はゼロにするけど」
「俺のお前に対する気持ちの改めを返せ!」
リリーナは何やら役に立ちそうにないので支度の終わった俺がアイリスの手伝いをすることにした。
馬車ではあまりカッコイイところは見せられなかったから、ここらで少しアイリスの好感度を上げておきたい。
ったく、なんでリアルはこうも選択肢が難しいんだ。ゲームなら最初から女の子の居場所がわかってて、そこに行くだけで好感度が上がってくのに。
「アイリス、代わるぞ。疲れただろうし、少し休んどけ」
「あ、ありがとうございますユウマさん……」
本当に疲れ切っているアイリスをとりあえず休ませ、今度は朝からひどい起こされ方をしてイライラしている俺の出番だ。
「とりあえずは……っと」
まず最初はミカのお腹にいる猫を使ってみる。
俺はそっと黒猫に手を伸ばした。
「よしよーし、おとなしくしてろよー」
そして、ようやく黒猫を捉えたと思ったその瞬間。
「にゃーあっ!!」
顔面を思いっきり引っかかれた。
「何しやがるこのクソ猫!」
対戦相手がミカから黒猫に変わった。
これ以上攻撃されないように臨戦態勢を整える俺に対し、黒猫の野郎はミカのお腹の上で丸くなっている。
この余裕綽々な態度が全くもって気に入らない。
「まったく、何やってるのよユウマ。あんたはミカを起こすんでしょ? なのになんでルナの相手ばっかりしてるのよ。ルナが穢れちゃうでしょ」
「別に穢れねぇよ!? ……ん? ルナ?」
「この子の名前よ。これから一緒に暮らしていくのに名前がないのはおかしいじゃない? かといって黒猫とか、猫ちゃん、って呼ぶのもなんか変じゃない。だから昨日一晩かけて考えたの」
コイツ、今日城に行くのに猫の名前を考えるのに長い夜を使ったってのか?
死ぬぞ、おい。
「ルナ、そろそろホントにミカを起こさないといけないからそこ退きなさい」
「にゃあー」
俺の言うことは全く聞かないくせにリリーナの言うことはすんなり受け入れ、リリーナの胸元に飛び込んでいくルナ。
名前は可愛いくせに態度は可愛くねえ。
あと、そこ変われ。
「ほら、ルナもこっちに来たんだから早くミカを起こしなさいよユウマ」
「へいへい。言われなくてもやるっての」
いつまでも猫ごときに嫉妬しているわけにはいかないので、本題に戻る。
「さてと、どのネタがいいかな……。そうだ、あれにしよう!」
俺はミカを起こす方法を思いつき、ミカを起こさないように静かに耳元に顔を寄せていく。
「ユウマあんた……ミカが寝ているのをいいことにキスしようとしてるんじゃないわよね? あってたら引くわよ? すでに引いてるけど」
「ちげーよっ! なんで俺がミカなんかにキスしなきゃいけないんだよ!」
「だってユウマだもの……。この先、一生できないんだったら無理やり、しかも幼馴染でなんだかんだ言って許してくれそうなミカに、寝ている内ならいいか。みたいな感じでやりそうじゃない……」
「妄想逞しいくせに妙にリアルだなちくしょう! でも残念だったな。俺は意外にもそういうのにロマンを求めてるんだよ。こいつが眠り姫だってんならワンチャンだけど、ただの寝坊じゃあ、やる気も出ないね」
「そんなんだから彼女いない歴イコール年齢で一生童貞なのよ……」
「うっせーよっ!! 夢くらい見させろ!! あとお前、一生童貞って、俺のこの先の人生の何を知ってんだよ!」
「このまま借金返済に人生のすべてを費やして、出会いも何もないまま、だれにも見送られずに一人寂しく自宅で横たわるユウマの姿。かしらね」
「……」
リリーナに冷めた視線で見られてすごく腹立っていたはずなのに、妙にリアルな将来図を言われる俺。
何も言い返せない。
だって、俺もそう思うもん……。
「あの……ユウマさん……」
元気もやる気も生きる気もなくし始めた俺に、天使アイリスが声をかけてきた。
「なんだアイリス……。まさかアイリスまで俺の悲惨な将来設計が浮かんだのか……」
落ち込んでいるときは、マイナス思考な考えしか浮かんでこないものである。
「ち、違いますっ。えっと……ちょっとお聞きしたいことがありまして……」
天使はやっぱり天使だった。
「ん? なに?」
「はい……。あのー……さっきお二人が言ってたドウテイって何ですか?」
俺は瞬時にリリーナの方に視線を送る。
リリーナも俺と視線が合うと、俺の言いたいことを一瞬で理解してくれたらしく、小さく頷いた。
「アイリス……。アイリスは知らなくていい言葉だよ」
「え? で、でも、もう知ってしまいましたし……」
「いいから」
「でも」
「お願いだから。後生だから」
「わ、わかりました……」
どうにかアイリスの説得を成功させて、ほっと一息。
少し視線を横にずらせば、珍しくリリーナが親指を立てて俺の功績を褒めていた。
まったく、今までのクエストで最高難易度のクエストだったぜ。
「それじゃあ本格的にミカを起こしますか」
再び俺はミカの耳元に自分の口を静かに寄せる。
「ユウマさん。ホントに何をするつもりなんですか?」
「なーに、ただちょっと昔話をな」
俺はいい感じにミカの耳元に近づけたので、作戦開始。
「将来の夢はお花屋さんかお嫁さん」
無反応。
「怖いテレビ番組を見たり、雷が鳴る日は窓から俺の部屋に侵入してきて、一緒に睡眠」
無反応。
「仕方ない、とっておきを出すか……。将来の結婚相手はお父さんかオ――――――」
「んーっ! すがすがしい朝だーっ!!」
「ぶっほっ!!」
突然両手を挙げながら起き上がったミカの右手が俺の顔に命中。
いてー。
「なにしやがるんだ。俺の顔が醜くなったらどうしてくれる!」
「大丈夫、最初からそんなにいい方じゃないから!」
「んだとーっ! 表出ろや」
「いいよ。朝の準備運動にちょうど良さそうだし」
「ごめん、やめとくは」
ミカが腕を回し始めたところで『金剛力』の存在を思い出し、素直に引く俺。
引き際を間違えるのは良くない。逃げたわけじゃないんだ。これは戦略的撤退なんだ。評価は下から二番目のBなんだから一番下じゃない。
「それより早く着替えろ。城に行く時間だ」
「えっ!? もうそんな時間!?」
「そんな時間だ……」
自分で言っておいてなんだが、まるで死刑宣告をされたような気分である。
「ゆ、ユウマ。どうすんの……?」
「知るかっ。もう、なるようにしかならん。覚悟を決めろ!」
かっこいいセリフのように聞こえるかもしれないが、ただの現実逃避である。
現実が嫌で異世界にまで来たのに、異世界でさえ俺は現実逃避するのか。
「はあ……これからセントラル王のお城に出向くっていうのに大丈夫かしら、こんな感じで」
「えっと……。まあ、いつもの私たちらしいといえば、そうなんじゃないでしょうか」
こんな感じに、リリーナとアイリスに少し冷めた視線で見守られること数分、俺たちはようやく城へと出向く準備を整えた。
―――格好だけは。




